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08.ディーノ視点

望美の部屋を退出し、ディーノは報告後自室へと戻る。


怒りをぶつけた望美の言った記憶がないという言葉に姫巫女は意識を失い、最愛の婚約者を心配した弟はクリスティーナから離れようとはしない。

兄でもあり上司でもあるアガスに、望美の記憶が戻ったことを伝え、この情報は直ぐにネスティ様とサミュラ様に伝わるのだろう。

それによって今後どうするか。


千年毎ごとに起こる代理戦争。

魔族は十連続で負け続け、マナを失った大地は驚くほど痩せ細り、その勢いは止まることを知らない。

代理戦勝の勝者には褒美として神から一つの願いを許され、その願いによって魔獣と言う魔族への呪いが生み出されてから、民は日々怖れていた。

そして先の魔王。665代様が倒れてから、常ならすぐに選出されるはずの時代魔王は選ばれず、998年の歳月が流れた。

いくら魔族が長寿と言っても短くはない年月だ。こんなことは過去に今までなかった。どんなに遅くても百年で魔王は選ばれる。

だと言うのにいくら経っても魔王は選ばれなかった。

998年もの間魔王がいないという不安と、もしやこのまま魔王が選ばれないのではないかと言う恐怖は、民の心をさらに疲弊させていった。



魔族狩りの横行、マナの枯渇。出生率に伴う人口の減少。そして、魔王の不在。

絶望を描くのはたやすかった。


だからこそ、このまま滅ぶわけにはいかず、姫巫女の魔王召喚を宰相をはじめ彼らは決行したのだ。

魔族でないからと言って形振りかまっている状況ではなかったのだ。

わらにもすがる思いで、姫巫女は祈り。

そしてその祈りは届けられた。

そしてそれは予想外の結果を生み、なぜか国境付近に飛ばされてしまった新たなる魔王陛下の御身を無事城へ届ける為にディーノは馬を走らせ、間一髪間に合ったのだ。


(この方が)


漆黒の髪と艶やかな双眸。

黒い色を持つ魔族はいるがここまで、純粋な黒をディーノは初めて見た。

魔神の色とされ高貴な色を持った少女が、魔王なのだとすぐに理解した。


(軽い)


その体は驚くほど軽く、小柄だった。

気を失いぐったりとした様子はまだあどけなく、少女特有の幼さを残している。

掌も柔らかく、鍛えていない柔らかな身体。

魔力を感知できないディーノには分からないが、本当に彼女が魔神に選ばれた魔族を救う魔王のなのかと、疑わずにいられない。

その色が黒でなければ。

それほどディーノの腕に収まる娘は、市井の娘と何ら変わりない様に映ったのだ。


(酷いな)


やけどを負った足を見てディーノは眉をひそめ処置が必要と判断し、愛馬に跨った。

場は既にディーノと部下によって神族の死体が転がっているだけだ。

わざわざ丁寧に埋葬してやる気はないのでその場に捨て置き、部下に声をかけ馬を駆け出した。


そうして目が覚めた少女は名を望美と名乗り、ディーノをディーノさんと呼んだ。

目上の人を呼び捨てには出来ないと言う彼女を知るために、ディーノは優しく、探るために接した。

望美の眼。望美の表情。望美の話し方。言葉の色。感情の変化。望美の思考。

些細な変化を見逃さず、何をすれば喜ぶのか、何を考えているか。

どう言えば、どう答えるのか。

そしてディーノの出した結論は、平凡な少女、だった。


素直、なのだろう。

思っていることは直ぐに感情に現れ、ディーノの言動にあたふたと慌て赤くなるさまは微笑ましい。

ちゃんと礼儀をわきまえ、素直に礼を言えるところは好感が持てた。

頑張って、思案するその顔は現状を把握することにいっぱいで・・・


彼女が普通の魔族の娘だったら、可愛らしい子ですんだのだ。

だが、魔族の王としては、期待外れだった。

失望を覚えたのだ。

きっと望美は戦いを経験したこともなく、人の命を背おえるほどの覚悟も、そして魔族の為に命を懸けようとも思えないだろう。

その手に武器を持ったことはなく、憎む敵もいないのだろう。


泣いて、叫んで、嫌だと拒絶する様子がありありと浮かんだ。


姫巫女の言う魔族を救う王には到底見えない。


アレでは、ダメだな。


そう思ったからこそ冷めた目で、傍観し自分と同じ判断をした宰相たちを見てやっぱりと心の中で溜息とついた。

クリスティーナがなぜ彼女にそこまで入れ込むのか、魔神の声を聴ける彼女にしか分からない事もあるだろうが、それでも、ダメなのだ、と彼女以外の全員が判断した。



(だというのに)


ディーノはそっと自分の首に手を添える。

様子を見る為入った彼女の寝室。

それが礼儀に反しているのは分かってはいたが、望美を取り込まないという理由にはならない。

幸いなことに、自分を見て赤く頬を染めるぐらいには彼女の好みであるというこの顔を使って、甘い心のない言葉で囁いて、篭絡したって、かまわないのだ。

むしろいっそのこと望美の好みの魔族をあてがいホレさせてしまえば、彼女の頑張って動いてくれるだろうし、こちらも操りやすくなる。


(なんでこんなところに?)


ガラス窓に凭れかかる様にして、部屋の隅に一人寂しくうずくまっている望美の肩を揺さぶった瞬間、


(!?)


深い、闇がディーノを映した。

夜の帳よりも漆黒の髪がぱらり、と翻る。

ひんやりとした少女の細い指先は、だが、尋常ではない力でディーノの首を締め上げた。

ぎりっと、確実にディーノの意識を落とす望美に抵抗しようとして、止めた。

波一つ立たず、静かに月夜を映す静謐な湖面の様な眼差しに、呑まれたというのもある。

だけどディーノ軍人としての勘が、抵抗してはいけないと告げたのだ。



色のない闇が、ふる。



映すだけの瞳は徐々に色を宿し、それは彼女になった。


なんでここにいるのと問う望美にディーノはいつものように答える。

だが、そんな望美は頬を染めることもなく、静かな眼差しでディーノを映したのだ。


深い色を宿した瞳を。


記憶が戻ったのは勘だったが喜ばしいことに変わりない。

一歩前進したが、ならば彼女はどうするのか。

それをディーノは確かめる必要があった。



甘く、優しい、紳士を演じる。

アナタが心配なのだと、違う意図を隠して微笑みを向ける。



「それ以外に私に優しく、気に掛ける理由がないでしょう?」


それは素直な少女が消えた瞬間だった。

凍てついた感情に不覚にも驚き目を見開く。



「あなたにとって私は代理戦争を勝つための大事な魔王だってこと以外に価値なんかないでしょう?私だってそれ理解しているし、ディーノさんにそれ以上を求めている訳でもない。あなたの忠誠も必要ないし私を命を懸けて守ってもらう必要もない、メンタルを気にしてこんな夜遅くまでご機嫌伺いしなくても私は大丈夫です。あなたはよくしてくれています。でも、もういいんです。だからもう帰って寝てください。ディーノさんだって疲れているんでしょう?」

「・・・本気で言っているんですか?」

「本気も何も事実です」


彼女は、だれた?

この目の前にいる少女は、本当に自分が連れてきた娘なのだろうか?

ディーノの言葉に頬を染め、一喜一憂してみせた娘なのだろうか?



「あなたにとって私は、あなたと同じ魔族でもない同胞でもない、何処とも知れない馬の骨。魔神が魔王だと言わなければかかわりを持つことすらない赤の他人。魔神が魔王と認めたからあなたは私を守ると言ってくれたんでしょう?でもいいんです。私はあなたより強いし、守ってもらうほど弱くないから。安心して。ちやほやされないからと言って拗ねて代理戦争を放り出したりしないから」

「アナタが魔王だから優しくするとそう言いたいのですね?」

「それ以外の理由がない」



まるで別人だ。

記憶が戻っただけで、どうしてあの少女がこんな顔を出来る。

こんな目をした娘が、ただの娘であるはずがない。

そんな言葉を言える娘が、ただの娘であるはずがない。


何故ならその言葉は自分をよく理解している者の言葉だ。

この現状を受け入れ、自分が魔王以外の理由で求められていないのだと受け入れた者の言葉だ。

そしてそれ以外の理由で優しくされることがないと、理解しているモノ言葉だ。



理解している。

彼女は、自分がここにいる理由をよく理解している。

彼女を取り巻く状況を、その思惑を、悲しいほどに分かっていた。



それに、なぜか怒りを覚えた。


「望美」



怒らない彼女にか。

罵倒しない彼女にか。

分かっていてこの状況を入れた彼女にか。


初めて抱くよく分からない自分感情がディーノの中で暴れる。



「どうして怒ってるんですか?」

「怒りますよ。普通」

「・・・事実を言ったから怒ったの?私は気にしていないのに?」

「だから、なんでそうゆう事」

「?」



首を傾げる望美に怒りがわく。

それが理不尽な怒りを分かっていても、そうやってディーノを気遣って見せた望美に怒りが湧いた。


何故か分からない。


どうして望美はこの理不尽に笑う事が出来るのか。

なぜ、ディーノを責めないのか。


どうしてそんな目でディーノを見ることが出来るのか。


まるで、何もかもどうでもいいかのように。


(ちがう。どうでもいいんだ)


この状況も、自分に負わされた役目も、望美はどうとも思っていない。

ディーノ達が抱く企みも、その思惑も、そう見られることすら彼女にとってはどうでもいいのだ。


どうでもいいから、怒らない。

どうでもいいから、嘆かない。

どうでもいいから、罵らない。


どうでもいい相手に感情は揺れない。

どうでもいい相手だからこそ、何も思わない。


何を企もうと、どう思われようと、どう扱われようと。


彼女にとっては、全てがどうでもいい。

等しく無関心で無価値な存在には変わりないのだから。


だから気遣える。

どうでもいい相手だから、気遣うことだってできる。






「何がおかしいんですか?」

「ディーノさんも怒るんだと思って」


ディーノとて怒る。

彼女の前では偽っているだけだ。


「いつもニコニコ無駄に爽やかだから怒らない人だと思った。ディーノさんでも怒るんだね」

「・・・」


言って勝手に満足したのか。それともディーノに話すころはないと判断したのか。

望美は冷めてしまったティーカップを手に取り、ふわりと笑った。


「おいしい」


ならもはや自分がいる意味はない。


「今日は帰ります」

「うん。ご苦労様でした」

「・・・明日またお迎えに上がりますから」


返る言葉もなく、ディーノは夜に溶ける望美の姿を目に留め、扉を閉めた。




喜ばしい事だ、これは。

記憶を取り戻した彼女はただの町娘などではないのは理解した。

一瞬でディーノやあの火傷を治してしまう治癒魔法の技量から見て実力は期待できる。

現状を把握して発狂することもないだろう。


きっと望美は今夜の事に動揺もせず、何事もなかったように接するのだろう。


そう、だからこれは喜ばしい事なのに。

苛立ちを壁にぶつける。


「クソッ!」


あの瞳が脳裏から離れない。

ざわついた胸のさざ波は、収まる気配を見せなかった。




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