05取引
(まいったなぁ)
クリスティーナにとっても予想外だったのだろう。
望美の言葉にショックを受けで気を失ってしまった少女を想い嘆息する。
あれから、クリスティーナは運ばれ、望美は一応賓客として扱われることが決定した。
あの場で殺されなかったのが奇跡だろう。
それほどクリスは怒っていたのだから。
正直、罵詈雑言を浴びせる度にいつクリスに切り殺されないか冷や冷やしていたのだ。
最も、望美の言った言葉は偽りなき彼女の本心である。
「同情もするし、哀れだと思う。でも私には関係ないでしょう?」
生まれ育った場所でもなく、いきなり他人の為に命をかけて戦えと言われて誰が喜ぶというのか。
大人組は沈黙を貫いていたがその表情は落胆と、怒りが彩っていたのを望美は見逃さなかった。
同情も出来るし、可哀そうだとも思う。
でもこれとそれとは別なのだ。
望美だって自分が一番かわいいし、死にたくない。
痛い目にもあいたくないし、戦争なんてもってのほかだ。
苦肉の手段だったのだろう。
召喚の儀式はこの世界では禁忌とされていた。
だけど禁じた手段に出なければならないほど、彼らは切羽詰まっていたのだ。
だからと言って許せるわけではないけれども、少なくとも望美は彼らに理解は示せる。
もし自分の立場なら、たぶん同じことをしただろうから。
どんな手段だとしても、願いを叶えるためなら望美は選ぶ。
後悔すると分かっていても、それがどうしようもないほど罪深い事だとしても、選ぶだろう。
だが、それとこれとは別なのだ。
変な知識は別として、自分の名前以外覚えていない望美にとっては。
「・・・甘いなぁ」
泣いて懇願する少女に話を聞くと頷いてしまったのは望美だ。
それか彼女に要らぬ期待を抱かせた。
空に浮かぶ二つの月を見上げ、大きな窓に体を預け膝を抱える。
そして目を閉じた。
微睡から目を開けて、それを認識した瞬間、私は全てを取り戻していた。
目の前に浮かぶそれを睨みつけるものの、ひょうひょうとソレは肩を竦めた。
「そんなに怒らないでほしいなぁ。八つ当たりだろうそれは?自分の失態を私のせいにするのはお門違いというものだよ」
それの言葉に望美は吐き捨てるように言い返す。
その眼に宿るのは紛れも憎悪。憎しみを隠そうともせず、その目を怒りに燃え上がらせ、望美は目の前のそれを睨みつけた。
「本当にね。自分の甘さにほとほと嫌気がさすわ。お前らの罠に無様に掛った挙句半日も記憶と力を封じられていたなんで・・・殺されてないだけましってやつかしら?」
「いい勉強になっただろう?おかげで私はこんな有様さ」
ひょいっと肩を竦めるソレをみて、望美は心の中で唸った。
望美は、召喚の儀式を行う世界を感知して、その世界の神を殺すべくのこのこ現れた所を、この世界の神の一人である魔神とやらに名前以外の全てを封じられあの世界に叩き落されたのだ。
不幸中の幸いだったのはこいつに望美を殺す気はなかったという事だろう。
でなければ、望美はとっくに死んでいてもおかしくはなかったのだから。
腐っても世界を作ることの出来るだけの神である。いくら望美が神殺しだとはいえ、力を封じられるなんて思ってもみなかった。
プラスに考えればいい勉強になったともいえる。
神を殺すだけの力があると驕り、侮っていた自分に。
最もそんな魔神も私の名前以外の全てを封じていたのだ、その代償は大きい。
何せ望美の力は神を殺す。その力を封じ続けていても望美の力はじわじわと毒のように侵すのだ。そして必ず死に至る。望美はそうゆう存在で、望美の持つつ力とはそうゆうものなのだ。何の代償もなく無事に済むはずがない。
結果、望美の目の前にいる魔神とやらは、神の名を語るにもおこがましい絞りかすの様な力しか残っていなかった。
「いい恰好じゃない。不様で哀れで、絞りかすし程度の力しかない神なんて絶好の鴨ね。ネギと鍋があれば最高だったのに」
「・・・なら私は君に喰われてあげようか?」
望美の嘲笑う言葉に、帰った答えは予想外のものでさすがの望美も沈黙する。
「私の神としての力を君にあげる。だから君にボクの子供たちを救ってほしいんだ」
「・・・その代価に“かみ”の全てを捧げるというの?」
それは魔神の消滅を意味する。
神の力は命であり、力を失うということは消滅するという事だ。
そしてその力を、命を望美によこすという事は、
“かみ”が“かみ”たる力を自らの意思で望美に譲り渡すという事になる。
それは禁忌。
“かみがみ”の世界で決して犯してはならない大罪だ。
それを犯せば、禁を破った“かみ”は殺され、その力を譲り受けた者を何としても狩り、殺すだろう。
“かみ”の名の元に。“かみ”の総力をもって。一致団結し行動を起こす。
命だけではなく、魂すらも砕き、存在を抹消する。
それをこの魔神はやろうとしている。
“かみ”が何よりも怖れる事を。
“かみ”が最も恐れる事。それは望美が“かみ”の力をも手に入れてしまうこと。“かみごろしのかみ”として、ただでさえ厄介な存在なのに、望美が“かみ”の力を得てしまったら、どうなるか。
(衝撃が世界に走るでしょうね)
まず間違いなく、もう一度戦争になる。
望美と、アレ以外の全ての“かみ”との戦いが始まるだろう。
そう考えるだけでウンザリとする。
(いい加減諦めて受け入れればいいのに)
余談であるが、創世神の失った世界は当然ながら滅ぶのが宿命だ。
なので物語に多くある、神殺しの英雄のその末路は世界の消滅に帰結する。
つまり彼らはかみを殺した瞬間、世界もろとも滅亡するのだ。自分の首を自ら切り落とす行為である。
(何も知らないって言うのは本当に恐ろしいものよね)
望美には賢兄ないけれど。
それよりも、と望美はありえない魔神の言葉に疑念の視線を強める。
「意外かい?」
「ええ。意外ね。あんたたちは自分の作ったものを玩具の駒程度にしか思っていないじゃない。退屈を紛らわせるために世界を作り、駒を用意し、観劇する。時には干渉し、絶望と希望をまき散らす。そして右往左往する玩具たちの様子を見て退屈を紛らわせるのでしょう?そんなアンタたちが、駒の為に自分を捧げるというの?あなたたちにとっては世界なんてものも、飽きたら捨てる。便利で代えのきく玩具でしかないじゃない」
「私も最初はそう思っていたんだけどね・・・」
人の望む神と、神は違うもの。
神さまが良いモノでないこともよく知っている。
自分勝手で傲慢で、悪辣な神を望美は良く知っている。
だから望美はこうなってしまった。
想いを込めた魔神の言葉に、望美は嫌でも分かってしまった。
「愛したのね」
「・・・そうだよ。愛してしまったんだ。愛しいと、思ってしまったんだよ」
神を殺す方法は二つある。
ひとつは望美自身の力。
そしてもう一つの方法。
それは唯一神を殺す毒薬の名。
神を犯す、不治の病。
それを一度でも抱けば、その末路は決まっている。
一度それを覚えたら、いずれ身を滅ぼすだろう。
深すぎる想いと、大きすぎる愛ゆえに。
愛は神を殺すのだ。
「自分勝手ね」
「そうだね。私たちは傲慢で自分勝手だということは否定しないよ。でも私は愛してしまったんだ。子供たちがこのまま滅んでいくのを見たくはないんだよ。だからこそ君に頼むんだ、神の傲慢が生み出した神狩りの君を」
笑うソレを、望美は睨みつける。
「私を利用しようって言うの・・・」
「利用するわけじゃない。これは契約だ。ビジネスた。私の力を代価に、君に私の子供たちを救ってほしいんだ。キミなら、出来るだろう?」
「残念ね。私は誰も救わないわ。ここの世界の住民には同情するけど、それだけよ」
「いや、できるさ。だって君は、救世主、じゃないか」
バキリ、と空間が軋んだ。
望美の怒りに呼応するように、望美の力に耐えられない空間が悲鳴を上げる。
それを、魔神は楽しげに見る。
色を失くし、表情を失くし、感情だけを胸の内で燃やす、哀れな娘を。
「君の本質は、神殺しじゃない、救世だよ。あの世界で救世主たる勇者として異世界に呼ばれ、見事魔王をうち滅ぼし、世界を救った。それこそが君に課せられた呪いさ。絶望の中で希望を掲げ、更なる絶望に苛まれ、それでも君はセ カ イ を 救 っ た だ ろ う ?」
にたり、と裂けた笑みに、望美は応えない。
「・・・る」
唸る言葉に魔神は笑う。
異世界に呼ばれた、ただの娘。
魔王から世界を救うための勇者にされた、哀れな娘。
救った世界で、絶望し、世界を滅ぼして見せた娘。
神の傲慢が生み出した、神を狩る、人だった娘。
人でありながら、神を殺す、神殺しの神としての座を得た、神の天敵。
その娘の、弱さ。
浅ましい、願い。
生々しい、感情。
「君が欲しいモノが、ここでなら手に入るかもしれないよ?」
求めて止まないモノ。
欲しかったもの。
諦められないモノ。
魔神の囁きに、
「・・・」
軋みが、止んだ。
「悪い条件じゃないだろう?」
望美の心が揺れた。
その言葉が何を指しているのか、嫌でも分かる。
思い出したくもない、忌まわしい出来事。
私を殺した、あの・・・
「世界を生み出せない君だけど、私の力が手に入ればそれは可能だ」
悪魔の誘惑なんてものじゃない。
悪魔も神も本質は一緒で、元は一つだ。
ただ人間が良いモノは神、悪いものは悪魔と分けたかったからそうなった。
だから神の誘惑も、甘く、縋りたいほどの力を持っている。
「君の望む、世界への」
それはこの下らない茶番に付き合うだけの価値がある言葉だった。
私の弱みを的確に突いて来た言葉。
絶望と、
失望と、
嘆きと、
憎しみで、
私は・・・
「私が私の存在をかけてキミに願うのは、今回の戦争の勝利それだけだ。後は君の好きにすればいい。気に入らなければ帰ればいいし、他の二人の神を殺したって構わない」
どうする?と目が問いかける。
それに私は
「いいわ、踊ってあげようじゃない」
賭けに勝った魔神は、笑みを浮かべた。
ほらね。
だから君はいつまでたっても愚かなのさ。
優しくて、弱くて、救いようがないほど、どうしようもない。
だからこそ救世主たる勇者なんだよ。
世界を救う、者なんだ。