04懇願
クリスティーナは魔神の仕え、魔神の言葉を交わすことのできる唯一の姫巫女であり、魔王に次ぐ発言力を持っている。
ただし魔神に仕える巫女であるため、政治などの事には関わることはなく、常に神殿に詰め祈りをささげるのが役目であった。
前任の姫巫女が亡くなり、次の姫巫女に魔神直々に選ばれた瞬間の感動をクリスティーナは忘れない。
国の為、魔族の為、魔神の為、彼女は祈りを捧げ、願った。
どうか、私たちがこれ以上負けることがありませんようにと。
だがそんな彼女の願いはむなしく、代理戦争は十回目の負けを告げた。
これにより、マナの枯渇した大地はさらに貧しく、国土は奪われ、国が荒れ、人口が減った。
そしてクリスティーナは告げられた。
「君たちはそう遠くないうちに、死に絶えるだろう」
魔神に、魔族の神に、クリスティーナを作り出した神に。
「もう、魔族に王に相応しい駒はいない」
残酷な事実を、突き付けられた。
(魔族が、滅ぶ?)
絶望した。
(このまま私たちは、滅んでしまうのですか?)
何もかもが足元から崩れ、崩壊していくようだった。
「滅びたくないかい?」
滅びたくない。
「死にたくないか?」
死にたくない。
「生きたいかい?」
生きたい。
「たすけてほしい?」
誰か、助けて!
「いいだろう。クリスティーナ」
この時の嗤い声をクリスティーナは一生忘れないだろう。
「君に、王をあげよう」
王?
「そう、君たち魔族を救う、救世主たる王を」
救世主。
私たちを救ってくれる、魔王様?
「そうだよ。君を救ってくれる、王さまだ」
くつり、と笑う声にクリスティーナは顔を上げた。
「欲しいかい?」
ほしい。
「君を救ってくれる王さまが」
王が。
「魔族を勝利へと導く王さまが」
私を救い、魔族を救う王が。
「このせかいをすくってくれる、おうさまが」
助けて!
「のぞむか?」
その誘惑にあらがう事などクリスティーナには出来なかった。
「遥か遠い、神代の時代、この世界がまだ作られなかった頃より私たち三種族の因縁は始まっています。私たちを生み出したこの世界の創世神は三柱。私たち魔族の神、魔神。精霊族の神、星神、神族の神、聖神。彼らはともに仲が悪く常に争っていたといいます。どれくらい争っていたのか、何が原因で争っていたのか、とうの遥か彼方に置き忘れてしまった彼らは、しかし、決着を付けねば気が済みませんでした。ですがいくら争ったところで三神の実力は拮抗していて決着がつきません。そこで三神は一つの世界と創り、自分の加護を与えた者達を生み出し、彼らに決着を付けさせることにしました」
場所を移した部屋で、クリスティーナは語る。この世界と魔族の状況、そして望美を召喚した理由を語った。
「私たち魔族は魔神に選ばれた魔王を、精霊族は星神に選ばれた精霊王を、神族は聖神に選ばれた神王を。三種族の王は神の代理人として戦い、勝者に千年分のマナを独占する権利を与え、先にこの世界を制し、残り二種族を根絶やしにした種族の勝ちとする、これは代理王戦争ゲームなんです」
この世界の創世と、自分たちが生み出された理由。
「そして私たちはここ一万年負け続け、拮抗していた力も領土も失い、世界を満たすマナも枯渇してます。前王が戦争で負けて以来、998年もの間、私たちの中から王は選ばれませんでした。このままいけば今回の戦争で私たち種族は滅ぶでしょう」
「・・・だから私を呼んだの?」
冗談じゃない、と罵りたかった。
この先の言葉なんて聞かなくてもオチが読めている。
魔王に選ばれるだけの力を持った者がもう魔族にはいないのだ。
魔王が選ばれないのなら戦争に出せる王がいない。戦争に王が出なければ必然的に魔族は負ける。
その打開策として行ったのが召喚。
魔神に魔王と認められるだけの実力を持った者を魔王とするために、そして代理戦争に投入するための王と言う名の駒を、彼らは望んだのだ。
そして魔神は彼ら魔族の願いに応えた。
だから私はここにいる。
唸るような望美の声にクリスティーナは小さな体を震わせる。
事実望美は怒っている。これ以上ないというほどに怒っていた。
それは当然彼らも覚悟をしていたのだろう、それでも望美の怒気にクリスティーナは泣きたくなった。
「無関係な方を巻き込むこと、私たちが自分勝手なお願いをしていることは理解しています」
「冗談じゃない。理解しているなら無関係な他人を巻き込まないで」
「でも、でも・・・」
辛辣な望美の言葉。
当然だ。彼女にとっては何の関係もない事なのだ。
怒られることも恨まれることも、憎まれることも覚悟でクリスティーナは召喚の儀式を行った。
死にたくない。このまま滅びたくない。ただその一心で、全てを背負う覚悟をしたのだ。
「偽善者面も被害者面もしないで。あなた達にとって私は都合のいい駒でしかなくても、私にとっては誘拐でしかないの。手を貸す理由も戦争に参加する謂れもない。大体ここは私の産まれた世界でもないし、あなた達は他人でしかない。無理やり拉致誘拐してきた人の願いをどうして私が叶えてあげなきゃいけないの?魔王として崇め奉ればホイホイ頷くお人よしにでも見えた?私があなた達のために命をかけてあげる理由なんか、どう考えてもあるわけないじゃない。世界を救ってくれと召喚されて喜ぶのは夢と現実の区別すらもつかないバカか、英雄願望を抱く自殺志願者、そして人を疑うことを知らない底抜けのバカだけよ。そして私はバカでもアホでも自殺志願者でもないし、見ず知らずの人間の為に命を捧げられるほど出来た人間じゃないの。分かったら私を元の世界に返して」
「・・・うっ」
「女子供は泣けばどうにかしてくれると思うならそれは間違いよ。少なくともあなたが泣こうが喚こうが、ここにいる彼らが殺気だって私を殺そうが、拷問をしようが私は魔王なんかにならない」
「そんな、事は・・・しません」
だが望美の言葉はクリスティーナの一筋の希望すら砕く。
本当は少しだけ期待していたのだ。
魔神は言ったから、本当は優しい人だと。
彼女を愛してあげればちゃんと愛を返してくれるものだと。
そして、
「大体私がそんな大層な人間に見えるわけ?どう見たって一山百円でたたき売られる様な埋没した人間でしょう」
「そ、そんな事はありません!だってあなたは、私たちの、救世主なんです!」
望美の言葉にクリスティーナは反論する。
「私たちが待ち続けた、王なんです!!」
魔族を救ってくれるのだといった。
この戦争に勝利するだけではなく、このゲームに勝つだけの実力を持ったものだと。
魔族を繁栄に導く王なのだと、そう言ったのだ。
だからクリスティーナは渋る魔族を宥め、召喚の儀式に望んだのだ。
どうかわたしたちを救ってください。
この世界に再び恵みを与えてください。
自分がどれほど罪深いことをしているのか、自覚しつつも、その誘惑はあまりにも甘美だったのだ。
「・・・なんでそうまで見ず知らずの人間を信じられるんだか」
ぽつんと呟かれた、怒りを消し去った呆れた言葉にクリスティーナは望美を見る。
さっきまでの怒りは霧散し、クリスティーナを見る望美の眼は呆れた、それ一色であった。
消えた望美の怒りに勇気づけられギュッと胸の前で手を握る。
「だって、あなたは優しい人だから」
クリスティーナの言葉に目を丸く驚きを露わにする望美。
そんな彼女を見て、望美が待ち望んでいた王であると確信した。
「よくそんな事が言えるわね。私、怒っているんだけど」
「それは承知しています。でも私も引くわけにはいかないのです。私たち魔族が生き残るためにも、私たちには、あなたの力が必要なんです」
じっと、漆黒の瞳がクリスティーナを射抜く。
深くて底の見えない、まるでクリスティーナの子ことを暴くかのようなその瞳。
(きれい)
そう、素直に思えた。
だがそんなクリスティーナに返ってきたのは望美の残酷な言葉だった。
「ならやっぱり勘違いだと思うよ」
ふっと、冷ややかな笑みを浮かべ、自嘲するかのように望美は言ったのだ。
暗い色を宿して。
「え?」
「だって私、自分の名前以外覚えていないから。だから私が戦えるとか魔王に相応しい力を持っているとか、ありえないと思うなぁ」
「そ・・・そんな」
ディーノに問うように視線を向ければ、彼は重く頷いた。
予想外の言葉にクリスティーナの足元のガラガラと音を立てて崩れていく。
何もかもが壊れていく、そんな気がした。