03対面
念のための一晩だけ宿をとり、その後は馬での強行軍になった。
ディーノさん曰く、(ディーノさんと呼んだら、陛下にそのように呼ばれるのは云々カンヌンと柔らかく断固として拒否されたが黙殺する。だって明らかに彼の方が年上だし、イケメンを呼び捨てとか、怖ろしくて出来やしない)私たちがいた国境付近は魔族狩りが起きる危険極まりない場所だったためだ。
ちなみに私を殺そうとした金髪美青年は神族と言って魔族の敵であり、他に精霊族がいるらしいがそちらも魔族の敵だという。
敵多いな、魔族は嫌われているの?なんて思ったが聞けば神族と妖精族、魔族は敵同士らしく、この三種族は三つ巴の戦争が創世期から現在にかけて続行中である。
止めるに止められない、まさに泥沼の三つ巴戦という訳だ。怒涛の勢いで死亡フラグが立っていく。いや、滅亡フラグか?
これが厄介事ではなくてなんというのか。
ため息をついた私は悪くない。
「あれが、暁星城ですよ」
ディーノさんの言葉にすっぽりと体を覆っていたフードを少し上げる。
目の前に映るのは白亜の城。
その城を中心に広がる町と、城壁だった。
それが、荒れた荒野の浸食に抵抗するように建っていた。
「飛ばしますから、もう少しだけ大人しくしていてくださいね」
ディーノさんの言葉と共にフードが下される。
大きな布にぐるりとまかれ、髪の一筋も見えないようにとグルグル巻きに、それこそミノムシか荷物のように巻かれた私は再び暗い闇に戻される。
それは道中も同じだった。
隙間から見える光景は、赤茶け、干上がった痩せた大地。
それは徐々に緑を増やしていたものの、私の眼には滅びゆく大地にしか見えなかった。
(・・・)
その光景にそっと目を閉じる。
まるでこの世界が、死んでいくようだと思ったから。
その考えを、打ち払う。
(でも、どうして?)
道中ディーノさんは私を布で包み、決して私の肌を見せようとはしなかった。
顔も、目も、髪の一筋さえ見せないようにきっちりと、そう、布に包まれた荷物の様に私を包んでいた。
それは部下に対しても同じなのか、彼は異常なほど、私を人目に晒すのを避けた。
借りた宿の中でも、私が見たのはディーノさんだけ。
私の世話をしてくれたのも、ディーノさんだけ。
話し相手も、ディーノさんだけだった。
他の人は?と聞けば、やんわりと笑顔で拒否された。
会わせるわけにはいかないのか、それとも会わせたくない理由があるのか私には分からなかったけど、結局私が彼以外の人を見ることはなく今日に至った。
緩やかな振動。
遠のく人の声に城が近いのだと察した。
兵の声と、重い扉が開くような響く音。
そしてその静けさから、まるで人目を避けているようだと、思ってしまう。
(いや、避けている)
魔王と言って私を迎えに来たと言いつつも、彼の行動は明らかに何かを避けていた。
まるで人目に付くのを恐れるかのように。
人の眼に晒されてはならないかのように。
部下でさえ、彼はそれを許さなかったのだから。
「着きましたよ」
穏やかな声に今度こそ覆っていた布が取り除かれる。
照りつける太陽が眩しくて、目を細めるが、慣れた私の目に映るのは城の入り口らしきところに立ち並ぶ彼らの姿だった。
(・・・歓迎されていない?)
わざわざ魔神とやらが召喚なんぞして私を魔王に仕立て上げるくらいだから、てっきり喜色満面、とはいかないものの歓迎されるものとばかり思っていた。
だがどうだ、彼らの顔は!端から不満顔、鉄面皮、無表情、怒りの眼差しで私を睨みつけているではないか。
ディーノさんが私を抱きかかえたまま馬から降り、彼らに歩み寄る。
個々の顔は違う者の、彼らは全員嫌なくらいに美形であった。
まるで乙女ゲーの世界か、逆ハーレムの世界である。
(私が一体何をした!?)
清く正しく美しく、生きていた記憶は全くと言っていいほどないのでわからないけど、見ず知らずの初対面にこんなに歓迎されないほどの人間ではない、と望美は信じたい。
ディーノさんの話を信じれば彼らと私は初対面、のはずだが。
「なんだその小娘は!」
つかつかと靴を鳴らし肩を怒らせてきたのは怒りの眼差しで私を睨みつけていた、金髪にエメラルドグリーンの目をした、まさに天使だった。
後ろで一つにまとめた尻尾が、キラキラと輝き、まるで彼自身が光を放っているかのような神々しさがある。
度を越えた眩しさはまるで絵画を見ているような気分にさせる。
ただし、こんなに敵意をむき出しにされた挙句睨みつけられていなければという注釈がつくけれども・・・
一体私が何をしたというのだろう。
こちらは笑顔で脅されてきたというのに、この言いぐさ。
私に迎えをよこしたのはあなた達じゃないのか!?と心の中で怒鳴る。
(あれ?でもこの世界で金髪エメラルドグリーンの瞳って神族だけが持つ色だって、言ってたけど?)
なら彼は神族と言う事だろうか?
でも神族は敵だと言っていたような気がするけど?
「陛下の前だぞクリス。口を慎め」
「ハッ!どうだかな。この世界の、ましてや魔族でもない異界の娘なぞ、本当に魔神の選んだ娘か疑わしいものだ」
吐き捨てられる言葉。
じろじろと無遠慮な視線が私に走る。
そして彼はバカにするようにせせら笑った。
(・・・ちょうむかつくんですけど!)
「汚らしい。これが本当に魔王か?威厳も王威もない、市井の娘だと言われた方が納得できる。黒を宿しているからと言ってこれではまるで人間じゃないか」
天使のような男の暴言に、私の我慢も限界だった。
「人間だったら何だって言うのよ」
「聞いたか!語るに落ちたとはこの事だ。人間ごときが図々しくも魔王を名乗るとは浅ましい根性だ」
「そうゆうアンタこそ神族なんじゃないの?金髪にエメラルドグリーンって、そうゆう事なんでしょ?」
「キサマぁ!!」
私の言葉に顔を真っ赤にさせて、激情を表するクリス。
望美の言った言葉はクリスにとって禁忌だった。
触れてほしくない、疎ましい自分の血。
髪が緩くたゆたい、クリスが魔術を発動させようとするのは此処にいる望美以外の者が分かった。
そして望美も、クリスにとって触れてほしくない事を言ったのだと、理解した。
一瞬触発の空気、それを破ったのは幼い少女の悲鳴であった。
「お止め下さい!!」
キーンと響いた声に、クリスは眉を顰め、ここにいる全員が声の主を見る。
パタパタと走ってきたのは年の事が12,3歳ほどの幼い少女だった。
濃紺色の髪を翻して、少女はクリスをポカポカと叩く。
「陛下に無礼はやめてください!陛下は魔神さまが遣わした私たちの救世主なんです!かけがえのない人なんです!望美様をいじめないでください!」
「ク、クリスティーナ」
ポカポカと濃紺色の瞳に涙を湛えて抗議するクリスティーナにクリスは深く息を吐き、魔術を中断する。
姫巫女の言葉なら従わなくてはならない。
「なんで私の名前」
そして望美は、少女が自分の名前を知っていることに驚きを隠せなかった。
驚く望美に気が付いたクリスティーナは涙を湛えたまま、懇願した。
「どうかわたしたちをお救い下さい!!」
縋る目に、見たことのない光景が浮かんだ。
赤い、アカイ。
真っ赤なセカイガ