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02異世界

眼を開ければ知らないベッドで眠っていた。



ゆっくりと体を起こしあたりを見回す。

白いレースのカーテンが掛った窓の向こうには青い空。

あまり広くない室内には私が占領しているベッドとイスとサイドテーブルと、扉。

サイドテーブルの上には申し訳程度にちょこんと黄色い花が活けてあった。

後はこれといって特になく、どこかさびしさを感じさせる室内。


「・・・?」


ふと足に違和感を感じてそっと掛布をめくる。

つんとした独特の香りがふわりと漂い。それは両足に丁寧に巻かれた包帯の中身であることが分かった。

ジンジンとした痛みが自覚した瞬間私に訴える。

やはり日の照りつけた大地を裸足で歩いたのはまずかったようだ。

痛みを訴えなくなった足は私の予想以上に酷かったらしく、当分は自分の足では歩けないだろうと当たりをつける。

次に着衣を確認するがどこもおかしいところはない。

誰かが拭いてくれたのだろうか、あんなに汗をかき埃まみれになっていた私はきれいに清められていた。

ただし、ワンピースの中は違うようだ。ちょっと汗臭くてげんなりする。

乙女としてはこの体を見られなかったことに喜ぶべきか、この汗臭さを悲しむべきか少し悩むところだ。


「さて、どうしたものか」


この状況をから推測するに私をここに連れてきてくれた人は、あの金髪の人たちとは違い私を殺す気はなさそうだ。

それを言ったらなぜいきなり殺されかける羽目になったのかと言う疑問がわくけど、今はいったん保留にする。

となると、私を助けてくれたのはあの砂の大地を思わせる髪をした人たちだろうか?

木を失った私にはその人しか心当たりはない。

でも、一体何故?


「目が覚めてから、分からないことだらけだ」


頭を抱え、首を傾げ、脳みそを振り絞っても分からない事は分からない。

そもそもなんで湖で溺れていたのか、その前私はどこにいたのか、何をしていたのか、それすら思い出せないのだ。


「覚えているのは名前だけって・・・物語じゃよくあるんだけど、キツイなぁ」


こんな状況で喚かないだけでもすごいと思う。

と言うかむしろそれを大した事だと思っていない自分に苦笑を禁じ得ない。

キツイと言いつつ、冷静な私は片隅でこの状況を整理しているのだから。


ガチャリ、とドアのノブが開き、私の眼に彼が映った瞬間、私は固まった。

相手もまさか私が起きているとは思わなかったのだろう、一瞬驚いたような顔をして、安心するような笑みを浮かべた。

それは見惚れるほど爽やかな笑みで、ある意味うさん臭かった。


「        ?」


コツコツと靴を鳴らしてベッド横にある椅子に腰を掛け、彼は私に問いかける。

が、残念ながら何を言っているのかさっぱりわからない。

私に分かるのは目の前の人が男の人で、ムダに爽やかな男性で、キラキラ眩しい美形で、声が低く、甘く、脳みそが溶けそうなほどムダにエロい声だという事だけだ!


(新手の拷問!?)


スッと伸ばされた手に体を強張らせる。

そんな私を見て困惑したように赤銅色の眼を細めると、その手をゆっくりと離した。

その様子をじっと見ていれば柔らかな目のまま彼は、グラスを差し出す。


「         」


何を言っているのかやっぱりわからないけど、飲めと言っているのだろう。

彼の動作で理解し、視線をクラスに映す。

クンと臭いを嗅いでみれば、特に何かが香るということはなく、透明なソレは水だと判断する。

本音を言えばすごく喉が渇いていたから飲みたいのだけど、素直に飲めない自分がいる。

この人が私を助けてくれて傷の手当てをしてくれたのだろう、たぶん。

こうして様子を見てくれたということは心配してくれていたのだろう、たぶん。

彼は私を、助けてくれたのだ。

でも、それを素直に受け入れられない自分がいる。


「・・・」


じっと、水の入ったグラスを見る。

それは冷たく、私の喉を潤すだろう。

でもどうしてだろう。やっぱりそれを素直に飲む気にはならない。


「あ」


影が落ちたと思った瞬間、ひょいっと私の手に在ったグラスは彼の手の中に在った。

じっと見る私に微笑み、彼はそれを飲んで見せる。

何も入っていない。大丈夫だと、そう示した。

空になったグラスに水を注ぎ、彼は私にグラスを差し出す。

私はそれをオズオズと受け取り、飲んだ。


「・・・おいしい」


水は冷たく、甘く、あっという間に飲み干してしまった。

からからに乾いた体に浸み渡り生き返った心地になる。


「よかった」


耳に届いた言葉に驚き彼を見る。


「言葉が・・・通じる?」

「ようやくね」


優しく笑う彼に私はますます驚く。

まるで彼には分かっているかのようだった。私がこの水を飲めば言葉が通じるようになるのだ、と。


「あなたを騙すつもりはない。ただこの世界のモノを口にすれば言葉は理解できるようになると言われて、驚かせてしまったのなら謝ります。だけど分かって欲しい、オレはあなたに仇を成すことは絶対にしませんから」

「・・・」


私よりも年上のそれもイケメンに下手に丁寧に謝られれば、問答無用で許してしまいたいが、私は警戒を強めたまま彼を見る。


「足以外は特に外傷はなかったようですが具合に悪いところはないですか?喉が渇いているようでしたら水を飲みますか?お腹はすいていませんか?」


甲斐甲斐しく聞いてくる謎の爽やかイケメン。

なんでこの人やたら私に丁寧なんだろう?

ますます怪しいことこの上ない。


「・・・だれ?」

「ああ、そうですね。これはとんだ失礼を。オレはディーノ。ディーノ・クイーン・バレンタイン。あなたをお迎えに上がりました」

「私を?」


たぶんこの時私は心底嫌そうな顔をしていんだろう。



「ええ」


困ったように彼は笑い、跪いた。


「我らが魔の神の召喚により、666代魔王陛下、あなたを暁星城へ御連れいたします」


告げられた言葉に、頭が真っ白になる。

イマコイツハナントイッタ?


「・・・えっと、コレは何かの茶番?冗談だよね?」

「いいえ。冗談でもジョークでも、ドッキリでもありませんよ」

「いやいやいや!そもそも意味が分からないし!魔の神ってなに!?魔王陛下ってなに!?とどめに城って!?」

「魔の神とはオレたち魔族の神にしてこの世界を創世した三神の一柱ですよ。オレたち魔族の創世主にして唯一神です。魔王陛下とは魔神の魔族の王として認められた者を指します。アナタでちょうど666人目の王です。暁星城とはオレたち魔族の国の首都アダマスにある魔王陛下が過ごされる城の名前で」

「そうゆう意味じゃなくって!」


つらつらと説明するディーノさんの言葉を遮る。

私が言いたいのはそんな事じゃないのだ。

魔神とか魔王とかよく分からないけど、このままいけばとんでもないことに巻き込まれるような気がする。

ってか巻き込まれる!絶対!

異世界召喚の物語は多々あるが、このままいけば強制的に物語直行ルート確定である。

それだけは断固拒否だ。


確かに私は勇者召喚の物語とか、魔王とか、世界征服とか、英雄物語とか好きではあるが、それは物語の嗜好であって、一度たりとも現実になって欲しいなんて思ったことは、ない!

大体なんで魔王!?討伐される側なんて冗談じゃない!

勇者になって殲滅するのも嫌だけど魔王になって勇者に殺されるのも、嫌だ!!

断固拒否!

速やかに諦めてもらい、カツ、お帰り願おう!そうしよう!


「そう!きっと何かの間違えだよ!だって私自分の名前以外覚えていないんだもん。そんな人物が魔王なんてありえないでしょう!うん、だからきっと人違い!」

「残念ですが、それこそありえませんよ」

「なんでそう言い切れるの?私が魔王だって確たる証拠があるわけでもないのに・・・」

「巫女姫が魔神の信託を受けた。国外の泉に当代の魔王を召還したと・・・あなたは本来なら魔神の加護の元神殿に召還されるはずだったんです。でも魔神ですら予期しない何かが起き、このような国境付近の泉に召還されてしまったことは魔族を代表して謝ります。危うくあなたを失ってしまう所だった。これはオレたちの不手際です。どんな罰も受け入れます。名前以外の記憶を失っているのは召還の弊害が原因でしょう。重ねて謝ります。ですが、あなたは紛れもなく魔神が遣わしたオレたちの魔王陛下だ」


赤銅色の眼差しにたじろぐ。

ダメだ望美。いくらこの爽やかイケメンが良い男だからって、ほだされちゃダメ!

しゅんと項垂れるイケメンに罪悪感を抱くなんて、間違っている!

負けるな望美!がんばれ望美!

ここで負けたら、惨殺ルート直行、死亡フラグ確定なんだよ!?


「・・・だからその証拠が」


結局イケメンに負けました。


「確かに、あなたに納得できるような証拠はオレには提示できません。ですが黒い髪と黒い瞳を持っている以上、ここにあなたを置いていくわけにもいきません。どうかオレと一緒に城に来てください。あなたを召喚した理由も、アナタが魔王だという証も姫巫女なら示せるはず」

「・・・」

「オレがあなたを守ります。この命に代えても守って見せます。ですからどうか、一緒に来ていただけませんか?」


真摯な言葉に反論の言葉が呑みこまれる。

顔を上げ、跪いたままの彼の言葉に、私は顔を背け告げる。

優しくこちらの了承を乞うてはいるものの、実際私に拒否権なんて・・・ない様に思える。

だが、現実はどうだろうか?

このまま駄々をこねて拒否していても、彼からうまく逃げおおせてみても、この世界の常識や知識のない私が生き残れる確率は低い。

現に、さっきはこの人たちがいなければ殺されていたのだ。

だからと言って彼についていけば、私は絶対に嫌な目に合う。そして殺す側に立つのだろう。

かれらの、敵とやらを滅ぼすために・・・


彼は私を魔王だといった。


その意味を、その存在を、考える。

今までこの人の言葉から、何が起こっているのかを私と巡る状況を、推測する。


私は死にたくない。変な知識が湧くものの、自分の名前しか分からないこんな場所で死にたくない。

なら今ここで彼らから逃げ出すのは自殺行為だ。

でも彼らについていけば、私は魔王とやらにされてしまう。

では、この世界での魔王とは一体どんな立ち位置なのか。

彼の様子から見るに緊迫しているのは伝わる。

だけど今ここでそれを聞いたところで、彼はきっと答えないだろう。

私なら、絶対に逃げられない場所に連れて行ってから現状を告げる。

バカ正直に話されて逃げだされても困るから。


逃げるか、付いていくか。

安全と無謀を天秤にかける。

答えなど考えるまでもない。


知識と情報は必要だ。

逃げる手段はおいおい考えればいい。

腹が減っては戦は出来ないというし、私が大人しくついていく間は空腹に悩まされることもないはずだ。

食べる物がなければ逃げ出す体力も確保できない。

情報を得られなければ、行動を立てることも出来ない。

何より自分の立ち位置を知ることは重要だ。


私がここで、生き残るためには。


「・・・分かった」

「よかった」


安堵した柔らかな微笑みに、私は目を背けた。



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