15.話し合い2
サミュラの言葉にさてどうしたものかと内心望美は首を傾げる。
望美は魔法なんてない世界で生まれた人間だ。
魔法は空想の世界での話で、科学技術が発達した文明で生きていた。
戦争もあったけど、それは望美が生まれる前に終わっていて望美自身戦争を知らない。
国は敗戦後、戦争を放棄し平和を謳う平和な国だったし、望美は学校に通うごく平凡な高校生だった。
母と父と弟がいて。ごく平凡な家庭の子供として生まれ、平穏を享受し、当たり前の幸な生活を過ごしていた。
・・・あの時までは。
魔力も持たない魔法も知らない。
魔法なんてファンタジーな世界の人間に、いくら望美が勇者として召喚されたからと言って突然魔力が目覚めた、なんてオチがあるはずもなかった。
神の加護とやらで超人的な力を手に入れたというオチもない。
魔力なんて存在すら認識されていないモノを望美が持っていたという奇跡は起こらない。
夢物語ではないのだ。無いものは無い。
望美はごく普通の、無力で無知で、無害で、愚かな小娘にすぎなかったのだから。
だから望美は知らなかったのだ。
いや、あの時は異世界に呼ばれたという衝撃とまるで物語のような展開についていけていなかった。
それを人は、浮かれていたと言う人もいるけれど。
だから望美が疑問を抱いた時には遅かったのだ。
そもそも勇者とは、あの世界において生物兵器を指す言葉でしかなかったことを。
その世界の人間を使えば非難を受ける為、体よく異世界の生き物を対象とした実験であったことも。
望美が召還と同時に施されたのは、ありていに言えば、禁術による人体改造に他ならない。
魔力がないなら魔力をつければいい。その判断で知らぬ間に施されたありとあらゆる禁術。
それを面白がったあの世界の精霊とやらが、望美に更なる手を加えたことも。
加護と言う名目で人ならざる力を得て望美はさらに強くなった。
奴らにとって望美が実験動物で、面白いゲームへのスパイスでしかなかったのだから。
そして彼らはそんな望美の実験成果に狂喜し、次々と力を与え続けていた。
召喚と同時に望美に施された禁術は精霊の加護と言う更なる強化で望美の魂を変質させ、それは彼らの期待以上の成果を出し、望美は見事魔王を倒して見せた。
望美は魔王に挑み、そして勝った。
この時ならばまだ、望美はまだ人でいられたのだ。
人であると、信じられた。
望美を勇者と讃えた人々。
脅威が去り、喜びに沸く世界。
この時ならばまだ、後戻りできた。
望美は何も知らなかったから
人であると信じていたから。
人を、信じていたから。
そう、信じていたのだ。
この時まで。
望美は、信じていた。
なのに・・・
突き付けられた現実に望美は絶望した。
裏切られた信頼は憎しみに変わった。
真実が望美を殺した。
人が望美を壊した。
許せなかった。何もかも。
全て、許せるわけがなかった。
何も知らなかった自分の無知と、知ろうともしなかった愚かさを、望美は嗤った。
だから、望美は応えてあげたのだ。
「これがあなたたちの“のぞみ”だったんでしょう?」
自分の名前の皮肉に嗤う。
“かみさま”すら予想できなかった望美の魂の変化は“かみさま”を殺してみせた。
望美は、神の悪戯と言う言葉を、笑えない現実と化してみせたのだ。
それを進化と呼ぶのか、変異と呼ぶのか、望美には分からない。
分かるのはただ、望美はもう人間ではないのだという事だけだ。
もう、戻れないという事だけだ。
「魔王様?」
クリスティーナの言葉にハッとする。
過去に思いを馳せ過ぎていた。
これは望美の悪い癖である。
という訳で望美は魔法論理に詳しくはないのだ。
何せ直接身体に植え付けられ、感覚で扱っているのだから。
まして神に世界の倫理を問おうなど、愚かとしか言いようがない。
「その前にこの世界での魔法について教えてくれるとありがたいかな。クリスとの戦いで感覚的には把握したつもりだけど私が知らない事もあるだろうし」
望美の言葉にサミュラが頷く。
「この世界には魔族の他に精霊族や神族がいるんですよね?彼らも魔法が使えるんですか?」
「ええ。この世界にいる生き物は人間を除き生まれながらに皆魔力を持っています」
「魔力の定義は?」
「魔力とは、我々の生命エネルギーと思ってください。体力とはまた別の者ですが魔力を使いすぎれば疲労を感じ、限界以上に酷使すれば死に至ります。魔力保有量は個体によって変動はあるものの概ねこの世界の誰もが持っているエネルギーです。ごくまれに個の魔力を持たないで生まれる者達もおりますが、それを我々は人間と呼んで区別しています。また魔力を持っても魔法を発動できない者もまれに生まれてきます。その多くが人間と魔族の間に出来た子供に見られる現象で、我々は分かれらをキメラと呼んでいます。ただ彼らはどうやら自身の魔力を実感できないようです。」
また何とも分かりやすい差別用語だ。
人間とは魔力を持たない者を指し、キメラとは魔力を保有しているにもかかわらず何らかの理由で魔法が発動しない者を指すらしい。しかも自覚症状ないときた。
いっそ清々しいとも言えるが人間やキメラにとってそれは烙印にも等しいだろう。
言葉から察するに、いい扱いは受けないと想像に難くない。
(だからディーノさんは)
あんな風に自分を嗤ったのだろう。
自分が魔族と人間の間の子供で、魔力があっても魔法を扱えないから。
ちらり、とクリスを見る。
(・・・魔族と神族との間の子)
一族以外はすべて敵。
敵は根絶やせ、のこの世界では、さぞ生きにくいだろう。
「じゃあ、精霊族や神族も魔力を使って魔法を扱えるわけですね」
「はい。魔力は我々だけではなく世界にも満ちています。世界に満ちる魔法エネルギーを我々はマナと呼び、マナが枯渇すると大地は痩せ、水は干上がり、緑は消え、嵐が起こり、世界に異常をきたします。逆にマナが豊富な、奴らの領土では緑が多い茂り実り多い国と変化し、マナを利用した生活を送っているとか」
美人さんが切なげに表情を歪ませる様は、ぐっとくるものがある。
私が見たのは溺れかけた湖と辛うじて残っている森だけだけど、その跡広がるぺんぺん草一つない大地を思えばそれも当然かと納得できる。
十回連続で戦争に負けるということはそうゆう事なのだろう。
敗者はただ死を待つだけ。それがこの国の今の現状なのだ。
(マナ、か)
私が力を使えばそんな問題簡単にクリアできるけど、ホイホイ何でもかんでもやってあげるのが彼らの為だとは思えない。
私に依存されては困るし、そうゆうやり方は何かを壊してしまう。
だから別の方法を探さないといけないのだ。
だがその問題も私が代理戦争に勝てば多少回復するのだからその先を考えたとして・・・
(堂々巡りだ)
いい子ちゃんな彼女を押し戻す。
そうゆう余計なことは今はいいのだ。
そこまでしてやる義理はない。
今はただ、戦争に勝てばそれでいい。それ以外はしてあげない。
「魔法は?」
「クリストファーと戦ってもらって分かったと思いますが、我々の扱う魔法には、自然に似た現象を魔法によって再現します。その技の取得難度や威力別に特一級から五級に分かれています。クリストファーの放ったあの紅の龍は特一級に分類されるもので国内で扱えるのは今のところクリストファーのみ。今回は決闘と言うことで威力を抑えていたようですが、本来なら森ひとつ軽く焼き滅ぼす威力を持っています。クリストファーは炎系の魔術が得意なので、ついたあだ名が炎龍の貴公子とか」
「サミュラ様!」
くすっと笑った最後の言葉にクリスが顔を真っ赤にさせて声を上げる。
「言っとくけどな!お前の目の前にいるサミュラ様はこの国では魔法の権威と言われているんだぞ!最強の魔王と謳われた初代魔王陛下以外扱う事の出来なかった複数の魔法の同時展開が出来る凄いお人なんだ!」
「クリストファー。アナタが私のかわいい弟子で私を慕ってくれているのは分かりますが、それを魔王様の前で威張り散らすのは愚か者のすることですよ。私の魔術など新魔王陛下の前では児戯に過ぎない。比べるのもおこがましいのですから」
「それは・・・そうかもしれませんが」
「ですからぜひ魔王様には私と眠れぬ夜を過ごしていただきたいのですが」
しぶしぶ納得するクリスを微笑ましい目で見て、熱い視線をサミュラは望美に向ける。
熱が入るサミュラに突き刺さる視線で、彼は肩を竦めた。
「それはまた今度にいたしましょう」
それにあいまいに笑う望美。
付き合ったらが最後、永遠に解放されないと想像に難くなかった。
「精霊族や神族も同じ魔術系統なんですか?」
「得手不得手はありますが概ね同じでしょう。ただ魔族が攻撃魔術に特化しているのと同じく、精霊族や神族は結界や回復を得てとします」
「魔族はそうゆうのは得意じゃないの?」
「あまり得意ではありませんし、扱えるものも多くない。我々としては回復魔術の使い手を増やしたいのですが、扱えるものが少ないのが現状です。魔王様は回復魔術は扱えますか?」
「得意か不得意化と聞かれれば得意だよ」
回復魔術がないと自分で自分を治せないし。
回復魔術は重要だよね。
ゲームとかだと攻撃に特化しがちだけど、回復役がいないとパーティー全滅しちゃうし。
「それは素晴らしい。ぜひともその技術の伝授を乞いたいですね」
「うまく教えられる自信はないけどそれでいいなら、よろこんで」
私は感覚で魔術使っているようなものだからなぁ。
説明とか下手。
なので、あの世界を思い返しながら話す。
「私の“戦った”世界では魔法は多種多様で、得意とする魔法によって職種が分かれていたりしました。医療魔法を専門とする人たちをヒーラ―。ある物質を全く違う物質へと作り変る人たちを錬金術師、体内にある魔力を操作することによって身体能力を高めあくまで拳こそ最強と言う拳闘士。剣に魔法を纏わせ戦う魔法剣士。歌に魔力を込める踊り子。死体を操るネクロマンサー。その幅は広く、職業も多かったです。中には魔力を持たない人でも魔法道具を扱えるようにと言う発明者もいましたね。その中でも特に力を持ち、だれにも真似できない自分だけの技を持つ、ある特殊な人たちもいました。」
聖女とか。
ゆうしゃ、とか。
どろり、と心の中で黒い感情がざわつく。
「魔法は戦争だけに活躍する者ではなく、生か」
つの、と続けようとしたらいきなり言葉を遮られた。
遮ったのはもちろんサミュラさんだ。
「す、すばらしい!それが、魔王様の世界では普通だったのですね!」
プルプルと震え、興奮したように声を上げる彼を見て望美は目を丸くした。
「ああ、なんということでしょう!魔法の可能性はこんなにも無限に広がっていたとは!私は属性ばかりにこだわって、ああ、自分の凡庸さが恨めしい!」
「・・・えっと?」
「参りましょう魔王様!」
ひしっと、手を握りしめられ望美は戸惑う。
爛々と光るサミュラさん。
その様子はさながら興奮止まぬ・・・ただの変態。否、狂魔法師。
「どこに?」
「私の、あいの「失礼」ふぎゃ!?」
割り込んだ声と共にサミュラは地に落ちた。
だれが、意外にもディーノさんだった。
ディーノさんは静かにサミュラの後ろに立つとその首の牛をに衝撃を当て意識を強制的に落としたのだ。
「サミュラ様のご乱心だ」
ディーノはそうゆうと意識を落としたサミュラを兵に渡す。
「あー。ここいらで休憩にするか。昼食も近いし」
「同感だ。サミュラがあれでは使い物になるまい」
ポリポリと頭を搔くネスティにアガス冷たく同意した。
ネスティの眼は呆れ、アガスの眼はゴミを見るようだったと後に望美は語った。
魔法云々については軽く流してくれるとありがたいです。