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13.魔神は消滅しました

「改めて紹介いたします。望美様」


ご飯ちょうだいと訴える私の腹の音を優先し、朝食の席に再び戻る。

円形の卓に着いたのは私を含めて五人。室内にいるのは給仕以外の七人。クリストファーとディーノは壁に立ち、残り五人は円卓に着く。

彼ら二人は身分が違うと言って席に着くのを固辞した。

故に壁の花である。

にっこり笑ったクリスティーナが示す。


「こちらは我が国の三人の宰相です。政務財務軍部を統括運営しており、魔王様不在時に国政を代理に担う者達です。望美様が戴冠式で王位を宣誓したのちは下に降り魔王様の補佐をいたします」


最初に見た不機嫌、鉄面皮、無表情の人たちだ。

上座に私。次にクリスティーナ。

彼女は次を示す。


「ネスティ・クイーン・ブラウン卿。主に政務や貴族の管理をしています」

「ネスティだ、よろしくな。魔王陛下」


筋肉の逞しい、ナイスミドル。私が最初不機嫌と評した人物だった。

白髪の混じった藍色の髪と同じ色の瞳だが、それがなかなかいい感じに渋い中年の魅力を出している。

強面の迫力はあるけど、ちょい悪親父と言った愛嬌のある笑みを向けられた。


「よろしくお願いします」

「御年5896歳のっとっても妻思いの愛妻家ですよ」

「五千!?」


あまりの年齢に驚く。


「次に、サミュラ・クイーン・アーモンド卿。主に財務を担当しています」

「サミュラ・クイーン・アーモンドです」

「よろしくお願いします」


藍色の長い髪を後ろに束ねた、髪と同じ色の瞳をした中性的な美貌の持ち主だった。

切れ目の涼しげな眼元の整った美人だが、声はちゃんと低く彼が男性であることを示している。

胸もぺったんこだし。

これで女性だったら大和撫子!と言う言葉が似合うだろう。

この人だけがゆったりとした裾の長い衣服を着ていた。


先ほどの決闘で、進行してくれた人である。

ほっそりとほほ笑んだ目に意味深なものを感じる。

なんだろう?


「サミュラ様」

「これは、失礼を」


咎めるような言葉に素直に頷く美人さん。

にっこりとほほ笑むそれはやはり、意味深だ。


「申し訳ありません。サミュラさまは、その・・・自他ともに認める、この国一番の魔法権威のあるお方なのですが、少しばかり問題がありまして」

「問題?」


言いにくそうなクリスティーナの言葉に首を傾げる。

綺麗に笑う美人さんと、困ったようなクリスティーナ。

目が合えばニヤニヤと意地悪く笑っているネスティさん。もう一人は眉一つすら動かずに沈黙を保っている。


「問題と言うほどの者ではありません。ただ、わたしは魔法を愛しているのです。ええ、もうそれはいっそマナにこの世界の一部になれたらと思うほどに」



柔らかに、たけど熱のこもった、熱のこもりすぎた想いに目が生ぬるくなる。

目元を赤く染めるサミュラさんを見て、納得する。

ああ、ソッチ、か。

最初は無表情と思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。

彼なりに興奮を抑えた結果、というものだろう。


「ぜひ魔王様には後々、私の実験にお付き合いいただければ」

「話が進まぬ」


熱く語りかけたサミュラの言葉を遮ったのは、冷徹な眼差しをした人だった。

冷ややかな藍色の瞳が私に向く。


「アガス・クイーン・バレンタインだ。弟の非礼を詫びる」

「いえ」


詫びると言いつつ全く詫びていないその態度に思うよりも、まじまじと彼を見てしまう。

最初に鉄面皮と思っていたその人の第一印象は当たっていたようだ。

人生、違う、こっちでは魔生?で一度も笑ったことがないですと言わんばかりの鉄面皮と冷ややかな眼差しと相まって冷酷な印象を与える。せっかくのさらさら髪の美丈夫であるのに、に君の刃のような印象を受ける。


「アガスさまは主に軍部を担当しています。その実力も折り紙つきです。ディーノ様とクリストファー様の兄上でもありますのよ」


なるほど、確かに似ていない。

長男は冷酷な鉄面皮。二男はムダに爽やかな笑顔。三男は直情的で感情的。

面白いほど似ていない兄弟だ。



「ディーノとクリストファーは」

「紹介の必要もないほど理解できたからいいよ。特にクリスは。あ、クリストファーは長いからクリスって呼ぶからね?」

「っ、勝手にしろ!」


いやだと言えるはずもないクリスは天使の顔を真っ赤にさせて言い放つ。

私はそれに満足してから改めて彼らを見た。


「とりあえず、よろしくおねがいします。一緒に力を合わせて頑張ろうねと言いたいところですが、私はこちらの事はまるで分らないので特に力になれることはないと思いますけど」

「そんな事はありません!」


私の言葉に声を上げるのはクリスティーナだ。

必死な彼女に私は苦笑する。


「そんな必死にならなくてもって言いたいところだけど、そうさせたのは私だから、この際置いとくね。さっそくだけど、魔族であるあなた達に私は残念なお知らせを伝えないといけません。残念と言うより絶望的な?全く良くなくて、夢も希望も未来さえもない残酷なお知らせなんだけど」


伝えないのも公平じゃないし、遅かれ早かれ嫌でも彼女は気が付く。


「聞くも聞かないもアナタ達の自由だけどどうする?」


にっこりと笑って私は問うた。

私の言葉に視線を合わせ顔つきを変えた宰相三人はさすがと言えるだろう。

姫巫女は、おろおろと私と彼らを見ている。

そう言えば彼女は政治ではなく神事のトップだから、ここでそれを決めるのは彼女じゃないのだろう。


「聞かなければどうなる?」

「どうにも。絶望がちょっぴり遅くなるだけ。でも遅かれ早かれ、クリスティーナは気付きます」

「え?」


ひゅっと息を呑む音が聞こえた。

私?と呆然と固まるクリスティーナと、クリスティーナが気が付くというヒントに、彼らの表情はさらに厳しさを増す。


「それを奴らは知っているのかい?」


ネスティさんの言葉に私は笑みを深くした。


「まさか。それは私がさせないし、彼らの“かみさま”だって気が付いたとしても・・・どうしようもない事です」


気が付いたところで手遅れだ。

ひとつの神の裏切りに気が付いたところで、どうすることも出来はしない。

だってもう死んでるしね。

滅んだ神にいくら罵倒したところで、現実は変わらないでしょう?

しんと降りる沈黙。


「聞こう」


沈黙を破った男を見て、望美は笑みを消した。


「魔神は、消滅しました」

「!?」


最悪の上を行く望美の言葉。

息を呑み、思考が停止する彼らの前で、望美は続ける。


「十回連続の敗戦で魔神はその力を失い、寿命も尽きかけていました。たとえ今回の戦争で勝利を収めても魔神は回復不可能にまで弱っていたのでそう遠くない未来には、死んでいたでしょう」


それは本当だ。でも真実じゃない。

魔神は望美に全てを譲渡し喰い殺された。


「なら・・・私たちは」

「クリスティーナ」


かくんと、椅子から崩れ落ちるクリスティーナをクリスが支える。

彼女の顔色は青白く、絶望と喪失に震えていた。


「私・・は」


呆然と零れ落ちた言葉に望美は首を振る。


「そのために私がいるってことを忘れては困るんだけど」


悪戯が過ぎたかと、苦笑する。



「冗談が過ぎたのならごめんなさい。私が伝えたかったのは魔神が死んだって事。つまり、あなた達を生み出した守り神がなくなったのは事実。でも、だからと言ってあなた達が滅ぶことはないから安心してください」

「どう、ゆう?だって、魔神さまが居なければ私たちは」


その加護を得られなければ、

魔神が居なければ、守ってもらえない。

クリスティーナの瞳に、黒い少女は純粋な疑問を口にする。


「別に魔神がいないからって、何か変わるの?」

「え?」

「魔神があなたたちに何をしてくれた?言葉以外に何を与えた?痩せた大地を肥えらせてくれた?目の前で死ぬ同族を救ってくれた?敵を、屠ってくれた?」

「でも、魔神さまは」

「助けてと言って助けてくれたの?その力を君たちの敵の上に降らせてくれた?その刃でもって敵を追い払ってくれたの?でもおかしいですよね。ならなんで魔神は今すぐにでも敵を滅ぼしてくれないんですか?魔王なんてものが必要なんですか?だってそうでしょう?魔族の神さまなんだから魔族を救ってくれてもいいのに?どうして魔神は魔族を救ってくれないの?魔王なんてめんどくさいものを立てないで魔神自らが救えばいいじゃない。だって、あなたたちの“神さま”なんでしょう?」


畳み掛ける望美の言葉に絶句する。

あまりにも罰当たりな暴言の数々。


「だって、それがルールだから!」

「ルールだったら納得するの?ルールだったら仕方がないの?そのルールのせいでこんな目に合っているのに?」


とろり、と黒が溶ける。


「それはおかしいよ、クリスティーナ。だってあなたはそんなルールの結末が認められなくて、死にたくなくて、縋ったんでしょう?」

「っ・・・」



くろい、くろい、色がクリスティーナを覗き込む。

飲み込まれるほどの暗闇が、クリスティーナの心を暴く。


「だったら別にいてもいなくても何も変わらないよ。今も昔も」


そう。ずっと思っていた。

ずっと、ずっと、思っていた。


どうして魔神さまはクリスティーナを助けてくれないのか。

あなたの民の嘆きが聞こえないのですか?

死にたくないと願う、あなたの子供たちの声が届かないのですか?

どうして姿を現してくれないのですか?

私たちはこんなにもあなたを信じ、祈っているのに?

なぜこのような世界に私たちを生み出したのですか?

どうしてこんな残酷なルールをお決めになるのです?


ガラガラと音を立ててクリスティーナの中の何かが崩壊していく。



「あ・・・」

「お前!」


ぽろぽろと涙を流すクリスティーナを見てクリストファーが望美を睨みつける。


「なに?」

「ぐっ」


望美の視線を受け、だがクリスは歯を噛む。


「私を慕ってくれるのは嬉しいけど、私は彼女に盲目的に慕ってほしいわけじゃないの」

「だからって言い方があるだろう!」

「真実とか事実ってゆうのはたいてい残酷なものだよ。それが神にまつわるモノなら大概がろくでもないモノでしかない。大体あなた達だって一度は疑問に思ったでしょう?どうして神はこんな残酷な世界を作ったのか、どうしてこんなルールを決めたのか。生き残るのは一つの種族だけなら、何のために私たちは生まれたのか」


疑問を抱かなかったなんて言葉は許さない。

望美の眼はそう語っていた。

そしてそれは、誰もが一度は浮かべる疑問。そして分かりきった答え。


「それを神の試練と言うのもいいです。自分を納得させるだけの理由は、必要でしょう。ましてやこんな世界じゃ、理由がければ生きにくい」

「ならオレたちにどうしろって言うんだ、嬢ちゃん。これだけ盛大にケンカを売ってくれたんだ、策があるんだろう?」


三大貴族に相応しく、また国を預かる最初に相応しい貫禄でネスティは望美を睨みつける。

返答によっては返り討ち覚悟で相手をすると、物語っていた。

それはほかの二人も一緒だ。

敵意の宿った視線が望美を貫く。


「命ある者が死にたくないと願うのは当然だと思います。だから私は彼女の勇気に敬意を示し、魔神との取引を了承したので」

「!?」

「・・・取引、ですか?」

「うん。私が魔王になる事。代理戦争に絶対に勝つ事。この二つは契約によって違えることは出来ないから安心してください。私はこれで魔王になる以外は道はなくなった。もう逃げられません。逃げればこの命を刈り取るでしょう。そゆう契約で、そうゆうふうになっている。戦争には負ける気はないですし、向こうの“かみさま”が出てきてもぶち殺してあげるだけの実力はあります。後は・・・」


うーんと首をひねって望美は指をかぞえる様にして折る。


「一つ、クリスティーナを必要以上にいじめない事。いじめないって、私弱い者いじめは嫌いなんだけど・・・一つ魔神に仕えていた巫女たちを庇護する事。庇護って何?追放なんかしないのに・・・一つ、常識はずれの力は使わない事。一つ、魔族の暮らしを不用意に脅かさない事。お前に言われたくない・・・一つ、すぐに切れない事。一つ、キライな魔族や腹の立つ魔族でも殺さない事。私は殺人者じゃないって言うのに・・・一つ、魔族を好きになるよう努力する事。一つ、」



時折ぶつくさと自分で突っ込みながら、指折り数える望美を見る。


その様子に殺気に満たされた空気が霧散する。

つまり何か。この娘が言いたかったのは結局、こうゆう事なのだろうか?

と、呆れた色が漂うが、指折り魔神との契約をかぞえている望美にはそれに気が付かない。


クリスティーナも涙を引っ込めぽかんと望美を見上げている事にも気が付かない。

クリスの、呆れ返った視線にも気が付かない。

ネスティの苦い視線のも気が付かない。

サミュラのわずかに瞠目した視線にも気が付かない。

アガスの冷ややかなそれでいて呆れた視線にも気が付かない。

ディーノの、まあるくした視線にも気が付かない。


だれも、まさかと思いつつも、呆れ返ってしまったが故に誰も望美に声をかけない。



「つまり陛下は、私が必ず勝つから安心しろって言いたいんですか?こんな、敵意を煽って脅すような事を言って?」


まさか、とかそんなアホな、とか言う言葉が飛び交う。

呆然と呟くディーノの言葉に望美首を傾げ、こっくりと真面目に答えた。


「そう聞こえたならそう取ってくださって結構です。でも私に過度な期待をされても困りますから先に断わっておきます。何でもかんでも私に任せないで、ちゃんとあなた達もキリキリ働いてくださいね。さしあたって国政とかよく分からないので、宰相三人はそのまま宰相やっていてください」


その様子にディーノはまじまじと望美を見、同じ意見に至った彼等もまた望美を見た。


(この人は)


バカだ。

とても。

とてもバカだ。

呆れ返るほどのバカだ。




どうして素直に私があなた達を守るから安心しろと言えないのか。

魔神は死んだが、魔族を想って望美に託したのだと、そう言えないのか。


ずいぶんと難儀な性格をしている。

これじゃあいらない敵も多いだろう。

作らなくていい敵を作っている。


(この人は)


あの時の想いが去来する。

暗闇の中、少女の眼に似つかわしくない、諦めた年経た老婆の様な眼差しを。

泣きそうな、痛ましい表情を。


ディーノはそれを思い出す。


「バカじゃないのか!お前!!」


この時ばかりはクリストファーの罵声にも、皆が心の中で同意した。




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