12.決闘4
その光景は幻想的で絶望的。神秘的な残酷さを以て、告げた。
その娘の実力を。
魔王に相応しい、いや、それ以上の実力を。
衝撃と興奮と共に、一条の希望を齎した。
クリスが負けを認めたことで勝負はついた。
展開した魔方陣を消した望美にクリスティーナが飛び込む。
「魔王さまぁ!!」
「わわっ、」
いきなり飛び込んできた小さな体を抱きしめる。
涙で潤んだクリスティーナの円らな瞳が望美を見上げた。
「わ、わたしは、」
顔を真っ赤にし感動と興奮で言葉の出ない感極まったクリスティーナの様子に望美は悪戯っぽく片目をつむって見せた。
「かっこよかった?」
「はい!とても!!」
そう言われて嬉しくない者はいない。
望美も例外ではなく、満足そうに微笑む。
その横ではこの場で決闘を見守っていた城に詰める兵たちが指示を受け慌ただしく動いているのが映った。
その兵たちの顔も興奮に高揚し望美に向けられる視線も熱いものへと変化していった。
「私の勝ちですね」
「・・・・ふんっ」
つかつかと歩み寄ってきたクリスに望美が言えば不満を隠そうともせずにクリスは鼻を鳴らす。
「クリス」
「いいですよ。クリスティーナ」
咎める姫巫女に望美は首を振る。
クリスは結構わかりやすいので望美はそんなに嫌いでもなかったりするのだ。
「まぁ、私としてはもうちょっと頑張ってほしかったところだけど」
「つっ!?」
このようにからかうと面白いし。
かっと赤くなったクリスに満足する。
「うーん。でも私、一応警戒はしていたんだけどなぁ」
「何がですか?」
「魔族って言うから、追い詰めたり理性を失えば本性を出すのかなぁって」
「本性?」
望美の言葉が何を指しているのか分からずクリスティーナは首を傾げる。
「翼が生えたり、角が出たり。髪が伸びて衣服が変わったりするとか?人の姿を維持できなくなって本当の姿を現して第2ラウンド突入~って警戒してたんです」
「魔王様・・・それは」
「バカかキサマ。そんなバカげた変化が起こるわけないだろう?」
「・・・ここじゃあそう、なんですね」
今度は望美が首をひねる。
「えっと、望美様はそうゆうものをご存じなのですか?」
「私が知っているのは人の姿を維持できなくて、牙が生えて手が6本に増えて翼も六対になって尻尾が生えて、鱗と体毛に覆われて巨大化してパワーアップ。オレ様の本番はこれからだ~みたいな感じのものですが」
もはや人の形を留めてなどいない、生物を適当にませで突っ込んだような醜く醜悪な、そして強大な力を持ったあの世界での魔王を思い出して言う。
まぁ、もともと人ではないのだから魔王の真の姿が醜悪だろうとどうでもいいのだが。
今思えばよく倒せたものだ。
あの状態で、あの精神で、彼を。
(哀れ、だな)
あの世界で唯一、望美を想った言葉を最初に贈ったのが、望美が殺した魔王だという事実に自嘲を禁じ得ない。
自分の愚かしさに吐き気がする。
どうして気付けなかったのか。
どうして信じ続ける事が出来なかったのか。
望美の剣が魔王を貫いた瞬間、永遠の眠りにつく最後の時まで彼は、
「それはもはや魔族ではなくただの化け物だろ?」
「残念ながらそのような生物はこの世界にはいないかと・・・精霊族も神族もそのような変化は致しませんよ」
「そうなんだ」
クリスの言葉にはっとし、なんでもない風を装って頷く。
もう終わったことだ。
望美の手で、終わらせたことだ。
望美がいくら望んでも、過去を振り返り後悔しても、やり直せない。
もう、二度と。
望美は、戻れない。
「それで、」
望美は彼らに目を向ける。
「私が魔王で、文句のある人はいますか?」
その言葉に否定するものなどいない。
「いいえ、陛下。あなたがこの国の、いや、オレたちの魔王ですよ」
微笑むディーノ。
「異議などない」
「私は歓迎しますよ」
「これだけの実力差を見せつけられた以上反対したところで意味などないからな」
頷く三人の言葉に私は笑みを浮かべた。
「なら、今日からよろしくおねがいします。でも・・・先に」
クぅ~と望美のお腹が抗議を上げる。
「朝ご飯を食べさせてほしいかな」
それを見て、クリスティーナは微笑んだ。
こうして私は“世界”を手に入れた
自分勝手に出来る小さな世界を。
私の箱庭を。
私だけの、おもちゃ箱を。
私が救わなきゃ滅ぶ、国。
私が助けてあげなきゃ死に絶える、彼ら。
私が、
私だけが、
私だけにしか、それは出来ない。
だから彼らは私に縋る。
(私以外、彼らを救えないから。)
だから彼らは私に願う。
(私以外、叶えるものがいないから。)
だから彼らは私に望む。
(私以外、誰も出来ないから。)
希望を抱かずにいられない。この力を目の前にして、認めないわけにはいかない。
私を利用しようと思ってもいい、この国の為に彼等なら自分の気持ちよりも国を選ぶだろう。
だから彼らは私を裏切れない。可能性を見た、未来を描いてしまった。
救われる魔族、豊かに富む大地。活気を取り戻す、魔族の笑顔。
望んでやまないモノ。
渇望したモノ。
欲した、未来。
死にたくない。
滅びたくない。
生きたい。
その願い故に。
彼らは私に救世を見る。
ああ、でもそれは。
あの世界と何が違うのだろう。
これと、それは、どう違う?
最初の私が絶望したあの始まりの場所と。
私が殺し埋葬してきた墓標と、どう違う?
あの場所で彼らが祈った願いと、私に見た未来とこの現状は、根幹は同じものではないのだろうか?
あそこで生きた人間が死にたくないと願い、その為に召喚した私。
私が私でなくなったあの場所と、あそこで生きた人たちと。
何が違うというのか。
私は本当に手に入れられるのだろうか。
こんな世界で、
あの月を。