11.決闘3
(さて、どうしよう)
対峙しつつ望美は考えを巡らせる。
持てる力の全てをと言われたのだが、その通り全力でやってしまえば代理戦争に勝つ前に世界が滅ぶ。
そうなれば魔王うんぬん以前の問題になってしまう。
(そこまで見せてあげる必要なんてないし)
バカ正直に彼らの望むまま、全力を出す理由など望美にはない。
要は彼等より強いと納得させればいいだけなのだ。
(しかし、張り切ってるなぁ)
ガンガン攻撃してくるクリスに望美は苦笑する。
まぁ、本気でクリスをけちょんけちょんにしようなんて望美は最初から思ってなどいないのだが。
(さて、と)
望美は思考を切り替える。
中庭を囲むように張られた結界。
そして城を守るように張られた結界。
城壁に沿うように張られた結界。
今現在望美が注意するのはこの三つの結界だろう。
誰が張っているかは知らないが、結界を壊せば術者に反動が良くものと前提して行動しなければならない。
そうでない結界もあるが、そうでない場合を考えるのがいいだろう。
望美もいらぬ負傷者を出したいわけではないのだ。
クリストファーから放たれ、襲いかかる炎弾を望美の張った結界が防ぐ。
開始早々望美は結界を張り、引きこもっているのだ。
「どうした!臆したか!」
ハッと笑うクリス。
クリスの放った炎弾は望美の張った結界に防がれ炎の飛沫となって消えた。
冷静にその様子を眺め望美は自分の張った結界にどれだけの威力で炎弾が放たれたのかを把握する。
(・・・うーん。何とも判断しかねる)
情報が足りない。
十指にはいる実力者なのだからこれぐらいではないはずだ。
ならばまだ望美を侮って驕っているのだろうか?
「・・・その程度?」
クリスにはもっと頑張って攻撃してもらわなくてはならない為、望美はハッと鼻で笑い、挑発した。
せめてクリスにはこの結界をぶち壊してくれるぐらいの期待はしたい。
「私をここから引きずり出せないようじゃあ、魔族ってのも、なるほど、戦争に負け続けるわけだ」
効果は抜群だ!
怒り狂ったクリスは遠慮なしに望美に攻撃をする。
炎を。水を。風を。雷を。大地を。
木々をなぎ倒し、大地を抉り、地面を濡らし、雲を切り裂き。
(火。水。風。土。雷。あちらでいう属性魔法)
魔術と練り上げられる魔力の色で判断し、嘆息した。
(単純だな)
確かにクリスの魔力量は此処にいる六人の中でも三位に入っている。もちろん望美を抜かした六人でだ。
望美から見ても魔力量は魔族に相応しく膨大な量だ。
今は決闘の為、ある意味術が限定されている状態だが、それでも実力は申し分ない。
ただ、残念だと思うのは彼が属性魔法しか使わない問う事だろう。
十指に入る実力ならば属性魔法以外の魔法も使ってきてもいいはずなのに。
それが悪いとは言わない。術の構成を見る限り彼はちゃんと力を制御できている。
最初の望美だったらクリスは十分に脅威であり、確実にやられていた。
そしてあの世界であっても、クリスは十分な脅威だろう。
頑張れば彼一人で人間の国を滅ぼすことは可能だろう。直情型で自信に溺れず策に嵌らなければ、と注意書きが付くが。
調子に乗って自爆するタイプだろうと望美は判断する。
まぁ、あの魔王には遠く及ばないが。
だからこそ落胆し、もったいないと思ってしまうのだ。
たかが属性魔法でしか攻撃してこないクリスに。
そしてもしこの世界で魔法というものが属性魔法でしか構成されていないモノだとしたら・・・
(私、無敵の魔王様じゃん)
精霊王だろうが神王だろうが、代理戦争に負ける気などさらさらないのだが、そう思わずにいられない。
水が杭となって放たれる。
だからどうした。
雷が鳥かごを作り、望美を捉えようとする。
だからどうした。
風が真空の刃を乱れ打ちにする。
だからどうした。
焔が龍となり望美を飲み込む。
だからどうした。
「もう、いいや」
クリストファーは魔法の実力だけには自信を持っている。
魔力量の多さ、強大な術の使い手の自負。魔族きっての攻撃魔法の使い手。それがクリスだ。
それは神族の血が入っているという侮蔑を黙らせるだけの実力があるかだ。
この城に張った結界もクリスの魔法で破壊することが出来る。だからあんな小娘の張った結界もすぐに破壊できると、そう思っていた。
(なんで壊れない!?)
だがクリスの予想に反して、小娘の張った結界はびくともしなかった。
クリスの攻撃を受け、煌めくものの、全くの無傷。
結界の中に逃げ込んだ卑怯な小娘は信じられないほど冷めた目でクリスを映していた。
それが余計にクリスを焦らせる。
無意識に望美から放たれる威圧に怯んでいると、この時クリスは自覚できていなかった。
それほど余裕がなかったのだ。
クリスの誇る最大の魔法。
ありったけの魔力を込めた焔の龍が小娘に襲いかかる。
この術こそクリスを魔族としての地位を確立した、最大の攻撃魔法。
これでクリスは多くの神族や精霊族を屠ってきたのだ。
その力を今、望美を殺す、その一点だけに集める。
(これで!)
殺してはならないという言葉は、もはやクリスの中に残ってはいなかった。
勝利を確信したクリス。
焔に舐められ破壊された結界の向こうで消し炭になった小娘の姿を想像し、
言葉を失った。
小娘の張った結界を囲むように焔はとぐろを巻いているにもかかわらず、結界はいまだ健在。
舐める龍にちらり、と一瞥を向け、
「もう、いいや」
その言葉と同時に小娘は結界を解いた。
その瞬間を好機と見た龍が小娘に咢を向ける。
だが
「よく、分かりました。もうこれ以上は必要ありません」
その言葉が終わる前にクリスの放った龍は切り裂かれたかのように千切れ、消失した。
「なっ!?」
何が起きたのか、何をしたのかクリスには理解できない。
驚くクリスをよそに、すっと望美はクリスに視線を合わせた。
望美の黒い瞳が揺らめく。
危険を感じた。今ここでこいつを殺さなければオレが死ぬ。
本能がそう叫び、クリスは再び龍を出そうとして、
「・・・え?」
呆然とした。
自身に何が起こったのか理解できなくて、もう一度焦ったように龍を出す。
だが出ない。
もう一度やって見る。
だが、出ない。
魔法は正しく発動している感覚はあるのに、龍は現われない。
そんな焦るクリスに、望美は告げた。
「この場を支配させていただきました。城内の結界内にいる以上あなたの魔法は発動しません。正確に言えば発動はちゃんとしていますが、その場で消去をかけているので、殺していると言ったほうがいいのかもしれませんね」
絶望的な実力差を。
圧倒的な実力を。
魔術師であるクリスには理解できる。信じたくない事実。
その脅威を、叩き込んだ。
「これでチェックメイトです」
瞬時に展開し中庭を覆うほどの無数の魔法陣。
それはまるで夜の星の様に。この空間一面に展開する。
上に下に、前に後ろに。
そう、この空間全てに。
赤く、青く、黄色く、緑に。
白く、黒く、紫色からピンクへと。
七色の幻想的きらめきが空を飾る星座を描く。
その光景。
息を呑むのも忘れて見惚れるそれは、味方に希望を敵に絶望を与える、絶対的な暴力と恐怖の体現だ。
魔術を扱うものなら理解できる。
一人が同時に発動できる魔法の数は多さに比例して制御が難しくなる。そしてそれは複雑かつ威力の大きいものほど消費する魔色と繊細なコントロール、熟練の技が必要なのである。
それは最強と謳われた初代魔王のみがおこなえたという伝説があり、今現在魔族の中でも複数展開できるのはサミュラ・クイーン・アーモンドただ一人。そしてその数も3つである。
それはほかの魔族にとっては十分脅威である事には変わりはないのだが、それをこの光景は嘲笑う。
魔神に呼ばれ、魔族の王に最も相応しく、魔族を救えるだけの力を持つという、この小娘は、数を図ることすら出来ないほどの魔法陣を一瞬にして構築してみせた。
否、数と言う暴力すら嘲笑って見せたのだ。
これだけの魔法陣を展開すためにどれだけ魔力が必要なのか。
あまりにも常識を超えたそれは、思考よりも衝撃を与える。
そえもそうだ。この魔法陣が望美の意志一つで何時でも発動できるのだ。
それも空間を埋め尽くすほどの高密度な魔力を放つ、コレは、望美が一瞬で展開させた事実から全て彼女がこれらを完ぺきに制御支配できることを示している。
その、絶望的なまでの実力差。
彼女にとって、これは児戯に等しのだ。
これが本気かどうか、ここにいるものは判断は出来ない。だが、望美の意志一つで、今、この瞬間にも、魔族を、否、国を、滅ぼす事など、地に這う虫を踏み潰すことと何ら変わりない。
そう、いつだって望美は出来たのだ。
いやだと言ったその瞬間でも、クリスティーナに叩きつけた暴言の時だって、
その気になればいつでも、
瞬き一つ。
吐息一つ。
指先一つ。
意志一つで、
クリストファーを殺すなど、いつだって出来たのだ。
神々しくも神秘的なこの光景。
まるで世界を作ったという神の御業を再現しているかのようなマナの煌めき。
息を呑む美しさに思考すら無粋とするこの情景は、なんと壮大で無限の可能性を秘めている希望にも似て、
だが言い換えればそれは、敵に絶対の絶望しか与えない残酷無慈悲な光景なのだ。
飲み込まれるほどの神聖。
怖ろしく。
打ちのめされるほどの魔性。
恐ろしく。
相反するそれらは震えるほどに美しく、圧倒的な力に満ちていた。
畏ろしい。
空の星を従えるように静かにたたずむ娘。
闇色の髪を靡かせ。夜よりも深い漆黒の双眸。
星を従えるその姿は、ゾッとするほど美しく、圧倒的だった。
「オレの・・・負けだ」
勝負などおこがましい。
絶対なまでの実力にクリスは負けを認めた。