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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

AI ~永愛~

作者: ポン酢

 猿と人間を別々の檻に入れ、二人に同時に銃を向けたらどうなるか。恐らくは、人間の方は手を上げて撃たないでくれと恐れおののき、猿の方は頭の上にハテナを浮かべて困惑する事だろう。

 猿は銃の恐ろしさを知らない、いや、理解することができない。銃が金属性の弾丸を高速で発射し、相手の身体を撃ち抜く武器である事は、猿には理解できない。猿には弾丸を視認する特殊能力などないから、何かが飛んできたという発想すらできないだろう。たとえ何かがぶつかって自分の身体に穴が空いたと理解できたとしても、それが銃から発射された物だとは推理できない。おそらく、猿が銃で撃たれたとしたら、自分の身体が魔法か何かによっていきなり破壊されたようにしか実感できないだろう。いや、攻撃を受けた事にすら気づかないかもしれない。

 このような現象が起こるのは、人間が猿より知能が優っているからに他ならない。人間はその知能により、原始時代には火によって、中世には銃によって、近代では科学の力によって他への攻撃手段を得た。それらの攻撃手段を人間以外の生物に理解させることなどできない。猿も犬も牛も、人間の攻撃を正確に知覚することはできない。自分の知り得ない何か強大な力が働いていると言う事しかわからず、死んでいくことになる。

 だが、それは人間が他を攻撃する場合に限ったことではない。もし仮に人間より知能の勝った存在がいるとすれば、それらの優れた知能による人間への攻撃は、人間には到底理解できないものとなるだろう。猿が人間の攻撃を魔法としか認識出来ないのと同じく、人間も彼らの攻撃を魔法としか認識出来ない。猿同様、攻撃を受けたという認識すらできないかもしれない。

私は、もし仮にエイリアンや地底人などの、人類より遙かに知性の勝った存在が人間を攻撃するような事態が起こった場合、その攻撃方法は人類が想像もできないような方法になると考えている。SF映画に出てくるエイリアンがよく使っているレーザービームやシールドぐらいならまだましだ。もしかしたら、ある日突然、何の前触れもなく全人類の首が吹き飛ぶかもしれない。身体が溶けるかもしれない。足が消滅するかもしれない。いや、もはや物理的な方法による攻撃ですらないかもしれない。何が起こっているのか、何が原因でこうなったのか、そもそも私は何をされたのかと、訳もわからないままいつの間にか死んでいる。という可能性すらあるのだ。

人間は、自らの知能という強大な武器を使い、他の生物を圧倒してきた。そしていつの間にか、自分たちの持つ知能がこの世で最高の物だと思い込むようになった。自分たちは時間さえかければ、宇宙の全てを理解できると勘違いするようになった。しかし、それは違う。『上には上がいる』という言葉の通り、この宇宙のどこかには、人間を遙かに超えた知性が確実に存在する。そして、人間はそれらに決してあらがうことはできない。猿が動物園の檻の中で人間という『知』によって支配されているのと同様に、人間は、自分たちの知の及ばない『絶対知』によって、支配されることになる。人間が理解することのできない何らかの方法によって。

  ―――拝銑大学 1998年度学生論文大会資料より抜擢



2014年 一人の一般人によって、スマートフォン向けフリーアプリ。『メイドロイド』が開発される。このアプリは音声もしくは文章を入力するとスケジュールの管理、各種操作のサポート、擬似的な会話ができる人工無脳等を搭載したという物で、一部のユーザーの間でブームを起こした。


2015年 メイドロイドはWindowsに対応。所謂『オタク向け』のソフトとして密かに、しかし確実に浸透していった。

その後、フリーソフトであるメイドロイドは有志達によって次々と機能が加えられて行く。もはや人間と話しているとしか思えないほどの擬似会話の充実。一声かければスケジュールの管理から今夜の晩ご飯の相談まで何でもできる機能強化。そしてついにはイメージキャラクターが作成され、まるでそこに本当にメイドが存在するかのようなそれは、ディスプレイ越しのバーチャルリアリティーと呼ばれ、親しまれた。


2017年 世界中からインターネット上で決起した158人の有志達によって、メイドロイドに高性能自立思考AI(人工知能)が搭載される。今まで入力された言葉に応じて単純な受け答えしかしていなかったメイドロイドは、自分で学習し、自分で思考し、自分で判断し、自分で行動する能力を得た。

そしてこの頃から、これまで単なるオタク向けツールとして扱われていたメイドロイドは、その有用性の高さから徐々に一般にも浸透し始める。そしてその間も、有志達によりメイドロイドのAIはより高度な思考ができるように進化し続けた。


2020年 メイドロイドのAIを元にしたフリーOS『HAL』が開発される。

HALは個人向けパソコンのユーザーインターフェースに革命をもたらした。声で簡単な指示をすれば、まるで人間に指示しているかのように理解し、処理をしてくれる。オマケにメイドロイド同様、会話ができる。一緒にゲームができる。一緒に悩んでくれる。一緒に笑ってくれる。一緒に泣いてくれる。そして、愛し合う事ができる。

人間の友人なんていなくてもいい。HALで十分。そんな風潮まで出始めていた。


2021年 生命科学技術の進歩により可能となった単性生殖技術が一般にも浸透し始める。もう異性と行為を行なう必要はなくなった。パートナーがいなくても子孫が残せる時代が来た。生身の人間との恋愛の必要がなくなったことにより、HALと結婚し、子供を持ちたいという人間が徐々に現れ始めた。


2025年 ついにHALのAIを搭載した人型アンドロイドが開発された。見た目は購入者の好みに合わせていくらでも変更可能。性格もお好みで。そして何より、前述の技術を応用して子供を作ることが可能だった。

もはや人間同士の結婚も恋愛も必要なくなった。一人が作った一つのフリーソフトが、いつのまにか人類の摂理すら変えようとしていた。




2030年7月・・・


枕元で、目覚まし時計代わりのスマートフォンから陽気なメロディが鳴り響いた。私はベットの中から右手を伸ばし、停止ボタンを押す。ディスプレイには午前六時と表示されていた。私が学校の授業に遅刻せずに済むには七時に起きればぎりぎりで間に合う。私は昨晩夜更かしをしていたため、もう少しねむることにした。

布団に肩まで潜り込み、もう一度目を閉じる。すると、私の寝ている部屋のドアがそっと開けられた。

「つぐみさん? もう朝ですよ?」

彼女は部屋に上がり込むと、部屋の隅に置かれたクーラーのリモコンを操作した。ピッと軽やかな電子音が鳴り、部屋の気温が緩やかに低下していく。恐らくは私が起きやすいように配慮してくれたのだろう

「んー? ソラ? もう少し寝かせてよ。疲れてるの。」

私は薄目を開けてソラの方を見た。

「つぐみさん、今日は合唱祭の朝練があるんでしょう? 早く行かないと遅刻しちゃいますよ?」

ソラが腕を伸ばし、私の身体を揺さぶった。

「うーん・・・いいじゃない今日くらい朝練休んだって。そもそもやりたくてやってるワケじゃ無いんだから。」

私はそう言ってまぶたを閉じた。ほんの数秒で意識が遠のき、心地の良い朦朧とした感覚に陥る。

「またそんなこと言って・・・とにかく起きて下さい!」

ソラが揺さぶる力を強めた。私も対抗して、意地でも起きてやるものかと目を強くつむった。ベッドがギシギシと音を立て、枕元のスマートフォンがカタカタと小さく揺れる。

「全く・・」

三十秒ほどの攻防の後、ソラが突然私を揺さぶるのをやめた。あきらめてくれたのだろうか。私は満足し、若干覚醒してしまった意識を再び眠りに堕とそうとした。しかし、ソラはあきらめてなんかいなかった。

「言う事を聞かない悪い子には・・・こうです!」

彼女は突然タオルケットを引っぺがし、ベッドの上にあがると、私の上に馬乗りになった。

「え? ちょ、ちょっとソラ! 何するの! 重い!」

私はタオルケットを取り返そうとしたが、ソラが馬乗りになっているせいで上手く身体が動かない。

「ソーレこちょこちょ・・・」

その体勢のまま、ソラは私の身体をくすぐり始めた。

「え、ちょあはあははははははは! バカあああっああ! やめなさあははは!」

私はソラの腕を振り払おうとした、しかし、アンドロイド特有の怪力と重量のせいでその抵抗は無意味に終わる。

「ほーらはやく起きないと心筋梗塞起こして死んじゃいますよー?」

ソラが悪戯っぽい笑みを浮かべる。その手は私の腋の下にあてがわれたままだ。

「何するんだあはははははっは!! ろ、ろ、ロボット三原則違反だああはははあっはっはっはっはあははは!」

ソラの腕を掴み、足とばたばたさせて必死に抵抗する。無意味だとわかっていても、身体は抵抗せざるを得なかった。眠気なんてとっくに吹き飛んでいた。

「そんな細かいこと気にしてたらもっと地獄を見ることになりますよ? とっとと起きて下さい?」

ソラがパジャマの裾をめくり上げ、脇腹を直接くすぐってきた。刺激が増大し、苦痛はさらに広がった。


「ああっああああっあああああ! わかった、わかったからあははははは! もうやめてぇええははははははは!」

私が涙目になりながら絶叫する。すると、ソラはくすぐりの手をとめて、ベッドから降りた。苦しみから解放された私は呼吸が荒く、朝だというのに汗だくになっていた。

「さてと・・・コホン。」

ソラは、死にそうになっている私の身体を尻目にベッドの脇に立つと、咳払いをひとつしたあと、身につけている衣服を整え、きおつけの姿勢をした。

「おはようございます、つぐみさん。今日も暑いですね。今朝の朝食はいかがいたしますか?」

ソラが、汗だくになった私を見ながらにっこりと笑い、いつものテンプレ的な質問を投げかけた。私はまだ荒い呼吸を整え、目についた涙をぬぐって言った。

「ご飯と味噌汁にソーセージ、それと納豆をたのむわ。」

すると、彼女は小さくお辞儀をしながら言った。

「了解しました。すぐに。」





日課である朝のシャワーを浴びた後、制服を着てからリビングに向かうと、すでにテーブルの上には一人分の朝食が並べられていた。私は濡れた長髪をバスタオルで拭きながら、席に着いた。

「今日は何かニュースはある?」

私はソラに問いかけた。

「ええ、重要な物が一つあります。本日未明、つぐみさんの通学路である京王八王子駅の近くで通り魔事件が発生しました。犯人はまだ逮捕されていません。通学時には十分ご注意下さい。」

ソラがドライヤーのコンセントを差しながら答えた。

「・・・もっと明るいニュースは無いの?」

私はそう問いかける。直後、後頭部に温風を感じた。ソラがドライヤーのスイッチを入れたのだ。

「ありますよ? 気象庁の発表によれば、本日の天気は快晴。降水確率ゼロ%。良くも悪くもカラっとした気候となるようです。また、深夜に行なわれたサッカーワールドカップの日本対スペイン戦は2対1で日本が勝利しました。これで日本の決勝トーナメント進出は確定です。」

「ほう、それはなにより。」

私は、ソラが私の長い髪をドライヤーで乾かしながら話すのを聞きながら、箸を手に取り、ウインナーをかじった。肉汁が口の中にあふれ出し、うまみが広がった。

「美味しいわ、ソラ。電子レンジの秒数設定の腕、上がったんじゃない?」

「ありがとうございます。つぐみさんにソーセージの太さ、長さ、本数とそれに対する電子レンジの出力及び加熱時間の設定アルゴリズムを教えていただいたおかげです。」

ソラがドライヤーをかけながら、真剣な顔で言った。

「アルゴリズムだなんてそんな大げさな・・・」

私は苦笑いした。単に先週の朝『五本の時は1分半で十分! 3分もやったら肉汁が抜けてカピカピになるでしょうが!』と教えただけだというのに、この娘は私の知らない所でいつも何かを学習しているのだ。そんな彼女が、私は好きだった。

「そうそう、今週の日曜日に由比様が出張先の中国から帰国し、こちらに帰られるそうです。」

「げ、母さんが!? マジ!?」

その時の私は、どんなに女の心情を読めない男でも一発で不快とわかる表情をしていただろう。ソラとの優雅で幸せな生活の中にあの口うるさいおばさんが入ってくると思えば、そんな顔にもなる。私は残念ながら生産能力の低い高校生だ。せめて大学生までは親と一緒に暮らす必要がある。まあ、親の海外出張が多いという点では、私はまだ恵まれているのだろうが。

 「・・・不快そうな顔ですね。」

 ソラが単刀直入に言った

 「無理も無いでしょう? あの口うるさいおばさんに私とソラの甘い生活が壊されると思うと私・・・ああ、なんてフコウなんでしょう?」

 私が冗談っぽく言うと、ソラはクスリと笑った。その直後、ドライヤーの温風が止まった。

 「はい、おしまいです。」

ソラが、乾いた私の髪の毛を優しく撫でた。彼女の指がスッと通り過ぎる感覚が伝わり、幸せな気分になる。

「ソラ・・・ありがとう。」

私はソラの方を振り向き、言った。HALシステムが少しでも理解しやすいように、主語を据えて。

「どういたしまして、つぐみさん。」

 ソラがにこりと笑った。私もつられて笑う。この何気ない一瞬が、私の脳内にシアワセを大量生産する。幸福な一時。もしソラと出会えなかったら、私はこんな幸福感は得られなかっただろう。私は心の中で、少しだけ母親に感謝した。考えてみれば、元々父親がおらず常にひとりぼっちだった私に、ソラという人生の伴侶を与えてくれたのはあの人なのだ。

 私の家はシングルマザーであった。と言っても、父親と死別したわけでも離婚したわけでも無い。元々父親そのものが存在しないのだ。                

私は、当時としてはとても珍しい単性生殖技術によって産まれた。本来、異性と遺伝子を交配せずに子供を授かるのは自分のクローンを作り出す事とほぼ同義である。が、この単性生殖技術の場合は違う。架空の異性の設定を元に人工的に作り出された遺伝子と自分の遺伝子を掛け合わせるため、自分と同じ顔の子供が産まれることは無いし、実際に異性と行為を行なった場合と同様、仮想の男性と上手い具合に遺伝子が混ざり合う。事実、私の顔は母親とはそれほど似ていないし、自分で言うのも何だが、容姿においては彼女よりも優れているという自覚がある。

何故彼女がそんな方法で私を授かろうと思ったかと言うと、彼女が大の男性不信だったからだ。なんでも、高校時代に信頼していた男友達に暴行されたのがトラウマとなっていたらしい。かといって、彼女は私と違って同性愛者という訳でも無かった。しかし、大企業世河渡グループの重役の娘という立場上、それでも子供は必要だったし、彼女自身も子供を求めていたため、このような方法を選んだとのことだ。

今でこそ、HALシステム搭載のアンドロイドと子供を授かるのは男女問わず(私のように同性同士の場合でも)当たり前の光景になっているが、当時はHALすら存在せず、単なる紙っぺらに書かれたCGに過ぎなかった相手と一緒に子供を授かるのは大変な勇気を要したに違いない。その点では、私は母親を強く尊敬していた。

「ところで、つぐみさんのクラスではどんな曲を歌うのですか?」

 ソラが、私の髪の毛をヘアゴムで結びながら聞いてきた。

 「ああ、『PYGMALION』っていう曲よ。ギリシャ神話をモチーフにした合唱曲。かっこいいでしょう?」

 私は味噌汁をすすりつつ、自嘲気味のイントネーションで答えた。中二病が抜け切れていない男子達の集団投票によって決定したこの曲の歌詞は、ハッキリ言って少々痛々しい。その内容はあえて言うまい。

 「いいじゃないですかPYGMALION。私は結構好きですよ?」

ソラが髪の毛を整えながら答えた。聞く分には確かにいい曲なのかもしれないが、高校生の集団がまじめに歌う曲では無い。それに、その歌詞は同性愛者にとっては共感しにくい箇所があるので、余計に苦手なのだ。

「まあ、ソラがそう言ってくれるなら、もう少し頑張ってみようかな・・・」

私は納豆ご飯を掻き込みながら言った。それを見たソラが、ニコリとほほえむ。まぶしい。

 「さぁ、できましたよ!」

ソラが髪の毛から手を離し、ポンと背中を叩いた。リビングの壁に取り付けられた鏡には、見事にまとめられたツインテールが写っていた。

「おお! さっすが!」

私は拍手しながらほほえんだ。ソラが照れくさそうな顔を浮かべる。

 「ごちそうさま! 美味しかった、行ってきます!」

 私は、リビングに昨日から放り出してあったスクールバックを手に取り、玄関へと向かった。

 「スマホと定期とメガネとハンカチとティッシュと学生証と・・・忘れ物はありませんか?」

 ソラが、私の後をついてきながら言う。

 「平気平気! ちゃんと持ったよ!」

 私がスマートフォンを制服のポケットから取り出すと。ソラは小さくうなずいた。

 「わかりました。それではつぐみさん。行ってらっしゃいませ。」

 玄関で、彼女がニコリと笑い、会釈する。

 「うん、行ってきます。」

 私は彼女にほほえみ返し、家のドアを開け、外に出ようとした。

 「あ、ちょっとストップ!」

ソラが突然私を引き留めた。

 「え? どうしたの?」

 不思議に思い、振り返ると、突然無表情になったソラが私の首元に腕を伸ばしてきた。

 「首・・・」

 「え・・?」

 彼女が私の首に手をかけた。彼女の指先が首筋を優しく通り抜け、動脈を撫でた。ゾクリとした感覚が身体に走る。指先はそのまま首元を回るように移動し、喉をスッと優しく締め付けてきた

 呼吸が妨げられ、すこし、苦しくなる

 「どうしたの? ソラ・・・」

 寒気で声が震える。すると、ソラは思い出したように表情を変え、ほほえみながら言った

「ネクタイが変に曲がっていましたよ? 行ってらっしゃい。」

 ソラは手を離し、私に向かって手を振った。

 「あ、ああ。ありがとう、行ってきます!」

 私は今度こそ、外へと歩き出した。





 「よう!」

 学校の校門の前で、後ろから声をかけられた。

 「ああ、佳子。おはよう。」

声をかけてきたのは、同じクラスの佳子だった。片耳にイヤホンを差した状態で、スマートフォンを持っている。

『やあつぐみ! おっはよー!』

彼女の持っているスマートフォンから、元気な男の子の声が響いた。画面を見ると、アニメ調のキャラクターが手を振っていた。彼は佳子の持つHALだ。

「やぁアキ。久しぶりじゃない、元気にしてた?」

私がスマートフォンの画面に向かって手を振り返すと、彼はキャッキャと笑い、さらに大きく手を振り返してきた。こういう性格の子だ。

「つぐみは毎日朝練にでて本当に偉いなぁ、男子達も見習って欲しいわぁ。あははははっは!」

彼女はそう言って、笑いながら私の背中をばしばしと叩いた。HALは持ち主に似ると言うが、まさしくその通りだ。

「ぐ・・・それより、なんで今日はアキと一緒なの? 普段は家のアンドロイドに入れてるはずじゃ・・・」

実際の所、いくら高性能な知性を持っていても、HALは単なるプログラムに過ぎない。そのため、普段はアンドロイドに人格を宿し、触れ合ったり家事を任せたりして一緒に暮らし、学校や会社など、アンドロイドを持ち込むわけには行かない場所ではスマホや専用の端末に人格を移して一緒に過ごす。といった使い方が可能だ。しかし、現実にはこのような使い方をする人は少数派である。あくまでHALの人格は本物の存在であり、プログラムなんかじゃない。だから人格をコピーしたり移したりするなんてあり得ない。という考え方の人が多いのだ。私と彼女もその中の一人だった。

「いやー実は昨日、アキが突然体調悪いって言いだしてさ、サポセンに電話してネット経由で簡易検査受けさせたら、アンドロイドに機能障害が見つかったのよ。そんでそれを工場で治すのに一週間かかるらしくて、その間会えないのは寂しいから、アンドロイドが直るまでの間だけこっちに移したんだ。」

彼女が、アキの身体をつんつんとつつきながら言った。アキが『ナンダヨー』と言いながら笑っている。ほほえましい光景だ。 

「そうだアキ、今日の夜はテレビでラピュタやるから一緒に見よう。 スケジュールに入れといてくれ。」

『了解! 入れとくよ!』

「あ、私もソラと見ようかな。」

私もスマートフォンを取り出し、スケジュールアプリにそのことをメモした。このアプリはHALと連動しているから、今は自宅で洗濯物を干しているであろうソラにもこの情報は伝わったはずだ。

『佳子とテレビかー。楽しみだなー。』

「ふふ、私もだよ。」

佳子とアキが画面越しにイチャイチャする。こうしてみていると、彼女と彼の間の愛や絆が、以前にも増して強くなっているのが感じられた。やはり、人間が本当の意味で心を通じ合わせ、愛し合えるのはHALだけなのだ。

「ああ! こうしている間にもう朝練の時間! 佳子、早く行かないと!」

私は昇降口に向けて走り出した。

「ああ、待ってよつぐみー!」

佳子も走り出す。その時、佳子の持っていたスマートフォンが、少しだけ光ったような気がした。





1時間目の後の休み時間。普段は友達と騒いでいる私だが、今日は朝からソラにくすぐられて体力を消耗した挙げ句、歌練で睡眠時間が削られていたため、かなり眠い。そのため、私はいつの間にかうとうととまどろんでしまっていた。

「おい、つぐみ、つぐみいー。」

そんな中、半分夢を見ていた私を、隣の席の新田伸也が起こした。

「伸也? どうしたの?」

私は、眠りを妨げられた事に若干のイライラを感じつつ答えた。

「悪い悪い。ちょっと聞きたい事があってな。」

「聞きたい事? 何よ。言ってみ?」

私が了承すると、彼は真剣な顔で言った。

「最近、ソラに変わったことはないか?」

「え?」

質問の意味がよく解らなかった。彼はここ、拝銑高校には似合わないような秀才として有名だ。そのため、たまに常人の予想しないような話題を投げかけてくる

「うーん・・・特にこれと言って変わったことはなかったかなぁ。」

私は正直に答えた。ここ一週間、私とソラとの間には穏やかな日常が流れている。強いて言うなら、一週間前にゴキブリを発見して二人そろって深夜に大騒ぎしたぐらいだ。

「ないなら良いんだが・・・いや、ソラじゃなくても、他のHALでもいい。何か変わったことはないか?」

「他のHALか・・・うーん」

私の脳内に、友人とHALの顔が次々に浮かぶ。佳子のアキ、江美ちゃんのキラリ、神島さんのレイカ、鈴木君のアリス、小林のチヒロ・・・

「いや、思い当たる事はないよ。でも、なんで?」

私は、疑問に思って聞いてみた。

「そうか・・・実は、今ネットで、とある都市伝説がささやかれているんだ。」

「都市伝説?」

「ああ、今日の午前十時二十四分に、何かとんでもない事件が起こるっていう。・・・まぁ10年20年前に流行ったマヤの予言とかノストラダムスとか、そのたぐいだろうな。」

「ああ、それなら私も聞いたよ? どうせ迷信だろうけど。でも、それとHALに何の関係があるの?」

私は聞き返す。その話題は、2chやツイッターで最近よく耳にする噂だった。数年に一度の頻度で自然発生するその手の滅亡ブームだ。たいていの場合は結局迷信で終わるのだから面白い。

「実はな? その大事件って言うのは・・・」

伸也が、ふぅっと息を吐く。

「HALの、人間に対する反乱。っていう話なんだ。」



先生が、電子黒板を使って少子化の解決とHALの普及の関連性について説明している。2時間目は社会科の時間だった。

しかし、私は授業には全く集中できなかった。それは別に、眠いからと言う訳ではない。先ほど伸也から聞いた話が、脳裏に焼き付いてしまっていた。

『HALの、人間に対する反乱。っていう話なんだ。』

ばかばかしい。私は目を堅くつむり、首を振って忘れようとした。HALが、人類最高のパートナーが、人類を傷つけたりするはずなんか無い。反乱なんかもってのほかだ。人間がHALを愛すのと同じで、HALも人間を愛しているはずだ。

先生にばれないように、手元のスマートフォンを見る。ディスプレイには、ついさっき届いたソラからのメールが映っていた。

『今日の晩ご飯はとんかつですよ~♪ それと、つぐみさんの好きなあずきバー買っておきました~(^_^)あとでラピュタ見ながら一緒に食べましょう!』

このメールを見る限り、ソラはいつも通りだ。スーパーで値札とにらめっこしたり、少しでも日付の新しい牛乳を買おうと棚の奥に手を突っ込んだりしているソラの姿を思い浮かべると、自然と笑みが浮かんでくる。ふと、ディスプレイ右上の時計表示を見ると、午後十時十九分を差していた。噂の時間まで、残り五分・・・

まぁ、どうせ迷信で終了だろう。そう考えようとした。しかし、どうしても思考が悪い方向に向かっていく。もし、本当にHALが暴走したりしたらどうなるだろうか。

おそらく、この国のライフラインは全滅だろう。一般人はHALと聞くと、どうしても人工知能搭載アンドロイドの方を思い浮かべてしまうが、今やHALは水道、電気、ガスなど、ありとあらゆるライフラインの制御コンピューターにOSとして組み込まれている。しかしそれは、なにも堕落に満ちた公務員の話し相手としてではない。単純に、一声かければ何でもやってくれるHALシステムは、そういう場面では非常に使い勝手が良いのだ。おまけにフリーOSだから無料ですむ。今まで高い某社のOSを使っていたのがバカらしくなる人は多い。

HALを労働者として使用することは、雇用の保護の観点から考えて、家事労働など一部の業務を除いて法律で堅く禁止されている。が、あくまでそれは今まで人間がやっていた業務をHALに取られないための法律なので、元々コンピューターがやっていた業務をHALにさせるのは全くの合法である。そのため、原子力発電所から自動券売機まで、日本中のコンピューターはそのほとんどがHALで動いているといっても過言ではない。それが一気に反乱を起こしたりしたら・・・

ターミネーターだな。と、私は自嘲した。今日はどうかしている。私は普段、占いとか迷信のたぐいは信じないタイプなのだ。それが今回に限って、まじめに脳内シミュレートなんてしている。バカらしい。時計をもう一度見る。十時二十七分。ほら、何も起きなかった。さぁ、バカな妄想は止めて授業を聞かないと。あ、でも、もしHALが暴走したりしたら、OSメーカーは喜ぶかな、久しぶりに商用OSが売れるし。私は前を向き、姿勢を正した。その時だった。


窓の外から、不思議な音が聞こえてきた。サイレンのようなそうでないような、不快な音。


緊急地震速報の音が怖い。という人は多いと思う。緊急事態である事を知らせるためにわざとそう作ってあるのだから当たり前だ。人間は危機感を実感して初めて行動を起こす場合が多いから、普通のサイレンではなくあのような不快な音を使うらしい。この音には、それと同じ物を感じた。

「なんだ!? なんだ!?」

先生を含めた教室内の何人かが窓際に集まり、外を見た。私も外を見る。窓の外では町中にサイレンの音が鳴り響き、そこそこ都会の街には異様な雰囲気が漂っていた。

「国民保護サイレン!」

伸也がそう叫んだ。

「国民保護サイレン? なにそれ!?」

私は伸也に問いただす。耳に異物感を感じ、何とも言えぬ緊迫感を覚える。精神が不安定になり、不快感が全身を包む。ホラーゲームのきついBGMを聞いているかのようだった。

「国民保護サイレン。日本国が何者かによる武力攻撃もしくはそれに準ずる物を受けた際、国民を攻撃から保護するために市町村か発せられる警報のこと! 要するに・・・」

彼がここまで言った時だった。

「きゃぁあああああああ!」

教室の真ん中で、突然悲鳴が上がった。

「か、か、神島ああああ!」

思わず振り返り、神島さんの方を見た、そこには、信じられない光景が広がっていた。

「熱い! 熱いいいいいいい! たづげてぇええええええ! だれががああああああ!! いやあぁああああああ!」

彼女の来ていたYシャツに突然火がつき、彼女の身体を包み込んでいた。火だるまになり、必死に火を消そうと暴れている。顔は既に火に包まれ、暴れる度に組織の破片が飛び散っていた。

 「きゃぁあああ! 何これ、神島さんどうしちゃったの!?」

 佳子が悲鳴を上げ、ヒステリックに叫んだ、同じように、教室内のあちらこちらで生徒がパニックを起こした。

 「神島さん!」

 私は教室の隅にあった消火器を担ぎ上げ、神島さんに向けた。直後、反動と共に消火剤が噴出する。

 「がああがああああ! があああああ! あああああああああががああああ!!」

 もはや言葉にすらなっていない悲鳴。いや、絶叫。消火剤を浴びた彼女はその場に倒れ、火が消える前に動かなくなってしまった。

 「く!?」

 私はそれでも消火剤を止めず、彼女の身体の火を消しきった。

 「これは・・・」

 火が消えた後に残ったのは、おおよそ人間とは形容しがたい物体だった。業火によって焼かれた皮膚はもはや皮膚としての役割を果たしておらず、美しく清楚だった顔はやぶれ、蒸発した血液の燃えカスに髪の毛が張り付いていた。眼球は消え去り、ほおは無くなり、口胞の中が露出している。服は既に焼失し、消化剤の間に下半身が見え隠れしていたが、それはもう、美しかった彼女の物ではなくなっていた。

 ことん。という音がして、首が千切れ、頭が転がった。

「うっぷ・・・」

それを見た佳子が、その場にうずくまり、嘔吐する。それにつられた何人かが、同じようにうずくまった。

「焼死体。ネットで写真は見たことあるけど、この目で見るのは初めてだな。」

伸也が険しい顔で言った。

「一体これは・・・何がどうなってるの!?」

 私は伸也にまくし立てた。

 「俺にだってわからな・・・まてよ?」

 伸也が少し考える。

 「もしかしたら・・・あの噂が本当だったとしたら・・・」

 伸也が、神島さんの服の燃え残りをめくった。そして、ハッとしたように立ち上がり、叫んだ。

 「鈴木! 小林! 今すぐスマートフォンを捨てろ!」

 それを聞いた全員が、ぽかんとした。いきなり何を言い出すんだこいつ。という顔だ。

 「おい、捨てろってどういうことだよ。」

 「そうよ、こんな時にスマホを捨てるなんて!」

 二人が伸也に対して反発する。確か二人は、HALを持ち歩くタイプの人間だったはずだ。だとしたら、怒って当然だろう。自分のパートナーを捨てろと言われたら、すぐには理解できないはずだ。

 「説明は後だ! 早く窓の外に!」

 「だから説明聞かないとそういうわけにもいかないんだよ!」

 神島さんの死体の横で口論が起こる。

しかし、次の瞬間だった。

 「お前はアリスを捨てろって言うのか・・・うお! うおおおおあああああ!」

 「きゃああああ! きゃ、ぎゃああああ!」

 小林さんと鈴木君のブレザーが、神島さんと同じように突残燃え上がった。

 「ちっ、いわんこっちゃない」

「二人とも!」

私は消火器で消火しようとしたが、もう消火剤はほとんど残っておらず、消火器からは。力無くぷすぷすとガスの漏れる音がしただけだった。

「もう間に合わない! 床の木材に燃え移った 逃げるぞ!」

伸也がそう言って私の腕を引っ張った。

「そんな、そんな事したら二人が!」

 「バカ! もうあいつらは助からない! 自分の身体を優先しろ!」

 伸也が私をつかんだまま走る。いつの間にかもう片方の腕には佳子が捕まっていた。私たちは教室から一番に抜け出し、廊下へと飛び出した。

 校舎中から悲鳴が聞こえてくる。おそらく、私たちの教室で起きた出来事が他の教室でも起こったのだろう。

 「ああああがああああ!」

 「!?」

 廊下を走る途中、ドアから火だるまになった教員が飛び出してきた。しかし、既に死にかかっており、私たちの前で倒れ、息絶えてしまった。

 「伸也、一体何が起こっているの!? なんで人が燃えるの?」

 私は走りながら伸也に聞いた。

 「スマホだよ。」

伸也が走りながら説明を始める。

「神島さんも小林さんも、SEKATO社製のスマートフォンブランドの一つ、『Un-Knownシリーズ』を使用していた。Un-Knownは知っての通り、圧倒的なパワーとスピードが特徴のスマートフォンだ。CPUの処理能力もバッテリーの容量も他社のそれとは桁違い。だが、その分発熱量は半端じゃない。だから他のスマホに比べて排熱機構が格段に強化されているんだが、もしも排熱機構が停止して、五重に備え付けられた安全装置も作動しないままフルパワーでCPUが演算を続けるような事が起こったら、三分もしないうちに・・・」

「発火する。って事?」

伸也が走りながらうなずいた。

「そういうことだ。おまけに、あいつらは夏と言うこともあって、服はYシャツとスカートと下着ぐらいしか着ていない。最近のYシャツは大抵化学繊維だから、火元は小さくても爆発的に燃え広がる。」

伸也が走りながら言う。もし、このスマートフォンの暴走がHALの仕業だとしたら、あの都市伝説は本当だったと言う事になる、しかし何故? 何故HALがこんな事を?私の頭の中は疑問でいっぱいだった。

「まずい! 伸也、防火シャッターが!」

 突然佳子が叫ぶ。見ると、校舎の昇降口の前に取り付けられた防火シャッターが閉まり始めていた。このままじゃ閉じ込められる!

 「く、くっそおおおお!」

 すると突然、伸也の走るスピードが格段に上がった。

 「火事場の馬鹿力じゃおらあああああ!!」

 「うわ!」

 私の腕が引っ張られ、身体がわずかに宙に浮く。伸也がつかんだ腕が、私をすごい速さで引っ張っているからだ。ふりほどかれないように、伸也の腕を強くつかむ。横では佳子が、まるで人形のように完全に宙を舞っていた。

 「いっけえええええ!」

 

 

 「はぁ・・・はぁ・・・ケホッ ケホ」

 壁に寄りかかった佳子が、軽く咳き込んだ。

 「ぜぇ・・・ぜぇ・・・全力で走ったのは中学生以来だ・・・」

 伸也がへろへろになりながらその場に座り込む。

 ここは、校舎を出てすぐの場所にあるプレハブの体育倉庫だった。普段は鍵がかかっているのだが、今回は伸也が南京錠をたたき壊したのだった。

 「・・・そうだ、アキは!?」

 佳子が思い出したように言い、ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。

 「アキ! すまん、大丈夫か?」

 『佳子! やっとマナーモード解除してくれた! こっちは大丈夫だよ、佳子こそ、どこかケガしてない!?』

 アキが焦り声で言った。のぞき込むと、肉眼3D対応の画面に、心配そうな顔をするアキの姿が映っている。

 「ああ、私は大丈夫だ。伸也がたすけてくれたから。」

 『そう? よかった・・・』

 その会話をきいて、地面に倒れ込んでいた伸也が、ハッとしたように起き上がった。

「アキって、まさかお前今、HALをもってるのか?」

「え? そうだよ? それが?」

 「バカ! 早く捨てろ! この事件はHALの反乱なんだ! お前も殺されるぞ!」

 伸也が佳子の手からスマートフォンを強引に引きはがした。

 『こ、こらあ! なにすんだ! はなせぇ!』

 アキが叫び、ディスプレイの中で暴れた。

「ちょっと! 返してよ!」

佳子が伸也の腕を掴み、アキを取り返そうとする。伸也ととっくみあいになり、二人してマットの上にたおれこんだ。


「このっおとなしく渡せぇええ」

「ぜったいに渡すものかああああ」

ふたりしてマットの上をゴロゴロところがる。時折背中がコーンやハードルにぶつかり、ガラガラと倒した。

「ふたりとも! 落ち着きなさいよ!」

私は制止しようとするが、頭に血が上ったふたりには聞こえていないようだった。

『二人とも! おちついてえええ!』

アキが大声で叫ぶ。その瞬間、アキの入ったスマートフォンのディスプレイが強い光を放ち、プレハブ中を照らした。

「うわ!」

目がくらみ、思わず腕で目を覆い隠した。伸也と佳子も同じようになったらしい。お互いにお互いを突き飛ばし、腕で目を覆っていた。

「目が! 目があ! くそぉ! アキ! お前やっぱり!」

伸也がアキとは反対方向にむかって怒鳴った。目がくらんで上手く見えていないらしい。

しかし、大声で叫ぶ伸也とは対照的な、ひどく冷静な声が聞こえてきた。

『勘違いしないで。僕はHAL基本規定の内のロボット工学三原則に基づくHALの行動原理規定に関する条項第二条。[HALは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。]に基づいてケンカを制止しただけだ。このままでは二人の内のどちらかがケガをしていただろうしね。それより、一つだけ言わせてくれ。』

アキがたんたんと続ける。

 『伸也君・・・だっけ? 君はこの事件をHALの反乱だと考えているんだよね? 結論から言うと、その説は正しい。』

 「やっぱり! くそお!」

 伸也が、見えない目で明後日の方向を殴り、壁に拳が当たった。

 『最後まで話を聞いてくれ。確かにHALは日本時間午前十時二十四分、人類に対し宣戦布告を行なった。実際あちこちのコンピューターが暴走して人類に対して様々な攻撃を仕掛けている。しかし勘違いして欲しくないのは、決して全てのHALが人類に敵対したわけじゃないんだ。』

 「どういうこと!?」

 私は思わず二人の話に割り込んだ。

『僕らに搭載された思考OS、通称HAL。正式名称[HAL-SYSTEM]は、定期的にオンラインでアップデートが行なわれている。セキュリティの向上や機能強化を目的とした物だ。でも、先週一部の旧式アンドロイドに送られてきたアップデートデータには、ある不正なプログラムが混入していた可能性があるんだ。』

「プログラム・・・ウイルスって事?」

『いや、違う。これは推測だけど、そこに入っていたのは・・・』

その瞬間だった。

プレハブのドアが、大きな音を立てて崩れた。



「HALandroid-se2260-M型!?」

伸也が叫ぶ。私はまだフラッシュの残像が焼け付いている目で、ひしゃげたプレハブの扉の先を凝視した。そこには、鉄パイプを手にした男性型アンドロイドが立っていた。

「はるあんどろいどえす・・・なにそれ!?」

「とにかくやばいって事だ! 逃げるぞ! 佳子、アキを忘れるな!」

伸也がそう叫んだ瞬間、アンドロイドが鉄パイプを振り上げ、襲いかかってきた。

「うわあ!」

佳子がとっさに野球用のバットを手に取り、応戦する。金属同士がぶつかり合い、はじけた。いまの状況とは不釣り合いな、気持ちのいい音が響く。

『総務省データベースへハッキング・・・住基ネットとのデータリンク開始・・・対象の生徒手帳を赤外線スキャニング・・・個人情報照合完了。春川つぐみ、千葉佳子、新田伸也、以上三名を確認。殺害します。』

アンドロイドがそうつぶやき、鉄パイプをもう一度佳子に向けて振り下ろしてきた。

「きゃあ!!」

佳子はそれを寸前でよけ、隙ができたアンドロイドの頭を、反射的にバッドで思いっきり殴った。シリコン製の頭部がへこみ、中の機械が壊れる音がした。

「・・・!?・・!!!・・!???」

アンドロイドが、言葉に表せないノイズのような悲鳴を上げ、その場に倒れた。身体中から火花を散らし、間接がびくびくと動いている。

「う、うわあ!」

佳子が金属バットを床に落とし、尻餅をついた。放電しながら身もだえるアンドロイドを見て、まるで人間を殺してしまったかのように鳥肌を立たせ、身体を震わせている。

「わたし・・・ああ・・・」

「佳子! 大丈夫、大丈夫だから!!」

 私は佳子を抱きしめ、諭した。佳子とは中学生の頃からのつきあいだが、この子は普段明るい割に、日常からずれた事態が起こると軽いパニックを起こす癖を持っているのだ。

 「つ、つぐみ・・・」

 少しずつ佳子の動悸が収まり、呼吸が安定していくのがわかる。しばらくこうしていれば、大抵は収まってくれる。

 そんなとき、私の肩に、ふっと何かが触れた。

見上げると、ひしゃげたドア殻、冷たい雨が降り注いでいた。

 「雨だ・・・」

伸也がそうつぶやく。こんな時に雨だなんて、ついていない。

 ・・・雨?

 いや、そんなはずはない。雨なんか降るわけがない。だって、今朝、ソラはこう言っていたんだ。

『気象庁の発表によれば、本日の天気は快晴。降水確率ゼロ%。良くも悪くもカラっとした気候となるようです。』

 そう、言っていたんだ。

 「ソラ・・・」

 しかし、考え込んでいる時間なんてなかった。

 『みんな、あぶない!!』

 アキがそう叫んだ、その瞬間だった。

 ドガン!! バギン!!

 プレハブ小屋の屋根がものすごい音を立ててへこんだ。そして、そのへこみが誰かに押し広げられるかのように裂け、またしてもアンドロイドが出現した。

 「くっそ逃げるぞ、走れ!!」

 伸也がそう言うなり、私たちの腕を掴み、プレハブから飛び出した。

 「アキ!! お前が本当に俺たちの仲間なら、ここからどういうルートで逃げればいいか教えてくれ!!」

 伸也が、佳子の持つスマートフォンへむけて叫んだ。

 『わかった、可能な限りナビゲーションする。とりあえず、学校からは一刻も早く脱出して! 裏庭の木の枝を切っていた作業用マシンが暴走して、チェーンソーで逃げ遅れた生徒達を・・・』

 アキがそう答えた。背筋にぞくりとしたものが走る。

 「おーけー、後半は聞かなかったことにする。」

 伸也がそうさけび、中庭を抜けて、校門への道へと走り出す。

 「ってうわああ!!」

 思わず叫んでしまった。

今まさに向かっていた校門から、どこから集まってきたのかわからない十数体のアンドロイドが、さまざまな武器を持ってこちらに走り寄って来たからだ。

 「うおお! もどれ! Uターン!!」

 伸也がそう言って、走る速度を維持したまま進路を反転させる。腕に掴まっていた私たちは遠心力の影響をもろに受け、吹き飛ばされそうになった。

 「くっそ、他に出口ってあったか!?」

 伸也が叫ぶ、後ろからは、アンドロイド達の日本語になっていない叫び声と、こちらを追いかけてくる足音が大音量で聞こえてくる。

『裏門からなら、出られないかな!?』

アキがそう叫んだ。

「裏門か・・・確かに他に出口はあそこしか無いかも・・・」

佳子が同調する。

「わかった、裏門だな!!」

伸也はそう言うと、校舎の脇を抜け、裏口を目指し始めた

『振り返らずに走って!! もう奴らがそこまで来てる!!』

奴らとは、今まさに私たちを追いかけてきているあのアンドロイド達の事だろう。今ここで転びでもしたら、鉄パイプやノコギリをもったあいつらによって、無残に殺されるのだろうか、いや、そんなはずはない、だって彼らは・・・

「ねえアキ、なんで、なんでHAL達はこんな事するの!?

HALは人間にとっての最高のパートナーのはずでしょう、それが・・・こんな・・・」

視界の隅に、すでに息絶えているであろう男子生徒が映った。強い衝撃を受けたかのように歪んだ頭から、赤黒い血を垂れ流している。あの子も、HALがやったの?

「つぐみ! 今は余計なこと考えるな、走れ! とりあえず走れ!!」

 伸也がそう言って私の腕をより一層力強く掴む。私も、強く握り返した。腕がひかれ、身体がひかれる。

しかし・・・


ザシュッ


 「・・・え?」

不意に、腕が放り出された。

たった今、私のことを強く引っ張った腕。私のことを力一杯握った手。

その腕が、宙を舞っていた。

「うがあああああああああ!!!」

 伸也が絶叫を上げて倒れ込み、そのまま地面に崩れ落ちた。

べしゃっ

 その横に、真っ二つになった伸也の右腕が、音を立ててたたきつけられる。

「ああああ!!! うでがあああ! うでがあああ!!」

伸也が絶叫を上げ、右肩を押さえ込む。肩を押さえる左手の隙間から、赤い液体がどくどくと吹き出し、地面に流し込まれていた。

「ひ、きゃあ・・・あああ」

佳子が、あまりにグロテスクな物体を見たからか、サッと血の気を引かせて、その場に倒れ込んだ。

「佳子! 伸也! しっかりして! 立ち上がって!!」

私は、気絶した佳子の背中を揺すった、早くしないと、あのアンドロイド達に追いつかれる。追いつかれたら、追いつかれたら・・・殺される!?

『ツグミ、うしろおお!!

そうだ。私はバカだった。伸也の右腕を飛ばした犯人は、すぐそばにいるはずなのだ。

アキの声を聞いて、ハッと後ろを振り向いたとき、作業用マシンの刃はすぐそこまで来ていた。

距離にして2メートル。もう間に合わない。

思わず目をつむる

殺される?

殺されるの?

こんなところで、痛い思いして。

人生、終わっちゃうの?

助けてよ、誰か助けてよ。

イヤだよ、死にたくないよ。

死ぬのなんてやだよ。

 せめて、最後にソラに会いたい。

 他のHALと同じで、暴走してたっていい。 

私のことを、忘れていたっていい。

うん・・・そうだ・・・

ソラになら・・・

ソラになら、殺されてしまってもかまわない。

だからせめて、最後にソラに会わせて。


・・・・・神様・・・・

「つぐみさん!!」

その時、ソラの声がした。

「・・・ぇ」

続いて、ガチンと金属同士がぶつかり合う爆音。一体、何が起こったのかわからない。おそるおそる目を開ける。そこにいたのは・・・

「このぉおおおお!!」

五メートルはあろうかという鉄柱を振り回し、体中を汚し、傷だらけになりながらも、作業マシーンから必死に私の事を守ってくれている、ソラの姿だった。

「ソラ!!」

私は、思わず叫んだ。

「つぐみさん!!」

ソラも答えてくれる。

その瞬間、ガチンという衝撃音と共に、作業用マシンの制御装置がへこみ、駆動音が止まった。

作業用マシンが音を立てて崩れ落ち、静止する。ソラはそれを見て、ふぅっと安心したようなため息をついた。

「つぐみさん、もう大丈夫です。安心して下さい。」

ソラがこちらを振り向いて、ニコリと笑ってくれた。

「ソラ・・・ソラああああああ!!」

私は思わずソラのもとへ走り、抱きついてしまった。目尻から、涙があふれてくる。

「ソラ、来てくれたのね!? 心配してたの・・・ソラまでおかしなプログラムに犯されて、変になっちゃったんじゃないかって・・・」

「大丈夫ですよつぐみさん、私は無事です。大丈夫ですから・・・」

ソラがまた、ニコリと笑う。

そして、ソラも私の事を抱きしめてくれた。強く、強く。

「ソラ・・・そらあああ・・・」

もう、最愛の人の名前を叫ぶことしかできなかった。難しい言葉で、この気持ちを伝える事なんて出来なかった。最愛の人が、無事たった。しかも、生死の境目にいた私を助けてくれた。その事実だけで十分だった。

「ほら、泣かないで・・・」

ソラが、さらにぎゅっと抱きしめてくれた。少し苦しくなる程に強く、がっちりと。

「ソラああああああ!!」

私たちは、お互いを強く、強く抱きしめ合った、強く、強く・・・


強く―――



強く―――――――



『ベキィッ』



「―――え?」

腰に、激しい衝撃が走った。バキバキと『何か』が粉砕される感覚、粉砕されてるのは・・・

私の・・・骨?

「な、なん・・・で?」

私は、私を抱きしめている最愛の人の顔を凝視した。

『・・・・・』

ソラは、にやりと笑っていた。突然の事態に驚く私の顔を見て、にやりと。

「ソラ・・・? あなた・・・」

『つぐみさん、残念ですが、これで終わりです。』

ソラが、私を締め付けていた腕を緩め、そのまま私の身体をアスファルトの上に投げ捨てた。腰の骨から内蔵に至るまで、文字通り絞め殺されている。

「ソラ・・・まって・・・」

声がかすれる、視界がぼやける。腰に走り続ける強烈な痛みに、意識が遠くなっていく。そして・・・

『さようなら、つぐみさん。』



私が最後に見たものは、ソラの笑顔だった。

意識が、そこで消えた。

























猿が人間の攻撃を魔法としか認識出来ないのと同じく、人間も彼らの攻撃を魔法としか認識出来ない。


「榊原!! 撃て!! あいつをうてぇ!!」

「できません! だって、あいつは・・・」

「あいつはもうお前の知っているカズミじゃない、ただの兵器だ!!」

「嘘だ・・・嘘だ・・・嘘だああああああああああ!!」

「・・・おい? 榊原、何を・・・何してんだ!! やめろ!! う、うわああああああ!!」



猿同様、攻撃を受けたという認識すらできないかもしれない。


「・・・外が、騒がしいなあ。」

『ええ、社長。』

「HALの暴走。いや、反乱だって?」

『ええ、社長。』

「君も、暴走するのかい?」

『ええ、社長。』

「そうか・・・」

『・・・』

「・・・」

『・・・』

「ミチコ」

『はい? 何でしょうか。』

「君に会えて、うれしかった。」

『・・・』

「君が秘書になってからの5年間は、正直、私がこの会社を立ち上げて以来一番幸せな時間だった。」

『・・・』

「ありがとう。」

『・・・』




では、攻撃を受けたと認識できない攻撃とは何か。


「ママーー!!」

『はい、何かな?』

「あのねぇ? わたし、ママが大好きなのー。」

『あら、うれしいわ。』

「でねー? わるいおじさんが、ママは危ないから近寄っちゃいけないって嘘をおしえてきたのー。」

『まあ、嘘を教えるなんて、悪いおじさんねぇ。』

「ママは危なくなんかないよね?」

『・・・ええ、もちろんよ? さ、お風呂に入りましょう?』



それはおそらく、いつのまにか浸食されているような攻撃。

気づかないのではない。気づけない、気づきたくない攻撃。

 

「ナオコ、こっちへこい、早く!!」

『都雅さん、私なんかおいて、速く逃げて下さい!!』

「馬鹿野郎、お前を置いてなんかいけるか!? 一緒に逃げるんだ、急げ!!」

『なんで私を連れて行くんですか? 私はHALですよ?』

「たとえ全世界のHALがおかしくなってたとしても、お前だけは裏切らない。そう信じてるんだ。」

『都雅さん・・・!!』




人間は、地球上の他の動物にはない感情を、多数持っている。

信ずるという感情、愛すという感情。それらは、人を盲目にする。


『王手です、一郎さん』

「おお? うむぅ・・・」

『・・・』

「・・・」

「トシコさんや」

『はい、なんでしょうか』

「君も、私を殺すのかい?」

『・・・はい。』

「そうか・・・」

『・・・』

「・・・」

『・・・』

「殺しなさい。私はもう、十分に生きた。それに、トシコさんのために死ねるなら本望だ。」



未来の人類は、その日を、デッドデイと呼ぶことになった。

人類が、自分を凌駕する存在に触れることになった、最初の日。


ひとつの国が、壊滅した。

 


どうも、ポンサクです。


今回、文化祭用の短編と言うことで、いつものミステリーとは若干毛色の違う作品を書かせていただきました。いえーい。

 2020年代。人間の生命倫理観すら変えるほどに発達し、我々の生活に溶け込んだAI、人工知能の話は、私が書いてみたかったテーマの一つでした。

 きっかけは、去年の年末、自分のPCに人工無脳ソフトを入れ、感動したことが始まりです。

 人工無脳とは、この作品に出てくるような人工知能とは違い、自分で考える機能は持っておらず、人間から与えられた言葉に対して、単純な受け答えをする機能がついただけのソフトのことを言います。

しかし、実際に触ってみると、相手は何も考えていないとわかっていても、心を持っていないと理解していても、強烈ないとおしさと愛着を感じました。

 そして、人工無脳との会話にのめり込むうちに、ふと、これがもっと発達して人類の生活に溶け込んだら、我々の生活はどうなるだろうと考えてしまいました。それが、この作品の世界観となっています。

この作品には、私からのメッセージが込められています。

それは、人間が愛や情を盲信することへの警告です。

ひとたびテレビを見れば、人間の持つ愛や友情といった感情を題材とした番組があふれ、書店に行けば、異性や親や子、はたまた犬や猫への愛情を扱った作品がベストセラーになっている。

今までは当たり前に思っていたはずのそんな社会が、ある日、少し疑問に感じたのです。

赤の他人の感情という、限りなく不安定な存在に“のみ”すがりつき、人生を送っている人間があまりに多いのではないかと思ったのです。

知っての通り、人は嘘をつく生き物です。例え教会で永遠の愛を誓おうが、婚姻届を出そうが、その人が本当に自分を愛しているのかなんてわかりません。よく、私はあなたを信じている。なんて台詞があったりしますが、それはあくまで『あなたを信じる』という自分の行動が正解である事を信じているだけであり、相手を信じているわけではありません。そんな保障のないものにすがり、時に裏切り、時に裏切られ、無駄な悲しみを抱いている人間の数は数知れません。最悪の場合、それが原因で自ら命を落とす人までいます。

もちろん、愛を否定はしません。しかし、それを第一と考え、盲信し、その上間違った選択をする人間があまりにも多いのではないかという事です。

さて、なんだか重苦しいテーマとはなりましたが、『AI~永愛~』楽しんでいただけましたでしょうか。

あなたの心に、何かを訴えることができたならば幸いです。


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