恩人さんこんにちは
私は眼を閉じて、襲い来るであろう痛みと死を確かに覚悟しました。なのに――
「……?」
パチッと何かが弾けたような微かな音と、瞼越しでも分かる眩い光。
「うぐっ……!」
痛みに呻いたのは私ではありません。恐る恐る開いた眼に倒れゆくナイフの男の姿が映りました。ドサッという鈍い音が暗く狭い路地に響きます。
「……えと、あ、大根」
私は状況が分からず半ば現実逃避気味に近くの大根へと手を伸ばしましたが――
「いだっ!」
今度は私の頭を鈍い痛みが走りました。
「~~っ! ~~っ!」
たんこぶとかいうレベルじゃないよコレ、内出血! 脳内出血しますから!! 声にならない悲鳴を上げながら、こぶしと共に降ってきた黒色の塊を見上げます。
「何するんですか」
不満げな声と共に足払いを繰り出してみましたが難なく避けられました。悔しいですね。しかし続けて頭突きをくらわせようとした私の頭も片手で易々と受け止められます。
「命の恩人にそりゃねぇだろ、この礼儀知らず」
溜息と共に零されたその言葉。礼儀知らずという単語には少々カチンときましたが、それよりも聞き捨てならない言葉が聞こえた気がします。はて? 命の恩人? 誰の? というか誰だ、この人。こんな知り合いいたっけ、私。
「あのー、付かぬ事を伺いますが、誰が、誰に、いつ、どこで、どうやって助けられたのでしょう?」
「お前が、俺に、今、ここで、バチッっと助けられたんだろーが」
またもや呆れたように言葉が放たれます。口悪いよこの人、怖い。それにしても『バチッっと』ってことはさっきの光はこの人だったんでしょうか。
「ありがとうございました?」
「何故に疑問形だ」
とりあえずお礼言っとこうかなと思って口に出しては見たけれど、即座にツッコミを入れられました。だって状況が飲み込めないんですもん。つまりこの人は知り合いではないけれど恩人であって、そのくせ殴ってきたわけで――
「お前、何者だ」
頭の中で情報を整理していると恩人さんの方から硬い声が降ってきました。あれ、もしかしてなんか警戒されてます? なんで? ナニモノとか言われても。え、ナマモノです、とか? いや、また殴られそうだしやめときますけど。
「人に尋ねる前にまず自分が名乗るのが礼儀ですよ」
ベストな返答が浮かばなかったのでとりあえずそう返してみます。いや、決して礼儀知らずって言われたのを根に持ってるわけじゃないですよ。殴られたのも恨みがましくは思ってますがそれだけです、はい。
「チッ……」
すると恩人さん、渋々といった様子でフードをパサリと降ろします。というか舌打ちしましたね、今。そんなに私の返答気に入りませんでした? そして何故フード取った後無言なの? これで分かるだろってことですか、意外とバカなんですかこの人。第一この路地は暗すぎるのでフードを取っても恩人さんの顔がよく見えません。よく分かんないけど、髪の色は……黒かな? あれ、でもなんとなくうっすら見える目鼻立ちには見覚えがある気がしますよ。あれ? もしかして……まさか……
「……王子?」