徘徊しちゃいます
ただ今人生初の尾行中。いつもは追いかけられる側だからこの立場は新鮮ですね! この相手が振り返るかもしれないというスリル感、気付かれていないという優越感!! 病みつきになりそうです。ただ一つだけ問題が。数メートル先の黒い影を見失わないように慎重に付いて行ってるんですが――早い速い疾い!! 何この人、尋常じゃなく歩くのが速いです、びっくりです! 細い路地を戸惑う事なくズンズン進んで行っちゃいます。あぁ、待って、もうちょっとスピードを……。
――神様は私を見放したようです。私の切なる願いは届くことのないまま淡く儚く消えゆきました。つまるところ……見失いました。その上迷いました。追跡に夢中で帰り道のことなんて全く頭に入れて無かった……迂闊でした。
暫くその場で悶々と悩んでいたけれどそれで頭の中に地図が浮かぶわけでも無し。とりあえず通ったと思しき道を選んで進んでいきます。黒ずくめの人も気になりますが背に腹は変えられません。今は帰り道を優先です。右へ左へ曲がりながら順調に歩を進めて、そろそろもとの通りに抜ける頃かなと厚かましくも思った矢先――
「行き止まり……だと……!?」
行き止まりました。あれ、おかしいな、絶対この道であってると思ったのに。
「ハハッ……ハァ……」
とりあえず乾いた笑いを上げてみますがそれも直ぐに溜息へと変わります。……仕方無い、別の道を探そ。思い立ったが吉日、まわれ右をして踵を返し一歩踏み出しますが、それ以上歩を進めることは叶いませんでした。思わず足を止めます。というか止めざるを得ません。状況が理解できない、頭の中が真っ白になる。ヤバい、と危険信号が働かない脳内を駆け廻ります。目の前には――ぎらりと鈍く光るナイフを手にした5人の男達。ナイフの煌めきと共に嫌な光景が脳裏をよぎります。倒れ伏す体、真っ赤に染まっていく地面、赤色を吸収し一層鈍く輝く刃先――
――コレハ、ナニ? ワタシノミライ? ソレトモ――カコ? シラナイ、ワタシハコンナノ、シラナイ
「おい、金持ってるだろ。出せ」
男の声に思わずはっとしました。さっきまでこびり付くようにはっきりと見えていた血ぬられた光景が、今ではもう霧がかかったように薄ぼんやりとしか思い出せません。
――あのナイフのせいだ。あれを見たからあんな光景を連想してしまったんだろう
不快感を完全に拭い去れはしませんでしたが、そう自分に言い聞かせて心を落ちつけると、改めて相手を見やります。5人とも私と同じようにフードを目深に被っているため、目鼻立ちは分かりませんが、その内のリーダーと思しきひとりの服装には見覚えがありました。そう、何処かで見た、今日、街中、――井戸端会議のとき。思い出した、この人は――
「駄目でしょう、こんな所でこんなことをしていては!! あなたには妻も子供もいるでしょう、その家族に恥じない生き方をなさい!!」
あそこにいた奥さん方の内誰かの旦那さん!! 道の角からこっちを窺って、泣きながら逃げってった人!! 正体がわかった途端、ふつふつと怒りが湧いてきました。家庭を持ったいい大人がなんてことを――。指を突き付けて怒鳴りつけます。
しかし、相手の男はというと――そう、まるで鳩が豆鉄砲どころか大砲を喰らったような、そんな表情。戸惑いがちに口を開いて反論してきます。
「いや、俺家族なんていねェよ……?」
「え、だってあなた、奥さん達の会話立ち聞きして、肩震わせて泣きながら走り去って――」
「泣いてたわけじゃねぇよ!?」
おぉ、鋭いツッコミが飛んできました。でも肩震えてましたよ? 強がりですか?
「あれはなぁ、笑ってたんだよ」
おっと、失礼なことを考えてたら解説を始めてくれました。というか私つい順応してしまってたけど、これはもしかしなくてもとってもマズい状況なのでは……。思い当たると同時に背中を冷たい汗が伝います。その間にも男達はナイフ片手にじりじりと迫ってくる。対する私は大根片手にじりじり後退。背中に壁の感触を感じ、はっとしましたが時すでに遅し。追いつめられた私を前に男は勢い良くナイフを振りかぶりながら続きを口にします。
「高そうな服着てるお前を見て、いいカモを見つけたと思ってなぁ!!」