王様の耳は驢馬の耳
「昔はセクサロイドってなかったんだよな。どうやって性欲処理してたんだろう」
紫髪オールバックの若い10代男子が言うと、緑髪の友人も同調する。
「今じゃかんがえられないよな」
「なー」
「ちょっとあんたたち、店先で騒がないでとっととかえんなさい」40代くらいのオカマ店長が2人を注意する。男子たちは強面の店長に恐れをなし、慌てて自動ドアをくぐって逃げていく。
「まったく今の若い子ったら」店長は2人の背中を見送り、ため息をついた。
ここはセクサロイドを所有することができない人々向けの娼館。普通の老若男女はもちろん、同性愛者やフリークス愛好者といった性的な嗜好が満たされない人々も訪れていた。その中には幼い女児、男児を愛好する者も含まれる。
「予約した佐藤だけど」年は20代後半から30代くらいの男性が、先客が帰るのを待っていたかのように入ってくる。
「はい、もう部屋で待ってますよ」店長は口調を変え、まるで住人を迎えるコンシェルジェのようにお帰りなさいと言いたげな表情でお辞儀をする。
佐藤、と名乗った男は、やはり慣れた足取りで階段を降りていく。地下の廊下には両側に鉄の扉が並ぶが、鍵が開いているのは突き当たりの木目調のドアだけだ。その奥の部屋には、10代前半に見える女子が男を待っていた。両耳が在るべき場所に先の尖ったアンテナ状の突起があるのが、アンドロイドである証だ。
”佐藤”は息をのむと、彼女に勧められるまま、傍らのベッドに腰掛けた。”佐藤”は座りながら彼女の手を取り、自分に引き寄せた。
「ミオちゃん、俺聞いたことあるんだけどさ」また息をのんでから切り出す。「その耳のカバーの下って、実はちゃんとした耳の形になってるって。」その他の体の部分が、ホンモノそっくりーーというよりは女の子の体そのものーーであることは、前回訪れたときまでに、すみずみまで見て触れて知っている。
「おじさんに、見せてくれないかな」
ミオは首をかしげると、眉をひそめた。その表情もまるで”ホンモノ”だ。
「てんちょうさんに聞かないと」わずかに舌足らずの可愛い声で答える。”佐藤”に握られた手を離し、耳のアンテナに指を添える。部屋のスピーカーから電子音が響いて、しばらくしてから店長が現れた。
「失礼します」店長はことわると、ミオに目で問うた。
「おじさんがミオの耳を見たいって」ミオは短く答えたが、店長にはそれだけで十分だった。
「お客様」店長は前とは打って変わって儀礼的な口調で話し始める。「アンドロイド基準法はご存じと思いますが」
人型の使役ロボットは家庭にも普及しているほどだが、皮膚まで備え外見を人に模したモノとなるとかなり限られる。犯罪を防ぎ、労働機会の保護のため、それらアンドロイドと呼ばれるモノは人と区別が可能なように一部外見を異なる形状にすることが要求される。この地域の場合は耳の代わりにアンテナである。逆に”コワモテ”の連中に多い頭や体の一部を機械化したサイボーグは、こめかみに刺青を入れることが要求される。アメリカでいうところの”エイム・スポット”である。その印で、体のほとんどを機械化し膨れあがった”人間”と外見上限りなく人の形に近づいている”長耳のロボット”を区別するのだ。
「基準法7条に違反した場合、所有者には500万円以下の罰金が課せられます。その罰金はそのままお客様に請求いたします」
この店でも初めての客にはそれを通達された旨の書類にサインさせる。そしてその書類に書いてあるのはそれだけではない。
「さらにお客様が当店の所有物を破損した場合、修理代金はすべてお客様にご負担いただきます。加えまして、修理中の営業補償金として一日あたり30万円いただきます。それらすべてがお客様のご負担分となります」それでも構わなければ、とまでは言わなかった。
近頃、セクサロイドを妻と偽って摘発されたり、アリバイ作りに利用した事件が明らかになったりしたことがちらほら発生した。だが、店長が今懸念しているのは、それよりもはるかに多い、アンドロイドやセクサロイドを故意に損壊した事件だった。お店の”女の子”を守るためだったら、男に戻ることも厭わない。視線に少し力をこめて客の目を見たが、何も答えなかったので、 店長はお辞儀をして部屋を出て行った。
ミオは首をかしげて、相手を見つめた。”佐藤”は引きつった笑みを見せると「冗談だよ」と震える声で言った。
半透明のインナーを首から抜き取ると大人向けの赤いレースの下着をまとう。傍らの黒のワンピースの上にはアンテナ状の”耳”が二つ並べられている。ロッカールームの隅から店長が着替えを眺めているが気にする様子はなく、腹がむき出しになった紫のジャケットと青のスカートを着けた。
「美緒ちゃん、なんでこんなことしてんの」店長が問う。
美緒はあごを上げ、唇に指をあてて考え込む。「んーー」
「天使になって、ひとに優しくしてあげると、なーんかキモチイイよう、な? きがする」
そして店長に向かって笑い声をあげた。
「てんちょうさんこそ、なんでこんなことしてるの」
「そうねぇ」店長も少し考えて答える「やっぱり天使になりたいからかな」




