玻璃の静謀ー赦し9
9️⃣
「それでー?今回の養子縁組が実は雪臣様を囮にした麻薬組織を挙げる為の捜査だったと?雪臣様ご本人にも、身辺警護を仰せつかっているはずの私にも一切のご相談もなく"無断"でということですかー?」
恭四郎の声には1ミリたりとも感情の揺らぎは感じられなかった。
それがまた恐いーと桂之介は思う。元々感情を露わにする男ではないのはわかってはいるが、今の恭四郎は瞳が底光りしていてこちらが何か一言言おうものなら取って食われそうな殺気に満ちていた。一国の警察権力を握る国家公安委員長である桂之介だったが恭四郎という男にはそんなものは通用しなそうだった。
そもそも同じ党の神保顕彦に優秀な学生がいるが秘書として使ってみないかと紹介され初めて恭四郎に会った数年前ーその時から恭四郎は優秀ではあるがどこか醒めた目をした青年だった。
神保の弟の事件のことは聞いていたので、それが恭四郎の立ち居振る舞いに影響していることは充分に察してはいたがそれにしても雇い主である自分に対しても仕事に関する事以外は必要以上に恐縮するでもなく媚びへつらうわけでもなく(将来政界で生きて行きたいはずなら強力な後ろ盾を持っているわけでもない若者は雇い主とはできるだけ友好的な関係を結びたがるはずだが)彼は淡々と生きていた。そこに面白さを感じて、彼に当時家を出ると言って聞かなかった自分の息子を託してみようという気になったのはなぜだったかー?
「先生ー」
喉元に氷の切っ先を突き付けられたようなヒヤリとした感覚を覚えて桂之介は我に返った。
「んー?まぁ…いや…但馬にはすまなかったと思っている。しかし今回のことは喜徳君の将来にも関わるー」
「一ツ橋首相の身内可愛さの為に、ご自分のご子息を犠牲にされるおつもりですかッ!!」
ついに恭四郎の舌鋒が火を吹いた次の瞬間。
「但馬ッ、言い方っ!!」
部屋の角から凛とした女性の声が響いた。恭四郎がハッとして口をつぐむ。
「あんたの気持もわかるけど……これは官邸からの指示なの。ただの麻薬組織の検挙じゃない、米軍絡みだし一ツ橋喜徳を人質に取られてるーこちらとしてはユキを使って自然に喜徳と接触して組織から引き離すことが最善の方法だった。桂之介だって辛い判断だったのよー察してやって」
「だからと言ってー」
「じゃあんた、桂之介が正直に打ち明けたら素直にユキを囮にした!?やらないわよね?絶対!!」
「照様…」
恭四郎は言葉を重ねようとしてモニターの中の桂之介を見、モニターに寄り添うように立つ桂之介の義姉、松平照に視線を移した。年の頃は40半ばの照は、しかしまったくと言っていいほど年齢を感じさせる女性ではなかった。小柄で引き締まった体に俊敏な動きと張り詰めた弓矢のような気迫を常に纏っているのは彼女の仕事のせいであるのかもしれない。
松平家という政治一家の娘であった照であるが、自身はこの年まで独身を貫き現在は警視庁、組織犯罪対策部(俗に言う組対)の警視正である。
たつ子がこの部屋を去ってからしばらくの後、いきなり激しく部屋のチャイムが鳴らされて照とその部下達が踊り込んできた時は、さすがの恭四郎もさっぱり事態が飲み込めず照の部下達があっという間に部屋に大きなモニターを運び込み備えつけているのをただ呆然と見ていたのだが…事の詳細を照から聞かされ東京にいる桂之介とモニターを介して繋がった頃には端正な白皙は能面のような無表情に覆われていたのだった。
「ねぇ冷静になってね、但馬ーユキが連れ去られたのは完全に私達組対のミスだった…あの子には謝っても謝りきれないー」
「本当にー申し訳ない…雪臣君を保護しようとして話しかけた所、かえって警戒されてしまいー」
「慌てて追いかけたんですが姿を見失ってしまいまして…」
「あなたは…照様の部下の方だったのですね?」
「はい、組対の土方と申します」
代わる代わる頭を下げた男達の片方に恭四郎はふと目を止めた。
『この男、会津若松駅に降りた時に居た男だ』
㋳よぉ〜と眉をひそめながら不審そうに囁いた綾の言葉が脳裏に蘇る。目ざとい雪臣のことだ。この男が駅で見かけた不審者と同一人物だとすぐに聡ったに違いない。
『だから最初からはっきりと打ち明けて下さればいいものをー』
苦虫を噛み潰したような表情でモニターの中に再び視線を移した恭四郎。それを受け止めた桂之介は何とも所在なさげな表情でそっと視線を逸らした。
「とにかくー私は雪臣様の行方を追います。あの方のお体が心配です」
そう言って恭四郎がドアノブに手をかけた瞬間ー。
「松平警視正、萱野たつ子の事情聴取の為部屋を訪問した所、居室はもぬけの殻でしたッ!!おそらくは組織より連絡が入り逃走したものかと思われますッ!!」
慌てた様子で1人のダークスーツを着た男が飛び込んできた。照の部下の刑事だろう。警察は喜徳と共にたつ子にも目をつけていたらしい。雪臣と喜徳が行方不明になった情報をつかんで、恭四郎に知らせに来たのと同時にたつ子の所へも乗り込んだらしいが時すでに遅く、たつ子は姿をくらませていた。厳しい表情で刑事の報告を聞いていた恭四郎は、その言葉が終わるか終わらないかのうちに照に会釈をすると慌ただしく飛び出して行った。
腕を組んで出て行った恭四郎を見送った照は、肩を落としながら大きなため息をついて部下達を振り返った。
「だからユキの方は放っておいて大丈夫だって言ったじゃない!あの子にはちゃんとお護りがあるんだから!!あんた達は組織の検挙に全力を尽くして!!」
桂之介は公安委員会に出席しなければならない為、一旦モニターの電源は落とされていた。部屋に残されたのは組対のメンバーのみになり、緊迫した中ながら空気は微妙にいつもの職場のそれに近くなっていた。
「お護りー?何ですか、そりゃ?」
土方が胸ポケットのサングラスに手をやりながら、怪訝な表情で照を見る。
「但馬よー見たでしょ?ユキの事となると自分の雇い主の桂之介にでさえあの調子で食って掛かる……雪臣至上主義なのよ」
窓際で銃を撫でていた沖田が目を丸くして振り返る。
「え?何で松平大臣の秘書が!?素人でしょ?秘書に見せかけたSPか何かなんですか?」
沖田の言葉に土方が納得したかの如く頷いた。
「あいつ、同業者だったのか…道理でキナ臭いヤツだと思ったー」
「そうじゃないけどー」
言いかけた照は、だが考えあぐねたかのように口をつぐんだ。甥とその同居人の不可解な関係を部下達に何と説明したらよいものか。身近に見てきた自分にさえ、あの2人はよくわからない所がある。
「大臣にSPが付くならわかりますけどご子息にまでSPが付くなんてー雪臣君って何かヤバイ高校生なんすか?」
「まぁ確かにかなり凶暴ではあるな…虫も殺さないような顔に油断したとはいえ、この俺の向こう脛を思いきり蹴り上げやがった…」
「何っ!?あんた達いったい、あの子にどんな風な近づき方したのっ!!」
桜田門の鬼百合と日頃部下達に呼びならわされている照の逆鱗に触れた土方は、途端にしどろもどろに目を泳がせる。
「いやっ!別に…普通ですよ、普通ー」
「ワハハッ!!ウソだぁ〜、土方さん思いきり怪しかったですよぉ〜。真夜中にサングラスで職質だもん、絶対する方じゃなくてされる方に見えますって〜!!」
「なん…だとぅーごるぁ〜沖田!!てめぇー!!」
殴りかかる振りをしてその実、照の追求を誤魔化そうと話を逸らせた土方の本心などとっくに見破っていた照は、ライオンが尻尾でたかるハエを追い払うが如く鋭く言い放った。
「うるさいっ!!とにかくっ!但馬は桂之介が息子の不憫な境遇を慮って付けた魔法の護符なんだってば!!」
「護符って…警視正の口から聞くとまるで日本昔ばなしだな…3枚のお札かよ」
凝りもせず減らず口を叩く土方に沖田が頷きながらダメ押しの一言。
「そうですよねぇ〜せめてRPGの最強課金アイテムとか言ってほしい」
「昔ばなしで悪かったわね!!どうせ警視庁のやまんばよ!!あんたら3枚に下ろされたくなかったらつべこべ言わず情報取って来なさいっ!!」
照自身、自分が警視庁内で名門政治家一族に生まれたのに閨閥の一端を担うこともせず畑違いの男社会に飛び込んだ跳ねっ返りと散々陰口を叩かれているのは充分に承知している。今更それくらいの事で折れるような心は持ち合わせていなかった。もちろん土方、沖田も照の心情は理解している。だから冗談めかしてこんなことを言うのだ。ポンコツかもしれないが彼らは彼らなりに照を上司として信頼していた。
「でもー素人の番犬に任せといて何かあったらー」
警官としてのプライドからか自分の失態を棚に上げて眉をひそめた土方だったが、その声は被せ気味に照によって掻き消された。
「あの但馬はね、そんじょそこいらの番犬なんか足許にも及ばないの!!今は大臣の秘書だけどSPやってても何の不思議もない…射撃は有段者だし、何よりユキに何かあったらあの男は本気で生きちゃいない」
「ゲッー何なんですか、それ?」
「モノホンのヤバイ奴っすか?」
頭を振りながら照は薄っすらと笑みを浮かべた。
「まぁ…ね。私だって気持ちがわからないでもないからねーだから私は何としても麻薬組織を殲滅してやる…桂之介の為にー」
「えっ?誰の為ですって!?」
「い、いや……何でもないっ!!」
桜田門の鬼百合の秘めた乙女心を垣間見た土方と沖田は思わずニヤリと互いに顔を見合わせた。
『ー無邪気で傲慢ね…私大嫌いよ、そういうの…虐めてあげるわ』
先程のたつ子の刺すような口調がふいに恭四郎の脳裏に蘇る。
「雪臣様ー」
居ても立ってもいられず恭四郎がドアを開いて廊下に出た途端ー。
「うぉ〜っ!!ビックリしたぁ〜どうした?恭四郎、血相変えて?便所かぁ?」
場違いに呑気な声の主に恭四郎は思わず固まっていた。
「隼人ーお前何でここに…?」
「あれぇ?お嬢から聞いてないの?俺がここに来てること。さっき偶然ロビーでお嬢を見かけてさぁ〜まぁ今回は俺も別件なんでお前らには関わらないでおこうかと思ったんだけど、ちょっと気になるもん見かけちまったんでお前の耳に入れておこうかと思ってさ。それにー」
隼人の呑気な口調が心なし翳った。
「たつ子が帰国してるんだってな?いったい何だって今更ー」
「隼人ー今、至急の件で外せない……すまないがー」
「ああ、悪いな。用件だけ伝えるぜ。お前、今一ツ橋喜徳を接待中なんだよな?」
「ー」
違うともそうとも恭四郎は答えない。たとえ知り合いではあっても隼人は記者である。職務上の機密はおいそれとは漏らせない。
「その一ツ橋喜徳をな、さっき見かけたんだよ、ココの中庭で」
そう言いながら隼人は人差し指を折り曲げて上下にブンブン振り下ろした。
「暗かったからハッキリとした確証はないんだが…それが一緒に居た奴らがちょっとヤバそうな奴らだったんでな、奴さん首相の弟でボンボンなんだろ?なんか厄介な事に巻き込まれたらお前が大変になるかと思ってなー」
「隼人ッ!!」
ガシッと恭四郎の両手が隼人の肩に食い込んだ。今まではどこか上の空だった恭四郎の目が獲物を見つけた鷹のように炯々と光り始めたのを隼人は見逃さなかった。
「その話、聞かせて欲しいー部屋に入って、じっくりと」
「んじゃ一ツ橋喜徳は拉致されたんじゃなくて麻薬組織に既に取り込まれてるって訳か…拉致られたのはお嬢の方だって…」
部屋に入り、恭四郎からすべての経緯を明かされた隼人は、物々しい組対の面々とモニターに復活した桂之介にもようやく慣れてきた頃。
「そうだ、雪臣様は警護に当たろうと声をかけた組対から逃れようとその場に居た喜徳様と一緒に姿を消したらしい。組織にしてみれば飛んで火に入る状態だ。日本政府に麻薬取引の実態を嗅ぎ回られたくない奴らにしてみたら首相の弟の喜徳様と共に公安委員長の息子である雪臣様を手に入れれば強力な取引材料だー隼人、お前が見かけた時、雪臣様は一緒じゃなかったか?」
「うーん…とにかく暗かったからなぁ…一ツ橋喜徳だってこのホテルに居るとわかってたからあっ、居る!!と気づけたけど、知らなければきっと見落としてたと思うし……でも待てよ…そういや一味の後ろの方にさ、なんか腕を担がれてる奴が居たような気がするーあん時はただの酔っ払いかなと思ってたけど…」
「抵抗してる感じはなかったのか?」
「ああ、そんな風には見えなかったよ。言い争ってる声もしなかったしーだから俺は酔いつぶれた奴が仲間に介抱されてんのかなぐらいにしか思わなかったんだがーでもよくよく考えりゃおかしいよな?ヤクの取引やろうって連中がこんな所で酔いつぶれてるわけねぇし喜徳だって取り込んだっていったって日本に帰ってきたら里心ついて逃げ出すかもしれねぇから気合入れて見張ってなきゃならないしなーああっチクショー!!もうチョイでスクープ撮れてたかもしれないのに俺のバカッ!!」
「隼人ー」
次の瞬間、隼人は強い衝動を感じた。恭四郎に胸ぐらを掴まれていたのである。ギリギリと締め上げる拳の力強さからは恭四郎の怒気と焦りが伝わってきたがー。
『いい男はこんな時でもスカしてやがんなぁーもうちょい素直になりやがれ』
拳とは裏腹に完全に無表情な白皙の恭四郎に向かって心の中で呟きながら隼人は胸ぐらの手をパンと跳ね除けた。
「悪かったよ。でもさぁ、お前ももうちょっと自分の感情素直に表に出してもいいんじゃねぇの?俺みたいにとは言わないけど…そうじゃないとそのうちストレスでハゲるぜぇ〜」
冷ややかな恭四郎の視線を浴びつつ、凝りない隼人が煙草を吸おうとズボンのポケットをまさぐった時、ヒラリと落ちた袋に2人の意識が集った。
「あーそういやコレ…一味が立ち去った後に落ちてたんだ。あれ?何か書いてあるなー」
矯めつ眇めつ小さな袋を眺める隼人の脇から目を細めて覗き込んだ恭四郎。
「ードラール?」
「なんだか医者でもらう薬の袋みたいじゃねぇか?」
顎に手を当ててじっと隼人の手の中の袋を見ていた恭四郎だったがやがてくるりと後ろを振り返り、同じ部屋の中で隼人の話を聞いていた照に向かって口を開いた。
「照様ーこれ何だか調べていただけますか?もしかしたら雪臣様に近づく手がかりになるかもしれない」
「わかった」
頷いた照が恭四郎から袋を受け取ろうと手を伸ばしかけた時ー。
「ちょっと、但馬!!聞いたわよッ、雪臣ちゃんと喜徳さんが行方不明だってー」
緊迫したこの場には場違いな華やいだ声が響いた途端、間髪入れずに漏れた恭四郎のため息を隼人は聞き逃さなかった。
「ー綾様ー」
「あら照小母様、お仕事お疲れ様です。松平の小父様、ごきげんよう…じゃないわよね……」
華やいだ感じがしたのは若い娘の醸し出す特有の雰囲気で、綾にしてみればこれでもかなり意気消沈しているようだった。その場に居た誰にともなくシュンとした様子で呟く。
「部屋に居た雪臣ちゃんを連れ出したのは私なんです…喜徳さんに誘われたんで2人の親睦を深められたらいいんじゃないかと思ってーでも私が席に戻った時にはもう2人とも居なくなっちゃっててーせめて但馬には断っておくべきだったわ……本当にごめんなさい」
「綾様のせいではありません」
恭四郎の逆鱗に触れる覚悟をしていた綾の瞳がえ?というような意外な表情を帯びて見返した。
「定期的に雪臣様の様子を伺いに行かなかった私の落ち度ですーですから」
恭四郎の脳裏には先程の雪臣の放った捨て台詞が蘇っていた。
『お前なんか大人の話でもなんでもしてやがれッ!!』
過去にたつ子と色々あったのは事実だが、今の自分にとって一番大事なのは雪臣なのだとどうしてためらわずにあの場で言えなかったのか?
過去と決別したつもりで結局は封印していただけだという事実を突きつけられて動揺を隠せなかった自分の弱さが恭四郎は一番許せなかった。責めるべきは目の前にいる綾ではない。
「まぁまぁ責任合戦はひとまず置いといてさーまずはお嬢がどこに居るのか一刻も早く突き止めた方がいいんじゃない?」
「その通りッ!!」
ピリリとした照の声が再びその場の空気を引き締めた。
「今、本部から連絡が入ったわ。数人の外国人団体が福島空港から自家用機で東京方面に向けて飛び立ったって。目的地はー横田基地!!」
「ビンゴ〜ッ!!」
これまで所在なさげに長い手足を持て余しながら息をひそめるように居た沖田の声が、ワクワク感を抑えられずに部屋の中に響き渡った。
「うるせぇぞ、沖田!!場所をわきまえろ!!」
ドスの効いた唸り声をあげたのはこれまた気配を潜めるように部屋の隅に居た土方だった。
「またまた土方さんたら〜松平大臣の前だからって変にカッコつけちゃってぇ〜ホントはもう現場に行きたくてウズウズしてるくせに〜。そもそも土方さんが雪臣君をキチンと捕獲しとけばこんな騒ぎにならなかったと思うんだけどなぁ〜」
ニコニコしながら正論を毒舌でコーティングしてやり返す沖田の首に堪忍袋の緒が切れた土方の手が伸びる。
「土方っ!沖田っ!!」
このまま放っておけば暴走しかねない勢いの2人にムチを入れるかの如く絶妙な合いの手を入れたのは照の鋭い声だった。
『さすが上司ーでも漫才みたいな警察だなぁ…ホントにこんな奴らに任せといてお嬢を助け出せるのかねぇ』
「雪臣様をー捕獲…だと?」
一抹の不安を覚えた隼人の背後から聞こえてきたのは地を這うような恭四郎の不穏な呟きだった。
『うっわ〜恭四郎、めっちゃ怒ってんじゃん!ヤバイぞ、警官に手ぇ上げたら職務執行妨害でしょっぴかれるぞっ!耐えろよ、恭四郎!!』
祈るような気持ちで隼人が思わず目をつぶった時、モニターの画面から響いてきたのは桂之介の声だった。
「とにかくー現首相の弟が麻薬組織に関わっていることが世に明らかになれば一ツ橋首相の信頼が著しく失墜するばかりか内閣総辞職、与党不信任に繋がりかねない。ひいては円や株の暴落に繋がりかねずそのような混乱を招かぬように我々公安が密かに動き組織の手から早急に喜徳君と雪臣を取り戻さなければならない。ここに居る者達は皆、それぞれの立場や思うところもいろいろあるかとは思うがここはひとつ日本の為と思ってこの松平桂之介に力を貸してはくれないか?照姉配下の警察の諸君はもとより、恭四郎、そして友人の記者の小林君もーどうか力を貸していただきたい」
それは不思議な光景だった。ザワついていた不穏な空気が桂之介の物静かな声に浄化されたようにシンとした清浄な空気に変化していく。隼人は初めて触れた本物の政治家のカリスマ性に圧倒される想いでモニターを食い入るように眺めていた。
『これがカリスマって奴かーやっぱ本物は違う』
この部屋に入ってきた時は事件に関わる各々の心情、事情を目まぐるしく目の前で見せつけられ、人としての心とジャーナリストとしての信条のどちらを優先させるべきか迷っていた隼人だったが、桂之介の言葉を聞くうちに自然と心は固まっていったのだった。




