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玻璃の静謀ー赦し13

夜明けの中央道ー白々と明けてきた空と徐々に明らかになる山々の稜線を背景に、恭四郎の運転するアウディは成城を目指してひた走っていた。傍らの助手席にはシートを倒して毛布を被った雪臣が横たわっている。救出された雪臣は横田基地の病院で突き飛ばされた時に出来た切り傷の手当と異常なしとの診断を受けた後、恭四郎と共に帰宅することを許されたのだった。

スクープを撮ることに成功した隼人はとんぼ返りで都心にある自社へと引き上げて行き、学生達を扇動した綾は照と共に基地に残ってある程度の公表できる真実を拡散させ、事態の収集に追われる羽目になった。

"せっかく雪臣ちゃんを助けに来たのに但馬と2人で帰すなんて"と口惜しそうにボヤく綾。今回の救出劇では誰もが舌を巻くような策略家の一面を見せたが、この結末は唯一の彼女の大誤算であった。綾の思惑は別として警察からの事情聴取は雪臣の体調を考慮して後日改めてということになったのである。

数時間前までの目まぐるしい展開が恭四郎の脳裏をよぎっていた。

                        ☆

「ユキ!!怪我は大丈夫なのっ!?」

たつ子を送り出した照はその後桜田門には同行せず、恭四郎と共に雪臣の元に駆けつけた。その姿は先程までのクールな様子とはまるで別人である。幼い頃から手塩にかけた甥の無事を確認すべく、ガシリと雪臣の頬を両手で包んだ照はさりげなく身を引いた雪臣の心中などはおかまいなしにギュウッとその華奢な体を思いきり抱きしめた。

「ちょっ…伯母さんっ!!」

「ん〜、ちょっと擦り傷はあるけど…とにかく生きててよかったぁ〜!!」

「喜徳様は?」

その姿が見えない事に気づいて恭四郎が誰にともなく呟いた。

「一ツ橋首相の秘書が来て…都内の病院に入院させるってー」

複雑な表情で答えた綾。

「すべて極秘裏でね。さっき警察上層部から指令が下りてきた。マスコミにも箝口令を敷いてるーもちろん事の真相はうやむやにはしないけど…首相の弟だからって特別扱いをすることはないから」

照の真っすぐな眼差しにふと綾が下を向いた。

「綾さんどうしたの?気分でも悪い?」

綾の変化にいち早く気づいたのは雪臣だった。

「ー」

綾の答えはない。いらえの代わりにー激しく首を横に振ったかと思うと彼女は急に顔を上げた。その視線の先にはー恭四郎。

「殴ってもいいわよっ!!」

「へー?何で恭四郎に?」

キョトンとしている雪臣の眼前で、対峙した綾と恭四郎の間に緊迫した空気がみなぎった。

恭四郎は一片のためらいも見せずにその手を振り上げる。反射的にギュッと目をつぶった綾の頬にそれが振り下ろされたかに見えた瞬間ー。

「恭四郎ッー!!」

鋭い雪臣の制止する声とほぼ同時に、恭四郎の動きがピタリと止まった。

「ーやめた……貸しにしておきます」

「でっ、でも喜徳さんは私のー」

「エライっ!!男だね、但馬!!」

その時、綾の言葉を遮ったのはーいつの間にか恭四郎の傍らに立っていた照だった。恭四郎の肩にポンと軽く手を乗せた照は髪の毛を掻き上げながらおどけるように言葉を継いだ。

「もしあんたが綾ちゃんに手を上げたらその頭、ブチ抜いてやろうと思ってたけど?」

バンッと呟き、引き金を引く仕草をして片目をつぶった照。その気遣いを感じ取り恭四郎は強張っていた表情をわずかに緩めると目をつぶりながら薄い笑みを浮かべた。

「それは…命拾いをーしましたね」

「そうそう。さっ、いつまでこんな所にいるつもり?とりあえず敷地内の病院で雪ちゃんの傷の手当をしてもらいましょう。話は通してあるからね。さっ、綾ちゃんも行くわよ。何?綾ちゃんたら福島からたった1人で横田基地に乗り込んだわけ?すごい行動力だわねぇ。え?昨夜から飲まず食わず?あ、私もだ!?あはは、じゃ雪ちゃんの治療待ってる間になんか食べちゃう?基地内のショッピングモールになんかおいしそうなハンバーガー屋さんあったしぃ〜」

綾の気を引き立たせる為と言う割にはかなり乗り気の女子トークを繰り広げた照が綾の肩を抱きながら出て行ってしまうと、部屋にはポツンと雪臣と恭四郎が残された。

「では私達も行きますかー」

「んー」

意識はあり一応受け答えはしていた雪臣だったが、綾の姿が見えなくなると張りつめていた気が抜けたのかそのまま仰向けになってしまった。驚いた恭四郎が間髪入れずにかがみ込む。

「雪臣様!!」

「俺は死なないぞ、恭四郎ー」

雪臣は自分を抱え上げた恭四郎の腕を驚くほどの力強さで握り返し、きっと見上げた。

「俺は死なないんだからな、絶対ーだから安心していいぞ。お前に借りを作ったまんまでくたばれるか。どんな嫌味を言われるかわかったもんじゃない」

ヘロヘロになりながら、なおも不敵な笑みを浮かべようとする雪臣。その姿に込み上げる感情を堪えきれなくなった恭四郎は、雪臣を力いっぱい抱きしめると途切れ途切れにその耳許に囁いた。

「何…言ってるんですかー現に今だってこうしてー棺桶に片足を突っ込んでる…くせにー」

「うる…せぇ……」

誰も見ていないと思ったからか、悪態をつきながらも雪臣の手はそっと恭四郎の首に回されたのだった。

                        ☆

「ー恭四郎」

微かな声に物思いから引き戻され、恭四郎は傍らを見遣った。

「目を覚まされましたか雪臣様?振動で傷口が傷んだりしませんか?響かないようになるべく静かに運転してるつもりなんですが…」

「ああ大丈夫だ。寝たら体力もずいぶん回復したし…そんな事より恭四郎ー俺、まだお前にちゃんと言えてなかった、今回の事ー」

一瞬の沈黙に恭四郎は再びバックミラーに映る雪臣の姿に視線を移した。

「いろいろと心配かけてすまなかった…萱野たつ子との事も変に勘ぐってガキみたいな態度取ったし……そのー」

消え入りそうな雪臣の声。滅多に見ることのないしおらしいその態度に恭四郎はクスリと微笑した。

「18才はまだ充分なガキですよ?悪いのはむしろー」

"煮え切らない態度を取った自分の方だった。雪臣に対しても、たつ子に対してもー"

心の中の自分が声にならない声を上げていた。

「何だと!?人がせっかく下手に出てやってるのにー」

はぐらかされてカッとなった雪臣は助手席から身を起こして恭四郎の顔を覗き込んだが思わずギョッとしたように表情を強張らせた。

「おい恭四郎ッ!なんて顔してんだお前…お前の方が死にそうな顔してるぞーお前、まさかバカなこと考えてんじゃないだろうなぁ?」

「ーバカなこと…ですか…考えているように見えますか?」

真っすぐに前を見てハンドルを握っていた恭四郎は、雪臣の言葉をオウム返しに呟くとふいに傍らの雪臣と視線を合わせた。

「ああっ見えるよッ!」

薄く笑い返した恭四郎に雪臣は一瞬言葉を詰まらせたがー。

「いいか!あの女は自分でああいう人生を選んだんだ。別にお前が責任を感じる必要はどこにもない。振った、振られたでいちいち相手の人生背負い込んでたら人間なんかやってられないぜ!!」

ぶっきらぼうに唇を尖らせる雪臣は、これで精一杯に心配してくれている。

『ああこれなのだ。自分がこの人から離れられないのはー』

ガキっぽいどころではない。雪臣は恭四郎がおくびにも出さない(と恭四郎は思っている)内心を丁寧に察し、解きほぐし救ってくれる。

数年前のボロボロだった自分を救ってくれたのも、雪臣の何気ない一言一言だった。見返りを求めない雪臣の傍らに居るのが心地良くてつい過去の傷からも逃げていた。

「ーたつ子との過去を雪臣様にお話しなかったのはー」

言葉を探るように一瞬黙り込んだ恭四郎は、だが次の瞬間意を決したように口を開いた。

「弁解すること自体が言い訳じみているような気がして嫌だったんです…過去の事を口にするとそこから逃げている自分を認めてしまうような気がして……でもそんなものは自己満足でしかないんですね。過去から逃げたという事実に変わりはないのですからーあなたが無事で…間に合ってよかった。私はまた大事な人を失くすところでしたー」

「恭四郎ー」

「大丈夫ですよ。私はあなたの保護者代理なんですから……」

疑わしげな眼差しを向ける雪臣に恭四郎は微笑しながら片手でそっと毛布をかけた。

「もう二度と離れないと決めたんですー」

「……」

かけられた毛布の縁からわずかに目だけを覗かせていた雪臣は恭四郎の柔らかな、しかしこの上なく真剣な視線が自分に向けられているのを感じて思わず頭から毛布を引き被ったのだった。

いつの間にかすっかり夜の明けた中央道。登り始めた朝日を浴びて車は成城目指してひた走っていた。

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