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玻璃の静謀ー赦し12

「今、無事に今回の取引きが完了したと連絡が入った。あと3時間もしたら本国に向けてのフライトだ。お前も準備をしておけ、たつ子」

部下との通話を終え、スマホを切ったフレディは満足そうの微笑むとベットの上にいたたつ子を振り返った。

「私は別に準備なんてないわ…何もー」

気だるげに髪を掻き上げながら顔を背けたたつ子の顎をクイッと持ち上げたフレディ。その口の端には人の悪い微笑が浮かんでいた。

「昔の男への別れは済んだのか?お前の大事な宝物はもらって行くぞってなー」

無気力だったたつ子の目にカッと怒りの炎が灯った。とっさに振り上げられた手はフレディに捕まれ虚しく宙をもがく。

「ハハハッ、ちょっとしたジョークだ!そう剥きになるなー」

フレディ所有のプライベートジェットの一室。情事を楽しんだフレディが身支度を整え部屋を出ようとしたちょうどその時ードアの向こうから遠慮がちに、だが妙に切迫したような声が響いた。

「ボス、ベース内の様子が何か変です!!予定していなかった学生達のデモ隊が押し寄せているようで、警備の兵がざわついています」

「何だと?一体何の騒ぎなんだ?とにかく早い所ノブノリと日本警察のボスの息子をこのプライベートジェットに移した方がいいな。フライト時刻も早められるだけ早めてーたつ子、お前も急いで居間に出てこい!!」

バタンと扉の閉まる音がした後にフレディと部下の足音がバタバタと遠ざかって行くのをたつ子は身じろぎもせずに1人、ベットの上で聞いていた。

                        ☆ 

数分後ー身仕舞いを終え、たつ子が部屋を出た時だった。

「何だ、あの男達!!」

「軍人じゃなさそうだ」

「どこのマスコミだ?何でこのプライベートジェットを撮影してる?」

「誰か許可取ってるって聞いてるのか!?」

「さぁ…ボスの来日は極秘のはずなんだがー」

フレディ配下の男達が機内の狭い通路に集って窓の外を覗いては代わる代わる囁き合っていた。

「どうしたの?」

男達に近づいたたつ子が何気なく覗いた窓の先にいたのはー。

「恭四郎……」

凍りついたように立ち尽くすたつ子の肩を抱き止めながらふいに背後から現れたのはフレディだった。

「昔の男のご登場か?今は警察のボスの犬だそうだな。ボスの息子の匂いを早速嗅ぎつけてくるとは…かなり優秀な犬のようだ。よし機内に入れてやれ!!」

「フレディー」

咎めるように振り向いたたつ子にフレディは不敵な笑みを向ける。

「何、奴が何を探ろうとボスの息子もノブノリもこのジェット内には居ないんだ。証拠になるものは何もないーそれよりお前が思い通りに操れなくてキリキリさせられてる男がいったいどんな堅物なのか。私はそちらの方が興味があるね」

「フレディっ!!」

声を荒げたたつ子を軽くいなすように頷くフレディは部下達に機外の恭四郎達を連れてくるように目配せしたのだった。

                        ☆

「やぁ、君が恭四郎か…たつ子が昔、ずいぶんと世話になったと聞いているー」

差し出されたフレディの手を見、続いてそのにこやかな顔を見た恭四郎は、眉ひとつ動かさず完全無視の体でその傍らにいたたつ子を真っすぐに見つめながら口を開いた。その傍らには撮影はしないという条件でプライベートジェットへの搭乗を許可された隼人ーもちろん彼のスマホはフレディの部下達によって取り上げられていたがーもいた。

様々な思惑と緊迫感に満ちた空間の中に彼ら4人は居た。

「たつ子、もうやめるんだー修が泣いているー」

「あら嫌だ、恭四郎!!あなたいつの間にオカルティストに鞍替えしたの!?昔は冗談一つも言えないリアリストだったくせに」

ヒステリックな笑い声をあげたたつ子に恭四郎の冷静な声がどこかもの哀しげに響いた。

「修は居る。自らの命と引き換えにしてでもお前を愛していたあいつが今のお前の苦しむ姿を見て悲しまないはずがない」

「下手な芝居はやめてよ!!さっさと行くわよ、フレディー」

これ以上は聞きたくもないと激しくかぶりを振りながらフレディに腕を伸ばすたつ子の背に向かって恭四郎は思わず叫んでいた。

「修は居るんだ、たつ子!!」

日頃、感情を露わにすることのない恭四郎にしては珍しい光景だった。見えない縄で縛られたかのようにたつ子の歩がピタリと止まる。たつ子に訴えかけるような、自らに言い聞かせているかのような恭四郎の独白は深い響きを帯びていつの間にかその場を支配していた。

「雪臣様が連れ去られたと聞いた時、俺はわかった。雪臣様にもしもの事があれば俺は生きてはいないだろうー修が死んだあの時ー俺は一度死んだんだ……雪臣様に出会って、あの方が俺に命を吹き込んでくれた…だからこの命、あの人がいなければ意味などないんだ。あの時自分の命より大切なものがある、そしてそう思った修の気持ちを初めて理解したー」

自らの思いを吐露した恭四郎はふと我に返ったのか再びたつ子に向けて語りかけていた。

「修の起こした言動は、確かに俺達には理解できないーしかし修はたつ子、お前を悲しませたくない一心で自分の命を絶ったんだと思う。お前を苦しませる者はたとえ自分であっても消し去ってしまいたいほど、あいつはお前を愛していたんだ。修がそうまでして守りたかった者をお前が貶めるのか、たつ子?お前は修を愛してなかったのか!?」

「修……小さな頃からいつも一緒だったー誰に何を言われてもいつもニコニコ笑ってばかりで、見ている私の方がもどかしかった……何でちゃんと怒らないのって聞いたら、僕のために怒ってるたつ子の顔が見たいからとまたヘラっとした笑い顔をして話にならなかったわ。私はそんな修が心配で、いつまでたっても子供みたいな純粋さに魅かれてこの人を守りたい、守らなきゃと思ってたのにーいつになっても女として見てくれないのではという不安に突き動かされて……結局修を一番傷つけたのは私だったー」

恭四郎の言葉に搦め捕られたように、それまで全てを拒絶するようにギラギラした光を湛えていたたつ子の瞳がぼんやりと霞がかった。

「あの日からずっと私ー暗闇の中にいるような気がする。夢だった国際弁護士のライセンスを取っても、その先の夢が何も見えないー失って初めてわかった……私、修さえ居てくれたら他には何もいらなかった!!」

「たつ子ー」

嗚咽と共に崩れ落ちたたつ子の肩に、恭四郎が手を伸ばそうとしたその時ー。

「もしもし!!警視庁組織犯罪対策課です。こちらフレデリック・アームストロング氏のプライベートジェット機で間違いありませんね?」

ガヤガヤとしたざわめきと共に聞き覚えのある凛とした女性の声が機内に響き渡った。照である。土方、沖田をはじめ、数人の組対メンバーを引き連れてようやく敵の本丸に辿り着いたようだ。はたしてーほどなくして開けられた扉の向こうからは颯爽とした照の姿が現れたのだった。

「フレデリック・アームストロング氏、未成年者略取・誘拐罪及び覚醒剤取締法違反の疑いで任意同行願います」

照の差し出した警察手帳に不愉快そうに顔をしかめたフレディは、だがまったく余裕の体で蔑むように無礼な侵入者を見下ろした。その身長差はゆうに30cm以上はあっただろう。だが照に怯んだ様子は微塵も見られなかった。

「日本の警察が一体何の騒ぎだ?ヨコタベースキャンプはれっきとした米国だ。治外法権なのはー」

「重々承知の上です。が、事は急を要する為、口頭でお伝えしています」

「急?何を言っている?正式な令状も出さずに話にならない!!まずは弁護士を呼べ!!それから軍上層部に連絡をー」

「その件でしたらー」

その言葉を待っていたように照の瞳がキラリと光った。

「ハリス中将と一ツ橋首相とのホットラインでご承認をいただいております。米軍所属の兵ならば軍の規律に則って調査をしなければならないが、出入りの業者は民間の事ゆえ、我が軍の預かり知る所でなし。よって日本警察にて存分に調査されたしーとの許可をいただいております」

怒り心頭で口を開きかけたフレディに照は隙を与えずピシャリと言い放つ。

「それと今回のアームストロング氏への任意同行依頼は氏、ご自身の身柄の安全確保の意味合いも含まれます」

「私の安全…どういう事だ!?」

「土方ーアームストロング氏にスマホ実況をお見せして」

照が目配せすると後ろで控えていた土方が、手にしたスマホをフレディの目の前に差し出し、音量を上げた。

そこに映っていたのは見覚えのある光景ー今現在彼らがいる横田基地の第2ゲートだった。そこに居たのは大勢の若者達。中には自分達で作ったものか、"治外法権反対!!""米軍は横田基地を解放せよ"等の文字の書かれたプラカードを掲げている者もいる。

基地の上空ギリギリには徐々にこの騒ぎを嗅ぎつけたマスコミのヘリコプターが数を増し、騒然とした雰囲気が醸し出されていた。

その時である。スマホの中の実況中継のアナウンサーが近くにいた若者にインタビューをし始めた。

「今日はどうしてこの横田に来られたのですか?」

大学生だろうか?眼鏡をかけた若い男性が向けられたマイクに少し緊張した面持ちで答える。

「えーっ!なんかSNSで大臣の息子がアメリカ人に拉致られてるって記事が拡散されてて〜」

隣りに居た友人らしき金髪の男も頷きながら口を開く。

「拉致とかって北朝鮮だけじゃないんだ〜って」

「現在進行形でマジヤバイよなってなって…なぁ?」

どちらともなく2人は顔を見合わせ頷いた。

「何か、オレらに出来ることあったらと思って…とりあえず現地に行こうって友達と来たんス。けど、なぁ〜!?」

「そー。来てみたらそんな奴は居ない!!ここはアメリカの基地だからむやみに中には入れられないってー」

「なぁ?ここは日本なのにおかしいだろって話っスよね?」

「結局居ねぇっていってた大臣の息子、助け出された実況中継動画が流されてここに居るのがハッキリしたし…これはもう事件でしょ?犯人キチンと逮捕されるまで見届けないとー」


憤怒の表情を浮かべたフレディは、照と土方に交互に視線を投げる。

庇護してもらえると思っていた米軍の突然の裏切り、隠密裏に行っていたはずの自分の行動が日本の一般人に曝け出されていたことへの困惑ー様々な感情に嵐のように襲われていたに違いないフレディの視界にその時ふと飛び込んできたものがあった。

「貴様!!一体何をしている!!ここに入る時に撮影は禁止だと機材は取り上げたはずー」

鬼の形相で飛びかかろうとしたフレディをヒラリと交わしたのは隼人だった。してやったりとニヤニヤしながら後ずさる隼人の手には、確かにスマホが握られていた。

「おおっーと!!一度くらいスマホを取り上げられたからってハイそーですかと引き下がってちゃあ俺達はおマンマ食い上げなんでね。そゃもういろんな所に隠し持ってますよ。こんなとこやー」

隼人の手が着ていたTシャツをグッと掴む。

「時にはこんなとこにもー」

自らの股間をギュッと握った隼人は、堪えきれずに大爆笑し始めた。

「隼人!!よさないか」

怒りで言葉を失ったフレディと場をわきまえない隼人の冗談に引き気味の、警視庁の面々の間に入って口を開いたのは恭四郎だった。眉をひそめて呆れたように隼人を一瞥したものの、その眼差しは底光りするような静かな怒りを含んで目の前のフレディに向けられた。

「すべてはこの男が動画配信をしています。雪臣様、喜徳様の救出からあなたの部下が白状した事も」

ギロリと恭四郎を睨んだフレディは、だが動画配信と聞いてようやくすべてを理解したようだった。保守的な日本の政界と警察がこのように斬新な手口で切り込んでくるとは夢にも思わなかったが…。

「ご理解いただけましたか?なお一ツ橋喜徳氏、松平雪臣氏両名の身柄は警視庁組対課の方で保護済みです。これ以上ここに居て万が一、一部の学生達が暴徒化してなだれ込んで来るとアームストロング氏ご自身の身に危険が及びますので、ここはどうぞ警視庁までご同行いただいてお話をお聞かせ願います」

流暢な照のクィーンズイングリッシュを苦虫を噛み潰したような表情で聞いたいたフレディはだが逃げ切れないと判断したのか、土方に先導されてプライベートジェットから降りて行ったのだった。


フレディと部下達数人が機内から姿を消した後、怒号や荒々しいざわめきは消え室内は一見静けさを取り戻したかに見えたが。

「たつ子ー」

恭四郎が後に残されたたつ子に近づこうとしたその時ー。

照がそっと目配せをして、恭四郎の動きを制した。言葉を飲み込んだ恭四郎の脇をすり抜け、照は床に座り込んだままのたつ子の傍らにスッと跪いた。

「萱野たつ子さんーで間違いありませんね?」

手塩にかけて育てた甥を拉致された伯母でもある照だったが、さすがにそこはプロの刑事である。彼女の声音からは加害者の一味であるたつ子に対する怒りなど私情を感じさせるものは何一つ感じられなかった。

かといって単に事務的な口調というのも違う。恐らく今回の事件の背景を調べるうちにたつ子の過去ー恭四郎との経緯やらフレディとの歪な繋がりなどーを知り、思う所があったのかもしれない。照自身も一見恵まれた政治家一家に生まれついたようでいて義弟の桂之介との仲は長年に渡り混迷の体を極めている感がある。ビクリと大きく肩を震わせたたつ子の背に、そっと掌を当てて落ち着かせるようにゆっくりとした口調で口を開いた。

「滞在先である福島のホテル及びこちらのプライベートジェット機内から覚醒剤が発見されました。麻薬及び向精神薬取締法違反の疑いで任意同行願いますーあなたの事、いろいろと調べさせてもらいました。ご同行いただけたら何かお力になれることがあるかもしれません…来ていただけますね?」

「……」

たつ子の反応はない。しかし照の言葉に抗う様子もなく、促されるまま立ち上がった。

「たつ子……」

何を言えばいいのかわからず、しかし何かを言わずにはいられなかった恭四郎は再びその名前を呼びかけたがーたつ子はもうそこに恭四郎がいることさえ忘れたかのように一顧だにせず、照に肩を抱かれたままフラフラとした足取りでプライベートジェットを降りて行ったのだった。


「恭四郎ー」

ふいに響いた隼人の声に恭四郎は弾かれたように振り向いた。

隼人は既にスマホを閉じていた。麻薬組織摘発のスクープはフレディが捕まった時点で形がついている。たつ子のした事は許される事ではないとはいえ、過去の負い目も手伝って、隼人もたつ子の事までは暴露するつもりはないようだった。

「後は松平警視正に任せよう……結局、俺達何も出来なかったなぁ…」

「ーあぁ」

恭四郎はぼんやりとたつ子の出て行った扉を眺めていたが、隼人の言葉に我に返ったように隼人を見、それから床に視線を落として呟いた。

「…腕の立つ弁護士を松平先生にお願いしてみるつもりだーたつ子につけてもらえるように」

「そうだな」


こうして各々の胸中に様々な想いを残し、事件は一応の結末を見たのだった。

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