鼠の恩返し
えー、こりゃまた、今宵もようこそお運びいただきまして、ありがとにゃんございます。寒い夜に縁側で耳を傾けてくださるとは、猫冥利に尽きるってもんです。
さてさて、今夜の噺は「鼠の恩返し」ときたもんだ。人間の世界じゃよく聞く話ですが、猫の世界にも似たようなことが、あるようでないようで、あったんですな。
舞台は、江戸の長屋裏手。そこに住んでおりましたのが、黒猫のクロ之助。毛並みは艶々、目つきは鋭く、魚屋の軒先を通るだけで鯖が震えるってぇほどの顔役でして。けれども、見かけによらず情にゃ厚い、そんな猫でございます。
ある晩のこと。月も雲に隠れて、しんと静まり返った台所の隅っこで、ちっこい鼠が罠にかかっておりました。人間が仕掛けた粘着シートってやつですな。鼠はピーピー泣いておりまして、足も尻尾もべったり貼りついて、まるで煎餅の具になったような有様。
クロ之助、最初は見て見ぬふりを決め込もうとしたんですが、鼠の泣き声があまりに切なくて、つい近づいてしまった。
「おい、鼠。お前さん、何やってんだにゃ」
「罠に…罠にかかっちまいました…助けてくだせぇ…」
クロ之助、ため息ひとつ。「まったく、油断も隙もありゃしない。しょうがないにゃ」と言って、ぺろっと舐めて粘着を剥がしてやった。
鼠は涙目で言いました。「ありがとにゃんございます!いつか必ず恩返しを!」
──と、言い残して、チョロチョロと去っていった。
さて、それから三日後。クロ之助が昼寝しておりましたら、どこからともなく鼠が現れて、得意げな顔でこう言うんです。
「ご恩返しに、魚屋の帳簿を盗んできました!」
……おいおい、それは違うだろう。
クロ之助、飛び起きて言いました。「お前さん、それは“恩返し”じゃなくて“犯罪”だにゃ!」
鼠はしょんぼりして言いました。「だって、魚屋さん、いつも猫に冷たいから…昨日なんて、干物を見ただけで箒で追い払われました…」
「それでもにゃ、帳簿は返してこい。せめて、棚から落ちてた干物一枚くらいにしとけ」
鼠はしぶしぶ帳簿を返しに行き、代わりに魚屋の棚の下に落ちていた干物を一枚、こっそり持ってきた。クロ之助はそれを、近所の野良猫たちと分け合って、こう言いました。
「恩返しってのは、笑って済ませられるもんでなくちゃ、にゃ。人間も猫も、帳簿より笑顔が大事だにゃ」
──てなわけで、今夜の噺はここまで。お後がよろしいようで。




