タイトル未定2025/09/22 00:14
ハイキューを読んで。
岩泉さんってめっちゃ苦しい立場にいますよね。
「先輩、バレーの才能ないじゃないですか」
彼は、一学期の終わりに多様性に関する作文が賞に選ばれて壇上に登っていた。『全ての個性は尊重されるべきということが美しい言葉で綴られていて素晴らしかったです』校長先生が賞とともにそんな言葉を渡していた。
大抵、こういう賞への拍手なんてみんな惰性だ。それなのに連なった音は体育館中に反響されて広がっていって、名前も知らないその賞は、まるでとても価値のあるもののようだった。
「だから、やめた方がいいですよ。及川さんだって、あなたより俺がエースの方がきっといい」
彼の作文を読んだことはない。しかし、『全ての個性を認めるべき』とか『普通だけが全てではない』とか、普通という土台の上に立っているから書けているというだけの文章をただ書き連ねているだけなのだろう。
「この高校が負け続けているのは、エースの席にいるのが、取り柄が及川さんのお酒馴染みというだけの岩泉さんだからです」
なあ。
俺はさ、及川を見下してるよ。あいつ誰か自分よりうまいやつが現れたら『もっと才能があれば』とか『才能があるのが妬ましい』とか、絶対に努力量や努力の質にふれないんだ。もちろん本人は懸命に努力している。その方法も模索している。だからこそプライドが生まれて努力が足りなかったなんてどうしても言えなくなる。気持ちなんてわかりすぎるほどわかる。それでも誰よりも才能を嫌いながら誰よりも才能のみで人を測る、あいつの自分の矛盾に気がつけないところを見下している。
「そろそろ自分の能力値に気がついたらどうですか?あなた単体では誰にも求められないんですよ」
及川も、きっと俺を見下している。君がさっきから賢しらに教えてくれるようなこと全部、とっくに何度も考えてきたよ。
「ほんと、邪魔なんです」
お前が俺を見下すように、そんな簡単なことも気づかずにこちらを偉そうに攻撃する、お前を心底見下している。
がん。なにかに身体を揺るがすような衝動を受ける。それが自分の心臓の音だと気がつくのに時間がかかった。
がん。及川は、俺と過ごす時間を楽しいと表現する。俺を本気で傷つけようと悪口を投げてきたことは一度もない。ないから、透明なヴェールで空間を包んで本心を見えなくした。
がん。及川と過ごす時間は、楽しくて。楽しくて。ゆっくりとオセロがひっくり返るように感情が変わるのを抑えることができなかった。
がん。苦しかった。痛かった。人を妬むって苦しくて痛いの連続だった。
がん。心臓を貫くような音に押されて、ふらりと一歩進む。恐怖を感じたように一歩下がる彼を他人事のように見つめていた。
「お前さ、自分が思うほどバレー上手くないよ」
誰かが誰かを傷つける音がする。
「そういう偉そうな言葉はさ、さっきのボール打ち切ってから言えよ。あれ簡単だったから」
ああ、ちがう、俺の声だ。そう気がついて初めて、目の前の歪む顔に満たされる心地よさを自分で認めることができる。
「お前、イタいんだな、相当」
彼は唇を噛み締めていた。人の悪口は言えるのに自分の悪口には必要以上に傷つくんだ。ばかだな、と思う。
「お前のこと、及川嫌いだってよ」
口角が上がるのを必死に耐える。彼が傷付けば傷つくほど身体が温泉に浸かったときのような心地よさに包まれる。
彼は苦しそうな顔をする。それに少しつまらないなと思う。もっとこちらに攻撃してくればいいのに、お互い骨の髄まで痛みで満ちるまで傷つけ合えればいいのに。
きっと今までずっと、誰かとぼろぼろにさせ合う瞬間を待っていたんだ。
「そんなわけない」
彼が口を震わせながら魂を削り取るように叫ぶ。
そうだよ。
「お前より俺が劣ってるわけがない」
そうだよ。傷付けてこいよ。
多様性って、様々な人間の個性が共存するって美しい言葉で語れるような綺麗事じゃないんだよ。不平も不満も捨てることもできないどうしようもない感情も、お互い抱え合うそんな時間の積み重ねなんだよ。誰かと生きるってそういうことなんだよ。
暗黙の了解の我慢しあいを抜け出したいなら、お互い傷ついて傷付けて、そんな時間を超えるしかないんだよ。そんな相手の瘡蓋無理やり剥がすような時間の先、ようやく互いに同意の上での妥協点が生まれるんだよ。
「俺がエースになるんだよ」
美しくない、綺麗じゃない。
足元に大量に落ちている現実を拾い集める行為を生きるっていうのだと思うときがある。
彼に一歩近づく。今度は彼は逃げなかった。
拾い上げた現実は、醜い刃の形をしていた。
最近の天気が異常気象なおかげで、沈黙を天気の話題で埋めることができます。




