9.夜会準備(Y)
「夜会?」
「ああ、ジャスミン嬢には既に手紙を送ってある」
「何してくれてるんですか、父上」
「隊長にもその旨は連絡済みだ」
……道理で休みを入れられていたはずだ。
「そろそろ婚約者のお披露目をしないと可哀想じゃないか」
「ですが!」
「ドレスを贈ると書いておいたからな。今日、店の者を呼んである。お前が決めなさい」
「私が!?」
「パパ、たちゅけて~!っと言えたら手伝ってもいいぞ」
「………………母上に頼みます」
母上に聞きたい。こんな父の何がいいのかを!
「うふふっ、まさかユリシーズのお嫁さんのドレス選びが出来るとは思わなかったわ~」
「……嫁ではなく婚約者です」
「どんなドレスがいい?何が似合いそうかしら」
似合いそうなもの……
「あまり濃い色では無く」
「うんうん」
「柔らかいイメージで」
「あら、いいわね」
「でもそうですね。少しだけ大人っぽく出来たら喜びそうです」
「んふっ!」
「…………何かの発作ですか」
「これはトキメキよ、キュンキュンするわ!」
いい年して何を……
「…痛いです」
何故か抓られた。
「失礼なことを考えたでしょう!」
「………黙秘します」
「もう、可愛くないわね。で?胸が開いているのと背中が開いているの、どっちがいいかしら」
「なぜ二択?どちらも開いていないは?」
「無いわ。詰め襟でも着させるつもり?」
どっち……
「さり気ない方で」
「ん~、では背中が開いているのにしましょう。髪をアップにしなければそんなに目立たないもの。さり気なく色っぽいくらいがいいわ」
あの小娘に色気なぞあるのか?
「あ、これ!これはどう?」
それはフワリと柔らかな生地のドレスで、ウエスト部から裾に向けて色が淡くなり、まるで穏やかな海の波が幾重にも折り重なっているみたいだ。
ホルターネックになっているため、胸元はしっかり隠れ、その代わりに背中が……
「背中が開き過ぎでは?」
美しいドレスだとは思うが、これは如何なものか。いやらしい意味が込められていると思われるのは心外だ。
「このくらい普通よ。アクセサリーは何がいいかしら」
「……まだ若いのであまりゴテゴテしていない物がいいです」
「そう?それなら宝石ではなく、真珠の方がいいかしら。そうね、これとか?」
それは、繊細なプラチナのチェーンと真珠の清楚なデザインだ。
セットのイヤリングはプラチナと、こちらはベビーパールが数粒あしらわれていて、ドレスと合わせると波の雫のようで可愛らしい。
「悪くないですね……、あ。あとこれも」
「あら可愛い。ドレスにも合うわね。コサージュとして服に付けてもいいし、髪に飾っても素敵」
それは白に近いくらいに淡い、薄紅の花飾り。
「貴方の中での彼女は、随分と繊細で可愛らしいのね」
繊細で可愛らしい?……あれが?
「私の中のイメージはイタズラ大好きの小型犬ですが」
「……このドレスは?」
「それくらい繊細な物にしておけば、やんちゃなことはしないかなと」
「酷い男!こんなにも素敵なドレスが実は拘束服なの!?」
「泥棒猫と言われたくて令嬢達を煽ったお馬鹿娘ですから」
「…………そう。確かに必要かも」
「でしょう?」
まあ、繊細なのは嘘ではないとも思う。
あの小娘は単なる箱入りなだけだ。泥棒猫ちゃん事件でも、実際にはプルプル震えていたし。
「次はもっと正確な事前相談をするように要求しておきます」
訓練を見に行くとしか伝えてこなかったのは減点だ。そこからあの行動を予測できるはずが無いだろうに。
「んふ、んふふふふふっ」
「……何ですか」
「貴方に報告したらやっていいの?止めろとは言わないのね」
「知りたいことを止める権利は誰にも無いでしょう。それに、危険が無いように見守るのは大人の義務だ」
「そうね、貴方が見張っていればいいのよね?」
……うん?何かおかしいような気も……
「よし!次は貴方の衣装よ!」
「黒か紺でいいです」
「何を言ってるの」
「面倒だから任せますよ」
「フリフリのブラウスにするわよ?」
「止めてください!」
この人はやる。本当にやるんだよ!
入団式にフリルだらけのブラウスを用意した人だからなっ!
「自分で選びます」
「そうなさい。あ、貴方、もちろんダンスは踊れるわよね?」
「……は?」
ダンスだと?