白百合事件
「一体なんですの、あなたは」
「えっと? ジャスミン・バックスと申します?」
「あなたの名前など聞いておりませんわ!」
「ご、ごめんなさい!」
こわい! コーエン公爵令嬢とこうして面と向かってお話するのは初めてなのに、なぜか初手から攻撃態勢だ。
やはりこれは白百合の会メンバーとして私の前に立ちはだかっているのかしら。
今日は泥棒猫ちゃんを聞こうだなんて無茶はしていないはずなのに、どうしてこうなった。
「ずっとずっとユリシーズ様はみんなの白百合の騎士様でしたのに、どうしてあなたごときが私達から掻っ攫っていくの? 図々しいとは思わなかったのですか!」
……えぇ? ユリシーズ様はユリシーズ様のものですし、どうしてもというならばオーウェル家のものだと思うわ。それにしてもかっさらうとはなかなかなお言葉ですね。
「申し訳ありません。家同士で結んだ婚約ですの」
「あなたがワガママを言ったのでしょう⁉」
「あ、それは違います。婚約するまではユリシーズ様のことを存じ上げませんでしたから」
どうです? 私は無実ですわ!
「キ~~ッ! なんということを! ユリシーズ様を知らないだなんて、神の御名を知らないのと同じくらい恥ずかしいことですわよ⁉」
「……まあ。本当に怒るとキーッと言うものなのですね?」
「なんですって⁉」
泥棒猫さんといい、白百合の会メンバーのお言葉は、お宝の宝庫です。
それにしてもユリシーズ様はどこまで進化を続けるのかしら。大天使で打ち止めかと思いましたのに、とうとう神に祭り上げられているではありませんか。
思わずワクワクしていると、ギッ! と睨みつけられてしまいました。
美人が睨むと怖いですね。子猫ちゃん風情ならば可愛い一択ですが、この眼差しはたぶん猛禽類。狙った獲物を一撃でしとめる鷹……いえ、どちらかというと、
「オウギワシ?」
「……あなたは本当に私に喧嘩を売っているわね?」
「そんな! オウギワシは猛禽類最強と言われているのですよ? 頭部の冠羽がおしゃれさんで」
「私は真面目に話しているの! いい加減になさい‼」
……やってしまいました。こんなにも叱られるのは久しぶりです。
「どうしてこんなにもふざけた方をユリシーズ様は大切にするのかしら」
そっか。コーエン公爵令嬢は、私がユリシーズ様にふさわしくないから怒っているのね。
「……たぶん私は面白い女枠なのです」
「は?」
「えっと、よく言えば先が見えなくて興味が絶えないみたいな?」
「……奇天烈すぎて、つい目で追ってしまうようなものだとでもいうの?」
「あ、さすがです! 表現が秀逸ですね!」
あら。馬鹿にするような眼差しが突き刺さります。
「……私はこれでも真面目に話していまして」
「これで?」
「はい。父にも時々、真面目に話をしているのだからと窘められるのですが、私的には真剣に考えて発言していてですね? でも、大体の方がコーエン様のように怒るか、呆れるかなのですよ」
それでも仲良くしてくれる友人がいて、私は恵まれている。それに。
「ユリシーズ様も、こんな私を馬鹿にすることなく、怒るでもなく、理解はできなくてもこういう人間なのだとまるごと受け止めてくれる優しい人で」
なんて言ったらいいのかしら。うまく言葉が出てこない。
「……やはり、大天使で神ということなの?」
「へ?」
「だからあなたのような奇特な方を救おうと尽力なさってるというのですね⁉」
「……えっと? そう……なの、でしょうか?」
何か違うことはわかるけど、怒らせないようにどう理解してもらえばいいのか分かりません。
なるほど。私の言葉に戸惑う方たちはこんな気持ちを味わっているのか。
「ようするに、あなたという存在はユリシーズ様を輝かせるために与えられた必要悪であるということ! ならば、私はそれを受け止めるしかないではありませんか!」
なんだかコーエン劇場が開幕したみたいです。お菓子と飲み物がほしくなる。
「……いいでしょう。きっとこれが私に与えられた試練! 絶対に耐えきってみせる!」
「おぉっ!」
意味はわからないけど、とりあえず拍手を送ってみた。よくよく考えれば、クラーケンと化すような令嬢達だ。結局は彼女達も面白い女枠なのかもしれない。
「コーエン公爵令嬢。そろそろ失礼してもよろしいでしょうか」
「許すわ。……彼の婚約者でいることもね」
「ありがとうございます!」
よし! なんだかよくわからなかったけど、お許しをいただきました!
ユリシーズ様に会ったら報告しなきゃ。コーエン公爵令嬢はオウギワシのような人でしたと。




