白薔薇事件
「おや、兄上の側近殿ではないか」
げ、面倒な奴に出会ってしまった。
「ティモシー殿下。何か御用でしょうか」
「ふんっ。貴様ごときがどうして兄上の側近に選ばれたのか、不思議で仕方がないな!」
う~ん、相変わらずの小者臭。第四とはいえ、これで王子なのだから困ったものだ。
「では、国王陛下にお聞きください」
「え⁉」
「私を王太子殿下の側近に選ばれたのは国王陛下ですので直接ご確認を。間に人を挟むと、その人の考えや憶測が含まれる可能性が高いですから」
ギロリと彼の後ろに侍っているご学友だか側近候補だかを睨みつける。十中八九この取り巻き達のせいだろう。
「なっ! 変な言いがかりはやめたまえ!」
「……会員番号八番、エイダ・ディスキン伯爵令嬢。会員番号十九番、ベリンダ・イーストン子爵令嬢。あなた達の婚約者ですね?」
「何故それを⁉」
俺だって知りたくはなかった。なんならさっさと解散させてほしい白薔薇同盟の名簿を仕入れてきたのはもちろんジャスミンだ。
『人気者ですね!』と嬉しそうにしていたので、『浮気の斡旋は駄目絶対!』とアイアンクローでお仕置きをしたのはつい最近のことだ。
「婚約者がおかしなものにハマって心配なのはわかるが、私に当たるのはお門違いだろう。まずは婚約者と話し合いなさい」
私だって被害者なのに、どうしてさらに文句を言われなくてはいけないんだ。
「う、うるさい! お前に分かるか⁉ 『どうして私の婚約者は白百合の騎士様のように麗しくないのかしら』とため息を吐かれる悲しさが!」
うわ、酷いな。だが、そんな女共に追いかけ回される俺の辛さも知らんだろうが。
「なぜそんなことを言われて黙っているんだ。こんな皮一枚のことで馬鹿らしい」
「言ってみたいさ、そんな台詞!」
あ、泣きそうだ。あれ? 今のが自慢になるのか? そんなつもりはなかったのに。
「……あー、そのな。まず、白薔薇の方はただのおふざけだから安心しろ。劇を見て騒いでいるのとたいして変わらないから」
「お前こそふざけるな!」
面倒だからティモシー殿下は黙っとれ。
「もともとは王女殿下が恋心を諦めるために始めたものですよ」
「……姉上が?」
「はい。恋を諦めるから見守ることだけ許してくれと言われました」
ぜんぜん見守っていないことが問題だけどな。
「では……エイダも本気ではない?」
「そもそも本気で好きならば、殿下と私が恋仲かもしれないと喜ぶはずがないだろう」
おえ。言っていて気持ちが悪い。本当にどうしてくれようか。だが、ジャスミンだってお遊びだとわかっているから、ああして揶揄ってくるのだ。本気で喜んでいたらさすがに俺だって怒るぞ。
「……ただのおふざけ?」
「はい」
「本気の本気で? 私は婚約破棄されないのか⁉」
「ここで私に言いがかりをつけて不興を買えばどうなるかは分からないけどな」
「なんと! 婚約者を奪われたと思い、失礼な真似をして申し訳ありませんでした!」
うわっ! スライディングで土下座するのはやめてくれ!
「わかったから落ち着け! まずは早く立ちなさい!」
これってもう、俺へのいじめじゃないか?
「ひどいぞ、お前達! ユリシーズに復讐するんじゃなかったのか⁉」
「いやですよ! そんなことしたら彼女に殺されます!」
「そうですよ、おふざけなら穏やかに笑って見守ればいいだけです! それくらいならやってみせますよ!」
二人とも必死だな。確かに、この年で婚約者を失いたくはないのだろう。
「ティモシー殿下。あなたも彼らを見習って婚約者を大切にしてあげてください」
殿下は二ヶ月前に婚約したのだが、未だにこうして絡んでくるから困ったものだ。
「ジャスミンに愛されているからって!」
「違いますよ。思っている相手に邪険にされる辛さをあなたは知っているだろうが。それなのにどうして同じことを婚約者にしているんだ」
「……だって」
「あなたはもう婚約したんだ。それなら、ちゃんと婚約者を知る努力をしないと。王子だからって好き勝手していると、それこそ婚約破棄されますよ」
「なっ⁉」
ん? もしかして、王子の自分がそんな扱いを受けるはずがないと思っていたのだろうか。
「王子だって振られます。ジャスミンで実証済みでしょうが。それに、最初から大好きな人と婚約できるなんて稀でしょう。それでも、これからは人生を共にするんです。だったら互いに歩み寄ってわかり合う努力は必要ですよ」
ジャスミンとだって最初は互いにまったく好意などなかった。ただ、嫌悪感がない程度で。
それでも少しずつ理解し合い、今ではこうして一緒になることを幸せだと思えるようになったのだ。
「……だってお前は相手がジャスミンだから」
「殿下にとってのジャスミンとはどんな人物なのですか?」
「……僕を笑わない人だ」
「なぜ笑われるのです」
「兄弟の中で一番不出来だからだ!」
なるほどな。自覚はあったのか。
「不出来なのは実力もないくせに見栄を張るところですよ」
「ちょっ! 優しさは⁉」
「今、そんなものは必要ありません。いいですか? 殿下はそうやって拗ねる前に何か努力をしましたか?」
「……それは僕だって多少は」
「足りません。多少では」
「だって、やってもどうせできないんだ!」
「それでも最後までやりきれば、頑張ることができたという自信は付きますよ」
私だって騎士を目指すことにした当初はどれだけ大変だったか。
「私が騎士を目指そうと思ったのは、女性一人に押し倒されて食われそうになったのに、叫ぶことしかできなかったからです」
「……食われ? え?」
気にするのはそこではない。
「十二歳の私は小さくて細っこくてひ弱でしたよ。それでも毎日全身筋肉痛で死にそうになりながらも剣を振り、走り込みをして頑張りました。それくらいやれば、絶対に今よりも何かが変わります」
「え、無理。なに、その脳筋な考えは」
「できます」
「いやいや「いいからやりなさい。よし、今からやりましょう。明日からというのは甘えです。今からがんばりましょう!」
ぐだぐだと面倒だから騎士団に放り込もう。大丈夫、筋肉は裏切らない。
「やだ~~! 誰か助けてっ!」
【おまけ】
「ティモシー殿下ったらズルいわ! 自分だけユリシーズ様と仲良くして!」
「……い、いや、全身筋肉痛で死にそうなのだが……」
「あ! でも、殿下を応援に行けばユリシーズ様にお会いできるのね? じゃあ、許すわ! 筋肉痛なんて生きてる証拠です。もっとも~~っと頑張ってください! いやん、何を着ていこうかしら♡」
「……まさか、君は白薔薇の?」
「まあ! 失礼ですわ。あんな方達と一緒にしないでくれます? 私は歴とした白百合の会のメンバーです!」
「全然僕のことなんて慕っていないじゃないか!」
「まあ。だって殿下がおっしゃったのよ? 自分には愛する人がいるから君を愛することはないって。だから丁度いいと思いましたの。私もユリシーズ様に操を捧げているから♡」
「え⁉」
「え? 殿下ももちろんそうですわよね?」
「……もう! やっぱりユリシーズなんて大っ嫌いだ!」




