癒やしの人
「……ん、いい匂い。やっぱお前、最高」
ユリシーズ様の手が彼女の柔らかな肢体を抱き寄せ、そのうなじに顔を埋めた。
そして、軽くキスをしながらその香りを堪能している。
……これは浮気? 私に向けるよりも愛おしそうな表情に見えるのは気のせいではないと思う。
「ごめん、足りない……もう我慢できない」
そういうと、おもむろに彼女の体を持ち上げ、その胸元からお腹に向けて顔を埋め、
「柔らか……」
なんとも言えぬ、恍惚としたような声が漏れた。
そうか、そんなに癒やされるの?
はぁ、と吐かれたため息が色っぽい。
……私にはそんな顔を見せてくれないくせに。
わかってる。だって、彼女のほうが私よりもたくさんのユリシーズ様を見てきたのだ。
今までもこうして疲れた彼を癒やしたり甘やかしたりしてきたのだろう。
私の目から見ても魅力的な女性だもの。敵わないのはわかっている。でも!
「そこまでメロメロにならなくてもいいじゃありませんか!」
「え⁉ なんでジャスミンがいるんだ⁉」
あら? なんだか浮気現場を目撃した妻みたい。はっ! これは修羅場ね? ならば、ここで言う台詞はひとつだけ!
「離縁してください!」
「……まだ結婚していないが」
「もう! そこは『彼女はただの同僚だよ!』と言い訳してくださらないと」
「……デイジーが?」
「ええ。魅惑のボディを持つ、私のライバルですから!」
いいえ。私よりも五年も長く、ユリシーズ様と暮らしてきたのだもの。まだ、出会って一年にも満たない私ではライバルとは名乗れないかもしれない。
「ふぅん? そっか。デイジー、君は私の最愛らしいぞ。どうする?」
デイジーの手を取り、チュッと口づけた。
「あ、トイレをかき回すのに」
「その程度のことで俺からの愛が失われるはずがないだろう?」
オーウェル家の愛猫デイジーはされるがままだ。ユリシーズ様に首元を撫でられ、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「くっ、デイジーとアイヴィーに勝てる気がしない!」
「だってジャスミンもメロメロだろ?」
「そうなんですよね。なんですか、このお腹は! けしからんですよ。柔らかすぎます!」
ユリシーズ様の隣にぽすりと座り、デイジーのお腹を撫でる。
毛並みだけでもさらふわで気持ちいいのに、程よく柔らかなお肉を纏ったボディがやわやわでたまりません!
「ジャスミンの髪も撫で心地がいいけどな」
デイジーを撫でていた大きな手が、私の髪を梳いていく。
「……私の髪も好き?」
「ああ。さらふわできもちい」
どうやら今日は本当にお疲れみたい。口調が怪しいもの。
「昨日は寝ていないのですか?」
「……んー、三十分?」
デイジーを抱っこしてソファーに寄りかかりながら私の髪をいじっているが、次第にうとうとし始めた。
「ここで寝たら駄目ですよ。お部屋に行かなきゃ」
「……ジャスミンともう少し話したい」
「明日も会えますよ。今日は泊まっていいと言われているの」
今日はお義母様に色々と家のことなどを教わっていたのだ。でも、最近のユリシーズ様はとても忙しいらしく、昨日は王宮から帰っていないと聞いて、つい心配で泊まらせてもらうことになったのだ。
「新しいお仕事は大変ですか?」
「……そうだな、まだ覚えることが多いし、それなりに」
騎士と王太子殿下の側近では、あまりに仕事の内容が違うもの。大変に決まっている。
「お疲れ様です、ユリシーズ様」
「……ん。いいな、こういうの」
こつりとユリシーズ様が私の肩にもたれてきた。
「え?」
「どれだけ大変でも、家に帰ったらこうしてお疲れ様って言ってもらえるなんて……最高……」
それだけ言うと、肩にかかる重みが増す。どうやら眠ってしまったようだ。
「……ずるいなぁ。私が癒してあげたかったのに、そんな優しい言葉をくれるなんて」
私と結婚するせいで無理をさせているのかなって、少しだけ申し訳なく思ってしまった。
でも、私の言葉一つで嬉しそうにしてくれる姿を見たら、悲しむのはおかしいって分かる。
「デイジー、結婚するまでユリシーズ様をお願いね?」
ライバルにだってお願いしちゃうわ。だってユリシーズ様のためだもの。
「あ、でも私だけではユリシーズ様をお部屋まで運べないわね」
やっぱり筋肉を付けるべきかしら。そうしたら、こうやって眠ってしまったユリシーズ様を運ぶことができるのに。
「よし、筋肉を付けましょう! 目指せ、お姫様抱っこよ!」
ユリシーズ様を起こさないように、それでもグッと気合いを入れる。
とりあえず、誰かが探しに来るまではユリシーズ様の枕に徹しよう。
「おやすみなさい、ユリシーズ様」




