3.二人の日常(Y)
「おい、ユリ。婚約したって本当か」
「ああ」
「えっ、ユリちゃん婚約したの!?」
朝から気持ち悪い呼び名の連呼に腹立たしく思いながらも、先輩達には何を言っても無駄だと諦めている。
男を『ユリちゃん』等と呼んで何が楽しいのか。
「だけど大丈夫か?その子」
「…………大丈夫ではない。かなりおかしな娘だった」
「なに、いきなり透け透けランジェリーで迫って来たとか?」
「それは通報案件だろう」
「シャワーブースに突撃とか?」
「あったな~、そんなこと。間違えてダニーの所に入ったんだよな?」
「そうそう。『責任取って結婚して!』ってな。ユリちゃんのおかげで可愛い嫁が貰えたってダニーが喜んでた。まさか騎士団やめて領地に連れて帰るとは思わなかったけどね」
昨今の令嬢は捨て身過ぎる。
「だって連れて帰らないとユリの呪いが解けないだろ?」
「呪ってなどいません」
「いや、呪いレベルだよ」
そうか。あれは呪いか。そう思えば少し気が楽になる。
「で、おかしな婚約者は何がおかしかったんだ」
「会話が成り立ちました」
「マジか!」
「はい」
「やったな!それで何話したんだ?」
「……媚薬の効能?」
「は?それ、狙われてないか?」
「いや、本当にいやらしい気持ちになるのか知りたかったようだ」
「……おかしな令嬢だな。何処の家なんだ」
「バックス子爵家だ」
家名を伝えると先輩達が固まった。
「……まさかジャスミン嬢じゃないよな」
「知っているのか」
「何でお前は知らないんだよ!彼女は……」
「やあ、随分と楽しそうだな」
「殿下?何故こんな訓練場に?」
第四王子のティモシー殿下が自ら訓練場に来るなど初めてのことだ。剣が苦手で、騎士が自分を守るのだから必要無いと、寄り付くことなどなかったのに。
「ちょっとね。おかしな噂を聞いたから」
ジロリと睨まれたが、ひ弱な15歳なぞ全く怖くない。
「ユリシーズ。ジャスミンと婚約したのは本当か」
「はい。彼女をご存知なのですね」
「なんで!?とうとうあの子まで呪われちゃったの!?」
何ではこっちだ。何で王族にまで呪いが知られている?
「……呪っていませんし、彼女は至って冷静でしたよ」
「呪いじゃないなら何で!僕はふられちゃったのに!」
何だそれは。さっき先輩が言いかけたのはこれか?
「……それは本人に確認するべきでは」
「したよ!面倒だって言われた!」
「……残念でしたね」
「どう考えても呪い持ちのお前の方が面倒だろう!?」
「呪いは持っていませんし、親同士が決めたことです。私達の考えは一切考慮されておりません」
「私達って言うな!白百合の会なんて怪しい組織を持っているくせに!」
「…………非公認ですよ」
いますぐ解散させたい。なんなら王子命令で潰してほしいところだ。
「……やっぱり顔か?このキラキラしい顔なのか!?」
「近いです。離れて下さい」
ぐぐぐっ、と男に迫られても嬉しくない。許せるアップはもふもふと可愛らしい動物くらいだぞ。
「ああ、剣の腕かもしれませんな」
突然先輩が交ざって来た。
「それと筋肉かも!」
「それな。私、脱ぐと凄いんです。みたいな」
「な…っ、何て破廉恥なんだ!」
男が脱いで破廉恥なのか。初めて知ったし脱いでいない。
「殿下も鍛えたら彼女の熱い視線が注がれるかも」
「本当か?」
「かも。です。今の0%がどこまで上がるかは殿下の努力次第でしょう」
「……………少し考える」
頑張るとは言わないんだな。そこまで鍛錬が嫌いですか。
とりあえず大人しくなった殿下は帰って行った。
「フォローありがとうございます」
「おお、これでもう少し体を鍛える気になって下さるといいがなぁ」
「どうですかね」
「しっかし、お相手がジャスミン嬢とはね。まだ16?」
「17歳です」
「お前のガチ勢に勝てるかね」
「…戦う必要ありますか?」
「絶対に絡まれるぞ。ちゃんと対策しないと可哀想だからな」
「…………わかりました」
だから婚約なんてしたくなかったのに!
【人物紹介】
騎士団の愉快な仲間達
ハロルド(25歳)、ヘクター(24歳)
・ユリシーズをユリちゃんと呼んで可愛がっている
・普段は学生の様なノリだが、剣の腕は中々のもの
・ユリシーズのモテ方は気持ちが悪いレベルなので全く羨ましくない
・ハロルドはゴツめ、ヘクターは中肉中背
・そこそこ顔がいいので、普通にモテる。でも独身