かつて妖精だった私の話
「僕はずっと妹は妖精の取り替え子だと思っていたのです」
……お兄様? もしかしてもう酔っていらっしゃるの?
今日はユリシーズ様が我が家に遊びに来ていて、珍しくお兄様が一緒に飲もうかと誘ったのだけど。
でも、思い出してみると『ぼくの妖精さん』というフレーズに覚えがある。
「ジャスミンはなんというか思い立ったが吉日という行動力を持つ子で、『虹のはじまりってどこだと思う?』と言ったかと思うとあっという間に姿をくらますのです。そのあまりの速さに魔法を使っているのだと思っていたなぁ」
ああ、やったかも。なんとなく記憶にあるわ。
だって気になるじゃない? アーチのあたりはきれいに見えるのに、裾の方はぼんやりしてわからないのだもの。
でも、必ずはじまりはあるはずだからとワクワクしていたような……。
「もしかして君は迷子の達人だったのか?」
「いえ、勇敢な冒険者だったと言っていただけると嬉しいです」
ユリシーズ様が呆れている。でも、子どものすることなんて奇天烈なことが多いものだと思うの。
「何かに気を取られるとフラフラ~ッと消えるジャスミンを探すのは僕の役目でね。当時は妖精の国に帰ってしまわないように必死に探していましたよ。……懐かしいなぁ」
「兄様。私は妖精の国への行き方なんて知りませんよ?」
「『たぶんわかると思う!』と、当時五歳のお前は自信満々に答えてくれたのに?」
どうしよう。思った以上に痛い子だった。天使ユリシーズは三歳だったけど、妖精ジャスミンは五歳だったなんて。
「ハハッ、私のことを笑えないじゃないか」
「もちろん笑っていませんよ? 可愛くて愛おしかっただけだもの」
「それなら一緒だな」
……よかった。笑ってくれた。
でも、そろそろ酔っ払いの兄をどうにかしなくては。私の黒歴史暴露はここで打ち止めにしてほしいわ。
「お兄様? そろそろお開きにしましょうか。明日、二日酔いで泣くことになりますよ?」
「だって……、妖精の国に帰らないように頑張ってきたのに、結局は天使様に取られてしまうじゃないか」
「……天使?」
「あ! 私じゃないですよ⁉ 最近、白百合の会の令嬢達が、今後はユリシーズ様の笑顔を糧に生きていくと崇拝モードになっていて、白百合の騎士様は大天使ユリシーズ様に進化したみたいです」
「どうして解散しないんだ!」
長年の憧れですもの。解散するのはもう少し先になるのではないでしょうか?
「……挙げ句の果てに国中の令嬢達を侍らせているような御仁だし……」
「侍らせていません。あれは日々襲い来る害獣ですから。もちろん負けませんよ」
キリッとしたお顔で宣言する姿は格好いいけど、騎士としての最大の敵が恋する乙女軍団なのは笑えばいいのか嘆くべきなのか。
それでも、結婚間近になるとさすがに皆様諦めモードで、新たな道を試行錯誤しているみたい。
でも、白薔薇同盟の皆様は今も元気いっぱい。
殿下の側近という立場はとっても美味しいらしい。
「義兄上。今までジャスミンを守ってくださりありがとうございます。私も義兄上を見習って、彼女を大切に守っていきますから」
「……ユリシーズ殿、誓ってくれるか?」
「もちろん。決して義兄上を裏切るような真似はしません」
あら? 何だか感動したらいいのかヤキモチを焼けばいいのか新たな扉が開きかけたと喜べばいいのか分からない状況に?
「お兄様? 嫁ぐといっても国内ですし、住まいは王都です。いつでも会える距離ではありませんか」
「……ちょっと目を離すと消えてしまうお前が言うのか?」
「それは八歳までのお話でしょう?」
「五歳の話ではなかったのか⁉」
あ、バレた。そうです。私の旅の終わりは八歳。
オーロラという美しい現象があることを知り、どうしても見てみたくてお小遣いを握りしめ、隣国を目指そうとしたのです。日帰りで行けると思ったあの頃の自分を叱りたい。
もちろん、お母様にしこたま怒られた。
お父様は私を発見した途端倒れるし、お兄様は号泣してしばらく離してくれなかった。
好奇心だけで動くことは許されないのだと強く心に刻んだ日だった。
「今度冒険したくなったら絶対に俺を誘うこと。約束できるか?」
「……止めないの?」
「すぐには無理だろうが、まあ頑張って休みをもぎ取るから待てを覚えてくれ」
「ユリシーズ様も一緒に行ってくれるの?」
「どうして未来の夫を置いていこうとするかな。旅行の約束はしていただろ?」
「……置いていかないよ? ちゃんと我慢するつもりだったわ」
「どうして? 諦める必要などないだろ。なんなら老後の楽しみとかでもいい。色々計画しようぜ、楽しそうだ」
そうだった。少年ユリシーズは案外ヤンチャなのだ。
「うん! 楽しみにしてる!」
おじいちゃんとおばあちゃんになってからの旅なんてすごく嬉しい。それくらいずっとずっと一緒にいてくれるということでしょう?
「あ、お兄様ったら眠ってしまったのね」
「安心したんだろ。妹が幸せそうで」
「ええ、幸せよ」
だって、こんなにも私を大切にしてくれる家族がいる。そして、私の夢を笑わずに共に楽しんでくれると言ってくれる人にも出会えたのだから。
「前にも言ったけどオーロラが見てみたいわ」
「塩湖にも行ってみないか?」
「いいですね!」
火山も見てみたいし、流氷にも乗ってみたい。
あなたと行きたい場所がたくさんある。
「やっぱり体力をつけなきゃ」
「それなら一緒に運動するか?」
「……ほどほどでお願いします」




