19.約束(Y)
「お前、何をっ!」
「殿下もこの場にいる者ですから」
「だったらヘクターかリックでいいじゃないか!」
やはりな。殿下は私が絶対に令嬢達を選ばないことを分かっている。たとえそれが殿下の命令であってもだ。
だから、その助けとして『令嬢』ではなく『者』と言ってくれた。だが、殿下の優しさは半分だけで、残り半分は私が男性を選ぶであろうことを楽しんでいたんだ。
助けてくださった事は本当に感謝するが、揶揄うのであれば、殿下も巻き込ませて貰おう。
「夜会を盛り上げる為にこのようなことを提案なさるなど流石でございます。
さあ、共に踊ろうではありませんか」
ハッハッハッ、様を見ろ!
「……ユリシーズ、覚えておけよ!」
「勿論です。殿下のお優しさは一生忘れることは無いでしょう」
このダンスを含めて、ですが。
「クソ、こんなはずでは……。私は男性側しかやらないからなっ」
「仕方がありませんね。妥協しましょう」
さすがにここまでゴツいのを女役に踊るのはキツイ。
「ではユリシーズ姫。中央へ」
クソこの✕✕殿下め!嫌がらせにど真ん中で踊るつもりか!?
気が付けば、先程まで踊っていた者達が場を開け始めた。私達二人だけで踊れと?
ちらりとジャスミン嬢を見れば、
『が・ん・ば・っ・て』
と、口をパクパクしている。
こんな可愛らしいことをされたら頑張るしかないだろう。
「やるからには最高のダンスをしますよ」
「ははっ、愛だね」
音楽に合わせて踊り出す。辺りからは何故か感嘆の声が。……普通は悲鳴なのでは?
「しかし意外だったよ。お前が婚約者の為に自分を犠牲にするなんてな」
「近衛騎士を舐めないで下さい。守る者の為ならプライドなんざ捨てますよ」
「騎士?違うだろう」
「は?」
「お前は騎士としてではなく、ただのユリシーズ・オーウェルとして動いたんだ。違うか?」
騎士としてではなく、か。
「さて、どうですかね。というか、どうしてそんな大切な事を一番に貴方に報告しないといけないんですか」
「可愛くないなあ、百合姫は」
「足、踏み抜きますよ」
腹が立ったのでステップを変えたがちゃんと合わせてきやがった。許せん。
「懐かしいな、あの頃騎士科の皆で踊っただろう?」
「勝手に貴方が紛れ込んで来たんでしょうが」
「許せよ。あの三年間だけが唯一自由に出来る時間だったんだ」
「……ちゃんと付き合ったし、今だってこうして楽しんでるくせによく言う」
「よし、飛ばすか!」
「げ」
途端に難易度を上げてきた。
「あの頃はお前は一生独身だと思っていたよ」
「……あー、ですよね」
「おめでとう、いい相手に出会えてよかったな」
「じゃあ、あのおかしな団体を解散させて下さい」
「どうせ新しいのが出来る。無駄なことはしない主義なんだ」
くそ。だがまあ、祝福してもらえたしいいか。
男二人のむさ苦しいダンスもそろそろ終わりだ。
音楽が終わり、二人で観客に礼をする。
何故か大歓声が上がった。気持ち悪かっただろうに、どれだけ皆王太子殿下に忖度しているのか。
ジャスミン嬢の元に戻ろうとすると、
「素晴らしかったですわ!」
「本当です、新しい扉を開いてしまいましたっ」
「私も!」
「私もですわっ」
いや、その扉は二度と開かないようにしっかりと閉じてくれ。
そして今すぐ退け。邪魔でしかない。
「離れてもらえるか。感想ならば、皆の為に踊って下さった殿下に伝えるべきだろう。私はもう失礼する」
「そんな!」
令嬢達は殿下に押し付け、早歩きで移動した。
「ジャスミン嬢、待たせた」
「おかえりなさい!凄かったです、本当に凄かったですわっ!何故あんなにも上手く女性パートを踊れるのですか!?」
ジャスミン嬢が飛び付きそうな勢いで目をキラッキラと輝かせながら質問して来た。
「とりあえず移動しよう。先輩、ジャスミン嬢を見ていて下さってありがとございました」
「おう、また明日な」
「はい。失礼します」
「あの、ありがとうございましたっ」
お礼の言葉もそこそこに、二人で手を繋いでテラスに移動した。
「あ~、悪かった。結局何も飲めてないな」
「いえ、まだ興奮していて喉の渇きなんて吹き飛んじゃいました!」
「……悪かったな。側を離れないって約束したのに」
さすがに殿下と踊るのにジャスミン嬢を抱えたままという訳にはいかなかった。
「何故謝るのです?ユリシーズ様は約束を守ってくださったではありませんか。
私以外の女性とは踊らないでくれた。…それがとっても嬉しかったんです。
ユリシーズ様、ありがとうございます」
この感謝の言葉だけで先程の精神的疲労が吹き飛ぶ。
だが、あと少し、もう少しだけ踏み込んでもいいだろうか?
「では、約束を守れた褒美をいただけますか?」




