18.お披露目(J)
「待って下さいっ!」
飲み物を取りに行こうと動き始めた時、縋り付くような呼び声がしました。
振り向くと見覚えの無い令嬢がこちらを見ています。
「どうされました?」
「……貴方ではございませんっ!」
あ、すみません。ユリシーズ様ですね。
「何ですか?」
ゴーッ!と吹雪が見えそうなくらいに冷たい声です。しかし、令嬢は強者です。なんと頬を染めて話し始めました。
「女性からこの様な申し出をするのははしたないと分かっていますっ、でも!」
「実行に移す前に気付くことが出来てよかったですね。では失礼します」
ユリシーズ様は最後まで言わせずに踵を返してしまいました。
「待ってっ!待って待って待って待って下さい!お願いです、私と踊って下さいっ!!」
「申し訳ありませんがお断り致します」
「なぜですか?一曲…いえ、いっそのことホールドだけでもいいんですっ!」
え、それはただのハグでは?
「貴方の目には何故か見えていないようですが、今日はこちらのジャスミン嬢と婚約してから初めての公の場なんです。ですから他の女性に触れる気はありません。というか、今後もずっとありませんので諦めて下さい」
「そんなっ!たった一瞬でも駄目なのですか?」
凄いです。まだ触れてもいないのに、どこまでも絡みついて来る執念。これが噂のクラーケンですのね?触ったら即アウトな気がしますわ。
「どうしてもというなら、私はジャスミン嬢を抱えたままあなたと踊ることになりますが」
「えっ!?止めてくださいよっ」
想像したら面白過ぎるけど、やりたくはありません。
「貴方っ!どうしてそこまでユリシーズ様を独占なさるの!?ユリシーズ様はあなたの物じゃない、皆の「私は私のものです。そして、私自身の意思でジャスミン嬢を選んだのですよ」
えっ!?肩っ、肩を抱かないで!
近過ぎますっ、ゼロ距離は危険ですから!
「騎士様、どうか私達に慈悲を下さいませ」
「そうです。このままでは私達は涙にくれ儚くなるやもしれませんわ」
「一夜の夢をお授けくださいっ!」
え、え?何処からともなくわらわらとご令嬢が増えていきます。これ、まさか全て白百合の会!?
あら?保護活動は?これ、まったく保護してませんわ。
ユリシーズ様を見れば完全に無表情。
いえ、もしかしたら薙ぎ払いたいのを我慢しているのかもしれません。
「あの、あんまり騒がれると大変なことになりますよ?」
だって本日は王太子殿下夫妻が主催する夜会です。騒ぎを起こすなど以ての外です。が。
ギンッ!!と殺気に満ちた目で睨まれてしまいました。怖っ、彼女達は本気だわ。
「……なぜ私の婚約者を睨み付けるんだ?」
大変です、ユリシーズ様がお怒りですっ。
「騒がしいな」
……お父様、ジャスミンは今日おうちに帰れないかもしれません。だって人生終了のお知らせかも……
「王太子殿下っ!?」
ですよね。こんなにも騒いでいたら気になりますよね?
だから大変なことになると言いましたのに。
「殿下にご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」
「なんだ。ユリシーズか。お前の周りはいつも騒がしいな。自分の団体くらいしっかり管理しなさい」
「非公認です。それより、紹介させて下さい。こちらが私の婚約者、ジャスミン嬢です」
え、なぜ紹介するの!?
「ああ!彼女が!可愛らしいご令嬢じゃないか」
「……お褒めにあずかり光栄にございます。バックス子爵家が娘、ジャスミンと申します」
「うん、先程のダンスは素晴らしかった。まさかユリシーズが踊るとは思わなかったよ」
「婚約者ですから」
あら。なんだか仲良しでいらっしゃるのね?
そんな私の視線に気が付いたのか、ユリシーズ様が説明して下さいました。
「学年は違うが、生徒会で一緒だったんだ」
「それはまた、ずいぶんと派手やかな生徒会でしたのね」
「そうか?普通だぞ」
いえいえ。ユリシーズ様だけでも綺羅星のようなのに、殿下は上背もあり、逞しい体付きと精悍なお顔をしていらっしゃいます。お二人が並ぶと派手派手しいですよ。
「殿下っ、お話を遮る無礼をお許し下さい。殿下にどうしてもお許し頂きたい旨がございます!」
そう言ってこちらに来たのは、なんとコーエン公爵令嬢です。
「おや、コーエン公爵令嬢か。本日も美しいな」
「ありがとうございます。あの、殿下にお願いがございます」
「ん、どうした」
うわ~、絶対に駄目な予感です。だって相手は公爵令嬢です。そのお願いを無下には出来ないのではないかしら。
「私共は皆、オーウェル侯爵令息に憧れを持っております。どうか、この殿下の夜会にて、彼とダンスを踊るという夢を叶えて下さいませんでしょうか?」
「ふむ、ユリシーズ?」
「お断りです。一体何人と踊ったらいいんですか」
確かに。すでに令嬢の山が出来ていますもの。
「そうだな。では、一人だけでいい。この中から一人だけ選び踊ってあげなさい」
「………殿下」
「私の夜会だ。楽しく終わりたいのだがな」
たった一曲。それだけです。
……それだけなのに。
どうしてこんなにも寂しいと思ってしまうのかしら。
「この場にいる者の中から一人でいいのですね?」
「ああ、残念だが婚約者は駄目だぞ。他の者にしなさい」
やっぱり王太子殿下のお言葉には逆らえませんよね。
「ジャスミン嬢、すまないが一曲だけ待っていてくれ」
「……はい」
「約束を破ってすまない。ああ、そこにいる騎士は私の先輩なんだ。彼の側にいてくれ。離れるなよ?」
言われた方を見ると、以前、公開訓練でユリシーズ様と一緒にいた方がいらっしゃいました。
「分かりました」
「大丈夫だよ、ユリシーズ。彼女は私が見ておくから」
え、王太子殿下はちょっとイヤです。
スススッと、先輩騎士様の側に寄りました。
「……逃げられた」
すみません…、無理です。私は殿下の言葉は聞こえなかったフリをして視線を外しました。
……ヤダな。ユリシーズ様は誰を選ぶのかな。絡みつかれちゃうのかしら。
コツコツとユリシーズ様の足音がして
……止まった。
「私と踊っていただけますか?王太子殿下?」
「「「はっ!?」」」




