16.夜会(J)
本気を出した白百合の騎士様は半端ないです。
ガラガラと進む馬車の中、向かい合って座るユリシーズ様をまじまじと見つめる。
前髪を上げるだけでこんなにも雰囲気が変わるんだなぁ。
「どうした?」
「いえ、本日は一段と麗しいなと見入っておりました」
「馬っ鹿だな。お前の方がいつもよりよっぽど綺麗だろ。ちゃんと鏡見たか?」
「見ましたよ!我が家の侍女さんの匠の技ですから。
でも、今日のユリシーズ様はいつもよりもお肌がツルツルです。触ってもいいですか?」
つい、その手触りへの好奇心に抗えず、ワクワクとしながら聞いてしまいます。
「そういうこと、俺以外の男には言うなよ」
「?ユリシーズ様程綺麗な男性はいないと思いますよ?」
これはいいのかな?触っちゃっても叱られない?
「ほら」
ワキワキとしながらも触れるのを戸惑っている手を優しく取られ、ユリシーズ様の頬に触れさせてくれる。
……ほお。しっとり、でもサラリとしてる。
毛穴どこいった?ノーメイクでこれなの!?
つい席から立ち上がり、間近で顔をのぞき込んでしまう。
「おい、危ないから立つなよ」
そう言って隣に座らされたが、頬に触れた手はそのまま。
「まつ毛長っ、マッチ棒何本乗るかな」
「聞いてますか」
「聞いてますよ」
「……なあ、恥じらいは?」
「ふえ?」
まあ、何ということでしょう。
私ってばユリシーズ様を押し倒しそうな勢いで、ご尊顔を観察しているわ!
「……大変失礼いたしました」
バクバクする心臓を誤魔化しながらソッと離れる。
「俺も触っていい?」
…………え、どこに?
「…いいですよ?」
あれだけ頬に触れ、ドアップを堪能させて頂いたのだ。ほんの少しの接触くらい享受すべきことだろう。
「くるっくるだ。おもしろ!」
……私の巻き髪がお気に召したようです。ひと束掬い取り、ふわんふわんと揺らして遊んでいます。
少年ユリシーズはちょっと可愛いが過ぎる。
ユリシーズ様が髪で遊んでいると、フワッといい香りがしてきます。
美形は香りも美形。……ではなく、香水?
「ユリシーズ様、いい香りがします」
「悪い、臭かったか?勝手に母上に付けられた」
「大変馨しいですよ?」
爽やかなグリーンノートはユリシーズ様に似合っている。でも、白百合の会の皆様なら、もう少し甘目の香りを望むのかも?
ふふん、少年ユリシーズはフローラルな香りはしないのですよ、残念でした。
「ん、お前もいいにおいがする」
「やだ、嗅がないで下さいよ」
ユリシーズ様が手に持っていた髪に顔を寄せている。犬か。ユキヒョウではなくお犬様だったの?
「なんか美味そうな匂い」
「あ、ヘアオイルかな?」
私は甘過ぎる香りは苦手なので、フローラル系よりもベルガモットなどの柑橘系の香りがするものを好んで使っています。
「うん、いいな。これくらいなら好きだ」
「香水香水した匂いが苦手で」
「あれな。混ぜるな危険っ!と言いたい」
「ああ、美味しく頂かれ未遂事件」
「そ。俺様の黒歴史な」
ユリシーズ様は弱い所を恥じない。彼にとって弱さはいずれ克服するべきものであって傷ではない所が、なんだか脳筋の極みのようで格好いいんですよね。
「ユリシーズ様は格好いいんです」
「だろ?」
そんなくだらない話ばかりをしていたら、あっという間に到着したようです。
「さて、行きますか」
「はい!」
ユリシーズ様の手を取って降りようとしたら、ひょいと抱えられて降ろされた。
「え、こども?」
「いや?婚約者だ」
……婚約者はいつから抱えて降りる仕様に?
「標準的な婚約者を望みます」
「え、出来るの?」
「…………どうでしょうか」
問題は私の方なの?あれ?
よく分からないけど、ユリシーズ様には勝てない。これだけは理解しました。
会場内はすでに多くの人達が集まっていて。
私達が入場すると、
「白百合の騎士様が女性同伴?」
「うそ、笑ってるわ!」
と、多くの視線を集めております。
なぜ、ユリシーズ様は全無視していられるのでしょう。
「ジャスミンちゃん、こっちよ!」
よかったー、味方発見です!
「綺麗よ、ジャスミンちゃん」
「ありがとうございます。夫人もお美しいです」
「でしょう?」
あはは。ユリシーズ様のお母様だわ。返しが同じだもの。
「どうするの。このまま挨拶回り?」
「そうだな。少し一緒にまわろう。いいかな、ジャスミン嬢」
「はい、よろしくお願い致します!」
それからは暫く挨拶回りです。
『息子の婚約者です』と紹介されるのは、少しの恥ずかしさと、本当に結婚するのだという現実とを感じさせてくれます。
私の不安を感じ取ったのか、ユリシーズ様の手にほんの少しだけ力が入りました。
見上げるといつもと同じ優しい笑顔。
……うん。一人じゃないから。
私だけなら無理でも、ユリシーズ様が一緒なら大丈夫だよね?
(ありがと)
ソッと小声で伝える。
すると、ユリシーズ様が優しく、本当に優しく微笑んでくれました。