11.レッツ・ダンス(Y)
まいったな……。
『未来の貴方の夫は?』だなんて、クッソ恥ずかしいことを聞いてしまった。
誰でしょうね?と返されなかったのが救いだ。
男色扱いは別に初めてではない。なんなら本当に誘われたことすらある。
本気の人間には丁重にお断りをし、ひやかしや私を貶めたいだけの輩はすべて実力で黙らせて来た。だいたいそういうことを言う奴らは無能が多い。
だから、呆れはするが怒るほどのことではなかった。
だけど、面白くはない。要するにコイツは私を浮気者、もしくは騙してお飾りに据えようとする極悪人だと言ったのだ。
……ただ、どう考えてもダンスから逃げたかっただけで、そこまで深くは考えていなさそうなんだよな。怒るに怒れん。が、言わないのも良くないか。
「ジャスミン嬢」
「はい?」
「君の知識欲を頭ごなしに否定する気は無いし、君に悪気が無いのも分かっている。
だが、人の内面の謎について踏み込む時は、本当に気を付けないと駄目だぞ。
特にセクシャルな内容は、疑われることも、もしそれが真実であったとしても……いや、真実だからこそ傷付くこともあるしな」
「……私はユリシーズ様を傷付けましたか?」
「少しな。気付いていないみたいだが、さっきのは浮気者、もしくはお前を騙す卑怯者扱いだぞ」
「………………………え…、あっ!」
よかった。ようやく思い至ったようだ。
「ごめんなさい!」
「それくらいダンスが嫌だったんだろ?」
「そうだけど!そうじゃなくてっ!」
「いいよ。私は分かっているし、次から気を付ければ」
「……ごめんなさい……」
しまった、泣きそうだぞっ!
「え~っと、そうだ!最初に失礼な事を言ったのは私だ。悪かった、ずっと謝罪をしていなかった」
もっと早くに謝罪していたら、いくら考えが斜め上のジャスミン嬢でも、私を男色扱いはしなかっただろう。……たぶん。
「いえ、あれはちゃんと女性が苦手な理由を教えてくれただけでしょう?
今だってそうです。ユリシーズ様はいつも適当に誤魔化さずに私と向き合って下さるの。
私はそれがとっても……とってもとってもとっても嬉しいんです」
適当に誤魔化す、か。どちらかというと言葉がストレート過ぎると叱られるが。ジャスミン嬢が不快で無いのならよかったのか?
「じゃあ、仲直りか」
「…喧嘩してないですけどね?」
よかった、笑った。
「心臓に悪いから、君はそうやって笑っていてくれ」
「……口説いてます?」
「どこが?」
「今のが、です」
「?」
やはり彼女の思考はよく分からん。
◇◇◇
ジャスミンと遊びたがる母上をなんとか躱し、ダンスの為のレコードを準備する。
「とりあえず一度踊ってみよう」
「……本当に踏みますよ?」
「いい。行くぞ」
♪~ぎゅむっ!
「あ」
「……1音目から踏むとは中々だな」
「ごめんなさい~っ!」
それからも、
ぎゅむ「あ」ぎゅむ「やん」ぎゅむ「きゃっ」
……想像以上の駄目さ加減だった。
「先生、無理です踊れません……」
「先生じゃないし許さん」
「え~んっ」
しかし、これはどうするか。
「まず下を向くな。足を見る必要は無い」
「はい!」
「力を少し抜け」
「はい!」
返事だけは素晴らしいな。
「よし、まずはマナーを無視して楽しもうか」
「え?」
「そら、行くぞっ!」
「え、え、え~~っ!?」
ジャスミン嬢の体をフワッと持ち上げる。
「軽っ、中身入ってるのか?」
「は、入ってますぅ!」
踊りながらジャスミン嬢の攻撃を躱しつつ、今度は少しオーバーに後ろに倒す。
「無理無理、倒れちゃうっ!」
「大丈夫、ちゃんと支えてるだろ」
もう、足元を気にする余裕が無くなってきたな。
「おら、回れっ!」
「きゃ──っ!アハハハッ、何これ!」
ダンスの教師が見たら説教をされそうだが、まずは楽しく。だろ?
「ほら、俺を見とけ。絶対に踏まれないし、支えてるから」
「うんっ!」
やっといつもの笑顔が出てきた。
緊張し過ぎなんだよ。