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ひと  作者: 花野井 京
8/17

8 魔人現る

 「できたぞ。ダイチ」

鍛冶場にガリムが飛び込んできた。

 ガリムに黒火石を焼いて燃料を作ってほしいと依頼してから、丁度1週間目の昼過ぎのことだった。ガリムは、馬車を飛ばしてこの鍛冶場に来た。

 「できたんですか」

 「あたりまえじゃ。誰に頼んだのだ」

何の騒ぎかと、ムパオとバル、ナナイ、モルモが集まって来た。

 「見せてもらえますか」

 「ああ、外の馬車まで来い」

と、ガリムは満足気な表情で手招きした。

 職人たちへバイカルの一言が飛ぶ。

 「お前たちは作業に戻れ。キロとクリ、一緒に来てくれ」

バイカルは2人を鍛冶場から呼び、ガリムとダイチの後に続いた。

 ダイチは、黒火石の火力を高めるためには、黒火石を焼くことをガリムに依頼したが、失敗も覚悟で、黒火石を馬車1台分用意した。馬車の荷台には、3分の1程のコークスに似た物があった。

 「ちと、量が少なくなってはおるがな」

 「ありがとうございます。予想以上の量です」

 「ふふふ、最初のうちは何度も失敗したのじゃ、儂も試行錯誤のかいがあったわい」

 ダイチは、馬車に積まれたコークスと似た物を手に取ると、ガリムを見る。

 「私の国では、これと似たものをコークスと言うのですが、これにも名前を付けましょう。ガリムさんの名前を取って『ガリクス』。どうでしょう」

 「ちと照れるのう・・じゃが良い名前じゃ」

 「黒火石さえあれば、これからはガリクスを大量生産できますか」

 「勿論じゃ、あの黒火石さえあれば、いくらでもガリクスが作れるぞい。黒火石を焼く火力と時間を何度も試した末に見つけた製法じゃ」

 ガリムもガリクスの名を気に入ったようだ。ダイチは、ガリムの技術と技能に感謝した。

 「ガリムご苦労。そしてダイチ、やったな」

 「ふふふ、儂も楽しかったぞい」

 「「このガリクスで炉に火を起こして、アダマントインゴットを作ればいいのね。まだ、できると決まったわけではないけど、ここからは私たちの仕事」」

 「早速、火力を試してもいいですか」

 ダイチは、ガリクスを握りしめながら言った。

 「勿論(もちろん)だ。鍛冶場を使え」

 「「いえ、私たちの戦場は、あの水車のついた鍛冶場よ。果報は寝て待てと言うじゃない。皆さんは、外で待っていてほしいわ」」

 「分かった」

 「よろしくお願いします」

 「儂のガリクスで頼むぞい」

 「「一世一代の大仕事ね。お酒以外でこんなにワクワクするなんて、何年ぶりかしら」」

2人はそう話しながら、ガリクスを鍛冶場へ運び込んで行った。

 ダイチは、キロとクリの後ろ姿を祈るような気持ちで見送った。

 数時間後の夕刻、

 「「溶けたわ、アダマント鉱石が溶けた。これならアダマントインゴットができる。そうねー、3日、3日間待ってちょうだい」」

そう言い残すと、2人は喜々として鍛冶場に飛び込んで行った。

 「第2段階は大詰めだ。吉報を待つしかない」

ダイチの言葉にバイカルとガリムは頷きながら、水車の付いた鍛冶場を見つめていた。


 3日後。

 カリスローズ侯爵(こうしゃく)からの命令である剣100本の納期があと10日と迫っていた。

 鍛冶場では、バイカルとムパオ、バル、ナナイがインゴットを溶かして剣の型に流し込む鋳造で剣を造っていた。

 殺気(ただよ)う雰囲気の中で、アイとモルモは、笑顔で道具を用意したり、片づけたりしていた。鋳造(ちゅうぞう)の同じ作業が続いているのでモルモも、指示を待たずに自分で判断して働いていた。

 ダイチは、メルファーレン辺境伯から依頼された槍について考えていた。

 「メルファーレン辺境伯様がここに来られた時に、俺の槍を手に取って、刀身を2倍にとおっしゃっていた。俺の槍は刀身が35センチ程だったから、70センチか。結構長いよな。魔物を突くにしても長過ぎじゃないか」

 キロさんとクリさんにアダマントインゴットの精錬(せいれん)を依頼してから3日間、ずっとメルファーレン辺境伯から依頼を受けた時のことを思い浮かべて、槍のイメージを()っていた。

 「最高の槍を創造しますと俺は承諾した。創造って新しいものを生み出すって意味も含んでいたのだけれども、依頼がこの刀身を2倍にということだったから、あまり奇抜(きばつ)なものにはできない」

 刀身を2倍にする意味を考えていた。

 「ハーミゼ高原での戦いで、先頭に立つ銀色の鎧と深紅のマントがメルファーレン辺境伯様だよな。遠目からでも歴戦の勇士と分かる存在だったので、目が釘付けになっていた。

 戦闘の様子を興奮しながら、いや、(あこが)れに近いものを感じながら見ていたよな。もう1度よく思い出すんだ・・・

 先頭でオークの軍勢に突撃して、すれ違いざまにオークの胸をこうやって突いて、その槍を抜きながらこう横に払って、別のオークの喉元(のどもと)を切り()いたんだよな・・・あ、そうか、そういうことか。だから刀身を70㎝にしたいのか」

 依頼者の願いが、見えて来た。

 「それなら、刀身のイメージが()いてくる。これでいこう」

と、ダイチが考えていると、

 「「できました。すばらしい硬度のインゴットです」」

喜びに(あふ)れた叫び声だった。鍛冶場の視線は一斉にキロとクリへ(そそ)がれた。

 「手を止めるな。鉄が冷える」

バイカルの一言で職人たちは作業を始める。

 ダイチとバイカルはキロとクリの後を追うように歩いて、中庭にある風車のついた作業小屋へと向かった。

 金の延べ棒のような形のインゴットが9つあった。

 「これが、アダマントインゴットなのですね、ありがとうございます」

 黒光りする見事なアダマントインゴットだった。手に取るとずっしりと重みを感じた。

 「アダマントインゴット。ついにやり遂げたな。ご苦労だった、キロ、クリ」

バイカルは、キロとクリを労った。

 「「私たちの一世一代の大仕事だったわ。次はダイチ、あなたの番よ」」

 ダイチは、キロとクリの言葉に背筋を伸ばし、黙って(うなず)いた。


 それからダイチは鍛冶場に(こも)った。

 毎日、午前6時前から深夜まで籠った。ダイチの胸には、緊張と不安、そしてこの世界で自分の存在と技術を認めてもらえた喜びで(あふ)れていた。

 ダイチの頭には、槍の刀身のイメージだけがあり、一心不乱に打ち込んだ。

 「俺の命を込める。受け取れ!」

魂の咆哮(ほうこう)と共に、アダマントインゴットを打った。

 イメージと異なる場合には、初めから打ち直した。形の整形まで工程が進んでもやり直した。何度も何度も。そこには妥協(だきょう)はなかった。打ち直すたびにイメージに近づくことが励みだった。

 通常の精神状態であったら、筋肉の悲鳴を、心身の疲労を感じ取っていたに違いない。しかし、今のダイチの魂は、アダマントインゴットの槍鍛造の中にあった。

 アイは、ダイチの体を心配しながらも、ダイチの横顔から(のぞ)く迷いの無い(ひとみ)を、ただじっと見つめていた。


 「おい、何日目だよ。心と体がぶっ(こわ)れるぞ」

 「お前、少し休むように言って来いよ」

バルとナナイがお互いの背を押し合いしていると、

 「人間の精神力を越えている・・・正に魔人だな」

と、ムパオが独り言のように(つぶや)く。

 「「魔人だ」」

バルとナナイが頷く。

 バイカルも、

 「俺が子どものころ悪さをするたびに、魔人が来るぞって親から言われ震えあがっていた。幼い頃は、魔人が恐怖の象徴となっていた。あの眼力と気迫は狂気、正に魔人だ」

と、口にした。


 翌日の昼過ぎ。

 「ダイチを止めるぞ。さすがに体力の限界だ」

バイカルの言葉で、鋳造をしていたムパオとバル、ナナイ、モルモも頷く。

 アイもダイチを止めようと1歩踏み出したが、ダイチの迷いの無い瞳を見ると、そのまま歩みを止める。

 「・・・・・覚悟。私には止められない」

 ダイチは右手に持った真っ赤に熱したアダマント製の刀身を一気に水の中へ入れた。辺り一面に水蒸気の白い煙が立ち込める。

 ダイチは、刀身を顔の前まで寄せて、黙って刀身の元から先までなめるように見ている。その目は魔人の眼だった。 

 モルモはダイチの下へ歩み寄ると、ダイチの肩に手を当てた。ダイチは魔人の眼のままモルモを(にら)む。モルモは、ダイチの目をじっと見つめ微笑むが、やがて恐怖が走った。

 「まずい、モルモが危ない。ダイチやめろ」

そう叫んで、皆が駆け寄る。

 ダイチは、魔人の眼でモルモの目を睨んだまま、

 「できた・・・モルモ、できたよ。俺のイメージ通りの穂先だ」

ダイチは笑顔に変わり、モルモに喜びを伝えた。

 「よかった。ダイチさんが、心配だったの・・・」

モルモはそう言ってダイチにしがみついた。

 「俺は、モルモに心配をかけていたのか。あれ、皆さんもなぜここに集まって・・・」

ダイチは、モルモにしがみつかれたまま、ムパオやバル、ナナイを見てキョトンとしていた。

 「ふー、刀身ができたのか」

バイカルは息を吐いた。

 「何か拍子抜けだな」

 「ここは完成を喜ぶべきだよな」

ムパオとバルもほっとしている様子だ。

 「まあ、最後の研磨(けんま)が残っているがな。アダマントをどうやって研磨するかは、ダイチのことだから考えているだろう。さ、俺たちは剣100本の残りだ、気合を入れていくぞ」

バイカルが嬉しそうに激を飛ばすと、「「おー」」と、ムパオとバルが続いた。

 しかし、ナナイだけは微動だにしない。そして、

 「・・・モ、モルモがしゃべった」

あんぐりと口を開けながら、モルモを指さした。

 アイは、ダイチに近づき声をかける。

 「ダイチ様、おめでとうございます。少しお休みください」

 アイは、ダイチに水の入ったコップとタオルを渡した。

 「アイ、やったぞ! ついに・・・あぁ、・・・そうだな。ふぅー・・・疲れている自分を自覚できた。ありがとう」

 ダイチは、顔を上げてゴクゴクと、一気に水を飲みほした。

 「ぷはぁー、生き返る。ありがとう」

そう言いながら、タオルで顔の汗を拭いた。

 アイは、ダイチの仕草を微笑みながら眺めていた。

 それから、ダイチは部屋で泥のように寝た。


 翌朝。

 カン、カン、カンと鍛冶場に音が響く。

 「あれ、もう鍛冶場から音がするぞ」

 「誰だ」

 「皆、ここにいるしな」

 「・・・・」

 ムパオとバル、ナナイ、モルモの4人が鍛冶場の戸を少し開けて(のぞ)き込む。

 「「「何やってんだー。ダイチ!」」」

4人はダイチに駆け寄る。

 「ダイチ、昨日完成したって言っていたよな。研磨はまだ残っているけれど」

 「何でまたアダマントインゴットを叩いているんだよ」

 「お前、体は大丈夫なのか」

 「・・・・・(心配顔)」

 「はい、大丈夫です。閃いたんです。そうしたらもう、じっとしてられなくて」

 「ほっとけ、やりたいようにやらせてやれ。ダイチの仕事だ」

後ろから声がした。4人が振り向くとバイカルだった。

 

 それから2日後。

 ダイチの槍の納期まであと9日。剣100本の納期まであと2日と迫る。

 100本の剣は、鍛冶職人たちの踏ん張りで納期前に完成し、馬車に載せている。本日中にカリスローズ侯爵に納品する予定だ。これでバイカル鍛冶屋は平常営業となる。

 バイカルがダイチに近づいて行くと、ダイチが満足そうに呟く。

 「・・・よし、できた。後は研磨と槍の柄を付けるだけだ」

 「ダイチ、ついにやったか・・・ん、な、な、なんだその槍の刀身は・・・」

バイカルが驚きの声を上げた。

 「実はですね・・」

 

 「それから、バイカル親方にご相談があります。これから刀身の研磨と柄をつけてからメルファーレン辺境伯様の下へ納品に行ってまいります。いきなりでは失礼ですし、何より、メルファーレン辺境伯様が、自ら出来栄えを確認したいと思います。ですから、予め納品日を文書にてご連絡したいと考えているのですが、その文書配達の依頼をお願いしたいのです」

 「むう、それはもっともだな。では、文書配達所にモルモを行かせよう」

 バイカルは、モルモに指示をして配達代金を渡した。ダイチは要件をしたためると、今日の日付を記入してモルモに渡した。モルモはニコッと笑顔でこちらを見ると鍛冶場を走って出て行った。

 文書には、注文の槍は、あと研磨と柄をつけるのに4日間、その後すぐにタフロンのメルファーレン辺境伯様の元へ向かうので旅程を3日間、計7日間の後に納品のため伺いたいとの内容であった。

 ダイチは、早速、アダマント製の刀身の研磨に取り掛かった。アダマント製の刀身は、砥石(といし)では研磨(けんま)できないので、自作したアダマントインゴット製の砥石を利用していた。

 

 4日後、メルファーレン辺境伯の下へ、ダイチが納品に出発する日。

 「よし、全て完成だ。槍の柄の素材には、前回と同じく最適の赤カーシだ」

 赤カーシは大剣の1振りをも受け止められる最も強度の高い木材だった。事前にメルファーレン辺境伯ご注文の槍の柄に使うことを木材店に連絡し、選りすぐりの赤カーシの柄10本を納品してもらっていた。そこから更に厳選した赤カーシの柄だった。

 「ダイチついにやったな」

 「ダイチ、おめでとう」

 「槍魔人ダイチ、おめでとう」

 「ダイチ様、おめでとうございます」

 「・・・・(ニコッ)」

 鍛冶職人の皆が肩を叩いたり、頭を叩いたりして祝福していた。ガリムもキロもクリも完成を祝うためにこの鍛冶場に来てくれていた。

 「ついにやったな。儂も嬉しいぞい」

 「「素敵な時間をありがとうね。早速、祝杯ね」」

 「今はまだ午前中ですし、俺はこれからすぐタフロンへ出発ですから・・・」

ダイチはそう言うと、クスッと笑顔になる。

 「皆さんのお陰です。ありがとうございました。また、ご心配もおかけしました」

 「良い仕事をしたな」

バイカルは、職人の厳しい眼で語りかけた。

 ダイチは1人ひとりと固く握手をかわした。

 自分1人では辿(たど)り着けなかった。この鍛冶屋は良いチームだなと、嬉しくも頼もしくも思った。そして、自分もやっとこのチームの一員に成れたと実感し、そのことを誇りに感じていた。

 「では、納品の準備をしてすぐにタフロンへ行って来ます」

 同行するアイは、(すで)に旅支度を済ませ、荷物の脇でソワソワしていた。給金で新調した白いブラウスに、(こん)色のスリムストレートのパンツをはき、ダイチから(もら)ったグローブと同色である(ちょう)をデザインした(だいだい)色の髪飾りを着けていた。

 「ダイチ様の初の大仕事で、タフロンまでご一緒できる事を光栄に思います。」

 「おぅ、アイ、あと少し待ってほしい。穂鞘(ほさや)を付けて、槍を梱包(こんぽう)するから」

ダイチは、槍の穂先を見つめながら言った。

 「私もお手伝いします」

 事前に、槍の刀身にあたる穂をカバーする穂鞘も特注していた。

 メルファーレン辺境伯の深紅のマントに合わせた深紅の穂鞘だった。柄の赤カーシとの色合いも良い。

 ダイチが槍に穂鞘をつけようとした瞬間、

 「できたかー!」

雷鳴のような声が響いた。

 トカドカと鍛冶場に入って来たのは、メルファーレン辺境伯だった。これには鍛冶場の職人たちも虚を突かれ、身動きができないでいる。

 「こ、これは、これはメルファーレン辺境伯様、これから納品にお伺いさせていただくところでした。このような鍛冶場にメルファーレン辺境伯様がいらっしゃるとは、もったいなく存じ上げます」

バイカルは恭しく挨拶をするが、ぎこちなさが(あふ)れ出ていた。

 護衛の兵6人が鍛冶場へ駆け込んで来た。

 「挨拶はもうよい。あと3日も待っておられるか。それより槍だ。出来ているであろうな」

 メルファーレン辺境伯は、歴戦の勇士だけが持つ迫力で、片膝を着いて控えているダイチだけを見据えて尋ねた。

 「はい、メルファーレン辺境伯様、既に完成しております。これから穂鞘を付けるのみでございます」

 「穂鞘は後でよい。それより槍だ」

 ダイチは片膝を着いたまま、アダマント製の黒光りする穂と赤ガーシの柄を持った槍を両手で(かか)げた。

 「これにございます。お(あらた)めください」

 「むう」

 メルファーレン辺境伯は、右手で穂の長さ70センチ超の槍を握る。

 穂を一瞥(いちべつ)してから槍を横に払うと、黒い(ひらめ)きが宙を舞った。再び槍の穂を根元から穂先へとその鋭い視線を移動させる。

 ダイチもバイカル親方も、そこにいる全ての者が息を飲む。

 「見事だ!」

メルファーレン辺境伯は、片手に槍を携えたまま言った。

 「ありがたき幸せです」

 「ダイチと言ったな。注文通りの槍だ。アダマントの槍をよくぞ完成させた。だが・・」

メルファーレン辺境伯の目には(かす)かな(くも)りがあった。

 「だが、前見た槍の穂は、これよりも真っ直ぐに伸び鋭かった。この槍は、穂先に向かい微かに丸みを()びておる」

 「メルファーレン辺境伯様のおっしゃる通りでございます」

 「何上だ」

 「メルファーレン辺境伯様は、そのような槍をお望みになっていらっしゃると推察(すいさつ)したからです」

 「なぜ、私が望むと」

 「槍の穂の長さを2倍にとおっしゃいました。より大きな魔物を突く、これは間違いない事と考えましたが、真意はもっと他にあるかと推察しました。

 実は偶然にも先のハーミゼ高原の戦で、メルファーレン辺境伯様が、騎馬隊を(ひき)いてオークの大軍に突撃する場面を目撃しました」

 「なんと、ダイチはあの場で共に戦っていた兵士だったのか」

 違います、メルファーレン辺境伯様。両軍の真っただ中で目が覚めて、共に戦うどころか、貴方(あなた)たちから命からがら逃げ出した者ですよ。聞かないでくださいと、心でそう叫んだ。

 「いえ、偶然あそこに居合わせただけです。メルファーレン辺境伯様は突撃すると、まず初めに、右腕に持った槍でオークの胸を突きました。その槍を抜きながら横に払い、2匹目のオークの(のど)を切りつけました。そのオークは喉を切られて絶命しました」

 「それで」

 「恐れながら申し上げます。2匹目のオークは、首をはねるおつもりで槍を払ったと愚考(ぐこう)しました」

 ビュッと槍が振られて、ダイチの鼻先で止まった。

 「お前は、私がオークの首をはねるつもりで、はねられなかったと言うのか」

 「はい、恐れながら」

 メルファーレン辺境伯の口元が(わず)かに(ゆる)み、槍を引き戻した。

 「俺が望む槍は、自由自在だ。突く、斬る、払う、叩く、受けるが思い通りに出来る槍だ。この穂先の僅かな丸みで、それができるという事なのだな」

槍の穂先をしげしげと見ていた。

 「はい」

 クローで確認済である。

 「まるで大剣の槍。これが私の求めていた理想の槍ということか・・・誠に見事だ。よくぞ、我が意を解した。ダイチに褒美をとらす。望むものを言え」

 「その前にお見せしたいものがありますが、よろしいでしょうか」

 「構わん」

 「こちらです」

 ダイチは別の梱包を解き、その中身のものを差し出した。

 「ほー、何だこれは、珍しい穂先をしている槍だな」

 メルファーレン辺境伯は、槍を手に持って一振する。この槍の穂は長さが40㎝で、メルファーレン辺境伯の槍よりかなり短い。穂の根元には左右に15センチ程の刃が、横に伸びていた。

 「はい、それは十文字槍(じゅうもんじやり)といいます。穂の根元に左右へ伸びる刃があり、槍が十字に見える(ゆえ)に、十文字槍です」

 「ほほ、これもアダマント製なのか」

 「アダマント製でございます。この槍も是非(ぜひ)(おさ)めください」

 「この槍をどう扱えば良いかは、穂の形を見れば分かる。槍は持ち主の戦い方に合わせるものだ。槍に合わせるものではない。この槍では、私の目指す理想の戦い方にはならん」

 十文字槍をダイチに渡す。

 「しかし、その十文字槍も見事だ。どちらもアダマント製で、同じ刀工(とうこう)が鍛えた槍ならば双子(ふたご)の槍となる。この2本を黒の双槍(そうそう)と呼ぶことにする。こちらを黒の双槍一文字、そちらを黒の双槍十文字とする」

 「ありがたきお言葉です」

 「ダイチに褒美として、その黒の双槍十文字を授ける。そして、黒の双槍十文字は我が領地での不問の(あかし)といたす」

 ダイチは、あまりに思いがけないメルファーレン辺境伯の言葉に、()(とな)える。

 「黒の双槍は、メルファーレン辺境伯様のような英雄にこそ持っていただきたいと、願うばかりです。私には扱いきれません」

 「それなら、扱えるよう精進せよ」

メルファーレン辺境伯は、片膝を付くダイチを見下ろして命じた。

 「そのお言葉を心に刻み、精進いたします」

ダイチは深々と頭を下げて誓った。

 「ダイチ、大儀であった。バイカル、代金だ」

 「ははー」

 メルファーレン辺境伯は、もう出口に向かって歩き出していた。護衛の1人が重たそうな大袋をバイカルに渡した。

 メルファーレン辺境伯は一旦立ち止まり、ゆっくりと首をダイチに向ける。

 「ダイチ、この黒の双槍一文字に免じて今回は不問といたすが、唯一の槍から双槍としたことを、(きも)(めい)じておけ」

 その言葉に鍛冶場は、緊張で(こお)り付いた。その張りつめた空気の中をメルファーレン辺境伯に付き従い護衛6名が去って行った。

 「しまった。つい創作意欲が止められなくて。2本造ってしまいました。バイカル親方すみませんでした」

 「いや、メルファーレン辺境伯様は満足していたぞ」

 バイカルはふっと、笑顔を見せた。メルファーレン辺境伯は中庭で黒の双槍一文字を天に向かって(かか)げているに違いないと思ったのだ。大きな喜びを表現する時に、決まってする(くせ)を知っていたからだ。

 アイが、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くし、誰にも聞き取れないほどか細く(つぶや)く。

 「ダイチ様と一緒のタフロン行きが・・・」

 ナナイは、突然(むせ)るように息を()き出す。

 「ふーっ、こ、怖かったー。メルファーレン辺境伯様こそ、魔人だ」

震える声で呟いた。


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