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ひと  作者: 花野井 京
5/17

5 永遠の9秒

 「エクスティンクション」

 茂から立ち上がって弓を(しぼ)るオーク兵の胸から、()き通った球が膨張(ぼうちょう)した。

 それは(まばたき)き程の出来事だった。オーク兵の胸から球が目に見えた訳ではない。半径3mの透き通った球が、その存在を示すかのように球形の輪郭内(りんかくない)で背景が(ゆが)んで見えたのだ。その刹那(せつな)、球形の輪郭(りんかく)が1点に収縮(しゅうしゅく)消滅(しょうめつ)した。

 弓を引き(しぼ)っていたオーク兵と(やぶ)が消えていた。そして藪のあった地面も半球面の(あと)を残して(えぐ)り取られていた。

 ダイチが全魔力1を回復するまでの時間は9秒。つまり、エクスティンクションのリキャストまで9秒。

 ダイチは、エクスティンクション発動からカウントダウンを開始している。

9 

 「弓オーク兵、倒しました」

 ダイチが、バイカルに叫ぶ。

 その瞬間、バイカルは、母屋の戸口に立てたテーブルを躊躇(ちゅうちょ)なく外へ()り飛ばし、大剣を構えたまま飛び出す。

8 

 突撃して来るオーク兵3匹は、バイカルのもう目の前にいる。

 ダイチは、10m先の母屋(おもや)の戸口へと走る。  

7 

 「遅い!こんなにも体が、足が、走るスピードが遅い」

  ダイチの感覚は()(すま)まされ、自分自身が、突撃して来る3匹のオーク兵が、大剣を振り上げているバイカルが、バイカルの後を追って続くガリムが、目に映る全ての状況がスローモーションに見える。

6 

 バイカルは、大剣を振り下ろす。オーク兵の首の左付け根にくい込む。

5 

 バイカルの大剣は、オーク兵を袈裟切(けさぎ)りにして右腰から抜ける。

 ガリムに、別のオーク兵の大斧が振り下ろされる。

 ダイチは、戸口で戦っているオーク兵の背に向かって走る。右手のソードが重い。リキャスト9秒のカウントダウンが永遠(えいえん)に続くように感じている。

 バイカルとガリムの戦っている間を、3匹目のオーク兵が走り抜けようとしている。  

4 

 バイカルに袈裟切りにされたオーク兵は、上半身と下半身が(なな)めに離れ始めていく。バイカルの顔と視線は、もう間を走り抜けた3匹目のオーク兵の背中を追う。

 ガリムはオーク兵の大斧を槍の(つか)で受け止める。

 ダイチのソードは、ガリムに大斧を振り下ろしたオーク兵の背中から胸を貫く。

 3匹目のオーク兵は、母屋戸口前まで迫る。 

3 

 バイカルは、振り向きざまに3匹目のオーク兵の背中めがけて大剣を横に払う。

 ガリムは、オーク兵の大斧の勢いに押され片膝(かたひざ)をつく。

 ダイチは、オーク兵を背中から貫いたソードごと右肩で衝突(しょうとつ)する。

 走り込む3匹目のオーク兵は母屋戸口に片足が掛る。  

2 

 バイカルの大剣は空を切る。

 ガリムは、オーク兵が前のめりに倒れ掛って来るので、耐えきれず後ろに倒れ始める。

 ダイチは、走り去る3匹目のオーク兵の後姿を視界に入れようとしているが、目の前で倒れかけているオーク兵の背中で見えない。どけー、邪魔(じゃま)だー! 全身が(さけ)ぶ。

 3匹目のオーク兵は、部屋に飛び込む、オーク兵には、奥で(かが)みながらピーターとエマを()きかかえているミリアを視界に捉える。

 エマとピーター、ミリアの驚きと恐怖の悲鳴が空気を()く。

 アイは、ミリアたちの脇で、剣を両手で持ったまま目を閉じガクガク震えている。

1 

 バイカルは、母屋の中にいる妻と子供たちへ、叫び声とも悲鳴とも分からぬ唸り(うな)声を上げながら、母屋の戸口へ向かって走る。

 「見えた!」ダイチは、前のめりに倒れていくオーク兵の背中越しに、3匹目のオーク兵の後頭部を目で(とら)える。ソフトボール!

 3匹目のオーク兵は、ミリアたちに向かい無造作(むぞうさ)に大斧を振り上げる。

 ピーターは、座ったまま、震えながらショートソードを片手で構えている。

 エマは、ミリアに抱きつき、龍神赤石を握りしめながら悲鳴を上げる。

 ミリアは、子供たちを庇うように体で(おお)う。  

0 

 バイカルは戸口まで到着し、何かを(つか)もうとしているかの様に左手を延ばし、苦悶(くもん)に満ちた表情で絶叫(ぜっきょう)を上げる。

 突然バイカルの後頭部と背中が飛び込んで来て、3匹目のオークの後頭部に狙いを定めるダイチの視界を(さえぎ)った。

 「エクスティンクション!」


 バイカルが、叫びながら部屋の奥へ駆け込む。ダイチも後に続いた。

 3匹目のオーク兵は、うつ伏せのまま倒れていた。大斧はミリアと子供たちの脇に転がっている。

 ピーターとエマは声を上げながらバイカルにしがみ付く。バイカルは、2人を力強く抱きしめる。(せき)を切ったように子供たちは大声で泣き始めた。

 ミリアは、うつ伏せに倒れているオークの背を指さしたまま、言葉にならない声を上げている。バイカルは子供たちの頭を()でながらミリアの顔を見た。

 バイカルは、ミリアに歩み寄り、その太い腕で強く抱きしめ、

 「よく、子供たちを守ってくれた。よく生きていてくれた。ありがとう」

 子供たちも、ミリアも一緒に抱き合いながら泣いていた。

 精悍(せいかん)なバイカルの顔は、くしゃくしゃになり眼から安堵(あんど)の光が(あふ)れていた。

 ダイチが、叫びながら室内を探す。

 「アイ、無事かー」

 ミリアは、バイカルの腕の中で、(ふる)える指でオーク兵をさした。

 「ア、アイさんが、私たちを守って、オーク兵に向かって行ったの・・・下敷きに」

 床にうつ伏せに倒れた3匹目のオーク兵の首から、斜めに突き出た剣先が見えた。

 「アイ、アイ、しっかりしろ」

ダイチがそう叫びながらオーク兵の体を横に転がすと、アイの剣が、オークの腹から首にかけて(つらぬ)いていた。

 「しっかりしろ。もう、大丈夫だ」

ダイチは、アイの肩を抱きかかえて声をかけるが、アイは身動き1つしなかった。

 「ふー、もう儂ゃダメかと思ったぞい・・・ん、アイ・・・」

立ち上がりながらガリムが呟いた。そして、ガリムは、倒れているアイに気づき駆け寄って来た。

 バイカルも片膝をつき、心配そうにアイの顔を(のぞ)き込んでいる。

 「・・・う、うう」

アイは、目を閉じたまま小さな声を漏らした。

 「良かった。意識を取り戻した」

 「ダイチ様・・・こ、子供たちは無事ですか!」

 「ああ、アイが守ってくれた」

ダイチはアイの目を見て、安堵(あんど)の表情を浮かべてそう答えた。

 「ありがとう。アイのお陰で、ミリアも子供たちも無事だ。アイに怪我はないか」

バイカルは、アイを気遣いながら礼を述べた。

 「・・・大丈夫です。頭を打ったのか、意識は、まだぼーっとしていますが・・・こ、子どもたちは無事だったのですか」

アイは起き上がって、ミリアと子供たちの無事を確かめようとする。

 「3人とも無傷だ。アイは、頭を打ったのなら、そのまま安静にしていなさい」

ダイチはゆっくりと言葉を掛け、ミリアが持ってきてくれた毛布を丸めてアイの(まくら)にした。

 ダイチは、視線をアイからバイカルに向ける。

 「外がまだ気になりますので、俺は、見てきます」

 「俺も一緒に行く」

 ダイチとバイカルは、一緒に部屋を出て行った。

 炭焼き小屋の中や周辺、丘の中腹まで下がって確認してきたが、どうやらオーク兵は、他にいないようだった。

 バイカルは立ち止まり、弓オーク兵が消滅した跡に残る球面上に(えぐ)れた地面を、無言で見ていた。

 「・・・魔法か、(すさ)まじいな」


 母屋に戻ると、アイは椅子に腰かけていた。ミリアも子供たちもアイを囲み、心配そうに声をかけている。アイは、黙ったまま、笑顔を振りまいていた。

 元気のないアイを心配して、エマが瞳を(のぞ)き込むと、アイは視線を()らせた。

 「外にオーク兵はいない。すぐに出発する。家に帰るぞ」

 ガリムは、(うまや)から馬の(くつわ)を引いて来て、荷車に結んでいる。ピーターとエマに手を引かれたアイが、荷車に乗り込むと、ミリアは荷物を抱えて入って来た。

 御者(ぎょしゃ)はガリム、その前には、大剣を背負い腰にショートソード()びたバイカルが歩き、馬車を(はさ)んで、殿(しんがり)には槍とソードを帯びたダイチが歩いた。

 子どもたちを乗せた馬車とそれを護衛するダイチたちは、オーク兵を警戒しながら、ゆっくりと丘を下った。

 ダイチたちは、バイカルの住むドリアドの街を目指していた。炭焼き小屋からドリアドまでは3日間の旅程だ。今いる草原を1時間程進み、林を抜ければ街道に出る。

 陽は高くなり、若草色に光る草木は風で揺れ、天道虫(てんとうむし)が細長い葉にしがみ付いている。遠くで黄色や桃色の花が咲き、花から花へひらりひらりと白い(ちょう)が飛んでいた。

 子供たちも、そこにいる誰もが無言であった。広い草原にはパカパカと馬の(ひづめ)の音だけが響いていた。


 「休憩だ。朝食にしよう」

バイカルの声が沈黙を破った。

 明け方の敵襲と撃退、逃げるように馬車での出発、誰もが疲労と空腹を感じていた。林を抜けて街道に出たところで朝食となった。

 感覚的には朝の8時過ぎだろうか。街道脇の緑の草の上に腰を降ろしながら、ベルクにハーフラビットのソテーを(はさ)んだハンバーガーと、ブドウジュースを味わった。

 アイとミリア、ペーター、エマは向き合うように固まって朝食をとっていた。

 アイの体調は回復し、(おだ)やかな表情で食事をしていた。ハンバーガーを頬張ると、エマにも笑顔が戻ってきた。ピーターは、母のミリアを気遣って気丈(きじょう)でいる。

 そんな光景をダイチは微笑ましく(なが)めていると、バイカルとガリムがダイチの前に立った。

 「今朝は助かった。ダイチは、俺の家族の命を救ってくれた。改めて礼をいう」

と、バイカルは右手を出した。ダイチも立ち上がって、(あわ)てて右手で握手(あくしゅ)した。大きくて力強い手だった。

 「いえいえ、とんでもない、皆さんのお陰です。ご家族も無事で良かったです。それに、お2人には、多くのことを学ばせていただきました。情報をもとに即決。戦闘での的確な判断、どれも(すご)かった」

 ダイチは、はっとした。バイカルの手はごつくて、いや、ごつ過ぎた。左手でバイカルの右手首を持って(てのひら)を見た。掌は(かた)いタコだらけで、少し横に曲がっている指もあった。

 このタコだらけのごつい手が、鍛冶(かじ)職人として精進(しょうじん)し、今まで家族を守り続けてきた手なのだなとダイチは感じた。

 「俺の手は、ごつくて不格好(ぶかっこう)で驚いたか」

 「ええ、ごつくて不格好で、美しい手です。家族を支えてきた(あかし)です」

 バイカルは、一瞬であったが口元が緩んだ。

 「儂も礼をいう、危うくオーク兵の大斧で真っ二つにされるところじゃったわい」

 ガリムとも堅い握手をした。ガリムの手もごつい。

 「儂の手はどうじゃ」

 ガリムの手を見た。黒く汚れていた。火傷(やけど)の跡だろうか、傷だらけで堅いタコがいくつもあった。

 「ガリムさんの手も素晴らしい。この(きび)しい世界を生き抜いてきた証です」

 ダイチは、感動していた。この掌が生き方を表していると思った。日常を誇らずとも、その掌が証となっている。今後、どのように生きていくべきかを示してくれる道標(みちしるべ)の様に感じられた。

 ガリムは、腕をくの字に曲げて力こぶをつくった。いろいろなポーズをつくって見せた。

 「プッ、ガリムさん、そのポーズは、美しくないですよ」

ポーズを繰り返すガリムさんを見て、思わず声を上げて笑った。

 笑い声に気が付づいたペーターも、こっちを見ながら力こぶをつくろうと懸命に力を振り(しぼ)っていた。

 「ところでダイチ、お前3匹倒したよな。最初の弓オーク兵を倒してからわずか10秒足らずで次々と。最後のオーク兵は、アイの奮闘(ふんとう)もあったが・・・お前は一体何者なんだ」

 「そうじゃ、儂を助けながらの3匹じゃ」

 「あれは、たまたまです」

 「どこで戦い方を覚えた。今までどこで戦ってきた」

 「いえ、戦闘は初めてです。暴力も嫌いです」

 戦い方は、あの河原でエクスティンクションをシミュレーションしていただけだ。

 「なんじゃとー。戦闘経験無しで、いきなりオーク兵を3匹倒したというのか」

 「ダイチ、魔法を使っていたよな。先ず、1匹目の弓オーク兵、そして3匹目のオーク兵。弓オーク兵のいた場所は、土ごと(えぐ)り取られていた。

 3匹目は、アイの剣の傷を除けば、表面に傷は見当たらなかったが、頭の内部が破裂(はれつ)して陥没(かんぼつ)していた。少なくとも即死級の魔法2種類だ」

 もう、この人たちには話すしかない、信じるしかない。

 「はい、魔法を使いました。戦闘と同で初めて唱えました」

 「初めてじゃとー・・・(うそ)をついているようには思えんが、何か途方もない魔力を持った魔法使いということか・・・即死級の魔法って、どんな魔法なんじゃ?」

 ダイチが返答に困っていると、バイカルが会話に割って入る。

 「ガリム、ここは深く詮索(せんさく)しては失礼だ。俺も口が過ぎた。とにかく俺たちは生きている。この事実を喜ぼう」

 「そうじゃな。全くその通りじゃ、儂は生きとる」

 「俺も生きています。そして、ミリアさんもペーター君もエマちゃんもアイも」

3人は微笑(ほほえ)みながら頷いた。

 

 草原にいるので、元の世界の遊び「達磨(だるま)さんが(ころ)んだ」を全員強制参加でやってみた。この遊びは知らなかったようだが、ルールが簡単なのですぐに楽しめた。

 最初は子供の遊びと馬鹿にしていたバイカルさんもガリムさんも、真剣になって静止ポーズを決めている。

 ガリムさんは途中から上半身の服を脱ぎ、つなぎの(そで)を腰に結び付けて半裸(はんら)になっていた。その半裸で、「達磨さんが転んだ」の静止時にボディービルダーのポーズを決めていた。

 ピーター君は、その姿を見て声を出して笑っていたが、最後には、ガリムさんと一緒にポーズを決めていた。

 エマちゃんも2人のポーズに笑い転げて、ドロップアウトを繰り返した。

 バイカルさんは、ダッシュがもの凄いのだが、止まれずに草の上をツツッと(すべ)ってドロップアウト。

 アイは、慎重(しんちょう)過ぎてほとんど前に進んでいなかった。

 意外な才能を発揮したのがミリアさんだ。慎重に進み、静止ポーズも完璧だった。

 皆と心の距離感が縮んだ気がした。何よりもオーク兵の急襲(きゅうしゅう)を忘れさせる一時を持てた。

 

 「さて、出発するか」

 クローには、アイテムケンテイナーに入っているよりも、景色や人間の会話を楽しんでほしいと、可能な限り手に持つことにした。高価に見えても、本は本だから問題ないと考えた。

 ガリムさんが「達磨さんが転んだ」と数えながら制止ポーズを繰り返し、馬車へと向かう。真似をしながら後に従うペーター君とエマちゃん。

 馬車からは、きゃっきゃ、きゃっきゃと声が聞こえている。馬車はドリアドを目指し出発した。


 ドリアドの街に向かう途中、ダイチは殿として馬車の後ろを歩いている。ダイチの脇をアイが歩く。アイは()えない表情をしている。

 「アイ、体調はもう大丈夫か」

 「はい、もうすっかり良くなりました。私の事でダイチさんには、ご心配をおかけしました」

 「無理はしないように」

 「小屋の中に入ってきたオーク兵を、ダイチ様が魔法で倒したと聞きました・・・また命を助けられました」

 「そんな事はない。アイが、オーク兵からミリアさんたちを守ったのだ」

と、ダイチがアイと視線を合わせて言った。

 アイは、慌てて視線を()らした。

 「・・・無我夢中(むがむちゅう)で詳しくは覚えていないのです。ダイチさんは、どの様な魔法を使ったのですか」

 「エクスティンクションという魔法です」

 「聞いたことのない魔法ですね」

 「そうなのですか。私は、この魔法しか知りません。未知のエネルギーを召喚(しょうかん)する魔法です。この魔法を初めて使いました」

 「初めての魔法が実践とは、不安だったでしょう」

 「不安も大きかったのですが・・・このエクスティンクションという魔法の事を知ってからは、魔法を敵に直撃させるイメージに、ずっと違和感を覚えていたのです。

 砂のついた焼き魚を食べた時に、口の中がジャリッとした瞬間に、敵の体内に召喚する事を思いつきました」

 「未知のエネルギーを体内に召喚・・・凄い魔法ですね」

 「いや、制御(せいぎょ)が難しくて・・・1匹目のオーク兵では、狙いと効果範囲の異なる2点のイメージが難しくて、制御に失敗しました。

 小屋に侵入したオーク兵には、イメージし(やす)いソフトボールという球をオーク兵の頭の中に思い浮かべ、その中心にエネルギーを召喚しました。それが良かったようです」

 「イメージが、大事なのですね」

 「イメージが、全てかもしれません」

 「エクスティンクションがあれば、魔物の群れも倒せますね」

 「そうもいかないみたいです。1度これを撃てば、リキャストに9秒が必要です」

 「・・・そうなのですか。私に、そのような弱点とも言える秘密を話しても良いのですか」

 「・・・・・」

 「・・・ダイチ様・・・なぜ私に?」

 「・・・なぜでしょうか・・・良く分かりません。・・・たぶん、大丈夫だと思ったからですかね」

 アイは、ダイチから視線を足元に向けた。

 「ダイチさんは、この無色透明(むしょくとうめい)(ひとみ)を持つ私に、嫌悪を感じないのですか」

 「えっ、・・・素敵な瞳だと思いますが・・・」

 「・・・本当にですか?」

 「ええ、なぜ、その様なことを・・・河原では、気に入っていたではないですか」

 「いえ・・・何でもないです。・・・では、その魔法のリキャストの9秒の間、私がダイチ様を守れば良いのですね・・・」

 「え・・・ありがとう。でも、アイは自分自身の命を守ることに専念してほしい」

 「・・・はい」

アイは、ダイチの顔を見て笑顔で答えた。アイは、真剣な眼差(まなざ)しで、ダイチの瞳を見つめた。

 「ダイチ様にお話ししたい事があります・・・」

 「何でしょうか」

ダイチもアイの無色透明の瞳を(のぞ)き込んだ。

 「・・・・いえ、何でもありません」


 3日目の朝、俺は、エマちゃんのタンポポの綿毛攻撃によって目が覚めた。寝ている俺の顔めがけて綿毛を吹きかけてくる攻撃だった。

 タンポポの綿毛(わたげ)がフワフワと(ほお)や耳、鼻に触れ、むず(かゆ)くて目が覚めたのだ。目を開けるとペーター君は、タンポポを数本持ってエマちゃんの脇に立ち、俺を見つめていた。

 第2波の攻撃も(ひか)えていたのかと笑いが込み上げてきた。残念だったなぺーター君。

 これを見ていたミリアさんは、目を細めながら、

 「まあ、なんて事を、ダイチさんごめんなさい・・この子達ったら、フフッ」

 「何じゃ、どうせ起こすんなら、これを顔の上に置いてやるといいぞい」

と、ガリムさんが、アゲハチョウの幼虫の様な緑に白と黒の模様のついた芋虫(いもむし)をつまんで、ペーター君に手渡していた。頭の後ろから(だいだい)色をした(にお)いのきつい角を出していた。エマちゃんは、ペーター君の影に隠れながら興味津々(きょうみしんしん)だった。

 「ちょっとガリムさん、待ってよ。こんなのを顔の上に置かれたら、トラウマになる」

 がははははっと、笑い飛された。陽気で冗談好きの一面を持つガリムさんである。この3日間でも、しばしば場を和ませていた。

 歌好きのエマちゃんが右に左に舞い、手拍子をしながら童歌(わらべうた)を歌い出す。

 

 ♪実れよ実れ黄金こがねの海よ  実る黄金はカミューの涙

  そよぐ黄金はカミューの息吹

  鳥が飛ぶ飛ぶ東空  虫が鳴く鳴く西の空

  干支の七七柱雲  お天道様を手に持って

  天の川を泳ぐよ泳ぐ  風の川を泳ぐよ泳ぐ

  実れよ実れ黄金の海よ

  見つけた見つけたあの子が見つけた

  カミューのお山は黒と赤  滝とお池はカミューのお宿♪

  

 エマちゃんの童歌は明るい気持ちが声に出ていて、聞いている方も楽しい気分になった。この3日間でペーター君もエマちゃんもすっかり俺とアイに懐き、後を追い回して来る位だった。ペーター君やエマちゃんは、死の恐怖を感じてどうなることかと心配していたが、見かけ上は、その影響は感じられなかった。

 つらい記憶を表現できない心情こそ、より深刻な傷を抱えている恐れもあると、走り回っている2人を目で追いながら考えていた。

 

 「街に入るぞ、ピーター、エマ、龍神赤石は人には見せないように。魔物は嫌いでも、人間は高価な石が大好きだ。お前たちの身に危険が及ぶ場合もある」

 ピーターは自分のアイテムケンテイナーに、エマは、ミリアの(かばん)の中に(あわ)ててしまった。

 「人間とは難儀(なんぎ)なものじゃのー。魔物より欲深い(やから)もおる」

馬車の手綱(たづな)を握りながら、ガリムは街の門を見つめていた。

 昼過ぎに、馬車はドリアドの街に着いた。ドリアドの城壁の門を通過すると、石畳(いしだたみ)の通りは街の中心へと真っ直ぐに延びていた。通りの左右には西洋風のレンガ造りで2階立ての建物が所狭しと並んでいた。

 やがて、通りは屋台街へと続いた。屋台からは肉を焼く(にお)いが(ただよ)っている。トルコのドネル・ケバブのように香辛料(こうしんりょう)をまぶした羊肉を鉄棒で()るして、遠火で焼いていく料理や太いソーセージ焼きもあった。

 「香辛料と焼いた肉の匂いが食欲をそそる。たまらないなー」

と、ダイチは異国のような街並みに興味を抱き、見慣れぬ食文化に食欲旺盛(おうせい)だった。これからの生活に希望が()いていた。是非この屋台街で食べ歩きをしたいと思ったが、所持金は0だった。

 「まず、生活資金だな」

と、下を向いた。

 石畳にパコパコ響く蹄の音は、人混みの喧騒(けんそう)に消えていく。

 街の中心街には商店が並んでいた。店の入り口で商品を指さして話をしている人、大きな布袋を抱えて歩いている人、呼び込みをしている人など多くの人々で(にぎ)わっていた。

 服装は、パステルカラーの半袖のシャツと麻のパンツといった軽装が多く、清潔そうな感じがした。パスレルカラーに華やかな模様のついた薄手のワンピースを着ている女性も多く見かけた。

 街の中心にある公園に着いた。公園の中央には噴水と銅像が立ち、公園の周辺は賑やかな商店街となっていた。石畳は中央の噴水へと延び、噴水を中心に石畳の十字路が作られていた。

 馬車の中からピーターとエマが、子供たちに手を振ったり、声をかけたりしている。

 街ではド、ワーフや獣人も多く見かけた。街に住む者同士、和気あいあいと話していることからも、同じ市民として尊重されているようだとダイチは感じた。

 噴水を中心とした十字路を右に曲がり暫く行くと、街並みは変わった。ここは製造業を営む職人街であった。あちらこちらで鍛冶の音や(のこぎり)を引く音、威勢のよいかけ声が聞こえる。木材や大きな麻袋をいくつも積んだ馬車が行き来していた。

 職人の家は、通りに面した店の裏が作業場、更に奥に住居となる造りが多かった。

 馬車は細い道を曲がり、職人街から外れ、更に街並みからも離れた一軒の家の裏口に止まった。そこがバイカルの鍛冶屋兼自宅だった。

 ペーター、エマが荷台から降りて来た。エマが背伸びをしながら欠伸(あくび)をしていると、

 「バイカル親方、よくご無事で」

 「ハーミゼ高原で、オーク軍とローデン王国軍が戦をしたって聞いたから、気が気じゃぁなかったです」

 「おかみさんとピーター坊ちゃん、エマ嬢ちゃんもご無事で何よりです」

 迎えに出た男性は、この鍛冶屋で職人をしているムパオとバル、ナナイの3人だった。

 ムパオは実直そうな感じのするドワーフで身長は低いが体が大きな筋肉に(おお)われている。36歳だが、寿命は人間の2倍と言われているドワーフのためか、見た目はまだ十代後半の若者だ。

 バルは大柄なホモ・サピエンスで筋肉質だが、丸く愛嬌のある顔をした32歳。

 ナナイは昨年この鍛冶屋に見習いに入ったばかりのジャガーの獣人で、細身中背でまだあどけなさが残る16歳である。

 「オーク兵に襲われてな。危うかった」

 「何ですと、け、怪我はなかったのですか」

ムパオが驚くと、

 「無事で何よりです。俺たちが、たまには親子水入らずで、ゆっくりしてきてくださいなんて言ったものだから」

と、バルも近づいて来た。

 「ああ、全員無事だ。その折には、このダイチとアイに世話になった」

 ムパオとバル、ナナイは一斉にダイチとアイを見た。ダイチは、派手な赤地に白いラインが入ったスエットを着ていた。この街でも見かけない服装だったのだろう。3人が凝視(ぎょうし)していた。

 「ダイチ ノミチ といいます。バイカルさんに助けてもらってから、ご一緒させていただいています。どうぞよろしくお願いします」

 「アイです。バイカルさんたちのご厚意でご一緒させてもらっています」

 「・・おぉ、こ、こちらこそよろしく。俺はムパオ、ここの鍛冶職人だ。ダイチさんは学者さんか。高価そうな黒い本を抱えているから」

 「あぁ、この本ですか。この本はとても大事にしています。お守りみたいなものですよ。それから学者ではなく無職です」

 「本は形見か何かか・・・悪いことを聞いた」

ムパオは勝手に納得していた。

 「ゴホン、俺はバル。まだまだの鍛冶職人だ。よろしく頼む。それから、アイさんの腰の剣が気になるので、後でみせてほしい」

 「はい」

 「ゴホン、俺はナナイだ。鍛冶職人だ。よろしく頼む」

すると、ドワーフのムパオが、ナナイを睨んで言う。

 「こら、ナナイ、調子に乗るんじゃない。ダイチさんはお前より年配だからな、礼儀ってもんがある。それからな、ナナイ、お前はまだ鍛冶見習いだろ、職人を名乗るのは百年早いわ。今度ごまかしたら飯抜きだからな」

 「勘弁(かんべん)してくださいよ、ムパオさん・・腕はまだまだでも、気持ちは鍛冶職人ですから」

 「良いか、最初に言っておくが、ダイチとアイは、俺たち家族の命の恩人だ。皆も覚えておけ。」

と、バイカルが太く低い声で言った。

 「「「へい」」」

 「儂も、ダイチに命を助けられたんじゃ」

 「ガリムさんもですか。ダイチさんは、こんなひょろちい兄さんなのに・・やば、飯が」

ナナイが口を押えて、ムパオを見た。腕を組んで横目で(にら)むムパオ。

 「ああ、儂は、危うくオーク兵に頭から一刀両断にされるところじゃったわ」

 「おとうさんは外で戦ってくれていて、僕もエマも危なかったです。(かば)ってくれたお母さんもオークの斧で切られそうになって、それをアイ姉さんが助けてくれた」

 相当に厳しい状況だったと3人は理解した。

 「それから、今は休暇でいないが、インゴット職人のキロとクリもいる。2人の精錬するインゴットは良質で、うちの造る武器を支えている。炉の管理も全て2人でしている双子の姉妹だ。まぁ、詳しい話は中に入ってからだ。留守番ご苦労だった。留守の間のことも聞かせてもらう」

 ナナイはミリアの鞄を持って、手招きをする。

 「お疲れさまです。ささ、中へ・・」

 ミリアとペーター、エマは敷地の1番奥にある住居としている母屋へと向かって行った。


 母屋と鍛冶場(かじば)の間には中庭があった。中庭には小川が流れ水車小屋があった。この水車小屋が鍛冶の材料となるインゴット作りの小屋だ。

 バイカルは鍛冶屋を始める時に、インゴット職人のキロとクリの腕を高く評価し、この鍛冶屋へと懇願した。2人は1つの条件を出した。それが小川と水車のついた作業小屋の用意だった。そこで、この鍛冶屋は街並みから少し離れた小さな小川の流れるこの場所に建てた。

 その水車小屋の向かいには伝書鳩の小屋があった。伝書鳩での情報伝達は、通信システムが発達していないこの世界で、最速の情報伝達手段となる。

 バイカルとガリム、ムパオ、ダイチ、アイは、通りに面した店の裏にある鍛冶場に向かい、隅に置いてあるテーブルを囲んでいた。

 鍛冶職人のバルはバイカルの留守中に(きた)えた剣を1本持って来るように言われた。見習いのナナイは、既に刀身を研磨(けんま)している。

 ムパオから留守中の話を聞いた。オーク軍のジロジ山脈での活動が活発になり、首都ガイゼルとジロジ山脈の(とうげ)であるハーミゼ高原の間に位置する都市タフロンから、ハーミゼ高原に向けて派兵したとの(うわさ)が広がった。それは、バイカルと家族が馬車でジロジ山脈の南端にある炭焼き小屋へ出発してから丁度3日目のことであった。

 今日から4日前には、ハーミゼ高原でタフロン派兵軍と防衛(とりで)の兵を合わせたローデン王国軍が、オーク軍と会戦したと伝わって来た。それからは、バイカルとその家族が心配でたまらなかったが、鍛冶の注文もあるためここを留守にするわけにもいかず、帰りを待っていた。

しかし、明日は馬を借りて、バルが、炭焼き小屋まで様子を見に行く算段だった。

 「心配かけたな。よく留守してくれた」

 「これからも、留守は任せておいてくださいと言いたいところですが、親方が1週間以上も留守にしていたなんて初めてだったので、正直不安でした。店を構えることの責任は重いと実感しました」

 「ムパオ、お前は腕も上等だし、後輩の面倒見も良い。俺は安心してムパオに任せられたぞ。お前はそろそろ店を構えてもよい頃だし、慣れろ」

 「お、親方・・・ご信頼ありがとうございます」

 そこへ、バルが、バイカルの留守中に鍛えた剣を1本持って来た。

 バイカルは、バルが鍛えた剣を刀身の刃区(はまち)から切っ先まで(なが)め始めた。刀身を(さや)に納めると、

 「バル、お前の刀身には、まだ魂の()らぎを感じる。己を信じろ。お前ならいつしか、逸品(いっぴん)が鍛えられるはずだ」

 「は、はい。俺もバイカル親方の造る逸品をめざします」

 「違う。お前の魂が、お前の逸品を造るのだ」

 「俺の魂が、俺の逸品・・・」

 バルは一礼すると鍛冶場へ戻って行った。

 「ところでダイチとアイ、行く当てもないなら、ここに暫く居てくれていいからな」

 「バイカルさん、ありがとうございます。お邪魔でなかったら当面の間、ここでお世話になりたいと思っています」

 「私のような者を、よろしいのですか」

 「家族の命の恩人だから、不自由はさせないつもりだ。くつろいでくれ」

 「その事なのですが、お願いがあります。ここは鍛冶屋なので、見習いとして働かせては(もら)えませんか」

 「そりゃ、構わんが、仕事となるとそれなりの覚悟が必要となるぞ」

 「勿論です。見習いとして精進します」

 「ダイチ、鍛冶は厳しいぞ。まあ、他の鍛冶場に比べたら、俺は優しい方かもしれないがな」

 「「「「優しいだって!・・・」」」」

 刀身を研磨していたバルとナナイも手が止まって叫んだ。炭焼き職人のガリムまで一緒に叫んでいた。

 「おぃ、バル、ナナイ、聞き耳を立てるな。剣には魂を込めろと言っているだろうが。いい加減な仕事をしているんじゃねぇ」

と、バイカルが一喝(いっかつ)する。

 「「親方、すみません」」

バルとナナイが、首を(すく)めた。

 「しかし、俺をなんだと思っていやがるんだ。誤解が過ぎるぜ」

バイカルは、渋い顔で天井を見た。

 「評価は己ではなく、他人がするものじゃ」

ガリムが、口元を横に曲げ、ニヤリと歯を見せて(つぶや)いた。

 ダイチはガリムに案内され、木炭置き場にやって来た。アイテムケンテイナーに格納してあった木炭を次々と取り出した。木炭置き場から(あふ)れる程であった。

 「しかし、改めて見るとすごい量じゃ。ダイチのアイテムケンテイナーは、どれ程の大きさなのじゃ」

 「いえ、お役に立てて何よりです」

と、ダイチは、あやふやに答えた。


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