2 魔力がわずか1の魔法使い
背中にゴツゴツと当たる石の感触が不快で目が覚めた。目を瞑ったまま、昨日のことは全て夢であってほしい、起きたら自分のベッドの上であってほしい。また「おはよう」と子供たちに笑顔で挨拶したい、そう祈りたいが、背中に当たる石の感触で、今の現実を受け入れるしかなかった。
川の水で顔を洗った後に、空を見上げた。灰色と暗い影のある厚い雲で空は満たされていた。河原は朝を迎え、明るくなってきているが、白黒写真のように色のない世界が広がっていた。
「ふー。もう、この世界で生きていくしかない。生き抜かなければならない」
そう自分に言い聞かせた。口からでた言葉は、色のない世界に吸い込まれて消えた。
ググゥーと腹が鳴った。こんな状況でも腹が減るんだなぁと思いながら、辺りを見回したが、食べられそうなものが見つかるはずもない。
川岸から水面を覗いた。所々に黒い影が見えた。水の流れで水面がキラキラと光り、黒い影の輪郭が揺れている。魚であることを祈り、赤いスエットのズボンを膝上までまくり上げて静かに川の中に入った。
無数に見える黒い影の1つにゆっくりと近づく。
「あ、魚ではない。ちぇ、これは石だ」
黒い影のすぐ脇で屈みこむようにして残念がった。
石に手を伸ばして持ち上げ、
「結構大きな黒石だな。これは黒曜石かな。川の中にたくさん転がっている」
などと考え、かぼちゃ程の黒曜石を、不満そうに河原に向かって放り投げた。
今度は、下流の川幅が広く、流れの穏やかな場所に目をつけた。下流の河原でスエットも下着もすべて脱いだ。辺りをキョロキョロと見回し、
「全裸での魚捕り。もし、俺がこんな人と出合ったら、見て見ぬ振りをするだろうな・・まずは魚、魚。めしだ」
そう言うと、体の股間を手で押えながら川に入って行った。
魚は見つからない。探すうちにどんどん水深が深くなっていった。水泳が趣味であるように、泳ぎは達者だった。川に潜り魚を探し始めると、銀色に光る魚影を見つけた。それを追いかけていくうちに水深は更に深くなっていた。
深い川底からキラキラと輝く白い光を見つけた。不思議に思って近づいてみようとしたが、息が続かない。水流に逆らうようにして、慌てて水面を目指した。
「ブハッー、ハァ、ハァ、あの白い光は何だ。あれ、川の真ん中あたりまで来ていたのか。リトライだ」
そう言うと、息をゆっくり深く吸い、川底目指して潜っていった。
水流のためか川底から見える白い光は、揺らいでいた。川底に近づくにつれて、水流は激しさを増していた。ようやく川底につくと、白い光の脇にあった大きな石を掴んで止まった。
白い光の正体は石だった。それはソフトボール位の大きさをした眩いばかりに輝く白石であった。
水流に逆らいながら、白石に手を伸ばすが、他の石と石の間に挟まっていて、取れなかった。両足を川底に付け右手で白石を掴み、上の石に左手を掛けて力を込めて持ち上げた。
眩いばかりに輝く白石を取ることができたが、仰け反るような姿勢のまま水流に流された。川底は流れが速く、身動きが取れないまま錐揉み状態になっていた。ゴボゴボと水の激しく流れる音が耳を刺激した。息が持たない、ダメかと脳裏に浮かんだ瞬間、背中が何かにぶつかり、引っかかるようにして止まった。
ダイチは夢中でそれにしがみ付いた。頭も胴も足も水流の圧力を感じる。体勢を整えながら、しがみ付いている物を見た。
「何だこれはぁー! ゴボゴボゴッ」
気が付くと溺れるようにして水面を目指していた。恐ろしくて何度も振り返り見たが、それは川底に沈んだままだった。
「ぶはぁ、ハァ、ハァ、なんだあれは」
水流で結構な距離を流されていたが、上流には、赤いスエットを脱いだ河原の端が見えていた。背が立つ所まで泳いでいくと、よろよろと立ち上がった。全身が重くて、気怠さを感じていた。
河原に上がると仰向けで大の字になって、荒く呼吸を繰り返した。右手の白石は、眩いばかりに輝いていた。
ふう・・・水中で俺がしがみ付いたのは、とてつもなく巨大な頭蓋骨だったよな。ダイチは、記憶を辿っていた。
巨大な頭蓋骨は、長さは10m程のバスのような大きさと形をしていて、後頭部から顔にあたる部分が前に突き出し、ワニか蛇の頭蓋骨に似ていた。大きな眼の穴、多くの歯と牙があった。ダイチはその巨大な頭蓋骨の持ち主を想像してみた。10mの頭蓋骨なら、六頭身でも全長60メートル、十頭身以上なら100m超えだ。想像できる魔物の範疇を超えている。
「この世界は怖い。そこで生き残る・・・」
灰色の空を眺めて、深く息を吐いた。
生き抜くためには食うしかない。でも、魚を捕るといっても、さすがにこの頭蓋骨のある場所では足がすくむ。
「チッ、下流には魚が少なかったぜ」
そう捨て台詞を吐いて、右手に白石、左手には脱いだスエットを抱えながら、河原にある赤い大きな岩へ向かった。歩きながら、気になって何度も右手の白石に目をやったが、優先事項は魚捕りだと自分に言い聞かせた。
赤い大きな岩にたどり着いいて一呼吸すると、そこに白石とスエットを置いて、上流にある水面から大小の岩の出た場所へと全裸で移動した。
「おぉ。何匹もいるぞ。岩の下に身を隠したり、出たりたりしている。」
大小の岩の間は流れが速いが、水深はかなり浅い。岩の間で何匹もの魚が川上に頭を向け、まるで水中でフォバーリングをしているかのように、その場で鰭だけを動かしていた。
先程の下流の川底にあった巨大な頭蓋骨のことは勿論頭を過ったが、そんなことで止めては生きていけない。骨は過去の遺物だ、今は生きていない、大丈夫と、呪文を唱えるように繰り返しながら、魚を刺激しないようにそろりそろりと川に入る。膝下位の水深だった。
腰を屈めて水中に両手を静かに漬けた。魚の尾鰭の斜め上から慎重に手を近づける。時が止まったような静寂に心臓がドクッと1度鳴る。
ここだと、一気に掴みかかる。魚はスイと身を翻す。
くそー、速いな。水の振動を感じているのかな。それとも魚は目が横に付いているから、後ろから捕まえようとしている手が見るのかな。死角から攻めるとしたら・・・むう、腹の下からかな。何事も経験、リトライだなどと思案する。
両手の甲を川底に付けながら慎重に魚の腹下の位置まで手を伸ばした。掌で掴む。
「と、捕れたー」
バガツと立ち上がり、両手で30cm弱の魚を握り高く掲げていた。
「やった、やったぞ。銀の魚体に薄い緑と橙の線、そして黒い斑点。美しいなー」
イワナに似た魚を下から眺めた。曇天に魚の色や模様が映えた。その後は同じ要領で簡単に捕まった。
「俺って結構やるな。手づかみでの魚捕りってこんな簡単にできるものなのか。最初こそ失敗したものの、2匹目からは無造作に捕まえられた感覚だ。次は、たき火だな」
などと、自画自賛しながら、大きな岩の上に並べた5匹の魚を眺めていた。
元教員であるダイチには、体験学習の一環として実施したきりもみ式での火起こしの経験があった。しかし、その指導はゲストティチャーとして来てもらった専門家任せだった。火起こしの方法についての記憶を懸命に辿る。
「火おこしの道具・・・材料は、杉の板とセイタカアワダチソウ、麻紐からの麻糸」
森の中で杉とセイタカアワダチソウは見かけていた。問題は麻糸かと考えながら、河原から続く斜面を登ると意外に急だった。
枯れ枝や、何かの獣が剥がしたのか薄い板状の杉2枚と串に使う細い枝、乾いた薪などを拾い集めた。セイタカアワダチソウは、比較的日当たりのよい場所に群生していたので、茎を数本折った。
問題は麻糸だな。本来なら麻紐をほぐし糸にして、火種を包んで息を吹きかければ火を起こせるのだけど。麻紐はさすがに森にはないよな。別の素材で火種を優しく包めて着火しやすいものとなると、枯葉かな? でも、葉は意外に厚いし、葉は重なって空気が入りづらく着火しにくそうだからなぁ、などと考えていると、目の前の木が目に映った。
「あ、あれだ、あれだ」
と言って、近くの木に駆け寄った。それは松の木だった。根元辺りには枯れた松葉が積もっていた。それを手でかき集めた。
河原に戻ると、キョロキョロと何かを探し始めた。さっき川で拾った黒曜石を持ち上げた。手ごろな大きさの岩に腰掛けると、黒曜石を腿の上に置いて、固そうな石でコツコツと叩いた。最初は、力加減が分からず小さな破片が剥がれるばかりであったが、徐々に要領がつかめてきた。
黒曜石は剥がれるように薄く割れた。割れた破片は、ナイフのような鋭利な刃をもっていた。
「俺って意外に器用」
刃先を整えると黒曜石のナイフができた。鋭利な刃先もなかなかの出来栄えだった。
薄い杉板状のものを黒曜石のナイフで薄く削りながら形を整える。杉板には、1枚の板の端に円い穴と溝をあけて鍵穴の形にする。この鍵穴の形が大事ということだが、試してみないと分からない。だから、複数の鍵穴を作る。これで火きり板の完成。火きり板の下にもう1枚の杉板をおいて、火きり板は準備完了。
セイタカアワダチソウの葉をむしって、茎だけの棒にする。これで、火きりぎねも完成した。
枯れた松葉を揉んでから手元に準備をした。セイタカアワダチソウの茎から作った火きりぎねを両手で拝むように持って、火きり板の鍵穴の円い方に刺し込む。イメージとしては、錐で板に穴をあける時のように、両手で火きりぎねを上から下へと、両手を動かしながら錐揉み、火錐ぎねを回す。回す。拝むポーズで一心不乱に火きりぎねを回し続けた。
火きり板を持ち上げると、下の板には煙を出している黒い粉があった。この火種を掌に置いた枯れた松葉で優しく包む。まるで梅干し入りの松葉のおにぎりのようだった。松葉のおにぎりめがけて息を吹きかける。
「やった、橙の炎が生まれた。あちちっ」
細い枯れた枝の薪の間に置く。枯れた松葉も添えておいた。息を吹きかけていると薪に火がついた。
たき火を囲むように串に刺さった魚を、橙色の炎が照らしていく。たき火のパチパチという音と共に、良い匂いがしてきた。
ダイチは、焼けた魚を刺した枝を握りしめ、がぶりと頬張る。
「あちちち、ガフゥ。フゥー、フゥ―、ホフッ、ホフッ、こ、これは美味い。ホフッ、ホフッ、最高だ」
それからは、5匹の焼き魚を余すことなくいただいた。腹が満たされれば気力も戻る。黒の神書を手に取った。
「黒の神書。お前、俺の声が聴こえているのだよな。お前は、この世界で生きる俺のパートナーだ。だから名前で呼ぶ・・そうだな・・クロー。お前はクローだ。それから俺の目的は変更だ。元の世界に戻れないのだからな。新しい目的は・・・」
ダイチは、目的を考える中で1つのことが引っかかっていた。昨日の「俺の教え子たちは、元の世界で暮らせているかどうかを示せ」という問いに対して、回答がなかったことだ。
ダイチは立ち上がり、右に左にうろうろ歩き出した。立ち止まって突然クローの裏表紙を開いた。
あ、そうか。クローの裏表紙には、まず目的がある。その下に目標だ。所有者の目的を達成するために目標が存在するのだ。その目標を1つひとつ達成していくことによって、目的の達成に近づくという考え方か。
そう考えると、『俺の教え子たちは、元の世界で暮らせているかどうかを示せ』は、俺にとっていくら切実な心配事であっても、『目的の元の生活を取り戻す』の達成には無関係だ。だから回答なしということなのか。となると目的をよく考えなくては。
また、右に左にうろうろ歩き出した。目的って人生の全てを費やして達成できるような「人としての生き方」「理想の姿」「成し遂げたい夢」になるのだろうな。
むー。この世界のことは知らないことばかりなので、成し遂げたい夢は難しいな。オーク兵がいて、恐らく魔物もいる弱肉強食の世界で生き抜くこと、今はまだこれを目的でいいかな。
「クロー、待たせたな。俺の目的を変更する。この世界で逞しく生きるだ」
と高らかに宣言した。
クロ―のハードカバーの裏には、
目的 この世界で逞しく生きる
目標 1.状況を把握すること
に変わっていた。俺の決意が示された。
俺は、握り拳をつくり、右手を高く挙げていた。不思議なものだ「この世界で逞しく生きる」と目的を宣言しただけで、生きる勇気が湧いてくる。
色のない世界に淡い色が付たように感じた。
その時、ドガガガーン、バキバキバキ、ドボーンと、上流の対岸にある河原の近くで大きな音が響いた。その音に驚き本能的に近くにあった赤く大きな岩の陰に身を隠した。
魔物が組み合ったまま森から斜面を滑り、川に落ちてきたのだ。2匹の魔物は睨み合ったまま、少しずつ対岸の河原へと移動して行った。
1匹は赤い熊に似た魔物だが、遠目からでもサイズが大きい、そして角のようなものが5本、背中に生えていた。
もう1匹は鹿のような四足に人のような上半身がついている。まるでミノタウルスだ。体長は3m位いか。手には弓をもっていた。ミノタウルスは既に河原に上がり、熊の魔物は河原近くの水辺で足の半分程が川の中にあった。2匹の魔物は身を低くして臨戦態勢をとっていた。
熊の魔物が前足をあげて仁王立ちして、グワァァッーと、森にも響き渡る鳴き声を上げて威嚇する。体長3m超の大きさだ。
ミノタウルスは、仁王立ちした熊の魔物に向かって素早く矢を連射した。矢は熊の魔物の胸と右肩に刺さった。悲鳴に近い叫び声を上げたが、牙を剥きながら突進する。ミノタウルスは更に連射した。矢は熊の魔物の左前足に突き刺さった。もう1本の矢は額の横に当たったが、向きを変えて後ろに跳ねた。
熊の魔物は怯まず突進する。大きな音とともに衝突し、2匹はもつれ合ったまま倒れた。熊の魔物がミノタウルスの上になって牙を剥く。熊の魔物のガルガルという低い唸り声が響く。ミノタウルスは弓を持った左手を熊の魔物の口に当てて牙を避けている。その弓が折れた瞬間、鋭い牙がミノタウルスの首元に食い込んだ。熊の魔物はミノタウルスの首をくわえたまま頭を激しく左右に振った。
ミノタウルスは甲高い断末魔を上げて動かなくなった。熊の魔物は、勝利の雄叫びを上げた。
ダイチは、50m離れた対岸の河原で繰り広げられた2匹の死闘を、岩陰で息を殺すようにして見ていた。熊の魔物は既に肉塊となったミノタウルスの首をくわえたまま、こちらに顔を向けた。熊の魔物の赤い眼と俺の眼があった。
俺に気付いていると悟った。全身が凍り付くような恐怖に震える。「うぐっ」と思わず口を押え、赤い大きな岩に背からもたれかかるように身を潜めた。心臓の鼓動が速くなる。動けない、呼吸すら忘れている。
熊の魔物がミノタウルスを引きずりながら森に続く斜面を登る度に、ガサガサ、パキパキと小枝を揺らす音がダイチの耳を支配する。この音が、永遠に続くかのように感じていた。
森に1匹の魔物と1つの肉塊が消えて、静寂が訪れた瞬間、「ブハッ」と、むせるように息を吐き、肺一杯に空気を吸い込んだ。全身が凍り付くような恐怖の呪縛が、無力感へと変わった。
圧倒的な力の前では、ただ恐怖が過ぎるのを祈ることしかできない。この世界で生き抜くことは厳しい、命は儚い。
「俺は・・・この世界で生きていけるのだろうか」
岩陰で岩に背をもたれかけ、色のない世界で自問した。
河原の石に腰掛け、クローを手に取っていた。
「クロー、俺はこの世界で逞しく生きていくことを目的にしたけれども、元の世界とはあまりにも違う。力が支配するこの世界での生存競争には、無力感しかない。俺自身に圧倒的な力に対抗できる力がほしい。この世界でも生き抜けるという希望がほしい」
クローを見つめている。
「だから、魔物に怯えることなく、逞しく生きていく力を獲得するための最適解を示してくれ」
と、すがるような思いを言葉にした。
「逞しく生きていく力を獲得するための最適解」
1.ステータスの能力を上げる
2.ジョブを修得する
3.仲間をつくる
「ええっ、ステータスとジョブ! ゲーム定番の設定そのものじゃないかー。まさかパラレルの境界を越えたってゲームの世界にか? おい、クロー・・・」
思わず立ち上がり、右に左にうろうろと歩きながら考え始める。
ゲーム経験はあるので、イメージし易いのは良いな。それならステータスアップとジョブ習得の方法だ。ステータスって見られるのかな。ステータス画面が突然目の前に浮かんできたりして・・・などと考えを巡らしていた。
「ステータスオープン」
ダイチの声が河原に消えていった。
「・・変化なし・・・まぁ、想定内だ」
自分の口元が引きつるのが分かった。
クロ―を片手に、
「俺のステータスを示せ」
と声に出すと、ページを捲った。
「あった。これだ。なになに・・・」
氏名:野道 大地 年齢:25歳 性別:男性 所持金:0ダル
種 :パラレルの境界を越えたホモ・サピエンス
称号:境界を越えし者
ジョブ・レベル:召喚術士・レベル1
体力 105 物理攻撃力 101
魔力 1(固定値) 物理防御力 93
俊敏性 102 魔法攻撃力 81
巧緻性 524 魔法防御力 106
カリスマ性 213
生得スキル
〇アイテムケンテイナー
〇無属性魔法
ジョブスキル
〇召喚無属性魔法:エクスティンクション
特異スキル
〇学び
「・・・俺ってジョブがあるじゃないか。しかも、わくわくするようなジョブ名、召喚術士。俺が知っているゲームでは、見たことも、聞いたこともない。召喚術士って、どんなジョブなのだろうか」
これは、クローにあとで尋ねることにした。
ダイチは、ステータス値を1つ1つ確認していった。
「え、魔力1って・・・俺の他のステータス値と比べると、無いに等しいのでは・・・しかも固定値。魔力はもう伸びないということか」
ダイチは、魔法をガンガン撃って、魔物退治をしていく夢が泡となって消えた。
曇天の空に目を移して、一呼吸。
「巧緻性が524って、俺の能力内ではずば抜けている。俺って器用だな。」
先程の魚捕りやナイフ作り、火起こしの道具作りなどでイメージ通りに出来たのは巧緻性の高さが関係しているのかもしれないと、自分で納得した。
生得スキルにアイテムケンテイナーとあるが、ひょっとして異空間にある大型容量のコンテナのことなのかな。
ジョブスキル召喚無属性魔法:エクスティンクションとは、どの様な魔法だろう。魔力1、魔法攻撃力81でも発動したり、高い効果を発揮したりできるのかな? まさか魔力1の魔法使いって・・・俺って、適性のないジョブに成った残念な人間なのかなどと、様々な疑問が浮かんでは消えていった。
「特異スキルの学びとはなんだろう。想像もできないな。生活に必要な能力を学び、習得し易いということか?」
ダイチは、魚捕りでも2匹目からは、簡単に、というより無造作に捕っていて、馬鹿にコツの飲み込みが早いなと不思議だったことを思い出した。自身のステータスを一通り見終わると、期待と不安が生まれ、確かめなくてはならない課題を理解した。
早速、本の特異スキル「学び」に指を当てて押したり、声に出してみたりしたが反応はなかった。
「これって、意識して発動させる能力ではないな。むう、常時発動を願うだけだ」
突然、音もなく目の前に薄い円盤が現れた。空間に空いた円い穴といった方がよいかもしれない。
「よっしゃー。きたきたー! アイテムケンテイナー・・・だよな?」
ステータスの生得スキルにあったアイテムケンテイナー、とりあえず叫んでみた。すると、目の前に円い空間が現れた。
その円い空間の中には部屋が並んでいた。その部屋の1つを開けてみると、間口が広がった。アイテムケンテイナーは、ロッカーのように各部屋に整理して格納できるということかとイメージした。
残っていた薪を右手に持って、恐る恐る円い穴に並ぶ1つの部屋の中に入れてみた。
何の感触もなく、薪が空間に吸い込まれていく。ダイチは、アイテムケンテイナーに石やら薪やらを詰め込んだり、引き出したりした。勿論、眩いばかりに輝く白石と黒曜石なども格納した。
確かめてみた限りでは、河原の石はアイテムケンテイナー内の1つの部屋にどんどん入った。これがロッカーのように並んでいる。アイテムケンテイナーは無限の容量だと確信できた。
「ふふふ、あはははっ。クロー、俺がこの世界に来て失ったものばかりを嘆いていたけれども、手に入れた能力もあるのだな」
ダイチは希望の芽を感じた。
ダイチは、エクスティンクションを試してみることにした。エクスティンクションが、日本語で絶滅、消滅、死滅などの意味である事は知っていた。でも、魔法となると、迂闊に使用したらどんな災難が降りかかって来るかもしれないと、不安が過った。
クローを手に取る。
「無属性魔法:エクスティンクションについて、詳細に示せ」
「召喚無属性魔法:エクスティンクション」
術者の最大値の全魔力を消費し、ターゲットの1点に無属性のダークエネルギーを召喚する。
ダークエネルギーのコントロールは極めて繊細であり困難であるため、術者や周囲を消滅させることがある。
「全魔力、1点に、ダークエネルギー、コントロールは繊細、術者や周囲を消滅・・・なんか使うなって魔法だよな。最大値の全魔力消費って最終技だよな」
ダイチは右に左にうろうろ歩き出した。魔法の全体像をイメージしようと懸命だった
「なぁクロー、魔力が全て回復した状態で全魔力消費、1発しか撃てないってことだよな。だから術者は全魔力回復までは撃てない。これって魔法発動も、再発動までのリキャスト時間もかなり厳しい条件だよな。使い勝手が悪すぎるだろう」
クローに返事はない。独り言のように続ける。
「ダークエネルギーを1点に召喚・・・ダークエネルギーって、確かまだ仮想的なエネルギーだったよな。反発エネルギーであり負の圧力をもつとか、宇宙を加速膨張させているエネルギーだとか、宇宙全体の物質やエネルギーの70%近くを占めているとか、あやふやな知識だけど。これが正しいなら無限に近いエネルギー量を利用可能ということか」
ダイチは立ち止まってクローをちらりと見た。
「そんなことより、禁忌の魔法となりそうな事が、『術者や周囲を消滅させる』だ。
これって、使った術者も巻き込まれるって事だよな。周囲って事は、人だけとは限らず環境も含んでいるって事だろう。しかも攻撃とかダメージとかではなく、消滅・・・消滅だよ」
腕を胸の前で組み、左手を顎に当て、ぶつぶつ言いながら、右に左にうろうろ歩き続ける。今回は前後にも歩き出した。
しかし、もし繊細なコントロールができれば、ターゲットだけを消滅させられるということか、ダイチはクローに手を置き命じた。
「エクスティンクションの発動とコントロールの仕方、俺のリキャスト時間を示せ」
「エクスティンクションの発動及びコントロール並びにリキャスト時間」
召喚点及び効果範囲をイメージし、エクスティンクションと唱えることで発動する。
三次元での召喚点1点及び効果範囲の明確なイメージ、並びに狙った1点に召喚させるコントロールとその効果を設定範囲内に留める繊細な魔法操作が必要となるため、制御は極めて困難である。
汝の再使用時間は9秒である。
前ページの無属性魔法:エクスティンクションを読み返してみる。
原理や仕組みなどは不明だけれども、要するに、
俺が、①1点と消滅範囲を三次元的にイメージする、
②エクスティンクションと唱える、
③ダークエネルギーがその1点に召喚され膨張する
って事だよな。いずれにしても、発動手順の理解までは問題ない。
また、右に左にうろうろ歩き出したが、足をとめて呟いた。
「技術的な問題は、三次元的な1点と効果範囲だ。2種類の明確なイメージを瞬時にできないといけない。これは頭の中で繰り返し練習できるな。」
口に出すが早いか、イメージを繰り返し練習し始めていた。
「消滅の仕組みは、召喚されたダークエネルギーが影響し、1点から強烈な反発エネルギーが加速度的に広がって効果範囲内が消滅するって理解で良いのかな。
魔力1の俺にとっては、リキャスト条件の全魔力の回復に費やす時間が極端に少ないことが、最大のメリットになっている。俺と相性の良いジョブと魔法かもしれない」
それから数時間、食事もとらずに練習を続けていたが、1点をイメージする度に、違和感を覚えていた。
午後になって時折、日が差すこともあったが、すでに西日となっていた。ダイチは、ふーと1つ息を吐くと空腹を感じた。スエットを脱ぐと、全裸になって上流に魚取りへ出かけた。
「なんだ、あれは人か」
川の流れから頭を出した岩の上にしがみつく様にして、うつ伏せに人が倒れているのが見えた。ダイチは駆け寄ると腰には剣を帯びていた。その背中は微かに上下し、呼吸していることが分かった。
ダイチは、その人の肩を抱きかかえるようにして、仰向けにした。それは、長い藤色の髪の若い女性だった。
「しっかりしろ。大丈夫か」
ダイチは、その女性の頬に手を当て、体を揺すり、声をかけた。
「おい、目を開けてくれ。・・・あれ? この藤色の髪って、昨日、戦場で俺の背後から・・・まさかな」
「う、うう・・ゴホッ、ゴホッ」
その女性は、辛そうな表情を浮かべながら、目を薄っすらと開けた。
「気が付いたか・・・」
「きゃーー」
河原に悲鳴が響いた。
女性は逃げる様にして、ダイチを突き飛ばした。
「うあ、・・・大丈夫ですか。怪我はありませんか」
女性は、顔に手を当てうずくまっている。
「貴方がここに倒れていたので、助けようとしただけです。・・・怪しい者ではありません」
女性はうずくまったまま、左手を目に当て、右手でダイチを指さした。
「そ、それ」
「え・・・あぁー」
ダイチは慌てて股間を両手で隠した。そして、女性に背を向けた。
「え、あ、いや・・・こ、これは、魚を取ろうとして服を脱いだだけです。ちょっとそこで待っていてください」
ダイチはそう言うと、服を置いた赤い大きな岩まで走り出した。