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ひと  作者: 花野井 京
17/17

17 帰還

 7月10日、早朝。

 ドリアド地方は、昨晩の大雨が(うそ)のように、明け方には雨が止んでいだ。

 ダイチとアイを乗せたカミューが、ドリアドの街の近くに降り立った。

 「この世界に舞い降りた人の子、ダイチよ。汝は、これからどう生きていくつもりだ」

 「私には、この先の目標はまだ明確にはありません。ただ・・・」

 「むう、ただ・・・?」

 「自分の興味を持てる事、自分にとって大事と思えることに邁進(まいしん)して行くつもりです。その事が、人の役に立つのであれば、それを喜びとして、更に励んでいきます」

 「むう、(なんじ)の人としての生を、全うするが良い」

 「ありがとうございます」

 ダイチたちは、カミューに感謝の言葉を改めて述べると、カミューはキリセクレ山に向かって飛んで行った。

 ダイチたちは、ドリアドの街へ入った。

 「不思議なものだな。ドリアドの街に住み始めたのは約2ヶ月前、ドリアドを出てから10日間、まだ短期間なのに故郷に帰って来た様な(なつ)かしさを感じる」

 ドリアドの街の違和感に気付いた。兵士が多いし、住民も不安そうな表情をしている。

 「あ、そうかポポイで魔物を撃退して、飢饉(ききん)(まぬが)れた事をまだ知らないのだ」

 「ダイチ様、その事を早く知らせた方が良いと思います」

 ダイチたちは、懐かしいバイカル親方の鍛冶屋へと走った。

 中庭に駆け込む。

 「バイカル親方ー!。戻りました!」

 「皆さん! ただいま戻りました」

 ドカドカと足音がする。店先からミリアが、鍛冶場からムパオとナナイ、モルモ、ガリムが飛び出て来た。水車小屋からもキロとクリも、ペーターもエマも母屋から出てくる。

 「「「「「「おかえりなさい」」」」」

 「よく無事で帰ってこられたな。怪我は無いようだな。良かった」

 「心配していたんだ」

 「「ダイチ兄ちゃん、アイ姉ちゃん、おかえりなさい」」

ダイチとアイには、ペーターとエマの屈託(くったく)のない笑顔が輝いて見えた。

 「無事でよかった・・・」

ミリアさんの(ほお)には涙が伝っていた。

 「カミュー様に白石は渡せたのかぁ」

ガリムが尋ねた。

 「はい、もう、ローデン王国は安全です」

 「西の海岸に魔物が迫っていると、バルからの情報があってのぉ。それから、キリセクレ山に柱雲が見え、天と大地を白く照らしながらカミュー様が西に飛んで行かれたので、ダイチたちは、成し遂げたと考えておったのじゃが。その後、どうなったかが、心配じゃった」

 「はい、カミュー様が、黒く夜空を覆う麦イナゴの大群と鳥の魔物を撃退しました」

 おおおぉと、喜びと安堵(あんど)の声が()れた。

 「・・・黒い魔物は、麦イナゴの大群だったのか」

ムパオが、ダイチを見て言った。

 「そのことで、バイカル親方にまずは報告と思い・・・」

 「夫は、今、領主様のところへ行っているわ。ポポイの町から救援を求める伝書鳩が来たとかで」

 「そうですか、では領主様の所へ行って説明してきます」

と、ダイチが言ったところへ、バイカルが帰って来た。

 「あ、バイカル親方、戻りました」

 「無事に戻って来ました」

 「おおぉ、ダイチ、アイ! よく無事で戻った。西から迫る黒の魔物は、麦イナゴの大群だとポポイから連絡が来てな。これまでの事があったので、領主様に呼ばれ、行って来たところだ」

 「カミュー様が、撃退(げきたい)しました。ご安心ください」

 「おおぉ、そうか、やったなー。これで、ドリアドの民とローデン王国も救われる。

 ん、ダイチ、撃退しましたとは、お前は、それを見ていたのか」

 「ええ、撃退を目撃しています。これには、いろいろと事情がありまして」

 「そうか、詳細は後だ。とにかく、カミュー様が、お力をお貸しくださったのだ。ダイチ、アイ、でかしたぞ」

バイカルは、ダイチとアイの頭を、そのゴツゴツとした指で鷲掴(わしづか)みにして、手荒く()でた。ダイチは少し照れながら、バイカルのごつい指の感触にニコリとした。

 「この街の民は、まだ、それを知らずに不安でしょう」

 「早く知らせた方が、良いかと・・・」

ダイチとアイの言葉に、バイカルは、

 「そうであった。領主様に報告して来る。ダイチとアイも来い。ガリムは、街の代表へ連絡を頼む」

と、満面の笑みをこぼした。

 結局、ダイチとアイも、ドリアド領主ウィル・フォン・カリスローズ侯爵に拝謁(はいえつ)することとなった。


 ドリアド領主カリスローズ侯爵様は、たいそう喜び後日褒美(ほうび)をとらすと言うと、ローデン国王へ勝利の報をアローピシェンに託した。同時に早馬の使者を各所に送った。

 ドリアド領主カリスローズ侯爵からの勝利宣言に、ドリアドの街は湧いた。

 兵士たちも住民たちも肩を組み、歓喜の声を上げていた。いつしかドリアドの街には、童歌が響いていた。

 翌7月11日まで、ドリアドでは、歓喜の(うたげ)でお祭り騒ぎとなった。


 ドリアドの歓喜の宴の明けた7月12日の朝。

 濃い(きり)の立ち込める中を、ドリアドの街をめざして馬で駆ける1人の男がいた。

 額に汗をかき、馬の首に手をあて励ましながら疾走する。ドリアドの城門を潜り石畳を駆け抜け、バイカルの鍛冶屋に駆け込んだ。

 そう、この男は「やる時はやる男」鍛冶職人バルであった。バルは、息を切らし、中庭でよろめき両膝(りょうひざ)をついた。

 「親方ー! 黒い魔物の正体が分かったんだ」

 鍛冶屋の皆が出て来る。

 バルは、バイカルを見ると叫ぶ。

 「お、親方、黒い悪魔の正体は、む、麦イナゴの大群でした!」

 バイカルは、バルに駆け寄り、(ねぎら)いの言葉を掛ける。

 「バル、ご苦労であった。お前が、命をかけて手に入れた黒い魔物来襲の情報は生きた。苦労は(むく)われたぞ」

 「麦イナゴの大群が、ポポイの町に迫っています。俺は、漁船からこの眼で見たのです。水平線を(おお)う黒い麦イナゴの大群を・・・」

 「ああ、分かっているぞ、バル。もう、大丈夫だ、解決した。落ち着いて話を聞け」

 「ジバイ爺さんが呼んだ、半月って(くじら)に漁船を引っ張ってもらったので、逃げて来られたのです。麦イナゴは、ものすごい数です。早く領主様にご連絡を」

 「バル、全て解決したのだ。安心してくれ」

 「ものすごい数です。このままでは、ローデン王国に飢饉が・・早く連絡を」

 バイカルは、バルを力強く抱きしめると、バルの背を後ろからポンポンと叩いた。

 「ご苦労だったバル、全ては終わったのだ。カミュー様のお力で、全てが解決したのだ。お前は、俺が見込んだ通り、やる時にはやる男だった」

 バルは、バイカルに抱きしめられたまま、

 「む、麦イナゴの大群が・・・・」

バルの瞳から涙が(こぼ)れてきた。止めどもなく流れた。そのままバイカルの胸の中で、(くず)れるように力を失った。

 「うううぅ、お、俺、親方にこの事を、早く知らせなくっちゃ、飢饉を止めなくっちゃって、そればかり・・・・うう、ううっ、よ、良かった、ほ、本当に良かった・・・」

 「バル、良くやった。安心しろ。この国は救われた」

 「ううううぅ、バイカル親方ー」

バルは、バイカルの胸に顔を埋め、大きな背中に手を回した。

 ムパオも、ナナイも、モルモも、ガリムも、キロとクリも、ミリアも、アイもバルを抱きしめていた。

 ダイチは、ゆっくりとした口調で、

 「バルさん、おかえりなさい。バルさんも、命懸けだったのですね・・・良く無事で戻って来てくれました・・・貴方は、素晴らしい方だ」

と声をかけ、ダイチもバルを抱きしめる輪に加わった。ダイチにも、頬をキラリと伝うものがあった。

 実際、西の水平線から東へ向かう黒い魔物について、バルからの一報は貴重だった。不安と疑念(ぎねん)を、迫る危機として確信させたのだ。


 バイカルの鍛冶屋では、皆の労をねぎらい、中庭でバーベキューの酒宴(しゅえん)が設けられていた。

 バイカルも、ガリムも、バルも、他の皆も、笑顔でこの平穏を心から喜んだ。

 「「ダイチ、良くやった。もっと飲め、飲め。バル、良くやった。飲め、飲め」」

 「ラームは、俺には強すぎて、水で割ってくださいよ」

ダイチの杯を手にしているキロに注文した。

 キロとクリが、ラームの入った酒(びん)を持って、陽気に注いで回る。ダイチもバルも無事帰還できたことに安堵し、注がれた酒を飲み干していく。

 「アイも、食え。もっと食え。今、こうして祝えるのも、お前たちのお陰だ」

バイカルの陽気な声が、中庭に響いた。

 「あの、皆さんに、お伝えしなければならない事があります」

アイは、突然立ち上がって、皆を見つめた。

 「アイ、何じゃ、改まって」

ガリムが、酒の注がれた杯を片手にアイを見た。

 「私は・・・ルカの民です」

 突然のアイのカミングアウトに、皆は(ほう)けている。

 「・・・ルカの民とは、何なのだ」

バイカルが、アイに問う。

 「・・・ルカの民とは・・・魔、魔族の祖先です」

アイは、目を伏せて下を向く。

 「「アイ、だから・・・それが、どうかしたの?」」

キロとクリが、不思議そうに尋ねた。

 「魔族の祖なのです・・・皆さんは、私が怖くないのですか」

 ムパオが、アイを見て、

 「確かに魔族は怖い。出会ったら命はないからな・・・だが、アイは、魔族ではない」

と言うと、皆も頷く。

 ピーターとエマも、アイの沈んだ表情から感じるものがあり、心配して声をかける。

 「アイ姉さんは、僕たちの命の恩人だよ」

 「アイ姉ちゃん、どうしたの。元気出して」

 「それだけではない。アイは、この国を危機から救った。そして、俺たちの仲間だ」

バルが、アイの肩を叩く。

 「俺は、バルさんに反対。アイさんは、もう俺たちの家族だろう」

ナナイがそう言うと、皆も(うなず)く。

 「ナナイ、よく言った。その通りだ」

バルが、ナナイの肩を何度も叩いた。

 ミリアが、アイを抱きしめた。

 「辛かったのね。苦しかったのね・・・ほら見て、貴方は、皆を幸せにしていますよ」

 「ありがとうございます・・・」

アイは、満面の笑みで礼を述べた。

 アイの目頭には、(しずく)が光っていた。

 ダイチは、この光景を温かな笑みで見守っていた。

 

 ダイチは、席を外して自室に入った。

 「クロー、もう目覚めたか」

 『ああ、目覚めた』

 「・・・え、クロー、思念会話を使うと、また3日間の完全休眠状態になるのでは」

 『ダイチ、大丈夫みたいだ。負担も違和感もない。きっと私とダイチのレベルが上がったからだろう』

 「それは、嬉しい。また、これからもクローと話が出来るのか」

 『ああ。ダイチ、成し()げた様だな』

 「勿論だ。アイも無事だ。こうしてローデン王国が危機から救われたのも、俺が生きて戻れた事も、クローのお陰だ。ありがとう」

 『召喚神獣として、当然の事をしただけだ』

 「それそれ。神獣黒の神書を俺が召喚したと、カミュー様が言っていたけれども、本当にそうなのか」

 『まあ、そんなところだ』

 「クローは、そんな事を一言も言っていなかったじゃないか」

 『ダイチが、聞かなかったからだろう』

 「まあ、それはそうだけど・・・知らない間に召喚とは」

 『この過酷(かこく)な世界は、ダイチの元の世界とは異なるという事だ』

 「そうだな。俺は、この過酷な世界でも生きていける自信が生まれたよ」

 『それは何よりだ。ダイチは、この世界に来たころに比べると、随分(ずいぶん)(たくま)しくなったな』

 「本当かクロー、お世辞(せじ)でも嬉しい」

 『私は、お世辞や嘘は言わぬ』

 「あはははっ、そうだな。それは、俺も十分に分かっているよ」

 『私は、客観的に物事を述べるだけだ』

 「はいはい。知っていますとも・・・クロー、俺はこの世界に来て気づいたんだ」

 『何をだ?』

 「人は、個性があって多様だ。優しさや(おろ)かさも持っている。そして、人の数だけ夢や希望がある。元の世界では、人を見ている様で見ていなかった。

 バイカル親方やガリムさん、キロさんとクリさん、ムパオさんにバルさん、ナナイ、モルモ、ミリアさんにペーター君、エマちゃん、それにメルファーレン辺境伯様や兵士たち、住民の方たち。1人ひとりが、自分の人生を逞しく生きている。慈愛(じあい)奉仕(ほうし)のアイもそうだ」

 『人は、限られた生を懸命(けんめい)に生きているという事だな』

 ダイチは、真剣な目つきになってクローに語る。

 「クロー、俺は、この世界でも自己実現をする。俺の大好きな鍛冶に励むつもりだ。

 それによって、信頼できる仲間や他の人の役に立てたら、それを喜びとして生きていける。これが、この過酷な世界で見つけた俺の生きる目的、自己実現の姿だ」

 『自己実現か、人らしい目的だ』

 「クローも力を貸してくれ」

 『ああ、パートナーだからな』

 「クロー、俺の目的を変更する。この世界での自己実現だ」

 『承知した』

  

  目的 この世界で自己実現をする

  目標 1.大好きな鍛冶に励む

     2.鍛冶で人の役に立つ

 

 ダイチは、自分の(てのひら)に目を移した。いくつものマメが破れた跡とタコ、火傷(やけど)の跡があった。

 「この世界での俺の(あかし)・・・まだまだだな」

 中庭から声がした。

 「おーい、ダイチ、何している。肉が焼けているぞ」

 「はーい、今、行きます」

ダイチは、中庭にいる仲間に返事をした。

 ダイチが自室から出ようとすると、ドアの前にアイが立っていた。

 「アイ、どうしたのだ。肉を食べに・・・」

 「ダイチ様にお話があります」

 アイの思いつめた表情に、ダイチも深刻な話であると察した。

 ダイチは、クローをテーブルの上に置くとドアを閉め、アイに椅子を(すす)めた。そして、自らは、ベッドに腰かけた。

 「・・・・・・」

 暫く、アイは黙って床を見ていたが、ダイチの瞳を真っすぐに見た。

 「ダイチ様、私は楽園に帰ろうと思います」

 「・・・・ここでの暮らしは、嫌なのか」

 「大好きです。ここの皆様は、私を人として尊重してくださいます。そして、私は自分自身を愛しても良いと考えられる様になり、心が救われました。ここで暮らせるものなら、暮らしていきたいです」

 「では、なぜ楽園へ帰ると?」

 「楽園のリーダーのメグ様は、私にとっては母親同然です。そして、楽園で暮らす皆は、私にとっては家族です。だから、私が、守護者として楽園を守っていかなければならないのです」

 「アイは、いつも自分の事は、後回しだな」

 「それは、違います。これは、私の我儘(わがまま)です。私にとって、大事な事を優先しているだけです」

 「楽園を守護する事、それが、アイの幸せ、自己実現なのか」

 「・・・・分かりません。でも、楽園で暮らす皆の幸せのためになると信じます。そこには、生きがいを感じます」

 「楽園に暮らすメグ様や皆も、真にそう願うのか」

 「・・・・・・・・」

 「アイには・・・アイこそは、幸せを見つけてほしい。自分の心に正直であってほしい。俺は、そう願う」

 「・・・・・・・・」

 「いつ、ここを出発するつもりだ」

 「明日の朝、()とうと思います」

 「分かった」

 「・・・ダイチ様は・・・・ダイチ様は、反対なさらないのですか」

 「アイの決めた事だ。俺が無理に止めれば、後悔(こうかい)が残るだろう。・・・アイには、迷いがあるのか」

 アイは、悲しみを隠すように、瞳を床に向けた。

 「・・・・・・」

 アイは、椅子から立ち上がり、ドアに向かう。

 「アイ、明日の朝、俺も一緒に楽園へ向かう」

 アイは、振り向く。

 「・・・え・・・なぜ、ですか」

 「俺は、楽園のメグ様とその他の皆と、アイの幸せについて話し合いたい」

 「でも、これは・・・私の意志の問題です」

 ダイチは、ベッドから立ち上がる。

 「それから、楽園で我儘(わがまま)な1人の女性を()()せ、連れ戻して来る」

 「ダイチ様・・・何を言っているのですか」

 「俺は、これからも、毎日何度でも、アイと呼びたい」

 「・・・・・・ダイチ様」

アイの無色透明の瞳から、綺麗(きれい)な涙が(ほお)を伝う。

 「俺は、アイと共に生きていきたい」

 「ダイチ様」

アイの心は解き放たれ、疾風(しっぷう)(ごと)くダイチの胸に飛び込んだ。

 ダイチは、アイをきつく抱きしめる。

 アイはダイチの胸の中で目を(つむ)って言う。

 「ダイチ様、私は、幸せです」

 「俺もだ・・・アイ」

ダイチとアイはゆっくりと視線を合わせる。

 「・・・・・」

 「・・・・・」

 「あのぉ、ダイチさん、いますか。肉を全部食っちまいますよ」

と、ダイチを呼びに来たナナイが、ドアを開けた。

 「え、ダイチさん、アイさん・・・失礼しました」

ナナイは、ドアを勢いよく閉めた。ドタドタと遠ざかる足音が聞こえる。

 ダイチとアイは目を合わせたまま、()き出した。

 「ぷっ、あははははは」

 「くっ、くっ・・うふふふ、はははは」

 「皆も心配している。アイ、肉を食べに行こう」

 「はい、家族の皆と一緒に食事をしましょう」

 『ダイチ、おめでとう』

テーブルの上のクローが、ダイチを祝福した。

 「クロー、ありがとう。俺もこの世界に来て、大事な人に(めぐ)り合えた」

 『ダイチの生き方が、そうさせたのであろう』

 「俺は、夢中で生きてきただけだけれどもね」

 『さあ、行け。皆を待たせるな。これからアイは、私と同じく、ダイチのパートナーだな』

 「クローらしい発言だな。あはははは」

 ダイチは、黒いハードカバーの黒の神書クローを抱えると、アイの手を取り中庭に出た。

 中庭の水車小屋の脇には、赤、橙、黄、緑、青、(あい)、紫色の花がいくつも咲いていた。ダイチは、(あざ)やかな世界に目を(うば)われる。

 「この世界は、こんなにも色鮮やかで、美しい世界だったのか」

 「ええ、とても綺麗(きれい)です。異なる色の花が1つ1つ咲き、互いに引き立て合って、豊かな色彩(しきさい)となっていますね」

 小川の脇では、杯を片手に肉を焼き、肉を頬張る仲間たちがいる。

 バーベキューの酒宴には、皆が陽気に話す喧騒(けんそう)と、肉の焼ける匂いが立ち込めていた。

 「俺たちも肉を食べまーす! そこに混ぜて」

 ダイチが、笑顔で叫ぶ。

 ナナイが、こちらを見て、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。ダイチは、ナナイに笑顔を返す。

 左にバイカル、その(となり)にガリム。右に並んだアイが、焼けた肉を盛った皿をダイチに差し出す。ダイチは、アイの皿に焼けた肉と野菜を取り分けた。

 「ありがとうございます」

 「こちらこそ。旨そうだな」

ダイチは、アイに笑顔を返しながら、ほんのり焦げ目の付いている肉をガブっと口一杯に頬張(ほおば)った。

 「アツ、ハフゥ、ハフゥ、美味いー」

アイが目を細めて、ダイチの満足そうな顔を見る。

 ダイチが、アイの無色透明の瞳を見つめる。アイもダイチの瞳を見つめ返した。

 「俺は、この世界で生きぬく事で精一杯だった。余裕がなくなっていた俺の心に、アイは(うるお)いを与えてくれた」

 「私は、ダイチ様やここの皆様から、人の持つ心の強さ、信頼と愛情の尊さを実感することができました」

 ダイチは、アイの手をぎゅっと(にぎ)った。アイも握り返してきた。

 ダイチは、ゆっくりと天を見上る。アイもダイチの視線の先を追う。

 天には、(まぶ)しい陽の光と吸い込まれそうな真っ青な空、白く柔らかそうな2つの雲が高く浮いていた。






                   人




                   終



                 花野井 京(はなのい けい)


                 2024.11.25



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