16 ポポイ防衛線
ポポイの海岸線。
ギギギギギギギーと、けたたましい鳴き声は、夜の海の波音を消していた。そして、麦イナゴの大群が夜空を覆い、星の瞬きも消していた。それは、まるで1匹の黒い魔物の様に上下に、左右に形を変えながら、1つの意思を持った魔物の如く襲い掛かって来た。
「炸裂火炎砲、撃てー」
ドゴォーン。ド、ド、ドゴォーン、120門の炸裂火炎砲が火を噴く。黒い魔物の中で次々に炸裂し、爆風と炎で直径20m超の穴があちこちにできる。黒い魔物は穴だらけになるが、すぐに麦イナゴでその穴は塞がれていく。
「次弾装填急げ」
煙が立ち込める中で装填作業が行われる。
「魔法兵士、撃てー」
ゴォオオオオ、総勢650人の魔法兵士が放った火魔法は炎で直径2mのトンネルをあちこちに開けていく。ハチの巣のようになるが、すぐにその穴は麦イナゴで満たされる。ローデン王国兵の懸命な攻撃でも、麦イナゴの大群は減っている様に感じられない。大きな魔物となって広く長く厚く空を、海を覆い続けていた。
ガァァァァァと、ローデン王国兵の後ろから鳴き声が聞こえた。兵士が振り向くと、それは、東の空から飛んでくる鳥の魔物の群れであった。
「な、なんだー。夜空を覆う程の鳥の魔物の大群だ」
辺りの兵士が、一斉に振り返る。
「西から麦イナゴの大群、東から夜空を覆う鳥の魔物。ダメだ、勝てない」
兵士たちに動揺が走る。
屈強な兵士たちでさえ、耳を覆いたくなる様な麦イナゴと鳥の魔物たちの鳴き声が鼓膜を刺激する。
鳥の魔物の群れは、兵士たちの頭上を通り過ぎると、麦イナゴの大群めがけ襲いかかった。3mのコウモリに似た魔物が、右へ左へと旋回しながら口一杯にくわえ、飲み込んでいく。4mを超えるハゲワシに似た魔物が、次々と麦イナゴを捕食する。首の2つある真っ赤な鳥の魔物が、麦イナゴの大群を追いかけ回す。
イワシの大群を何匹ものイルカが追うように、鳥の魔物たちは逃げる麦イナゴの大群を次々に追い立てる。麦イナゴを鳥の魔物の大群が一方的に捕食しているのだ。
鳥の魔物たちが、縦横無尽に滑空と飛翔を繰り返し、麦イナゴの大群は明らかに数を減らし薄くなっていった。
「麦イナゴが赤黒く変色すると、鳥の魔物を呼びやすくなると聞いたことがある」
「いいぞ。そのまま麦イナゴを食っちまえー」
兵士たちの動揺は、歓声に変わった。
しかし、それも束の間だった。麦イナゴを捕食していた鳥の魔物は所詮魔物である。魔物の殺戮本能を剥き出しにして、ローデン王国兵にも次々を襲いかかって来た。
兵士たちは槍や剣で応戦する。麦イナゴの大群と兵士と鳥の魔物の三つ巴の激戦となった。
動揺する兵士たちに、メルファーレン辺境伯の檄と指示を飛ばす。
「諸君らは、誇り高きローデン王国兵である。
国王陛下のため、己の子ども、妻、親、友のために命をかけるのは、今、この時ぞ!
炸裂火炎砲と魔法兵士は麦イナゴを、他の兵はその援護と、鳥の魔物を狙え」
メルファーレン辺境伯は、副官のロイ・ボンドに命じる。
「ロイ。我がガイゼル歩兵1000、騎兵200を率いて、ポポイ住民の警護に当たれ」
メルファーレン辺境伯の脇で奮戦していたロイが答える。
「メルファーレン辺境伯様、それは、我が隊の炸裂火炎砲隊及び魔法兵士以外、ほぼ全ての兵となります。メルファーレン様をお守りする兵がおりません」
「ロイ、民を守らずして何を守る。ここで戦っている兵も、己が家族のために命を賭けているのだぞ」
メルファーレン辺境伯は、鳥の魔物を黒の双槍一文字で両断しながら言った。
「はっ。メルファーレン辺境伯の元に騎兵を10騎だけ残します」
「好きにせい」
ロイは踵を返し、ガイゼル兵の各隊に伝令を飛ばした。
メルファーレン辺境伯は、黒の双槍一文字で魔物を突く、払う、切るを繰り返していた。
火喰鳥と鷹の双頭で、四つの翼を持つ体長3mのシャープネイルホークが、その長く鋭い爪でメルファーレン辺境伯を背後から急襲して来た。
メルファーレン辺境伯は正面のブラッディーガーゴイルを黒の双槍一文字で一突きし、抜く槍で、振り向きざまに背後に迫るシャープネイルホークを斬りつけた。シャープネイルホークは、脚の付け根から首元にかけて両断された。
メルファーレン辺境伯は、黒の双槍一文字を受け取った時のダイチとのやり取りが脳裏を過った。
* * * * * * * * * * * *
「メルファーレン辺境伯様は突撃すると、まず初めに、右腕に持った槍でオークの胸を突きました。その槍を抜きながら横に払い、背後の2匹目のオークの喉を切りつけました。そのオークは喉を切られて絶命しました」
「それで」
「恐れながら申し上げます。2匹目のオークは、首をはねるおつもりで槍を払ったと愚考しました」
ビュッと槍が振られて、ダイチの鼻先で止まった。
「お前は、私がオークの首をはねるつもりで、はねられなかったと言うのか」
「はい、恐れながら」
「俺が望む槍は、自由自在だ。突く、斬る、払う、叩く、受けるが思い通りに出来る槍だ。この穂先の僅かな丸みで、それができるという事なのだな」
「はい」
* * * * * * * * * * * *
「・・・・大剣の槍」
メルファーレン辺境伯は、黒の双槍一文字の穂に一瞬だけ目をやった。僅かだが口元に笑みがこぼれていた。
各家に隠れていたポポイの住民を、鳥の魔物たちが襲い始めた。戸や窓に木材や家具などで補強はしているものの、魔物たちの襲撃で破られていく。
ガシャーン
ガーゴイルは窓を破り、家の中に首を入れて、グギャァァァーと叫ぶ。
「うあー。助けてくれ」
「おとうさん、怖いよ」
などと、あちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。
ガーゴイルの脇腹を槍が突いた。ガーゴイルは、悲鳴を上げて窓から頭を引き抜く。続けざまに、何本もの槍がガーゴイルの体に突き刺さる。
メルファーレン辺境伯の命により、副官ロイ率いるガイゼル兵が、住民を救うために町へ駆け付けて来たのだ。
ガイゼル兵は、強かった。国境警備を兼ねる都市タフロンの領主メルファーレン辺境伯に鍛えられ、魔物との戦闘経験も豊富だったのだ。
「住民全ての命を守れ。各小隊は連携を密にしろ」
ロイが叫んだ。
ロイは、ガイゼル兵1200を120小隊に分けて、町中の魔物たちを殲滅していく。騎馬隊は小部隊を編成し、その機動力を生かして広範囲をカバーしていた。
麦イナゴの大群である黒い魔物は西の海から数限りなく押し寄せて来る。鳥の魔物たちも、夜空を縦横無尽に飛行し続けている。
体長4mのハゲワシに似た魔物が、鋭い嘴で兵士の胸を鎧ごと串刺しにする。兵士の頭を鷲掴みしたまま、麦イナゴを捕食する魔物もいる。
三つ巴の混戦の中、奮闘するローデン王国の兵たちではあったが、体力が限界に達しようとしていた。
カミューとダイチ、アイは、ポポイの町に迫っていた。途中で遭遇した麦イナゴは、神龍の咆哮と風魔法で西へと押し戻しながら進んで来ていた。
「風魔法と言いましたが、台風のような強風と勢力範囲なのですね」
『言ったであろう。今の龍神白石には干支祭での民の願いと祈りが宿っておる。それが我の力を無限のものとする・・・あれが、この国の西端ポポイの町だ』
「海岸線で・・・黒い魔物と鳥の魔物、人間たちが戦っています」
アイが、前方を見て叫んだ。
ダイチが体を前に出して、覗き込むと黒い魔物といくつもの炎、兵、鳥の魔物が見える。
「ローデン王国兵が、魔物と戦っている。急いでください。それからローデン王国兵には被害がでないようにお願いします」
『分かっておる。では、行くぞ』
天と大地が、カミューの持つ龍神白石の光で照らされていく。ローデン王国兵たちは、戦いの中でも、その強烈な光に目を引き付けられた。
「何が起こっているんだ。夜の闇を光が照らしていくぞ」
グオォォォォォー、神龍の咆哮で、麦イナゴと鳥の魔物の動きが止まった。落下する魔物もいる。ローデン王国兵たちも呼吸すら止まっているかのように身動き1つできない。
ゴォーー、ビューンと、東から西の海へと風が唸りをあげて突き抜けた。まさに台風並みの勢力範囲を持つ暴風が、ローデン王国西海岸全てを巻き込んだ。馬はいななき、倒れ、騎士たちは落馬する、兵士も海まで飛ばされる。鳥の魔物も麦イナゴの群れも、西の沖まで錐揉み状態で吹き飛んで行く。
「ローデン王国兵も吹き飛んでいますよ。やり過ぎでは」
『心配ない。風の本流は空中だ。陸地は余波だ』
海に飛ばされた兵士たちが、よろよろと起き上がると、膝位までの水深だった。
カミューが叫ぶ。
『ローデンの民たちよ。陸に上がれ』
兵士たちは、夜空を見上げた。この声の主が、カミューであると分かると、手を合わせて拝んだ。そして、海岸線から陸地へ向かって駆け出した。負傷した兵を支えながら陸地へ移動する兵もいる。
ゴゴゴゴゴゴォー、ビユーーンと、再び風が唸りをあげて東から西の海へと突き抜けた。魔物たちは、更に沖に吹き飛ばされて行く。
メルファーレン辺境伯は、いななく馬の手綱を締めて馬をコントロールしていた。馬上から白く照らす光に目を向ける。
「カミュー様が、ローデン王国の民を助けに来てくださったのか」
カミューを見上げそう呟くと、カミューの頭に人が2人乗っている事に気づいた。一瞬、横顔が見えた。
見覚えのある顔だった。
「まさか・・・」
麦イナゴと鳥の魔物らは、沖に押し戻されて行った。海面に落ちて既に息絶えた魔物もいる。しかし、水平線を覆う黒い魔物は、圧倒的なその数で、ポポイの海岸に向かって来る。
『神龍の息吹だ。ダイチ見ておれ』
「海に向かってなら、思いっきり撃てますね」
ダイチの言葉が終わらないうちに、神龍はローデン王国の南岸に到着しようとしている麦イナゴの黒い大群めがけ、
ピッ
南の地平線の彼方まで、輝く白い閃光が煌めいた。
ドゴゴゴゴゴゴゴーッ
と、大気を裂く衝撃波と轟音が遅れて届いた。
南の麦イナゴの黒い大群に極太のトンネルを開けていた。そのトンネルの先には星が瞬いていた。
「地平線を越えて夜空まで突き抜けた」
ダイチもアイもその凄まじい威力を目の当たりにして、呆気にとられていた。
『まあまあだな』
海岸から避難した兵士たちは、衝撃波と轟音に耐えながら、
「黒い魔物が、一瞬で消えた」
「町を飲み込むほどの大穴が開いたぞ」
「カミュー様の御業だ」
「カミュー様、万歳」
と、歓喜の声が響く。
カミューは、再び南の地平線へ神龍の息吹を撃った。
輝く白い閃光で、黒い魔物を塗りつぶすかのように南から西へ神龍の息吹を撃ち続けた。凄まじい衝撃波と轟音の後には、南から西へと星の瞬きが広がっていた。
更に、西の水平線から北の地平線へ輝く白い閃光が走る。黒い魔物はそのほとんどを失った。
「カミュー様、今、ポポイの町中で、兵士が鳥の魔物と戦っています。住民たちが心配です。俺をここで下してください」
『我は、麦イナゴの殲滅に少々時間がかかる。ダイチ1人で大丈夫か』
「私もお供します」
「アイ、ありがとう。今の俺たちの掌は、まだまだ小さいが、この掌でも救える命は1つでも多く救いたい」
『分かった。ここで降ろそう。ダイチとアイには、神龍の加護をつけておこう』
カミューは急降下を始め、ダイチたちを町並みと海岸線の間に降ろした。
ダイチとアイは、既にポポイの町へ駆け出していた。カミューは、走るダイチとアイの背中を見る眼が一瞬光った。そして、ポポイの夜空に再び舞い上がった。
「ダイチ様、今、私たちに何かの力が付与されました」
「え・・・何も感じなかったが・・・」
「これは、神龍の加護なのでしょうか」
「良い効果なら何でも結構。さあ、住民を助けるぞ」
「はい」
ダイチたちが住居の立ち並ぶ町中に到着すると、複数の兵士で1匹の魔物に槍や剣、弓などで交戦していた。
ダイチは、黒の双槍十文字を握る手に力が入った。アイもミスリル製の剣を右手で抜いた。
近くの家から悲鳴が聞こえた。ダイチたちが駆け寄り、破られた家の窓から中を覗くと、2m位の鳥の魔物が翼と嘴を広げ、家族4人を威嚇している。
ビーチボール
「エクスティンクション」
鳥の魔物の首から上が消滅した。
泣き叫ぶ子供とその両親に、窓の外から、
「もう大丈夫。お父さん、戸締りをお願いします」
そう叫ぶと、走り去って行った。
近くでまた悲鳴が聞こえた。ダイチたちは、その家に飛び込むと、鳥の魔物が前足で男性を掴んでいた。その脇で女性と子供たちが泣き叫んでいる。
アイの剣が、ランプの光に煌めいた。魔物の足が切断されて、掴まれた男性もろとも床に落ちた。
鳥の魔物は苦痛の叫びを上げながら大きな翼をばたつかせている。ダイチは黒の双槍十文字でその鳥の胸を一突きした。
男性は、左腕が折れてはいたが命に別状はないようだった。
「うう、ありがとう・・助かった」
子どもたちは、母親の胸で泣き叫んでいた。アイは屈み、女性と泣く子どもたちを落ち着かせようと、ゆっくりとした口調で話しかけていた。
「もう、大丈夫。戸締りを」
そう言うと、ダイチは駆け出た。アイも後を追った。
グギャァァと、凄まじい雄叫びが夜空に響いた。ダイチたちは、この雄叫びを目指す。
「何だあれは・・・ド、ドラゴン」
2軒の家の屋根に両足を広げ、グリーンドラゴンが立っていた。
グリーンドラゴンは、体長10m超、3階建のビルのような巨体だった。全身がダークグリーンで、頭部に2本の角、背には大きな翼を持っていた。
その周りを幾重にも囲む兵士たちが目に留まった。騎兵を含め、兵士は2, 30名いるだろうか、矢を撃ち、槍を投げ付けている。
グリーンドラゴンの尻尾の1振りで兵士数名が吹っ飛ぶ。口から炎を撒き散らし、周辺の家屋の屋根が燃え始めた。
グリーンドラゴンの姿も、それを囲む兵士たちの顔も体も炎に照らされて、淡い橙色に揺れている。ぎょろりと光る兵士たちの眼が、必死の形相となって浮かび上がっていた。
ダイチは、ドラゴンの頭にエクスティンクションの狙いを付けようとするが、長い首から伸びる頭は、大きく上下動して狙いが定まらない。胸に狙いを付け直すと、バタバタバとダイチの頭上で音がした。
身を屈めながら夜空を見上げると、体長3mはある双頭の鷲が、両足の鋭い爪でダイチを鷲掴みにしようと降下してきた。
サッカーボール
「エクスティンクション」
双頭の鷲の胸の内部1点にダークエネルギーを召喚する。
反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、効果範囲をイメージしたサッカーボールの直径およそ20㎝の球にまで膨れ上がると、瞬時に双頭の鷲の胸内部1点へ向かって収縮した。
効果範囲内のものは全て消滅した。
9
ダイチとアイは、グリーンドラゴンの下へ走る。
8
グリーンドラゴンの立つ屋根に上がっている兵士が大剣を振るう。
7
その大剣が、グリーンドラゴンの下腹に当たるが、掠り傷も付けられずに弾かれた。
6
グリーンドラゴンの口が開き、喉元が光る。
5
「ドラゴンブレスだ。逃げろ」
と兵士たちが叫ぶ。
4
眩い閃光が一直線に伸びる。
3
ドラゴンブレスの軌跡には、今までそこにいたはずの兵士や、炎に包まれていた家屋が消えていた。
グリーンドラゴンは、1つ羽ばたくと、屋根から地上へと舞い降りた。
2
グリーンドラゴンは口を開き、鋭い牙で対峙する騎兵1名を噛み砕こうとする。
騎兵は、馬上で身を屈め、槍で目を突いた。
1
ググアァァァと悲鳴が響く。グリーンドラゴンの左目から血が流れ落ちる。
0
グリーンドラゴンは、その騎兵めがけて長い尻尾を振り回した。
ゾーブ
「エクスティンクション」
グリーンドラゴンの胸内部1点にダークエネルギーを召喚する。
反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、効果範囲をイメージしたゾーブの直径およそ3mの球にまで膨れ上がると、瞬時に胸内部1点へ向かって収縮した。効果範囲内のものは全て消滅した。
グリーンドラゴンは頭部から腹部が球状に消失していた。やがて、崩れるようにして倒れた。
グリーンドラゴンと対峙していた騎兵は、視線をダイチへと移した。
「お、お前は鍛冶職人のダイチ・・・」
「あ、メルファーレン辺境伯様の副官、ロイさんですね」
「危ないところだった。礼を言う。しかし、今のは、ダイチがやったのか・・・あのグリーンドラゴンを一撃で・・」
「ご無事で何よりです。先ずは、住民の安全を」
「・・・むう、そうであったな」
ロイは馬首を返すと、兵に負傷兵への手当てを指示し、残りの兵を引き連れて駆け出して行った。
「ロイさんに見られてしまったか」
「ロイさんは、メルファーレン辺境伯様の信頼が厚いお方です。心配はご無用です」
「そうだな」
ダイチは深く息を吐いた。
遠くで人の悲鳴が聞こえた。ダイチたちは、その方角へ駆けだした。
頭上からバサッ、バサッとゆっくりとした羽音が聴こえた。ダイチたちが、見上げるとグリーンドラゴンが飛び去って行く。
「もう1匹ドラゴンがいたのか」
「何匹いても不思議はありません。ここは、飛行する魔物が、集結している場所です」
「確かにそうだな」
ダイチたちは、グリーンドラゴンが飛び去った方角へ駆けだした。
グリーンドラゴンは、町の広場に降り立った。
尻尾を振り回して、広場にあった屋台や荷車を吹き飛ばす。雄叫びを上げながら口から炎を吐く。周辺の屋台や荷車が炎に包まれる。
ダイチたちの走っていた道は、横倒しで燃えている屋台に塞がれていた。ダイチには、燃える屋台と巻き上がる炎が邪魔になり、グリーンドラゴンを視界に捉える事はできなかった。
雄叫びと破壊音だけが、広場に響いてきた。
ゾーブ
「エクスティンクション」
燃える屋台が消失した。
9
ダイチたちは、グリーンドラゴンを目指して走る。
8
グリーンドラゴンは、口から炎を撒き散らしている。
7
ダイチは、黒の双槍十文字を構えてグリーンドラゴンの左足を横に払う。
アイの剣が、右腿を下から斬り上げる。
6
グリーンドラゴンは、左足に一直線の筋がつく。
右腿から腹部に剣先が走るが、鱗に傷をつけた程度となる。
5
グリーンドラゴンの左足からは鮮血が飛び散る。
グリーンドラゴンは、苦痛の叫びを上げながらダイチを睨む。開けた口の喉元が光る。
「ド、ドラゴンブレスだ」
ダイチが、悲鳴のような声で叫ぶ。
アイは、グリーンドラゴンの喉元へ剣を投げる。
4
ダイチは、更に左足を黒の双槍十文字で撫で斬る。
アイの剣が、グリーンドラゴンの喉元に刺さるが、剣は揺れながら抜け落ちる。
アイの投げた剣の一刺しで、ドラゴンブレスが止まる。
3
ダイチの一撃で、グリーンドラゴンの左足が切断される。
アイは、落ちた剣を拾う。
グリーンドラゴンは、凄まじい悲鳴を上げる。
2
グリーンドラゴンは、悲鳴を上げたまま、片足と尻尾で踏ん張る。
1
グリーンドラゴンは、ダイチを見下ろし、口から炎を吐く。
0
「避けきれない」
ダイチは、至近距離から炎の直撃を受ける。
「うあー」
「ダイチ様!」
ダイチは、炎の熱風と圧力に巻き込まれ吹き飛ばされ、石畳を勢いよく転がる。
左足を失ったグリーンドラゴンは、バランスを崩しその場に倒れる。
「よくもダイチ様を!」
アイは横たわるグリーンドラゴンの目を剣で突いた。剣は目玉を貫通した。
苦痛の声を上げたグリーンドラゴンは、尻尾でアイを殴り飛ばした。アイは、剣でこれを防ぐが、剣は飛ばされ、アイの体は石畳を転がり、荷車に背を打ちつけて止まった。
腹這いになったアイが、顔を上げてダイチの身を案じる。
「う、う・・・ダイチ様」
石畳で横たわるダイチが、声を上げてじたばた体を動かしている。
「ぐぁー、熱い・・・ん、んん? 熱は感じたが、感じた程度だ。しかも、俺は燃えていない。なぜだ・・・」
ダイチの体も服も燃えずに残っていた。
グリーンドラゴンは、苦痛の叫びを上げながら体を起こすと、翼を広げた。開けた口の喉元が光る。
ダイチの全身にゾッと寒気が走る。
「ド、ドラゴンブレスだ」
ドラゴンブレスを察したアイは立ち上がり、標的となっているダイチの下に走り出す。
ゾーブ
「エクスティンクション」
グリーンドラゴンの頭部は消失した。
グリーンドラゴンは首から上を失い、ドドーンと音をたて広場の石畳に倒れた。
アイは、ダイチに抱き着いて、身を盾としていた。
「・・・アイ、ありがとう」
「・・・・・」
その言葉に、アイは、瞑った両目をゆっくりと開き、ダイチの瞳を見つめた。そして、視線を恐る恐る背後に移すと、首から上を失い横たわるグリーンドラゴンを目で捉えた。
「・・・グリーンドラゴンを倒したのですね。良かったー」
アイは、深い息を吐いた。
「アイが、エクスティンクションのリキャスト9秒間を繋いでいてくれたからだよ」
「・・・ダイチ様のお役に立てて、とても嬉しいです。痛っ・・・」
アイは、脇腹を抑えたまま微笑んだ。
ポポイの海岸線。
僅かに残った麦イナゴが沖で集まり、黒い魔物がまた生まれ始めているが、その規模は先程と比べても遥かに小さい。
『最後の仕上げだ』
カミューは、宙を泳ぐように、沖に集結している麦イナゴへと向かう。
カミューの左手が、ピクリと動いた。
ピカッ ピカッ、バリバリバリ バリバリバリ、ドゴゴゴーーーーンと、天から水面まで無数の閃光が走る。カミューの雷魔法だった。
天から海面に向けて、竜巻が伸びてくる。それが海面に達すると海水を巻き込み、水竜巻となった。海面が激しく波打つ。水の竜巻はまるで盤上で回る独楽のように揺れながら、くねり踊り移動する。
空中にいる黒い魔物と鳥の魔物を巻き込み更に大きくなっていく。
龍神白石に照らされた海面からは、水竜巻が何本も立ち上がっているのが見える。それは海面を右に左にと不規則に荒れ狂い、海面は巨大なうねりで上下に動いていた。海上は暴風と雷、水竜巻で猛り狂った。
兵士たちは、この神の怒りとも思える天変地異に、跪き祈りを捧げながら見守っていた。
「これは、天変地異の災害以上だ」
メルファーレン辺境伯はそう呟くと、兵士たちに向かって、
「カミュー様は、我らにお力をお貸しくださった。カミュー様の加護と共に戦え。空を見ろ。まだ僅かだが鳥の魔物がいるぞ。我らの力で打ち払う。いくぞ!」
と、兵士たちに檄を飛ばす。
「「「「おぉー!」」」」
兵士たちもこれに応じる。
僅かに残った鳥の魔物の掃討戦が始まった。
「炸裂火炎砲、撃てー」
数時間後には、穏やかな夜の海に戻っていた。
ザザーッ、バシャ、ザザーッ、バシャ
と、寄せては返す波の音が静かに響く。
海岸は打ち上げられた麦イナゴと鳥の魔物の死骸で覆われていた。死骸は、海面にも波に揺れながら漂っていた。
「ハア、ハア・・・魔物はどこだ」
「残った魔物を殲滅しろ・・・ハア、ハア、」
兵士たちは、剣を構え、殺気を放ちながら口々に呟く。
メルファーレン辺境伯は、兵士たちに語り掛ける。
「兵士達よ! 周りを見ろ。
魔物はもういない。深く息を吐け!」
兵士たちは、息を吐くと、深く息を吸い込んだ。そして、呼吸を思い出したかの様に肩で息をし始め
た。
メルファーレン辺境伯は、勝どきを上げる。
「ローデン王国の勇敢なる兵士達よ。皆の勇気は祖国、子ども、妻、親、友を守った。
この功は、この国で永遠に語り継がれるであろう。
カミュー様のご加護は、命を賭して戦った皆の強い心があったからだ。
我らの勝利だ。国王陛下に、この勝利を捧げよー!」
「おおぉー!!」
ポポイの町が震動した。兵士たちの歓喜の叫び声が、波の音を消した。
住民も兵士のその歓声を聞き、海岸線に1人2人と集まり始め、勝利を確信して安堵の声を上げた。やがて、ポポイの町は、勝利を喜ぶ笑顔と歓声に溢れた。
ポポイの住民が、兵士に駆け寄り、
「ありがとうございました。私の家族もこの町も救われました」
「勇気ある兵士の皆さんのお陰です」
「このポポイの住民は、貴方たちの命を賭けた戦いを決して忘れません」
と、口々に述べると、剣を持つ兵士や傷を負った兵士たちは、優しい眼に戻りゆっくりと口を開く。
「あぁ・・・無事で何よりだ」
「俺の子供の命も守ることができた」
「俺も、共に戦った兵士たちを誇りに思う」
ポポイの住民は、ローデン王国の兵たちの傷の手当てを始めた。何よりも、住民の感謝の心が、言葉が、兵士の心と体を優しく癒していった。
ダイチとアイは、ポポイの町の家の外壁に背をもたれかけて座っていた。その表情には疲労がにじみ出ていたが、瞳からは安堵と充実感が窺えた。
「ありがとうございました。先ほど助けていただいた者です」
ダイチは顔を上げると、そこには、家族が笑顔でダイチを見ていた。女の子と男の子が持っていた水を、ダイチとアイにそっと渡す。
「お兄ちゃん、お姉さんありがとう」
ダイチは、水を一口飲む。
「ふー、美味い。ありがとう」
「ありがとう・・・私の無色透明の瞳が怖くないの」
「お姉さんの瞳は、とても綺麗です。お父さんや私たちを守ってくれたお姉さんを忘れません」
女の子は、満面の笑みを浮かべた。
子どもたちに寄り添う父親が口を開く。
「瞳が怖くないか・・・とんでもありません。私たち家族は、お2人に命を救われました。貴方達がいてくれたお陰です」
母親は跪き、アイの手を握り、無色透明の瞳を見つめる。
「私は、その慈愛に満ちた瞳を、生涯忘れません。貴方にも幸多からんことをお祈りします」
無色透明の瞳から、とめどもなく溢れてくる涙が、頬を伝っては落ちる。
「ありがとう。今の言葉で・・・私は、救われました」
アイの手に、ダイチの手が重なる。
その家族は、笑みを浮かべながら自宅へと帰って行った。親子4人の幸せそうな後ろ姿が印象的であった。
「・・・この無色透明の瞳を持つルカの民は、魔族の祖。そんな私にも、ダイチ様たちは、差別をせず、優しさと居場所を与えてくださいました。・・・・それでも・・・私は、ルカの民である自分を愛せませんでした・・・私自身が、心の中でルカの民を、ルカの民の自分を、蔑んでいました・・・自分自身にかけた呪いでした」
ダイチの手が、アイの手をきつく握る。
「・・・差別をする者は、・・・魔物よりも醜悪で、罪深い。差別を受ける者の心を、この様に追い詰めてしまうとは・・・アイが負った心の傷の、その深さに気づかずにすまなかった」
「いいえ、私はダイチ様たちに救われました。生きていて楽しいと思えました。それでも、心の奥に蔓延る闇、自己の存在を否定する自身の呪いを追い払うことはできませんでした。
私の場合は、自らの行動で自己の存在意義を実感していく必要があったのかもしれません」
ダイチの瞳が、無色透明の瞳を優しく包む。
「アイという存在が、多くの人々の命を救った。さき程の家族の命も未来へと繋いだ」
「・・・とても嬉しいです」
「アイの行動が、飢饉を未然に防ぎ、更に多くの命を救う事に繋がった」
「・・・・・・ダイチ様・・・」
アイは、視線を落とし1点を見つめた。アイの唇が僅かに動いた。
「・・・・・・・」
アイは、言葉を飲み込んだ。
ダイチは、アイの横顔をただ黙って見つめている。
「・・・・・・・・・・ダイチ様・・・・。」
「・・・・・・・・ダイチ様・・・・・・・・。」
アイは、無色透明の瞳でダイチの瞳を真っすぐに見つめる。
「・・・・・・私は・・・自分自身を愛しても良いのですか」
ダイチは、穏やかな笑顔で答える。
「当然だ。アイは、かけがえのない存在だ・・・私は、アイを愛している」
「・・・ダイチ様・・・う、う・・うぇ、ふぇ・・うぁー」
アイは、ダイチの胸に顔を埋め、堰を切った様に泣いた。
人目を憚らず、子どもの様に声を上げて泣いた。それは、まるで心の奥に蔓延る闇、自分の存在を否定する心を洗い流しているかの様でもあった。
ダイチは、アイをきつく抱きしめると、ポンポンとアイの背中を何度も優しく叩いた。
夜も静かに更けていった。
ダイチが夜空を見上げると、東へ向かってカミューが飛んで行くのが見えた。ダイチはお礼を言わなければと、腰を上げて後を追った。
星の瞬きと半月の月明かりの中で、ダイチとアイ、カミューは、草原に立っていた。
カミューは、体長が4m程度に縮んでいた。
「カミュー様、ありがとうございました」
『ダイチ、神龍の加護は役立ったか』
「加護って、グリーンドラゴンの炎の直撃から守ってくれた不思議な力の事ですか」
『良く分からんが、多分そうだ。我の加護は、奴の炎の直撃程度では、びくともせん』
「ありがとうございました。命拾いしました。ところで、カミュー様こそ大丈夫ですか。随分と体が小さくなっていますが」
『この龍神白石に宿った民の願いと祈りの力を使い果たしたのだ』
カミューの握る龍神白石は、仄かな光となっていた。
「カミュー様のお力によって、このローデン王国は、飢饉から救われました」
『我も神龍の務めを果たせて、何よりだ。ダイチとアイが、命を賭して、神龍の住む岩屋に龍神白石を届けたからこそだ』
ダイチは、アイテムケンテイナーからクローを取り出した。
「カミュー様、紹介します。俺のパートナーの黒の神書クローです。カミュー様の住む洞窟まで辿りつけたのは、このクローの協力があったお陰なのです」
カミューは、黒の神書カミューを黙って注視していた。
『なるほど、それで合点がいった。ダイチよ、神獣黒の神書を召喚していたのか』
「神獣黒の神書を召喚? 俺は別の世界からパラレルを越えて、この世界に来たのですが、その時には、もうクローは一緒でした。召喚などした覚えはありません」
『ダイチは、召喚術士だ。身に覚えがなくとも、黒の神書を召喚した事は事実だ』
「俺が、召喚術士としてクローを召喚していた・・・」
『ダイチよ、其方は、まだ召喚術士の力を十分に理解しておらぬようだな。もし、我の力が必要な時には、我を召喚するが良い』
「カミュー様を召喚ですって・・・」
『カミューの洞窟で、我からダイチに贈り物をしたであろう。そして、それをダイチは受け取った。召喚術士と召喚神獣との久遠の契約はなった』
「え、いきなり久遠の契約って・・・何ですか、それは・・・」
『まあ、それは良い・・・我に乗れ。ドリアドまで送るとしよう』
アイは、ダイチとカミューの会話を黙って聞いていたが、ダイチにそっと耳打ちする。
「カミュー様は、ダイチ様に召喚してほしいのかもしれませんね」
「え」
ダイチとアイは、4mの神龍に跨り半月が浮かぶ夜空を、東のドリアドへと飛んで行った。




