15 黒い魔物の正体
ダイチがまだ時間経過が異なるカミューの洞窟にいた7月8日。
バルが放した伝書鳩が、ドリアドにいるバイカルの元に帰ってきた。
「父さん、今、鳩が帰ってきたよ」
ペーターが、鍛冶屋の奥の部屋でガリムと話をしていたバイカルの元へ走り込んで来た。
「分かった。鳩小屋にすぐに行く」
バイカルは伝文を読み、ガリムに見せる。
「やはり、ゴスモーザン帝国のことは噂ではなく本当に起こっていた事の様だな」
「ああ、バルが本人に確かめたのじゃから間違いないのぉ」
「バルは、そのまま船でゴスモーザン帝国近海まで行って確かめると。ゴスモーザン帝国のことは事実だったと、カリスローズ侯爵様に伝えて有事に備えてもらう。ローデン国王への報告や各領主たちへの連絡も滞りなくしてくれるはずだ。それにいざという時には、隣国から食料調達などもできるかもしれんしな」
「儂らは、バルから次の情報を待とう。今、儂らに出来ることは他にはない」
「飢饉が現実に起こる事や、黒い魔物がその原因になるという事は、まだ決まってはいないが、この街の代表にだけは話しておこう。俺たちも黒い魔物と戦う準備はしておこう」
ゴスモーザン帝国近海へ向かうバルを乗せた船。
「グゲーッ、船酔いは辛いな、ウプゥ」
「この程度の揺れで船酔いたぁ。軟弱者だな。今日の夕刻には、ゴスモーザン帝国近海に着く。儂がおよそ50年前に見た時には、普段はたくさんいるゴスモーザン帝国の漁船が1艘もいなかった。今日の夕方になっても、ゴスモーザン帝国の漁船を見かけなければ、要注意だな」
「バル、飯は食える時に食っとけよ」
ムネキが舵を握り、干した魚を口に頬張りながらバルに勧める。
「食えん。胃から出すこともできん。俺は、波の音より、カンカンと鳴り響く鍛冶の音を聞きたい」
船は、風に乗り正に順風満帆だった。
太陽が夕日へと変わり始めた頃。
バルを乗せた漁船は、西のゴスモーザン帝国近海に迫っていた。まだ西には水平線が見えているが、もう少し進めば地平線が見える距離となっていた。
もう、ゴスモーザン帝国の漁船に出会ってもよい場所であったが、漁船を見かけなかった。
「これは、何かありそうじゃわい。50年前とよう似ておる」
「爺ちゃん、俺も変だと思っていたところだ。いくら何でも船が1艘も見当たらないっておかしいぜ」
バルは船酔いでふらふらしながら船のヘリにつかまり、西に沈む夕日を眺めている。
「あぁ、気分が悪い、飯もろくに喉を通らん。ん・・あ、何だ」
夕日の下の水平線が、僅かに厚みを持っている様に見える。
「おい、ジバイさん、夕日の方向に何か見える」
バルが夕日を指さす。
「何じゃ、夕日に目がくらんだか。ん・・あ、あれは、あれは黒い魔物じゃ」
「じいちゃん、黒い魔物が来るのか」
ムネキは、夕日を手で遮りながら西の空を見た。まだ水平線が太く感じる程だが、大きな黒い物が飛んでいるのが分かった。
「あれが空を覆う黒い魔物か」
「ああ、そうじゃ、奴は東に向かって来ている。東のポポイ、いやローデン王国に来るぞ」
ムネキは、慌てて舵を切って、帆を操作し始めた。
「このままポポイに帰るぞ」
「儂らも東へ逃げるぞい」
バルは、水平線に広がる黒い魔物が東のローデン王国に向かっている事を紙に走り書きした。日時と現在の位置を添えると、最後の伝書鳩ハヤテの足に括り付け放した。
ハヤテは、すぐに舞い上がり、船の周りを一周する。
「ハヤテ頼むぞー」
バルの声が夕日の海に響く。ハヤテは東を目指し一直線に飛んで行った。
船は向かい風の中をジグザグに進んでいる。順風でゴスモーザン帝国に向かう船足に比べて、かなり速度が落ちていた。
「なあ、もっとスピードがでないのですか。追いつかれる」
バルは、船酔いのことも忘れ、ムネキに言った。
「これが全速だ。この風向きでは、これがやっとだ」
懸命に操船をするムネキが大声で答えた。
ジバイは、夕日が沈みかけている西の海を眺めている。水平線から現れた黒い魔物を見ているのであろう。
「このままじゃ、儂らは追いつかれるのぉ」
「何とかならんのか」
バルも西の水平線を見ながら言った。
「この船足では、どうにもならん」
ジバイの答えに、バルは唇を噛んだ。
「まぁ、儂は、もう十分に生きたし、思い残す事もない。最後は、賑やかに逝こうではないか」
ジバイは、首に下げたほら貝を吹き始めた。
ヴオッホーー! ヴオッホーー
ほら貝の音は、夕日に輝く海に響き渡った。
バルは、本来内気な性格で、人に気を使ってばかりいるが、危機的な状況に追い込まれ、バルのタガが外れた。バルは立ち上がって言う。
「ジバイさん、あんたはもう十分生きたろうが、俺はまだだ。バイカル親方みたいな逸品を、この手で鍛えてみたいんだ。ほら貝のレクイエムは、止めてくれー」
死がすぐそこまで迫って来ているバルは、実現したいと願う自己の欲求を改めて自覚し、それをこの手で成し遂げたいという衝動が、体内を駆け巡っていた。
「ほほほぉ。まだまだ夢も元気もあるのう。若いって良いのう」
ジバイはそう言って笑うと、夜空に浮かぶ半月を眺めてから、またほら貝を鳴らした。
「爺ちゃん、いいぞ。もっと景気よく吹け。がはははぁ」
ムネキがまくし立てた。
「漁師って肝が座っているよな。怖い位だ。まあ、俺に出来る事は無いか」
バルは半分呆れ、半分肝が据わった。
バルは船の甲板にドカンと腰掛けた。その時、バルは船の甲板で赤黒い何かが動いているのを見つけた。10㎝位の小さな生き物だった。
「これって麦イナゴか。眼が真っ赤で、体全体が赤黒い、俺が知っている麦イナゴと色が違うな」
麦イナゴは、魔物である。草食で人を襲うことはなく、子供でも手で捕まえ足で潰す事もできる。
体長は10㎝程度、体色はダークグリーンで焦げ茶色の線が目の下から腹にかけて伸びている。後ろ足は際立って大きい。普段は翅を胸から背の部分に折りたたんでいるが、翅を広げて飛翔することもできる。林や麦畑、トウモロコシ畑でよく見かけ、農家は麦イナゴを害虫として忌み嫌い、駆除の対象としている。
また、ローデン王国では、塩ゆでしてからハチミツ漬けにすると美味となり、広く知られている食用の魔物であった。
「ん、何かが顔に当たった」
ムネキはそう言って、手で顔の辺りを払った。
「じいちゃん、ほら貝を止めて」
ムネキの言葉は、ほら貝の音でジバイには聞こえなかったようなので、バルがジバイの肩を揺すった。
「ジバイさん、一旦止めて」
「何じゃ、良いところなのに」
波の音に混ざり微かだが無数の翅音が聴こえた。暗くなり始めた空でこの船と並走するかのように東へ飛んでいる麦イナゴが見えた。真っ赤な眼と赤黒い体の麦イナゴが、ギギッと、顎を鳴らした。
「ひ、ひょっとして、こ、これが黒い魔物の正体か!」
バルは、空を飛ぶ麦イナゴを見ながらそう叫んだ。
「そ、そうかも知れんのぉ。今、ギギッって鳴いちょった。儂が見たゴスモーザン帝国を覆い尽くす黒い魔物の正体は、麦イナゴの大群だったようじゃ」
「ここは、まだ数が少ない。黒い魔物に見える本隊は、まだ西にいる。きっと麦イナゴの極一部が東へ向かって先に飛んでいたのだろう」
ムネキは空を飛ぶ赤黒い麦イナゴを睨みながら言った。
「とにかく、このことを知らせなくては、あれだけの大群の麦イナゴだ。ローデン王国に飢饉が起こる」
バルには伝書鳩がもう残っていなかった。そのことを悔やんでみても仕方ない。黒い魔物が東に迫っていることだけは伝えられたはずだ。とにかく一刻も早くポポイに、ドリアドのバイカルの元に、魔物の正体を伝えなければならないと考えるだけであった。
ジバイは力強くほら貝を吹き始めた。船の2時の方向に水飛沫が上がった。
「おおぉ、やっと来おった。ムネキ、船を止めろ!」
ジバイは大声で叫んだ。
「何を言っているんだ、じいちゃん。そんなことしたら麦イナゴの大群に追いつかれる」
「いいから止めるのじゃ」
「しょうがねえな」
ムネキは帆を全て降ろした。船はゆっくりと減速していく。
ジバイは、ヴオッホオオオォーと、長くほら貝を吹いた。水面から水の柱が空に向かって立った。30m近い水柱だった。
「海から水柱が出たー」
バルもこれには驚いた。
「じいちゃん、何が起こっているんだ!」
「半月が来たのじゃ」
「半月ってなんだ。じいちゃん」
「半月とは儂の古くからの友の鯨じゃ。半月の前後1週間だけ奴に会える」
既に辺りは暗くなっていたが、海面から出た岩が船に近づいてくるのが分かる。
「半月、久しぶりじゃのー」
ボオオオオオーンと、重低音が響く。海面から出ていた岩がさらに浮き上がる。もはや小さな島のような大きさの鯨だった。バルも海の男のムネキも、この巨大な鯨の出現に圧倒されていた。
「半月も息災そうでなりよりじゃ。1つ頼みを聞いてくれ。この船をポポイまで引っ張ってほしいのじゃ。それも大急ぎで」
ボッ、バッ、ボオオオオオーン
「そうか、ありがとうよ」
ジバイは、ムネキを見て指示をする。
「これを船に結び付けろ、急げ」
「お、おう」
ムネキは、ロープの端を船首にきつく結び付けた。ジバイは、ロープを力一杯海面に投げた。
半月は、海面から水中へ一気に潜った。その時、半月の巨大な尾鰭が、空に浮かぶ半月と重なって見えた。ジャババーンと白波とうねりが船を揺らす。うおおと、バルは船板にしがみついた。
投げたロープの端めがけて、海面を突き抜け巨大な塊が飛び跳ねてきた。半月は口にロープをくわえていた。船首に結び付けていたロープがスルスルと伸び、ピーンと張った。船がバラバラになるかと思う程の衝撃の後、船はグングン加速していった。
「なんて速さだ。信じられん」
船の上で倒れながらも舵を握るムネキが叫ぶ。
「う、馬より速いかもしれない。ジバイさん、ほら貝を吹き続けたのは、ただの余興かと思っていた。すまん」
バルはそう叫ぶと、甲板に這いつくばりながら、船から落とされないよう網を掴んだ。
「ヒャッホォー! 景気づけじゃ!」
船尾に座りながら叫ぶジバイ。景気よくほら貝まで吹き始めた。
ヴオォボオオオオーッ、半月も歌う。
「この爺さんの肝の据わり方は、半端じゃない。しかも、こんなでかい鯨と知り合い・・・。海の男って、ぶっ飛んでる」
バルは、自分が陸の男で良かったと心から思った。
7月9日未明
半月に牽引された船がポポイの町に着くと、ムネキはこの町の代表の家に駆け込み事態を説明した。すぐに領主のオズバーン子爵の元へ伝令が走る。
ジバイは半月に礼を言うと、再会を誓い合い、沖へ戻っていく半月を見送っていた。
バルは馬貸所へ駆け込み、銀貨で膨らむ袋をそのまま受付のテーブルの上にバンと置き、一番の早馬に乗って東へと駆けて行った。
群青色の空が白、橙色とのグラデーションを奏でる東の地平線に太陽が登り始める頃。ポポイを領地の一部とするオズバーン子爵から、ローデン国王と各領主の元へ「麦イナゴの大群が西から迫る。救援を乞う」の伝文を携えたアローピシェンの伝書鳩が放たれた。
7月9日の朝。
ドリアドの街に1羽のアロービシェンの伝書鳩が飛んできて、鍛冶屋のバイカルの持つ鳩小屋に入って行った。バルが放ったハヤテが帰って来たのだ。
ペーターが店の奥の部屋に駆け込んでくる。手には伝書鳩からの伝文を持っていた。
バイカルは、この伝文を真剣な眼差しをして読み始めた。
「来やがった! 黒い魔物が西から海を越え、このローデン王国へ来るぞ」
店先のミリアを呼ぶ。
ミリアが部屋に入ると、バイカルは、
「西から黒い魔物が海を渡って、ローデン王国へとやって来る。俺はカリスローズ侯爵様に面会して、ローデン国王と各領主への連絡、このドリアド地方の備えをお願いしてくる。ガリムは街の代表への連絡を頼む。ミリアはいつでも避難できる準備と子供たちの安全を第1とした備えをしてくれ」
そう言い残こし、部屋の扉の閉まる音が聞こえた。
バイカルの報告を聞くと、ドリアド領主カリスローズ侯爵の対応は速かった。事前に報告していた事で、対応策を練っていたようである。ローデン国王と各領主への連絡が迅速に行われた。
また、ドリアドの西に兵が派遣された。その人数は、領地の最大兵数の半数に及んだ。残りの半数は、城内を含むドリアドの警護となる。更に徴兵令が発布され、街の民からも兵が徴兵された。
バイカルは、城壁に目をやりながら、
「黒い魔物とは一体どんな魔物なのだ。街だけでなく、その周囲をも飲み込む程の魔物とは、どんな奴なのだ」
そう独り言をいっていると、街の人々が空を見上げて声を上げている。
「あの鳥の群れは何だ」
「早く、早く家の中へ逃げろ」
「カミュー様、お助けを」
「カミュー様・・・」
真っ青な空に浮かんだ雲の間を、鳥の群れが飛んで行く。群れの後ろを目で辿ると朝の空を覆うほどの数であった。
「な、何だ、この鳥たちは魔物か。東から西に飛んで行くぞ」
ただならぬ異変に直面し、バイカルは1つの歌詞が浮かんできた。そうあの童歌だ。
「鳥が飛ぶ飛ぶ東空」
7月9日の夕暮れ時。
港町ポポイのでは、オズバーン子爵の命により、兵士1500名が海岸線の守備についていた。町では住民が不安を抱えながら窓や戸口を補強したり、西の水平線を眺めたりしている。
「麦イナゴの大群は、オズバーン子爵の兵で防げるのか」
「ポポイから避難した方が良いのではないか」
「どこに逃げるんだよ。ローデン王国全てに麦イナゴの大群が押し寄せて来るのだぞ」
「領主様の指示通り、家の窓を塞いで家に籠るしかない」
などと、不安を口々にしていた。
夕日が水平線に差し掛かる頃、
「水平線が太くなってきた」
「麦イナゴが、水平線からどんどんこっちに来るぞ」
「きゃー、は、早く家の中へ」
と、住民は麦イナゴの大群を視界に捉えると恐怖に襲われ、町のあちらこちらから悲鳴が聞こえてきた。
海岸線に配置された兵士たちは、
「やって来たぞ。魔法兵士よ、魔法の射程に入ったら、その火力で焼き払え」
小隊長が叫ぶと、魔法兵士50名は頷く。
オズバーン子爵の派兵した兵士は、町を、領土を、この国を守る気概で満ちていたが、地平線を埋め尽くす麦イナゴを防ぎ止められるとは、考えていなかった。祖国のために死を覚悟した兵士たちであった。
ドドドドドッと、地響きがした。蹄の音が大きくなる。ポポイの町の人々の不安が高まり騒めく。
騎士を先頭にした兵たちが、ポポイの町へ入って来る。騎士の後ろには、白い布地に黄色い獅子2頭が互いに背を向けながら後ろ足で立ち、その間には麦が3本実る意匠の大旗。
「あ、あれは、ローデン国王精鋭の兵だ」
「国王様が大軍を派兵してくださった」
その騒めきが、ポポイの町を振動させる歓声に変わった。
ローデン国王精鋭の兵士2000名が到着したのだ。海岸線に配置されたオズバーン兵たちも歓喜に沸いた。
ローデン国王精鋭の兵たちの後ろには、2頭の馬に引かれた大砲が20門続いた。この大砲は2年前に開発された炸裂火炎砲と呼ばれている最新の兵器だった。砲弾が爆発し、火炎を撒き散らす兵器だ。火炎の効果範囲は直径20mである。
ローデン国王精鋭の兵士は、炸裂火炎砲を中心にして、海岸線に防衛陣を組んでいった。魔法兵士300名も配置についた。
麦イナゴは、水平線の上を覆う黒く太い線となっていた。日が沈み夜を迎える頃には、ここに到達して来るであろう。町の人々も固唾を飲んで見守っている。
突然のファンファーレが響く。深紅の布地に銀色の剣と槍が斜めにクロスし、その上に銀色の五角形の盾、まるで海賊旗のような意匠の中旗をひるがえして、銀色の兜と鎧に身を固めた軍勢2000名が、ポポイの町へ入ってきた。
その先頭には、精悍な騎士が銀色の兜と鎧に深紅のマントをなびかせ、右手に黒の双槍一文字を携えている。英雄メルファーレン辺境伯であった。
メルファーレン辺境伯率いるタフロン兵の後尾には、魔法兵士300名、最後尾には炸裂火炎砲100門が続いていた。
メルファーレン辺境伯は7月3日の夜に着いたバイカルからの手紙を読み、危険な匂いを感じ取ってすぐに出兵の準備に取り掛かり、7月7日に東のガイゼルから西の端ポポイに向けて出兵したのだった。英雄ならではの勘と英断だった。
町中には、華やかなファンファーレが響いている。
「あ、あれはメルファーレン辺境伯様の旗だ」
「ハーミゼ高原の英雄、メルファーレン辺境伯様とタフロン兵だ」
「おぉー、俺たちは見捨てられていなかった」
「なんと神々しい英雄メルファーレン辺境伯様」
ポポイの町が歓喜の叫びに揺れる中を、ハーミゼ高原の英雄は、威風堂々と進んで行った。
総勢5500名、ポポイの海岸線は、兵で埋め尽くされた。
7月9日、日没直後のカミューの洞窟。
『ダイチに、アイと言ったな。我に乗れ』
「乗れと言われても、どうやって乗れば良いのですか」
『ぐずぐずするな、2日間遅れている。もはや時間がない』
神龍は、ダイチらの前に頭を突き出した。
ダイチは、神龍の頭によじ登ると2本の角の後ろに跨り、金色の毛を掴んだ。ダイチは、アイに手を伸ばした。アイは、ダイチの後ろに座り、ダイチの背に抱き着いた。
『ダイチ、アイ、これからは神龍ではなく、カミューと呼ぶが良い』
「はい。カミュー様とお呼びします」
「カミュー様、よろしくお願いします」
カミューは、天井に向かい一直線に伸びると、そのまま急降下した。水面すれすれで左の前足をジャバンと水中に入れると、先程ダイチがエクスティンクションで取り除いた岩の破片をいくつか握っていた。
『我からの礼じゃ。取っておけ』
ダイチは、訳が分からなかったが、問答している暇はない。急いで岩の破片をアイテムケンテイナーへしまった。
『我の通り道も滝の水と同じ様に、崩落した大岩で閉じておる』
「出られないのですか」
『もはやカミューとなった我だ。問題ない』
カミューは、洞窟の中央まで移動すると、天井に向かい口を開いた。
カミューは、口からピッと、輝く白い光を吐いた。その光は天井を貫き、群青の夜空に放たれた矢のごとく、どこまでも深く吸い込まれていった。
一瞬遅れて、ドゴゴゴゴゴゴーッと、大気を裂く爆音が、振動を伴って洞窟内に反響した。
洞窟の天井の穴からは、星の瞬きが見えた。
「夜空を突き抜け、どこまでも伸びる白い光。これは、龍の息吹ですか」
ダイチが尋ねると、カミューは夜空を見上げたまま動かない。
『・・・・・』
「どうしたんですか」
『し、神龍の息吹だ・・・初めて撃ったが、予想外の威力に我自身も驚いておる。崩落した岩だけを吹き飛ばそうとしたのだが』
「ええっ、神龍の息吹って、威力を制御できないのですか」
『問題ない』
「問題大ありですよ。街を、都市を、人々を巻き込みますよ」
『それでは行くぞ、振り落とされるなよ』
カミューは、ダイチとアイを頭の後ろに乗せたまま、一直線に舞い上がった。
「ちょっと、聞いていますか・・・」
キリセクレ山から、星の瞬く夜空へと放たれた、一直線に伸びる神龍の息吹を目撃したドリアドの民は、大騒ぎとなった。
「おい、あれを見ろ」
「あ、あれは干支の七七柱雲か」
「干支の七七柱雲だ。カミュー様が願いを聞いてくださったのだ」
「カミュー様」
「でもよ、今日は7月9日、七九の柱雲なんじゃねえのか」
「そんなことはどうでも良い。カミュー様が、黒い魔物からこの国をお救いくださる証だ」
カミューは、右手に龍神白石を握りしめキリセクレ山の洞窟から夜空へと飛び出した。そして、体をくねらせて、まるで水中を泳ぐ様に天高く昇っていった。
カミューの飛び上がった軌跡には、真っ白な飛行機雲のような一直線に伸びる柱雲が、キリセクレ山から夜空に向けて立っていた。その軌跡の雲が、龍神白石の光によって照らされていた。
龍神白石は、カミューの掌の中で夜空を、大地を照らすかのように、眩い白い光を放っていた。
「み、見ろ。あの柱雲と白い光、カミュー様だ。12年前と同じだ」
「カミュー様、なんて神々しい」
「童歌の通りだわ。♪お天道様を手に持って、天の川を泳ぐよ泳ぐ♪」
街の女の子が歌い出した。
「あれ、雨?」
「雨だ。恵みの雨が降って来たぞ」
「これは、本降りになるぞ」
「これで麦も実る。カミュー様、感謝します」
いつしか大人たちも加わり、雨のドリアドの街では賑やかな童歌が繰り返し響いていた。
カミューは、天を、風を泳ぐ如く飛び、雨雲を生みながら西へと向かって行った。




