14 カミュー様のお宿
7月7日。
鍛冶職人バルは、バイカルの命によって、西の港町ポポイにいた。7月3日にドリアドの街から早馬に跨り、今朝6時に到着したばかりだった。
バイカルはバルに、港町ポポイの漁師は7月5日には漁を禁止している詳細な理由と、7月5日以降の西の海及び西の大陸のゴスモーザン帝国の様子、特に空の状況を観てくることを託されていた。もし、異変があればすぐに伝書鳩で連絡をすることになっていた。
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「バイカル親方、こんな重大な仕事は、俺なんかにはとても無理です」
「バルよ。お前はやる時にはやる男だ。自分を信じろ」
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バルは、バイカルの言葉を胸にこの地に立っていた。
ポポイは、ローデン王国屈指の漁港であり、この町の収入の多くが近海・遠洋で捕れる魚介類であった。バルは、朝の港に向かう途中で、魚市場から仕入れた魚を荷台一杯に載せている商人たちと度々すれ違った。
市場に向かっているのは、7月5日の禁漁を決めた元漁師の長老が住んでいる場所を尋ねるためである。
市場は活気に満ちていた。ドリアドの街は製造業が盛んで、街の規模も大きく栄えた街ではあるが、この町にはセリの声や店の呼び込みの大声が至る所から聞こえる。その喧騒の中で、漁から帰ってきた漁師たちだろうか、頭に鉢巻をして真っ黒に日焼けした逞しい男たちが闊歩している。
バルは、40代後半の見るからに漁師だと分かる男に声をかけた。
「すまないが、龍の年の7月5日は禁漁というきまりを、50年近く前につくった長老を探しているのだが、知っていたら教えてほしい」
漁師の男は訝し気にバルを見た。
「あ、怪しい者ではない。鍛冶職人のバルという。ドリアドの街から訳あってその長老を訪ねて来た」
バルは、少しおどおどしながら説明した。
「ドリアドね。随分とまぁ、遠くから来たね。で、何を聞きてえんだ」
「その長老の名と家を教えてほしい」
「あんな偏屈爺さんを遥々ドリアドから尋ねて来るとはな・・爺さんの名は、ジバイ。もう80歳を過ぎているな。ジバイ爺さんの家はそこの通りを右、坂を上がったところの石造りの家だ。行けばすぐに分かる。ところで龍の年の7月5日は禁漁の話とは、一体何が聞きてえんだ」
漁師の詰問に気弱なバルは目を逸らしながら、
「た、龍の年の7月5日の禁漁は、そのジバイ爺さんがつくったのか」
「ああ、もう50年近く前の話だから、よく分からねえが、そういうことらしい。きまりはそれだけじゃねえ。龍の年の7月5日の禁漁は間違いねえが、7月10日になるまでは、漁は近海のみだ。西の海の果て、ゴスモーザン帝国に近づいちゃいけねえ、ってのもきまりだ」
「10日まで西のゴスモーザン帝国には近づくなと続きもあったのか。それは初耳だ」
「ジバイ爺さんは、若い頃は、ここらでは有名な漁師だったらしい。何十年も前の話だが、ジバイ爺さんの船が高波で転覆して沈んじまった。それから数日後に、泳いで港に戻って来たんだ。何でも、漂流していると、でっけぇ鯨が来て助けてくれたって本人は言っていたらしいが、仲間の漁師は信じずに笑っていたらしい。
だがよ、ジバイ爺さんがでっけぇ鯨の背に乗っているのを見たって人が現れて、伝説の漁師になったんだ」
「それはまたすごい話だな。会うのが楽しみになった」
「あぁ。じゃ、俺も忙しいからここでな。ジバイ爺さんには気をつけてな」
バルは丁寧にお礼を述べた。バルはひとまず情報を得られて、ふーっと息を吐いた。
バルは、市場でもう少し禁漁日のきまりとジバイについて情報を集めた。ジバイ爺さんは、西のコスモーザン帝国近くに秘密の漁場を見つけていて、そこで稼いでいたらしい。ジバイは、先祖から孫のムネキまで根っからの漁師一族だそうだ。長男のゲンザも腕のよい漁師だったが、今ではその息子のムネキに船を譲っているらしい。
港の脇の岬には、灯台があった。夜になると灯台で、油を燃やして明かりを灯すそうだ。かなり離れていても岬の灯台の明かりは確認できるという。
バルは、坂を登りジバイの家を尋ねた。家は高台にあり、庭から見える景色は絶景で、どこまでも広がる真っ青な海が水平線まで伸びていた。バルは海の広さを実感していた。
家は石造りの平屋で、隣に石造りの倉庫があった。
「・・ジバイさんの家は、ここですか」
尋ねても返事がなかったので、
「ジバイさんの家は、ここですか!」
バルは声を張り上げた。
するとバルの後ろから、
「そんな大声をださんとも聞こえておるわい」
振り返ると、80歳は過ぎたであろう日焼けで真っ黒な老人が立っていた。
「は、はい、すみません。私はドリアドから来ました鍛冶職人のバルといいます。ジバイさんに聞きたい事があってまいりました」
「ドリアドとは、ずいぶんと遠くから来なすったな。儂が、ジバイだ。儂に何用じゃ」
「実は、7月5日の禁漁日について、理由をお聞かせ願いたいと思います」
「禁漁日に反対する輩か。帰んな。何も話す事はない」
ジバイは踵を返した。
「ち、ちょっと待ってください。禁漁日に反対とかではなく、ドリアドを救うために来たのです」
「ドリアドを救うじゃと・・禁漁日と何か関係しているのか」
「関係しているかどうかを調べに来たのです。とにかく7月5日にジバイさんが見たことを教えてください。ドリアドの人々の命がかかっています」
ジバイは、
「・・・ついて来い」
と、言うと石造りの倉庫へ案内した。
倉庫の中には、船のマストや帆、網、銛、ほら貝などが置いてあった。修理をする工具も棚の上に整理されていた。
「まずはこれじゃ」
ジバイは、1本の銛を渡した。
「なんですか、これは」
「お前さん鍛冶職人と言ったな、この銛の刃が歪んできてのぉ。まずはこれを直せ」
「え、俺は鍛冶の仕事をしに来たのではなく・・」
「あー、何言っているのか、よう聴こえんのぅ。最近は耳が遠くなってのぉ」
バルは、大声でいった。
「あのー、俺は、鍛冶の仕事をしに来たのではなくて・・」
「礼儀というものがあるじゃろが。龍の年の禁漁について知りたいんじゃろ。それなら、まず対価を払え」
「噂通りの偏屈ものだ」
バルが、ボソボソと独り言をいうと、
「儂の耳は、まだまだもうろくしとらんぞ。はよ、直せ」
「・・は、はい」
バルは、ジバイから銛を受け取ると、銛の刃先を眺め指でゆっくりとなぞった。棚の上の工具を掴むと、銛の刃先の変形を金槌で慎重に直していった。
鍛冶職人の性なのであろう、砥石で丁寧に研磨までした。作業は5分程で終了した。
バルは、ジバイ爺さんに銛を返すと、ジバイは刃先を眺めていた。
「鍛冶職人とは本当らしいの。見事なものじゃ」
「疑っていたのですか」
「そりゃ、そうじゃろう。儂を尋ねて来た見知らぬ男だ」
「では、信じてもらえたところで、禁漁日の話を」
「何を言っとる。疑いが晴れたが、お前を信用している訳ではない。ほれ、これもやれ」
ジバイは、銛2本と網を取り付ける金具などをバルに差し出した。
「この爺さんは俺をこき使うために、この倉庫に呼んだのだな。偏屈爺め」
口元でボソボソ呟く。
「おほほほぉ、聞こえているぞ、儂は耳が良いのでな」
「耳だけは、良かったんですね」
バルは、30分程で全て修理した。これにはジバイも満足して、水を一杯くれた。
「これで信用していただけましたか」
バルは水を一息で飲み干した。
「おほほほぉ、年をとっても、儂の眼はまだまだ確かじゃったのー。お前さんの愛嬌あるその顔を一目見て、最初にピンときていたわ。この男は嘘を言わんと」
「ってことは、結局俺をこき使うためにか」
「まあ、よいよい。では禁漁日の話をしちゃろうか」
「まあ、よいよいは、こちらが言うセリフでしょう。なんで爺さんが言うのだ」
ジバイは、バルのボヤキには聞く耳をもたず、禁漁日について話し始めた。
「ジバイさんの話をまとめると、龍の年の7月5日に、ゴスモーザン帝国の街は、西から来た黒雲のように大きな魔物に飲み込まれたということか。ギギギと奇妙な鳴き声と共に」
「街を飲み込むなんてもんじゃなかったぞ。遥か対岸に見えるゴスモーザン帝国の空と陸の全てを飲み込んでおった」
「そんなに大きな魔物がいるのですか」
「儂は見た、この眼で見たのだ。」
バルは、ジバイの瞳に恐怖が宿っている事に気付いた。
「儂は、そのことを仲間の漁師に伝え、5日は禁漁日、禍を避けるために10日までは近海のみの漁、というきまりを皆で決めたんじゃ」
「話は分かりました。遥か西のゴスモーザン帝国の近海まで、俺を乗せてもらえる船をこれから探すところです。ジバイさん、手伝ってはくれまいか」
「冗談は休み休み言え。断る」
「禍を恐れるのは分かります。だが、ドリアドを危機から救うためなのです」
「ドリアドの危機とはなんじゃ」
「ドリアドは、飢饉になるかもしれない。大昔の龍の年には、麦やトウモロコシ全てがダメになり、飢饉を繰り返したらしい。それが、再び今年にも」
「何? 飢饉じゃと。それが、今年も起こるというのか」
「はい、ドリアド地方の飢饉です。影響はローデン王国全土に及ぶ」
「それが、ゴスモーザン帝国の異変と関係があるというのじゃな」
「はっきりとは言えないのですが、恐らく関係がある。それを調べに行くのです」
「ドリアドには、結婚したばかりのひ孫のヨヨが暮らしておる。その旦那は、麦を育てている農家だ。ヨヨの危機ならば、儂が船を出す」
「待てよ、爺ちゃん。俺が船を出す」
突然、太い声が聞こえた。
倉庫の入口には、30代後半で真っ黒に日焼けした逞しい男がいた。
「俺が船を出す。ヨヨは俺の娘だ。親父が娘の危機に、命を懸けるのはあたりまえだろ」
「ありがとうございます。ドリアドの街で鍛冶職人をしているバルといいます。貴方は?」
「ムネキだ。その爺さんの孫で、ドリアドに嫁いだヨヨの親父だ」
「儂も行くぞ」
「爺ちゃんは、無理しなくていい」
「止めても無駄じゃ。ゴスモーザン帝国の異変を目撃したのは儂だけじゃし、儂は2度も目撃しているからな」
ジバイは、棚の上に置いてあったほら貝を抱え、ほら貝についている紐を首に掛けた。
「爺ちゃん、いくらなんでも無理だろう」
「ゴスモーザン帝国のどの辺りに行くつもりじゃ。儂しか分からんじゃろうが。時間がない、早よ支度をせえ」
「ちっ、言い出したら聞かねえしな。まぁ、場所を知っているのは、爺ちゃんだけだ。つうことで、ジバイ爺ちゃんも一緒に行くぞ。いいなバル」
「是非お願いします」
「おい、そこの鍛冶屋。このロープを船に運んでおけ」
ジバイは長いロープの束を指して、バルに命じた。
「水と食料を1週間分用意する。1時間後に出航だ」
バルは、ジバイから聞いた話と、これからムネキの船で遥か西のゴスモーザン帝国まで状況を調べに向かうことを文書にして、ドリアドで待つバイカルの元へ伝書鳩を放った。
「さあ、出航だ」
ムネキの漁船は、バルとジバイを乗せて帆を張った。かなりのスピードが出て、舳先が白い波を切る。その度に船体が上下に揺れた。
バルに不安がよぎる。
「俺、船は初めてだ。船って酔いますよね」
サッカーボール
「エクスティンクション」
オーガの頭の内部1点にダークエネルギーを召喚する。
反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、効果範囲をイメージしたサッカーボールの直径およそ20センチの球にまで膨れ上がると、瞬時にオーガの頭の内部1点へ向かって収縮し消滅した。
効果範囲内のものは全て消滅した。
9
ダイチとアイは、走った。
8
走った
7
霧の森の出口は、霧の中でも明るく輝いている。
6
5
ダイチは眩しさで目がくらむ。
「日の光だ」
白い世界から、色彩豊かな世界となった。
4
眼の前には、槍の穂の様に尖ったキリセクレ山が、青い空に美しくそびえていた。
3
2
「俺たちは、ついに霧の森を踏破しんだ」
1
「とうとう、やりましたね」
0
南西へ振り返る。
ダイチは、肩に掛けた革鞄に手を当ててポンポンと叩き、完全休眠状態のクローに感謝を伝えた。
ダイチは、最後のポーションをアイに差し出す。
「大丈夫です。ルカの民の回復力は、ホモ・サピエンスを遥かに上回ります。ダイチ様がお使いください」
「では、俺がいただきます」
ダイチは、最後のポーションで体中の傷を癒した。
ダイチとアイは、山肌から出た岩に腰掛け、喉を水で潤し、ベグルを頬張った。
「よし、次はカミュー様の洞窟だ」
30分程登ると、水を1口飲んだ。
「太陽は、まだ真上には程遠い。おそらく9時半位だろう」
「ダイチ様、素晴らしい景色ですね。この世界は、美しい」
アイは、両手を広げ全身にそよ風を受け、明るい表情で笑っていた。
眼下には、深く白い霧の森が続き、その向こうには草原が広がっている。白と緑が目に映えた。左にはジロジ山脈の南端があり、右には遥か遠くまで続く険しい山脈が続いていた。薄紫の山々と真っ青な空のコンストラストが鮮やかで、嶺の稜線は霞んで見えた。
「自然は雄大で悠久だ。俺が、この世界に飛ばされて、ハーミゼ高原で見た空と山脈だ。あの時と同じだ、何1つ変わっていない」
遠い昔を振り返っているかのような哀愁を感じていたが、すぐに凄惨な戦場も思い出した。遠目から見れば目に映える白い霧の森でも、そこを抜けるためには、生死を賭けた戦いの連続だったのだ。腰を上げて歩き出すと、下の森に端に湧き水が見えた。
「カミュー様の洞窟は近い」
「いよいよ、白石をお届けできるのですね」
自然と歩みが速くなった。
苔が生え、大きな岩の重なる場所を見つけた。近づいて行き、辺りを見回して現在地を確かめた。
「ここだな、この穴が洞窟だな」
岩と岩の間には、直径50センチ程の楕円形の穴があった。ダイチは這いつくばるようにして穴の奥へと入って行った。アイは細身の体でするすると潜って行った。
入口には陽の明かりが届いていたものの、中へと進むにつれて暗さが増してきた。20m程進むと、洞窟は広い空間となった。
ダイチは、アイテムケンテイナーからランプを取り出し点灯した。
「おおぉ、これは凄い。鍾乳石、鍾乳洞だ」
「なんて、神秘的な世界のでしょうか。自然の造形には、畏怖の念を禁じえません」
辺り一面が、鍾乳石の立ち並ぶ黄土色と茶色の世界へと変わっていた。洞窟の天井部分から水が滴り落ちて来る。
ダイチとアイの黒い影が、鍾乳石と壁に長く伸びている。歩くたびに、ランプの光が揺れ、壁面に映る鍾乳石の影、ダイチとアイの影も揺れる。
やがて、鍾乳石の広場から洞窟のような穴に変わる。穴の高さは1m程度あるが、身を屈めないと天井の岩に頭をぶつけてしまう。足元には僅かだが、水が流れていた。
右に左に曲がり、岩を乗り越え、岩の下を這いながら奥へ奥へと、下へ下へと進んでいった。
突然、視界が開けた。
「うぁー、広い・・・ここがカミュー様のお住まいなのでしょうか」
アイが、暗闇の中で、キョロキョロと辺りを見回している。
「これはなんという広さだ。ランプの明かりが、天井にも横の壁にも届かない。洞窟内に、こんな広大な空間があるとは」
どこまでも続く闇の空間から、チョロチョと水の流れる音がする。ダイチが、その音に近づきランプで照らした。
「池だ。しかも、広い」
「あ、あそこには、細い滝があります」
すぐ脇にある高さ30m程の崖の上からは、チョロチョロと水が落ちていた。
「この音だったのか。でも、ガリムさんの話や童歌の歌詞に出てくる滝のイメージにしては、水量がなんとも乏しいな。滝が1本の糸の様だ」
ジャボン、足元の池で何かが跳ねた。
ダイチは慌てて池の水面へランプを近づける。黒い魚影が身をひるがえし、一瞬キラッと銀の腹を見せたかと思うと、ススーと泳ぎ去って行った。
「魚か。結構大きかったな。1m近くあった」
水面をランプで照らし、眺めていると魚影がいくつも見えた。どれも黒と青の鱗がある鯉に似た体長1mの魚だった。
「あれは、魔物なのでしょうか?・・敵意はなさそうですが・・・」
「大きくて色鮮やかだったな」
ダイチは、水面に目を凝らすと、不思議な魚が泳いでいることに気付いた。魚というより色のついた細長い布に見えた。
体長4m程度で、鯉のぼりの1番上で風になびく、吹き流しの様な形をしたものが泳いでいたのだ。
暫く目を奪われていたが、カミュー様に眩いばかりに輝く白石を渡さなければならないことを思い出した。
ダイチは、力の限りの声で叫んだ。
「カミュー様にお会いするために参りましたダイチです。カミュー様にお渡ししたい白石があります」
静寂が続いた。
「・・・・」
ダイチは、アイテムケンテイナーから眩いばかりに輝く白石を取り出した。光が、洞窟内を照らした。ダイチもアイも、その白石の輝きに目が眩んだ。
「こ、ここは、なんという広さだ。ここは、東京ドームよりも広いぞ」
その光の下で、池を泳いで来る生き物が見えた。白や赤、黄、青、緑の細長い布を、水中にヒラヒラとなびかせて近づいて来る。これがカミュー様なのかと思い、ダイチは片膝をついて背を伸ばし、その吹き流しの様な生き物が近づいて来るのを待った。
吹き流しの様な生き物は、ダイチ前で止まった。
頭部らしい前面を水面から出した。
『汝が持つは、龍神白石ではないか。これをどうした』
ダイチは、この吹き流しに似た生き物が、言葉を話す、いや思念会話をしてきたことで一瞬言葉に詰まった。
「わ、私が、ハーミゼ高原の近くの川底から見つけたものです」
『龍神白石が、川底に有ったと申すか』
「はい、この石と巨大な頭蓋骨が有りました」
『頭蓋骨もか・・』
「失礼ながら、あなた様は、カミュー様でしょうか。私は、この石がカミュー様のものと信じ、お返しに参りました」
『神龍は、もういない。汝が見た頭蓋骨がそうだ』
「神龍? 私は、カミュー様にお会いするために、ここに参りました」
『カミューとは、人間が神龍をいつしか、かみりゅうと呼び、それがカミューとなっただけだ』
「では、あの頭蓋骨が神龍様で、もうこの石をお渡しできないという事でしょうか」
『そうなる。だが、「滝流し」の我が居る。我にその龍神白石を渡すが良い』
「お待ちください。神龍様が既にいらっしゃらない事は分かりましたが、なぜこの石を滝流し様にお渡しするのですか」
『もっともな質問だ。汝も目にしたこの池に泳ぐ龍鯉が、長い年月をかけて完全変態し、我のような滝流しとなる。滝流しは、神龍から民の願いと祈りが集まる龍神白石を譲り受け、神龍へと昇りつめるのだ』
『我は、滝流しとなり、龍神の帰りを待っておったが、龍神は戻って来なかった』
「では、滝流し様にこの龍神白石をお渡しすれば、新たなる神龍となり、ドリアドの民を、飢饉の危機からお救いいただけるのですか」
『そうであるが、そうもいかぬ。問題があってな』
「その問題とは何でしょうか」
『あそこの糸のような滝を目で辿ってみよ。滝の流れるすぐ上に大岩があるであろう』
「はい、大岩が見えます」
『あれをどかさねば、神龍にはなれん』
「滝流し様が、自らどかすのですか」
『汝でも良い。あれは、偶然に塞がれたもの。今の我では、動かすことは叶わぬ』
「では、この龍神白石を差し上げます。そしてあの大岩を取り除きます」
そう言って、ダイチは持っていた龍神白石を滝流しに手渡す。
『おおぉ、感じるぞ。感じる。この龍神白石には、民の願いと祈りが集まり宿っておる。そして、先代の神龍の記憶も伝わってくる・・・先代の神龍の最後も・・・』
「では、あの大岩を取り除きます」
『それはありがたいが、あの大岩はオリハルコン鉱石だ。最強の硬度を持つ故、剣や魔法では、傷を付けることもできん』
ダイチは、エクスティンクションで大岩を砕くことを考えている。
「滝流し様、2つ質問があります。あの大岩は消滅しても問題ないですか。また、あの大岩が消滅すると、ここは水に沈んでしまいますか」
『大岩は消滅しても問題はない。消滅した場合に一時的には水深は上がるが、すぐに流れて戻るであろう』
ちょっと待って、一時的にでも水量が上がったら、俺は流されて溺死しそうなのだけれども、心でそう呟く。
「では、少し時間をください。洞窟の壁面を登り、安全な位置まで行ってから消滅させます」
『もっともな意見だ。頼むぞ』
ダイチは、水の糸のような滝から少し離れた壁面を登り始めた。指が疲れてくると、エクスティンクションで1m位の横穴を作り、休みながら登って行った。
「この高さなら大丈夫だろう。アイ、この穴まで登って来てくれ。そこは、水が満ちる」
「はい、今いきます」
アイは、すいすいと壁面を登って行った。
ダイチは、エクスティンクションで開けた壁面から顔を出して、魔法を唱える。
ゾーブ
「エクスティンクション」
大岩の中心にエクスティンクションを唱えた。
岩の表面は無傷であるが、ピキピキとヒビが入っていった。ドドドドーンと轟音と共に岩が水に押し流された。先程ま携で1本の糸のような水流は、今やダムの放水時の様な滝となった。
滝流しは、龍神白石を携えたまま、そのダムの放水のような滝をグイグイと昇って行く。いや、泳いで行った。滝の頂上を越えて宙に舞った。その時、滝流しが携えていた龍神白石が、目の眩むほどの強い光を放った。
「ま、眩しい」
ダイチは、目がくらみ、手で目を隠した。
ダイチが、恐る恐る目を開ける。
「・・・り、龍だ。龍神だ!」
ダイチの言葉に、アイも目を開ける。
「なんと神々しい。・・・これが、カミュー様なのですね」
それは、頭から尻尾の先までで、ゆうに100m超はあろうと思われる白い龍であった。胴はバス位の太さであった。
「すごいぞ、日本の昔話に出てくる龍だ」
白い神龍は。広い洞窟の空間に浮かび、蛇のように長く伸びた胴をクネクネと蛇行させていた。前足と後ろ足が2本ずつあり、その右前足で龍神白石を掴み、頭からは鹿のような枝分かれした角が2本生えていた。頭や顎の下、背中や足の付け根には金の毛がふさふさと生えていた。神龍はダイチの前に顔を寄せ、牙を光らせながら話しかける。
『汝に感謝する』
「神龍様、おめでとうございます」
神龍は、ダイチをつま先から頭の上まで、食い入るように見ている。
『・・・ほほぉ、そうなのか。汝は召喚術士か。しかも、神獣召喚もできるな』
神龍の鋭く光る歯と牙の間から、ボソッと声が漏れた。
「神龍様、どうなされましたか」
『いや、何でもない・・・』
「今は一刻の猶予もありません。先ずは、ドリアドの民を救ってください。ここに来て1時間位経っています。急いでください」
『この洞窟の時間の流れは遅い。ここの1時間は、外の世界の2日間に相当する』
「え、それを先に伝えてくだされば・・・」
『聞かなかっただろう』
「今日は、7月9日か。飢饉の回避に間に合うのですか」




