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ひと  作者: 花野井 京
14/17

14 カミュー様のお宿

 7月7日。

 鍛冶(かじ)職人バルは、バイカルの命によって、西の港町ポポイにいた。7月3日にドリアドの街から早馬に跨り、今朝6時に到着したばかりだった。

 バイカルはバルに、港町ポポイの漁師は7月5日には漁を禁止している詳細(しょうさい)な理由と、7月5日以降の西の海及び西の大陸のゴスモーザン帝国の様子、特に空の状況を観てくることを託されていた。もし、異変があればすぐに伝書鳩(でんしょばと)で連絡をすることになっていた。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 「バイカル親方、こんな重大な仕事は、俺なんかにはとても無理です」

 「バルよ。お前はやる時にはやる男だ。自分を信じろ」

* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 バルは、バイカルの言葉を胸にこの地に立っていた。

 ポポイは、ローデン王国屈指(くっし)の漁港であり、この町の収入の多くが近海・遠洋で捕れる魚介類であった。バルは、朝の港に向かう途中で、魚市場から仕入れた魚を荷台一杯に()せている商人たちと度々すれ違った。

 市場に向かっているのは、7月5日の禁漁(きんりょう)を決めた元漁師の長老が住んでいる場所を尋ねるためである。

 市場は活気に満ちていた。ドリアドの街は製造業が盛んで、街の規模も大きく栄えた街ではあるが、この町にはセリの声や店の呼び込みの大声が至る所から聞こえる。その喧騒(けんそう)の中で、漁から帰ってきた漁師たちだろうか、頭に鉢巻(はちまき)をして真っ黒に日焼けした逞しい男たちが闊歩(かっぽ)している。

 バルは、40代後半の見るからに漁師だと分かる男に声をかけた。

 「すまないが、龍の年の7月5日は禁漁というきまりを、50年近く前につくった長老を探しているのだが、知っていたら教えてほしい」

 漁師の男は(いぶか)()にバルを見た。

 「あ、怪しい者ではない。鍛冶職人のバルという。ドリアドの街から訳あってその長老を訪ねて来た」

バルは、少しおどおどしながら説明した。

 「ドリアドね。随分(ずいぶん)とまぁ、遠くから来たね。で、何を聞きてえんだ」

 「その長老の名と家を教えてほしい」

 「あんな偏屈爺(へんくつじい)さんを遥々(はるばる)ドリアドから尋ねて来るとはな・・爺さんの名は、ジバイ。もう80歳を過ぎているな。ジバイ爺さんの家はそこの通りを右、坂を上がったところの石造りの家だ。行けばすぐに分かる。ところで龍の年の7月5日は禁漁の話とは、一体何が聞きてえんだ」

漁師の詰問(きつもん)に気弱なバルは目を()らしながら、

 「た、龍の年の7月5日の禁漁は、そのジバイ爺さんがつくったのか」

 「ああ、もう50年近く前の話だから、よく分からねえが、そういうことらしい。きまりはそれだけじゃねえ。龍の年の7月5日の禁漁は間違いねえが、7月10日になるまでは、漁は近海のみだ。西の海の果て、ゴスモーザン帝国に近づいちゃいけねえ、ってのもきまりだ」

 「10日まで西のゴスモーザン帝国には近づくなと続きもあったのか。それは初耳だ」

 「ジバイ爺さんは、若い頃は、ここらでは有名な漁師だったらしい。何十年も前の話だが、ジバイ爺さんの船が高波で転覆(てんぷく)して沈んじまった。それから数日後に、泳いで港に戻って来たんだ。何でも、漂流していると、でっけぇ(くじら)が来て助けてくれたって本人は言っていたらしいが、仲間の漁師は信じずに笑っていたらしい。

 だがよ、ジバイ爺さんがでっけぇ(くじら)の背に乗っているのを見たって人が現れて、伝説の漁師になったんだ」

 「それはまたすごい話だな。会うのが楽しみになった」

 「あぁ。じゃ、俺も忙しいからここでな。ジバイ爺さんには気をつけてな」

バルは丁寧(ていねい)にお礼を述べた。バルはひとまず情報を得られて、ふーっと息を吐いた。 

 バルは、市場でもう少し禁漁日のきまりとジバイについて情報を集めた。ジバイ爺さんは、西のコスモーザン帝国近くに秘密の漁場を見つけていて、そこで(かせ)いでいたらしい。ジバイは、先祖から孫のムネキまで根っからの漁師一族だそうだ。長男のゲンザも腕のよい漁師だったが、今ではその息子のムネキに船を(ゆず)っているらしい。

 港の脇の(みさき)には、灯台(とうだい)があった。夜になると灯台で、油を燃やして明かりを灯すそうだ。かなり離れていても岬の灯台の明かりは確認できるという。

 バルは、坂を登りジバイの家を尋ねた。家は高台にあり、庭から見える景色は絶景で、どこまでも広がる真っ青な海が水平線まで伸びていた。バルは海の広さを実感していた。

 家は石造りの平屋で、隣に石造りの倉庫があった。

 「・・ジバイさんの家は、ここですか」

尋ねても返事がなかったので、

 「ジバイさんの家は、ここですか!」

バルは声を張り上げた。

 するとバルの後ろから、

 「そんな大声をださんとも聞こえておるわい」

振り返ると、80歳は過ぎたであろう日焼けで真っ黒な老人が立っていた。

 「は、はい、すみません。私はドリアドから来ました鍛冶職人のバルといいます。ジバイさんに聞きたい事があってまいりました」

 「ドリアドとは、ずいぶんと遠くから来なすったな。儂が、ジバイだ。儂に何用じゃ」

 「実は、7月5日の禁漁日について、理由をお聞かせ願いたいと思います」

 「禁漁日に反対する輩か。帰んな。何も話す事はない」

ジバイは踵を返した。

 「ち、ちょっと待ってください。禁漁日に反対とかではなく、ドリアドを救うために来たのです」

 「ドリアドを救うじゃと・・禁漁日と何か関係しているのか」

 「関係しているかどうかを調べに来たのです。とにかく7月5日にジバイさんが見たことを教えてください。ドリアドの人々の命がかかっています」

 ジバイは、

 「・・・ついて来い」

と、言うと石造りの倉庫へ案内した。

 倉庫の中には、船のマストや帆、網、(もり)、ほら貝などが置いてあった。修理をする工具も(たな)の上に整理されていた。

 「まずはこれじゃ」

ジバイは、1本の銛を渡した。

 「なんですか、これは」

 「お前さん鍛冶職人と言ったな、この銛の()(ゆが)んできてのぉ。まずはこれを直せ」

 「え、俺は鍛冶の仕事をしに来たのではなく・・」

 「あー、何言っているのか、よう聴こえんのぅ。最近は耳が遠くなってのぉ」

 バルは、大声でいった。

 「あのー、俺は、鍛冶の仕事をしに来たのではなくて・・」

 「礼儀というものがあるじゃろが。龍の年の禁漁について知りたいんじゃろ。それなら、まず対価を払え」

 「(うわさ)通りの偏屈(へんくつ)ものだ」

 バルが、ボソボソと独り言をいうと、

 「儂の耳は、まだまだもうろくしとらんぞ。はよ、直せ」

 「・・は、はい」

 バルは、ジバイから銛を受け取ると、銛の刃先を(なが)め指でゆっくりとなぞった。棚の上の工具を(つか)むと、銛の刃先の変形を金槌(かなづち)で慎重に直していった。

 鍛冶職人の(さが)なのであろう、砥石(といし)で丁寧に研磨(けんま)までした。作業は5分程で終了した。

 バルは、ジバイ爺さんに銛を返すと、ジバイは刃先を眺めていた。

 「鍛冶職人とは本当らしいの。見事なものじゃ」

 「疑っていたのですか」

 「そりゃ、そうじゃろう。儂を尋ねて来た見知らぬ男だ」

 「では、信じてもらえたところで、禁漁日の話を」

 「何を言っとる。疑いが晴れたが、お前を信用している訳ではない。ほれ、これもやれ」

ジバイは、銛2本と網を取り付ける金具などをバルに差し出した。

 「この爺さんは俺をこき使うために、この倉庫に呼んだのだな。偏屈爺め」

 口元でボソボソ(つぶや)く。

 「おほほほぉ、聞こえているぞ、儂は耳が良いのでな」

 「耳だけは、良かったんですね」

 バルは、30分程で全て修理した。これにはジバイも満足して、水を一杯くれた。

 「これで信用していただけましたか」

 バルは水を一息で飲み干した。

 「おほほほぉ、年をとっても、儂の眼はまだまだ確かじゃったのー。お前さんの愛嬌(あいきょう)あるその顔を一目見て、最初にピンときていたわ。この男は(うそ)を言わんと」

 「ってことは、結局俺をこき使うためにか」

 「まあ、よいよい。では禁漁日の話をしちゃろうか」

 「まあ、よいよいは、こちらが言うセリフでしょう。なんで爺さんが言うのだ」

 ジバイは、バルのボヤキには聞く耳をもたず、禁漁日について話し始めた。


 「ジバイさんの話をまとめると、龍の年の7月5日に、ゴスモーザン帝国の街は、西から来た黒雲のように大きな魔物に飲み込まれたということか。ギギギと奇妙な鳴き声と共に」

 「街を飲み込むなんてもんじゃなかったぞ。遥か対岸に見えるゴスモーザン帝国の空と陸の全てを飲み込んでおった」

 「そんなに大きな魔物がいるのですか」

 「儂は見た、この眼で見たのだ。」

 バルは、ジバイの瞳に恐怖が宿っている事に気付いた。

 「儂は、そのことを仲間の漁師に伝え、5日は禁漁日、(わざわい)を避けるために10日までは近海のみの漁、というきまりを皆で決めたんじゃ」

 「話は分かりました。遥か西のゴスモーザン帝国の近海まで、俺を乗せてもらえる船をこれから探すところです。ジバイさん、手伝ってはくれまいか」

 「冗談は休み休み言え。断る」

 「(わざわい)を恐れるのは分かります。だが、ドリアドを危機から救うためなのです」

 「ドリアドの危機とはなんじゃ」

 「ドリアドは、飢饉(ききん)になるかもしれない。大昔の龍の年には、麦やトウモロコシ全てがダメになり、飢饉を繰り返したらしい。それが、再び今年にも」

 「何? 飢饉じゃと。それが、今年も起こるというのか」 

 「はい、ドリアド地方の飢饉です。影響はローデン王国全土に及ぶ」

 「それが、ゴスモーザン帝国の異変と関係があるというのじゃな」

 「はっきりとは言えないのですが、恐らく関係がある。それを調べに行くのです」

 「ドリアドには、結婚したばかりのひ孫のヨヨが暮らしておる。その旦那は、麦を育てている農家だ。ヨヨの危機ならば、儂が船を出す」

 「待てよ、爺ちゃん。俺が船を出す」

突然、太い声が聞こえた。

 倉庫の入口には、30代後半で真っ黒に日焼けした(たくま)しい男がいた。

 「俺が船を出す。ヨヨは俺の娘だ。親父が娘の危機に、命を()けるのはあたりまえだろ」

 「ありがとうございます。ドリアドの街で鍛冶職人をしているバルといいます。貴方は?」

 「ムネキだ。その爺さんの孫で、ドリアドに(とつ)いだヨヨの親父だ」

 「儂も行くぞ」

 「爺ちゃんは、無理しなくていい」

 「止めても無駄じゃ。ゴスモーザン帝国の異変を目撃したのは儂だけじゃし、儂は2度も目撃しているからな」

 ジバイは、棚の上に置いてあったほら貝を抱え、ほら貝についている(ひも)を首に掛けた。

 「爺ちゃん、いくらなんでも無理だろう」

 「ゴスモーザン帝国のどの辺りに行くつもりじゃ。儂しか分からんじゃろうが。時間がない、早よ支度(したく)をせえ」

 「ちっ、言い出したら聞かねえしな。まぁ、場所を知っているのは、爺ちゃんだけだ。つうことで、ジバイ爺ちゃんも一緒に行くぞ。いいなバル」

 「是非お願いします」

 「おい、そこの鍛冶屋。このロープを船に運んでおけ」

 ジバイは長いロープの(たば)を指して、バルに命じた。

 「水と食料を1週間分用意する。1時間後に出航だ」

 バルは、ジバイから聞いた話と、これからムネキの船で遥か西のゴスモーザン帝国まで状況を調べに向かうことを文書にして、ドリアドで待つバイカルの元へ伝書鳩を放った。

 「さあ、出航だ」

 ムネキの漁船は、バルとジバイを乗せて帆を張った。かなりのスピードが出て、舳先(へさき)が白い波を切る。その度に船体が上下に揺れた。

 バルに不安がよぎる。

 「俺、船は初めてだ。船って酔いますよね」

 

 サッカーボール

  「エクスティンクション」

 オーガの頭の内部1点にダークエネルギーを召喚(しょうかん)する。

 反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張(ぼうちょう)し、効果範囲をイメージしたサッカーボールの直径およそ20センチの球にまで(ふく)れ上がると、瞬時にオーガの頭の内部1点へ向かって収縮(しゅうしゅく)し消滅した。

 効果範囲内のものは全て消滅した。

9 

 ダイチとアイは、走った。

8 

 走った

7 

 霧の森の出口は、霧の中でも明るく輝いている。

5 

 ダイチは眩しさで目がくらむ。

 「日の光だ」

 白い世界から、色彩(しきさい)豊かな世界となった。

4 

 眼の前には、槍の穂の様に尖ったキリセクレ山が、青い空に美しくそびえていた。

2 

 「俺たちは、ついに(きり)の森を踏破(とうは)しんだ」

1 

 「とうとう、やりましたね」

0 

 南西へ振り返る。

 ダイチは、肩に掛けた革鞄に手を当ててポンポンと叩き、完全休眠状態のクローに感謝を伝えた。

ダイチは、最後のポーションをアイに差し出す。

 「大丈夫です。ルカの民の回復力は、ホモ・サピエンスを(はる)かに上回ります。ダイチ様がお使いください」

 「では、俺がいただきます」

 ダイチは、最後のポーションで体中の傷を(いや)した。

 ダイチとアイは、山肌から出た岩に腰掛け、(のど)を水で(うるお)し、ベグルを頬張(ほおば)った。

 「よし、次はカミュー様の洞窟(どうくつ)だ」

 30分程登ると、水を1口飲んだ。

 「太陽は、まだ真上には程遠い。おそらく9時半位だろう」

 「ダイチ様、素晴らしい景色ですね。この世界は、美しい」

 アイは、両手を広げ全身にそよ風を受け、明るい表情で笑っていた。

 眼下には、深く白い霧の森が続き、その向こうには草原が広がっている。白と緑が目に()えた。左にはジロジ山脈の南端があり、右には遥か遠くまで続く険しい山脈が続いていた。薄紫の山々と真っ青な空のコンストラストが(あざ)やかで、(みね)稜線(りょうせん)(かす)んで見えた。

 「自然は雄大で悠久(ゆうきゅう)だ。俺が、この世界に飛ばされて、ハーミゼ高原で見た空と山脈だ。あの時と同じだ、何1つ変わっていない」

 遠い昔を振り返っているかのような哀愁(あいしゅう)を感じていたが、すぐに凄惨(せいさん)な戦場も思い出した。遠目から見れば目に映える白い霧の森でも、そこを抜けるためには、生死を()けた戦いの連続だったのだ。腰を上げて歩き出すと、下の森に(はし)()き水が見えた。

 「カミュー様の洞窟は近い」

 「いよいよ、白石をお届けできるのですね」

 自然と歩みが速くなった。

 苔が生え、大きな岩の重なる場所を見つけた。近づいて行き、辺りを見回して現在地を確かめた。

 「ここだな、この穴が洞窟だな」

 岩と岩の間には、直径50センチ程の楕円形(だえんけい)の穴があった。ダイチは()いつくばるようにして穴の奥へと入って行った。アイは細身の体でするすると(もぐ)って行った。

 入口には陽の明かりが届いていたものの、中へと進むにつれて暗さが増してきた。20m程進むと、洞窟は広い空間となった。

 ダイチは、アイテムケンテイナーからランプを取り出し点灯した。

 「おおぉ、これは凄い。鍾乳石(しょうにゅうせき)鍾乳洞(しょうにゅうどう)だ」

 「なんて、神秘的な世界のでしょうか。自然の造形には、畏怖(いふ)の念を禁じえません」

 辺り一面が、鍾乳石の立ち並ぶ黄土色と茶色の世界へと変わっていた。洞窟の天井部分から水が(したた)り落ちて来る。

 ダイチとアイの黒い影が、鍾乳石と(かべ)に長く伸びている。歩くたびに、ランプの光が()れ、壁面に映る鍾乳石の影、ダイチとアイの影も揺れる。

 やがて、鍾乳石の広場から洞窟のような穴に変わる。穴の高さは1m程度あるが、身を屈めないと天井の岩に頭をぶつけてしまう。足元には僅かだが、水が流れていた。

 右に左に曲がり、岩を乗り越え、岩の下を這いながら奥へ奥へと、下へ下へと進んでいった。

 突然、視界が開けた。

 「うぁー、広い・・・ここがカミュー様のお住まいなのでしょうか」

 アイが、暗闇の中で、キョロキョロと辺りを見回している。

 「これはなんという広さだ。ランプの明かりが、天井にも横の壁にも届かない。洞窟内に、こんな広大な空間があるとは」 

 どこまでも続く闇の空間から、チョロチョと水の流れる音がする。ダイチが、その音に近づきランプで照らした。

 「池だ。しかも、広い」

 「あ、あそこには、細い滝があります」

 すぐ脇にある高さ30m程の崖の上からは、チョロチョロと水が落ちていた。

 「この音だったのか。でも、ガリムさんの話や童歌(わらべうた)の歌詞に出てくる滝のイメージにしては、水量がなんとも乏しいな。滝が1本の糸の様だ」

 ジャボン、足元の池で何かが()ねた。

 ダイチは(あわ)てて池の水面へランプを近づける。黒い魚影が身をひるがえし、一瞬キラッと銀の腹を見せたかと思うと、ススーと泳ぎ去って行った。

 「魚か。結構大きかったな。1m近くあった」

 水面をランプで照らし、眺めていると魚影がいくつも見えた。どれも黒と青の(うろこ)がある(こい)に似た体長1mの魚だった。

 「あれは、魔物なのでしょうか?・・敵意(てきい)はなさそうですが・・・」

 「大きくて色鮮やかだったな」

 ダイチは、水面に目を凝らすと、不思議な魚が泳いでいることに気付いた。魚というより色のついた細長い布に見えた。

 体長4m程度で、鯉のぼりの1番上で風になびく、()き流しの様な形をしたものが泳いでいたのだ。

 (しばら)く目を(うば)われていたが、カミュー様に(まばゆ)いばかりに(かがや)く白石を渡さなければならないことを思い出した。

 ダイチは、力の限りの声で叫んだ。

 「カミュー様にお会いするために参りましたダイチです。カミュー様にお渡ししたい白石があります」

 静寂(せいじゃく)が続いた。

 「・・・・」

 ダイチは、アイテムケンテイナーから眩いばかりに輝く白石を取り出した。光が、洞窟内を照らした。ダイチもアイも、その白石の輝きに目が(くら)んだ。

 「こ、ここは、なんという広さだ。ここは、東京ドームよりも広いぞ」

 その光の下で、池を泳いで来る生き物が見えた。白や赤、黄、青、緑の細長い布を、水中にヒラヒラとなびかせて近づいて来る。これがカミュー様なのかと思い、ダイチは片膝(かたひざ)をついて背を伸ばし、その吹き流しの様な生き物が近づいて来るのを待った。

 吹き流しの様な生き物は、ダイチ前で止まった。

 頭部らしい前面を水面から出した。

 『(なんじ)が持つは、龍神白石ではないか。これをどうした』

 ダイチは、この吹き流しに似た生き物が、言葉を話す、いや思念会話をしてきたことで一瞬言葉に詰まった。

 「わ、私が、ハーミゼ高原の近くの川底から見つけたものです」

 『龍神白石が、川底に有ったと申すか』

 「はい、この石と巨大な頭蓋骨(ずがいこつ)が有りました」

 『頭蓋骨もか・・』

 「失礼ながら、あなた様は、カミュー様でしょうか。私は、この石がカミュー様のものと信じ、お返しに参りました」

 『神龍(しんりゅう)は、もういない。(なんじ)が見た頭蓋骨がそうだ』

 「神龍? 私は、カミュー様にお会いするために、ここに参りました」

 『カミューとは、人間が神龍(しんりゅう)をいつしか、かみりゅうと呼び、それがカミューとなっただけだ』

 「では、あの頭蓋骨が神龍様で、もうこの石をお渡しできないという事でしょうか」

 『そうなる。だが、「滝流(たきなが)し」の我が()る。我にその龍神白石を渡すが良い』

 「お待ちください。神龍様が(すで)にいらっしゃらない事は分かりましたが、なぜこの石を滝流し様にお渡しするのですか」

 『もっともな質問だ。汝も目にしたこの池に泳ぐ龍鯉(りゅうこい)が、長い年月をかけて完全変態し、我のような滝流しとなる。滝流しは、神龍から民の願いと祈りが集まる龍神白石を(ゆず)り受け、神龍へと昇りつめるのだ』

 『我は、滝流しとなり、龍神の帰りを待っておったが、龍神は戻って来なかった』

 「では、滝流し様にこの龍神白石をお渡しすれば、新たなる神龍となり、ドリアドの民を、飢饉の危機からお救いいただけるのですか」

 『そうであるが、そうもいかぬ。問題があってな』

 「その問題とは何でしょうか」

 『あそこの糸のような滝を目で辿ってみよ。滝の流れるすぐ上に大岩があるであろう』

 「はい、大岩が見えます」

 『あれをどかさねば、神龍にはなれん』

 「滝流し様が、自らどかすのですか」

 『汝でも良い。あれは、偶然に(ふさ)がれたもの。今の我では、動かすことは(かな)わぬ』

 「では、この龍神白石を差し上げます。そしてあの大岩を取り除きます」

そう言って、ダイチは持っていた龍神白石を滝流しに手渡す。

 『おおぉ、感じるぞ。感じる。この龍神白石には、民の願いと祈りが集まり宿っておる。そして、先代の神龍の記憶も伝わってくる・・・先代の神龍の最後も・・・』

 「では、あの大岩を取り除きます」

 『それはありがたいが、あの大岩はオリハルコン鉱石だ。最強の硬度(こうど)を持つ(ゆえ)、剣や魔法では、傷を付けることもできん』

 ダイチは、エクスティンクションで大岩を(くだ)くことを考えている。

 「滝流し様、2つ質問があります。あの大岩は消滅しても問題ないですか。また、あの大岩が消滅すると、ここは水に沈んでしまいますか」

 『大岩は消滅しても問題はない。消滅した場合に一時的には水深は上がるが、すぐに流れて戻るであろう』

 ちょっと待って、一時的にでも水量が上がったら、俺は流されて溺死(できし)しそうなのだけれども、心でそう(つぶや)く。

 「では、少し時間をください。洞窟の壁面を登り、安全な位置まで行ってから消滅させます」

 『もっともな意見だ。頼むぞ』

 ダイチは、水の糸のような滝から少し離れた壁面を登り始めた。指が疲れてくると、エクスティンクションで1m位の横穴を作り、休みながら登って行った。

 「この高さなら大丈夫だろう。アイ、この穴まで登って来てくれ。そこは、水が満ちる」

 「はい、今いきます」

 アイは、すいすいと壁面を登って行った。

 ダイチは、エクスティンクションで開けた壁面から顔を出して、魔法を唱える。

  ゾーブ

   「エクスティンクション」

 大岩の中心にエクスティンクションを唱えた。

 岩の表面は無傷であるが、ピキピキとヒビが入っていった。ドドドドーンと轟音(ごうおん)と共に岩が水に押し流された。先程ま携で1本の糸のような水流は、今やダムの放水時の様な滝となった。

 滝流しは、龍神白石を(たずさ)えたまま、そのダムの放水のような滝をグイグイと昇って行く。いや、泳いで行った。滝の頂上を越えて(ちゅう)に舞った。その時、滝流しが携えていた龍神白石が、目の(くら)むほどの強い光を放った。

 「ま、(まぶ)しい」

 ダイチは、目がくらみ、手で目を(かく)した。

ダイチが、恐る恐る目を開ける。

 「・・・り、(りゅう)だ。龍神だ!」

 ダイチの言葉に、アイも目を開ける。

 「なんと神々しい。・・・これが、カミュー様なのですね」

 それは、頭から尻尾の先までで、ゆうに100m超はあろうと思われる白い龍であった。胴はバス位の太さであった。

 「すごいぞ、日本の昔話に出てくる龍だ」

 白い神龍は。広い洞窟の空間に浮かび、蛇のように長く伸びた胴をクネクネと(だこう)行させていた。前足と後ろ足が2本ずつあり、その右前足で龍神白石を(つか)み、頭からは鹿(しか)のような枝分かれした角が2本生えていた。頭や(あご)の下、背中や足の付け根には金の毛がふさふさと生えていた。神龍はダイチの前に顔を寄せ、牙を光らせながら話しかける。

 『汝に感謝する』

 「神龍様、おめでとうございます」

 神龍は、ダイチをつま先から頭の上まで、食い入るように見ている。

 『・・・ほほぉ、そうなのか。汝は召喚術士か。しかも、神獣召喚もできるな』

 神龍の鋭く光る歯と牙の間から、ボソッと声が()れた。

 「神龍様、どうなされましたか」

 『いや、何でもない・・・』

 「今は一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)もありません。先ずは、ドリアドの民を救ってください。ここに来て1時間位経っています。急いでください」

 『この洞窟の時間の流れは遅い。ここの1時間は、外の世界の2日間に相当する』

 「え、それを先に伝えてくだされば・・・」

 『聞かなかっただろう』

 「今日は、7月9日か。飢饉の回避に間に合うのですか」


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