12 漆黒の闇の世界
漆黒の闇の世界には、魔物たちの猛々しい声が響いていた。
今夜は半月のためか、霧を通して極わずかだが漆黒の闇を照らしている。その光のほとんどが、濃い霧の存在を示すためのものの様でもあった。
漆黒の霧、なんとも幻想的で危険な世界である。
ダイチたちは、棘のある赤い茂の蔓を黒の双槍十文字で払いながらゆっくりと進んだ。茂から出て振り返ると、白く淡い光を放つ巨大な幹がぼやけて見えていた。
「アイ、クロー、行くぞ」
と、森を抜ける最短コースの北へ歩み始めた。
視界は3m程度、黒の双槍十文字を手前に伸ばせばその穂先が見えなくなる位だ。微かに見える前方を、手さぐりに近い状態で歩いていく。
『2時、距離30、危険度Dジャイアントオーク1匹。3時、距離27、危険度Bダークオーガー1匹』
ダイチは北から北西に迂回する。アイは、ダイチの腰から伸びる3mの紐を手に取って、ダイチの後について行く。
クローは、完全感知で捉えた30m以内にいる魔物の位置を、時計盤の時刻に置き換えてその方角を、距離、遭遇時の危険度、魔物名、数をダイチに迅速に伝える。
これによって、魔物との遭遇は可能な限り回避する。
『10時、距離29、危険度Cレッドバット1匹。12時、距離27、危険度Cフィアースディアーと危険度Cブラッディリーチの2匹が戦闘中』
北北東に迂回をする。
『2時、距離30、危険度Bサーベルジャガー1匹。これは速い、距離22』
ダイチは慌てて逃げようとして、枝に顔をぶつける。ガサッと音がした。
「・・・」
顔を押えながら、声を押し殺す。
『2時、距離15、サーベルジャガーが追いかけて来ている』
ガサガサ、バキバキと枝をへし折る音が近づいてくる。
「サーベルジャガー頭の位置は」
『2時、距離10、高さ2』
ゾーブ
「エクスティンクション」
漆黒の霧めがけて、2時の方向、距離10m、高さ2mの1点にエクスティンクションを唱えた。
本来エクスティンクションは魔物の内部1点にダークエネルギーを召喚する。しかし、漆黒の霧ともいえる状況では、視界に魔物を捉えることが困難なため、クローの指示で狙った空間にダークエネルギーを召喚した。
空間に召喚されたダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、イメージした大きさの球となる。
その瞬間に元の1点へ向かって収縮し、効果範囲の全てを消滅させた。
9
漆黒の霧が、エクスティンクションで消滅した空間に流れ込んでいく。
8
ズドドドーンと、サーベルジャガーの倒れる音が闇に響く。
7
『11時、距離27、危険度Cデスボアー1匹』
6
ダイチは2時の方向へ迂回する。
5
幹から伸びた枝が、ダイチの頬と肩に当たり、カサカサと音を立てる。
4
『3時、距離28、危険度Aカニングガーゴイル1匹。5時、距離27、危険度Sプレデーションキマイラ1匹。7時、距離26、危険度Aジャイアントスピノ1匹、此奴は速い』
3
2時の方向へ回避する。
2
『ジャイアントスピノは、こちらを補足している。追ってくるぞ。3時と5時の魔物も一緒に来る』
1
バキバキバキと、枝が折れる音が迫ってくる。
『6時、距離10、高さ6』
0 ゾーブ
「エクスティンクション」
9
二足歩行の肉食恐竜の姿をしたジャイアントスピノが、ブンと尻尾を振り回す音だけが聴こえる。
8
ダイチは、咄嗟に黒の双槍十文字の柄を構えて体を防御する。突然の衝撃と共に右胸が激しく痛み、弾き飛ばされる。ガサガサガサと背中が小枝を鳴らす。黒の双槍十文字は、その衝撃で闇の中へ消える。
7
ドンと背中に樹の幹が当たり、樹の幹の根元に体が落ちる。
6
「くっ、右胸の肋骨が何本か折れたな。エクスティンクションが、うまく命中しなかったのか」
『ジャイアントスピノ、12時、距離4、高さ6』
5
「目の前か」
ダイチの体は衝撃で動けない。漆黒の闇の中で、死の恐怖が覆い被さって来る。
ジャイアントスピノは、巨大な顎でダイチを噛み砕こうと口を開ける。
4
アイの剣が一閃し、ジャイアントスピノの膝に深手を負わせる。
ググアアァーと、激しい絶叫が響く。
後を追ってきたプレデーションキマイラが、絶叫したジャイアントスピノの背中に喰らいく。
3
ダイチは、よろけながらも距離をとろうと動き出す。
2
ダイチは、漆黒の霧の中をよろけながら1歩、2歩と進む。
アイが、ダイチの下に駆け寄る。
『第3の魔物、危険度Aカニングガーゴイル、3時、距離3、高さ5』
スー、ヒューと、カニングガーゴイル呼吸音が聴こえる。
1
ダイチは、躓いて転ぶ。ダイチには生への渇望しかない。
カニングガーゴイルは、黒い体からはえた翼をたたむ。鋭い歯を備えた嘴が足元にいるダイチに迫る。
『真上、距離3』
0
ビーチボール
「エクスティンクション」
9
左半身にカニングガーゴイルが、死体となってダイチに倒れてくる。
8
左半身に強烈な重量を感じる。
7
ダイチは、カニングガーゴイルの死体から左半身を引き抜こうと右手と右足に力を入れる。
6
アイが、ダイチの体をカニングガーゴイルの死体から引きずり出そうとする。
ダイチの右胸が、激しい痛みで悲鳴を上げる。
ダイチたちの右横4mでは、ジャイアントスピノとプレデーションキマイラが死闘をしている。
5
左半身がカニングガーゴイルの死体から抜けた瞬間、頭の上をかすめるようにジャイアントスピノの尻尾が唸りを上げて通過した。
4
ドゴンという激しい音とともに、ダイチの後ろにあった樹の幹が激しく揺れる。
「うあああぁ」
「きゃー」
と叫びながら、2人は、這うようにしてその場から離れようとする。
3
ダイチは、よろけながら立ち上がると、左足にも痛みがあった。
グオォォォンと、ダイチの後ろからジャイアントスピノ断末魔が響く。
プレデーションキマイラの獅子の頭は、ジャイアントスピノの喉をくわえている。
アイは、振り返って2匹を見る。
2
アイはダイチを支え、一歩、一歩足を前に出す。
プレデーションキマイラは、ジャイアントスピノの頭にかぶりつく。
1
『3時、距離7、黒の双槍十文字が落ちている。まずそれを拾え。プレデーションキマイラからは逃げきれない』
0
ダイチは、右脇腹を右手で押えながら、左足を引きずり黒の双槍十文字を目指す。
プレデーションキマイラは、ジャイアントスピノの頭を貪る。
アイは、プレデーションキマイラの捕食に視線が釘付けになる。
『黒の双槍十文字、12時正面だ、距離3、地面』
ダイチは薄っすらと見えた黒の双槍十文字を握った。
後ろに青白い光を感じて振り返る。黒の世界でプレデーションキマイラが、青白く発光していた。その光でプレデーションキマイラの全身が見えた。
体長4m超で巨大なサイのような体をしている。中央に獅子の頭、左に狼の頭、右にヤギの頭が出ていた。尻尾は大蛇でシュルルルと舌を出していた。そして、前足の肩の辺りには長い角が生えていた。
アイは、プレデーションキマイラのおぞましい姿に、全身が凍り付くような恐怖を感じ、身動きができない。
『プレデーションキマイラは、捕食した獲物の体や能力の一部を吸収しながら強化していく。吸収中には青白く発光する。動くもの全てを捕食する凶暴で貪欲な魔物だ』
ダイチは、プレデーションキマイラの姿を見て手が震えていた。
『プレデーションキマイラの弱点は・・』
その時、プレデーションキマイラの獅子の顔が動き、黄色と黒の瞳が、ダイチを見た。ダイチの心に恐怖が、稲妻のように走った。
ゾーブ
「エクスティンクション」
プレデーションキマイラの獅子の頭と左の狼の頭が消滅する。
9
プレデーションキマイラは、前足の力を失い前のめりに崩れる。ダイチは、黒の双槍十文字を構える手が震えている。
『違う。プレデーションキマイラの弱点は頭ではない。胸だ。胸の中に生命の核がある。そこを狙え』
アイは、瞬き1つできずに立っている。
8
プレデーションキマイラは、すぐに立ち上がる。失われた獅子の頭と狼の頭の肉が盛り上がり、復元し始めている。
7
『来るぞ』
ダイチは、黒の双槍十文字をギュッと握る。
6
プレデーションキマイラは、サイのような体で突進して来る。
「アイ、危ない」
ダイチが、アイを横に突き飛ばす。
5
向かって左手のヤギの頭の角が、ダイチを狙う。
ダイチは、プレデーションキマイラを右に回転しながら躱し、死角となる再生しかけている狼の頭の陰から、振り向きざまに胸をめがけて黒の双槍十文字を突く。
4
プレデーションキマイラは突然、ダイチの前で止まって、体の正面を向けながらヤギの角で突く。
黒の双槍十文字の突きは、プレデーションキマイラの胸をかすめたが、左の刃が肩口を切る。
ダイチは、ヤギの角を、身を屈めて躱す。
3
ダイチは、プレデーションキマイラの死角となる右の腹の脇へ更に回り込む。
2
突然、ダイチの体の自由が奪われる。
プレデーションキマイラの尻尾である大蛇の首が巻き付き、ダイチを持ち上げる。
1
尻尾である大蛇が、ダイチを頭から丸呑みしようと大きな口を開ける。
「プレデーションキマイラ、お前の敗因は、今の一撃で俺を仕留めなかった事だ」
0 ゾーブ
「エクスティンクション」
プレデーションキマイラの胸の内部1点にダークエネルギーを召喚する。
反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張し、イメージしたゾーブの直径3mの球までその効果範囲を広げた。その瞬間に、胸の内部1点へ向かって収縮し消滅した。
プレデーションキマイラの核は勿論、効果範囲内のものは全て消滅していた。
9
プレデーションキマイラは、動きが止まる。
8
ダイチの体に巻きついていた尻尾が胴体から切れ、ダイチと共に地面に落下する。
7
獅子の頭が、体から離れボトリと地面に落ちる。
6
狼の頭とヤギの頭も落ちる。
5
サイの体も崩れるように地面に沈む。
4
「クロー、プレデーションキマイラは死んだか」
3
『死んだ』
2
「クロー、索敵だ」
1
「アイ、怪我はないか」
ダイチは横に倒れているアイへ視線を向ける。
0
『9時、距離27、マウントタートル1匹。7時、距離29、フォレストアリゲーター1匹。この2匹は、先程からほとんど動いていない』
「アイ、しっかりしろ」
ダイチは、アイの肩を掴んで揺する。
「ダ、ダイチ様・・・私、怖かった・・・」
アイは、涙を見せてダイチの胸にしがみついた。
ダイチは、アイを優しく抱きしめる。
「安心したよ。アイでも怖いと思う事があるのだね・・・俺は、ずっとアイが自分の命を軽く扱っている様に感じて、それが怖かったんだよ」
「ルカの民である私にも、そんなに優しい・・・うぇ、ふぇ・・・」
「自分を卑下する必要はない。アイはアイだ」
「うぇ、ふぇ・・・・うぇ、ふぇ・・・」
「アイ、立てるかい。ここは危険だ。一緒に行こう」
そう言って、アイテムケンテイナーから水を取り出すと、アイに渡した。
「・・・はい」
アイは涙を服の袖で拭うと、立ち上がり、水をゴクゴクと飲んだ。
ダイチは、右手で黒の双槍十文字を構え、左手でポケットに入れたポーションを探す。ダイチのポケットの中には、割れた瓶の破片だけだった。
ダイチは、アイテムケンテイナーからポーション1本を取り出して飲んだ。ダイチの左足の痛みは、ほぼなくなったが、右胸には痛みが残っていた。
「ポーションでは、完全回復とはいかないのか」
激しい喉の渇きを感じ、ダイチも喉を鳴らしながら水を飲んだ。
「クロー進行方向を見失った。最短ルートの方角と残りの距離、それから今の時刻」
『2時の方向、距離2029、午前2時31分』
「約1時間で、1000m程度しか進んでないのか。このペースだとあと2時間だな」
ダイチたちは、クローの完全感知によって、多くの魔物を回避し、最小限度の戦闘をしながら進んでいた。
アイの表情は冴えないが、プレデーションキマイラの恐怖からは、徐々に立ち直っていた。
『止まれ』
ダイチは、歩みをとめた。
「クロー、どうした」
『進行方向には、魔物が多くいて危険だ。迂回だ。4時方向へ』
「少し戻るが仕方ない」
ダイチは、4時方向へ戻って行く。
『12時、距離33、危険度Aフォレストアリゲーター1匹。2時、距離30、危険度Bヘビーゴーレム1匹』
クローのレベルが上がり、完全感知範囲が徐々に伸びてきていた。
「迂回をしている最中だというのに、ここから更に迂回だとかなり時間のロスだ。倒して進む。」
漆黒の霧の世界の中、足音を忍ばせて進む。
『フォレストアリゲーター、12時、距離17、高さ2、まだ気づかれていない』
「このまま、11時へ気づかれないように進む」
「アイ、慎重に・・・」
「はい」
木の葉がアイの鼻に、草が膝に触れる。
『フォレストアリゲーター3時、距離7、高さ2』
ダイチの右肩は枝に触れ、カサカサと小さな音がした。ダイチは立ち止まり息を飲む。
『動くな、身を潜ませていろ』
「気づかれたのか」
『いや、それではない。11時、距離31、28、26、近づいてくる危険度Sケルベロス1匹、此奴は危険だ』
「クロー、ここは、フォレストアリゲーターに近いぞ」
『ここは、ケルベロスにとっては風下だ。身を潜めていれば気づかれずにやり過ごせる』
ケルベロスは、狼に似た魔物である。体長4mで全身が銀色、狼の頭を3つもち、嗅覚が非常によい。また、獰猛で敏捷性が高く。もし、森で人間が出会ったら、生きて戻れる事はない。
『危険度Sケルベロス9時、距離19。やり過ごせそうだ』
その時、風向きが変わった。
『ケルベロスの風上になった。フォレストアリゲーターを倒せ』
「ケルベロスに気付かれるぞ」
『ケルベロスとフォレストアリゲーターを、2匹まとめて相手をするよりはましだ』
『フォレストアリゲーター3時、距離7、高さ2』
ゾーブ
「エクスティンクション」
9
『フォレストアリゲーターの命が消えた。ケルベロスに気付かれた』
8
ガサガサと小枝と草が鳴る。
『ケルベロス、8時、距離14、かなり速い。来る』
7
身を低くして、黒の双槍十文字を構える。
漆黒の霧の中から猛烈なスピードで宙に舞う3つの頭をしたケルベロスの影が迫る。
6
ダイチは、左に低く跳ぶ。
アイは、咄嗟に右へ跳んだ。
ケルベロスは、そのままダイチを飛び越えるが、すれ違いざまに右前足の一撃を出す。ケルベロスの爪で、ダイチのマントが引き裂かれる。
5
ケルベロスは、着地とともに右横に跳ぶ。更に次の着地と同時にダイチめがけて飛ぶ。
ダイチは、バランスを崩しながらも目でケルベロスを追う。
アイは、剣を抜いてダイチに向かい一跳躍する。
4
片膝を着きながら、黒の双槍十文字を横に払う。
宙に浮くアイの剣先が、闇を裂いて弧を描く。
ケルベロスは、空中で身をよじりこれを躱す。
3
ケルベロスは、着地の瞬間左に走り、ダイチの背後めがけて3つの頭の牙が襲う。
ダイチは身を翻しながら、右手1本で黒の双槍十文字を払う。
ケルベロスの右側の頭の喉を切るが、ケルベロスの左前脚が槍の柄を叩く、黒の双槍十文字は宙に弾かれる。
アイの剣先が、ケルベロスの腹を掠めるが、浅い。
2
2つの頭からギャオォォンと、苦痛の悲鳴が上がる。ケルベロスの右の頭は力なく垂れ下がる。
ダイチは、黒の双槍十文字を叩かれた勢いで、尻もちをつく。
1
ケルベロスは、左前足でダイチを踏みつけようとする。
ダイチは、体を横に捻り、ケルベロスの左前足を躱すが、マントを踏まれ動けない。
アイは、剣を中段から薙ぎ払い、ケルベロスの左前脚を切断する。
0
ケルベロスの中央と左側の頭は、牙を剥きダイチの顔に迫る。
「近すぎる」
サッカーボール
「エクスティンクション」
ケルベロスの左側の頭は消滅する。中央の頭は、瞬き程の間、動きが止まる。
9
「ハァ、ハァ、ハァ」
アイは、ケルベロスの残った中央の頭を切断しようと剣を上段に構える。
8
中央の頭には、ダイチの抜いたソードが、顎の下から頭を貫いている。
アイは、上段に構えたまま、動きを止める。
7
「ハァ、ハァ、ハァ」
6
ケルベロスの中央の頭からソードを抜く。
ケルベロスは静かに横に倒れる。
「ダイチ様、お見事です。お怪我はありませんか」
5
ダイチは、ぼろぼろになったマントを脱ぐ。
4
「ハァ、ハァ、大丈夫だ。アイこそ見事な剣技だった」
3
ダイチは立ち上がる。
アイは、周囲を警戒している。
2
ダイチは、右手に持っているソードを見つめる。
1
ダイチは、祈るように呟く。
0
「バイカル親方の魂を込めたこのソードに助けられました。凄まじい切れ味でした」
「クロー、黒の双槍十文字はどこにある」
ダイチは黒の双槍十文字を拾うと、バイカルのソードを一振りし、腰の鞘に納める。
「クロー、最短ルートの方向と索敵を」




