表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひと  作者: 花野井 京
10/17

10 背に伸ばす指

 ドリアドの街。

 ガリムはある有力な情報を手に入れたと言って、バイカルと鍛冶店の奥の部屋いた。

 「バイカル親方、昔はこの国で12年ごとに繰り返されていた飢饉(ききん)、その前兆にまつわる話に心当たりがないかどうか、山の民の知り合いに尋ねてみたのじゃ。

 山の民は、分からんとのことだったが、昔でなく今のことなら、(うわさ)で聞いたことがあるというのじゃ。それも龍の年ごとの異変に。

 儂ももしやこれはと思い詳しく聞いてみると、ローデン王国の西の漁業が盛んな港町ポポイのことだ。そこの漁師が、海を挟んだ遥か遠くの対岸にあるバルト大陸のゴスモーザン帝国で、黒い魔物を見たという話なのだ」

 「ローデン王国から更に西の大陸バルト大陸の話とは、ずいぶんと遠過ぎないか」

 「儂も話を全部聞くまではそう思ったぞい。ゴスモーザン帝国は軍事国家で、秘密国家なので、国内のことは外の国には伝わってこない。じゃがな、港町ポポイにいる元漁師の長老が、50年以上前に、龍の年の7月5日には、漁に出てはならんときまりを作った。

 それには理由があって、何でもその長老の爺さんが若い時のことらしいのじゃが。丁度、龍の年の7月5日、魚を求めて遥か西の沖、バルト大陸のゴスモーザン帝国近海まで行ったらしい。

 遠くに見えるゴスモーザン帝国側の岸には、真っ青な空が広がっていたそうじゃ。それが西の方から黒雲のような魔物が()いて出たかと思うと、みるみる間に空は真っ黒な魔物に(おお)われ、遠くからギギギギとなんとも気味の悪い鳴き声が響いてきた。今まで見たこともない異様な光景に怖くなって漁を止めて、ポポイへ寄港したそうじゃ」

 「龍の年の7月5日に黒雲のような魔物か・・・お干支祭と重なる時期にはあるが、偶然ではないのか」

 「それがじゃ。それから12年後の龍の年の7月5日にもゴスモーザン帝国近海で同じ光景を見たそうじゃ。(わざわい)()けるために、龍の年の7月5日の漁は禁止としたそうじゃ」

 「龍の年に限った7月5日か、ガリム、これは関係があるかもしれないな」

 「儂もお干支祭の2日前というから、無関係じゃとは考えにくいと思ったのじゃ」

 「むう、飢饉と関係があるとして、その黒雲の魔物が何なのか、ローデン王国にどう関わるのか。ここを調べなくては手の打ちようがない。しかし、残された時間があまりにも少ない」

 「じゃな。じゃが、ゴスモーザン帝国の西の空に答えがあるやもしれん」

 「西の空か、西の港町ポポイまで行って調べさせよう。馬の扱いの上手いバルに観に行かせるとしよう。それで前兆の1つが分かるなら、それが解決への糸口になるやもしれん」

 「バルで大丈夫か。心もとない気もするが」

 「心配ない。バルは、やる時はやる男だ。」

 バイカル親方はバルを呼んだ。

 

 7月3日。

 翌朝、ドリアドの街から早馬を駆り、出発した1人の男がいた。腰にソードを帯び、筋肉質で大柄、丸顔で愛嬌(あいきょう)のある顔立ちのバルである。

バルは、伝書鳩(でんしょばと)2羽を(かご)に入れている。1匹の伝書鳩はハヤテ、一日千里を飛ぶという、祖先に魔物をもつ秘蔵の鳩だった。

 「俺に、黒雲の魔物についての情報を手に入れる事ができるのだろうか」

バルは、その責任の重さに不安を抱きながら、港町ポポイに向かって馬を駆った。

 

 7月4日

 ダイチは川の手前に作られた監視所で目が覚めた。

 背伸びをしながら、深呼吸をした。これから初夏を迎える時期といっても、標高が高いため、ヒンヤリとした空気だった。

 昨日は夕暮れ前にこの監視所に到着し、ここで宿泊させてもらった。黒の双槍十文字を見せると快く受け入れてもらえた。

 視線を山の(みね)に向けると、ここは山脈の切れ目となっている場所だと分かった。山道をこのまま東へ進めば、ハーミゼ高原に辿り着く。南側には森が続き、その森の中へと川が流れ込んでいた。その森は、ダイチが彷徨(さまよ)い歩いた森だった。

 北側には険しい山々が続き山脈をかたどっている。川の上流はそちらに向かって延びていた。遠くに槍の穂に似た一際高い山がそびえていた。

 「あれが、目指すキリセクレ山だな」

 「威厳(いげん)があって、孤高(ここう)の山ですね」

アイもダイチの脇に立って、神秘的なキリセクレ山を眺めていた。

 門を潜ると、2人は川沿いに北へと向かった。上流といえども川幅は20m程あったが、今は水量が少ないため、川の両側には歩けそうな川岸が続いていたので、そこを歩き始めた。

 川沿いは歩きやすいが目立つ。前回河原で熊の魔物と戦っていたミノタウルスは弓を扱っていたので、狙い撃ちされる可能性がある。道は険しくとも川沿いに森の中を進んだ方がよいかと考えていた時である。

 川に沿った森の斜面から大きな音と共に、魔物が飛び出してきた。(きつね)に似た魔物だった。体長は2m位で、()げ茶色の体で胸は白色、2本の尻尾(しっぽ)が空に向かって()れている。目は吊り上がり真っ赤だった。

 10m程の距離でダイチを(にら)み、(よだれ)()らしながらグルルルゥと威嚇(いかく)していた。如何(いか)にも凶暴で、今にも飛び掛かってきそうだった。

 ソフトボール

  「エクスティンクション」

 魔物の頭の内部1点にダークエネルギーを召喚(しょうかん)する。

 反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは、一瞬にして1点から膨張(ぼうちょう)し、ソフトボール位の球となった瞬間に、頭の内部1点へ向かって収縮(しゅうしゅく)し消滅する。魔物の頭の中での一瞬の膨張と収縮は、外部からでは把握すらできない。

 魔物は、その場に倒れた。

 ダイチは、エクスティンクションのリキャスト9秒を心でカウントしながら、黒の双槍十文字を構えていた。アイも剣を抜き、ダイチの9秒の(すき)()めるべく対応する。

 基本的に魔物は単独行動が多いので、そこがダイチたちの勝算だった。しかし、狼の魔物などは集団で狩りをすることもあるので、注意が必要だと元冒険者のバイカルから情報を得ていた。

 リキャストの9秒が過ぎると、ダイチとアイは深く息を吐いて、また歩き出した。

 所々に黒曜石が散らばっていた。カミュー様への道標(みちしるべ)となる石だと、ダイチは考えながら川沿いを進んで行った。

 ガサッという音と共に、森から魔物がダイチめがけて飛び跳ねてきた。

 ダイチは咄嗟(とっさ)に、黒の双槍十文字を両手で持って、(やり)(つか)を横にして魔物の口に入れた。初撃の牙を防ぐことはできたが、魔物はそのままダイチを押し倒して、ガルルルと(うな)りながら槍の柄をくわえている。

 魔物は赤黒い毛をしていて、体長は1m半程度と小型だが、(ひたい)に角が2本出ている。

 「狼に似た魔物だ。アイ、集団で襲い掛かってくる可能性があるぞ。周囲に注意だ」 

 森から数匹の狼の魔物が(おそ)ってきた。

 アイの剣が銀の()(えが)くと、狼の首が宙に舞った。そのまま剣を水平に()(はら)う。狼の魔物2匹が後ろへ飛ぶ。

 ダイチは倒れた込んだまま、唸りを上げる狼を視界に(とら)えている。

 テニスボール

  「エクスティンクション」

  狼の魔物1匹が、一瞬にして力を失い、(くず)れる様に河原に腹を着けた。

  ダイチは身を起こすと、黒の双槍十文字の黒く輝く穂先を狼の魔物に向けた。

 「やはり、群れていたのか」

 ダイチの後方の森からガサッと音がする。後方から別の狼の魔物が唸りを上げて飛び跳ねる。

 振り向きざまにその魔物を槍で突く、振り返って狼の魔物2匹に槍を構える。

8 

 銀に光る槍の穂先を見て、その魔物たちはジリッと下がる。

 槍に突かれた狼の魔物は、胸から背中まで(つらぬ)かれ倒れている。

7 

 更に狼の魔物2匹が森の斜面から出て来た。1匹はダイチを、もう1匹はアイに牙を()いて跳ねる。

6 

 アイは、振り向き、上段に構えた剣を振り下ろすと、ダイチに迫る狼の腹を両断した。

 「アイ、危ない」

5 

 アイの背に魔物の牙が迫る。

 アイは体を(ひね)りながら剣先を下から払い上げる。

 アイに視線を移したダイチへ、別の狼の魔物が唸りを上げる。

4 

 アイは、その狼の魔物を腹から頭までを2つに切り裂く。

 ダイチに正対している2匹は、(ひざ)下まで川の水に()かっている。左に3匹、右に1匹、足元には魔物の死体が5つ、後ろには川岸の斜面がある。

3 

 アイは剣を中段に構え、ダイチの左側を守る。

2 

 左から2匹、右から1匹がダイチの足元に牙を剥きながら低く跳ねる。

 ダイチは後ろに飛ぶ。背中が斜面に当たる。

 アイは、左から飛び掛かって来た2匹を剣で()ぎ払う。

右から低く跳ねてきた1匹が目標を失ったが、向きを変えてダイチに跳ねる。

 アイは、2匹を胸から背に向かって切り裂く。

 ダイチは、正面から迫る魔物に向けて槍を構える。

 正面から迫る1匹の魔物の頭上を飛び越えるようにして、正対していた2匹がダイチに襲い掛かって来る。

 テニスボール

  「エクスティンクション」

  正面の1匹を飛び越えて来た狼は、死体となってダイチの顔面に飛んで来る。首を(かたむ)けてこれを(かわ)しながら、もう1匹を黒の双槍十文字で突こうと槍を引いたが、後ろの斜面に当たり引けない。

9 

 ダイチは、体を左に倒しながら、咄嗟(とっさ)に槍を突き上げた。槍の穂先は魔物の顔を(かす)めただけであったが、左に伸びた(やいば)が魔物の(あご)から後頭部までを()いていく。

 (しかばね)となった2匹の頭が斜面に激突する。

8 

 ダイチの足元を正面から狙って来た狼の魔物は、アイの剣で頭から顎にかけて貫かれて死んでいる。

7 

 ダイチはそのまま左に倒れる。

 アイは中段で構えたまま、狼の魔物の鼻先に剣先を近づけていく。

 残り1匹となった狼の魔物は、アイを見ながらグルルルッと唸りを上げる。

6 

 ダイチは槍を向けたまま立ち上がる。

5 

 ハアッ、ハアッ、ダイチは呼吸を忘れていたかの様に荒く息をし始める。  

4 

 ハアッ、ハアッ、ダイチは槍を構えたまま狼の魔物を(にら)む。

 狼の魔物は向きを変え、斜面の樹々の中へ跳ぶ。

3 

 ダイチは、狼の魔物を目で追う。

 狼の魔物は森の斜面を駆け上がり、離れて行く。

2 

 ダイチとアイは、互いに背を預けながら、周囲を警戒する。

1 

 ハアッ、ハアッ、黒の双槍十文字を構えている。

0 

 ヒュー、ヒュー、フーッ、ヒュー、ヒュー、フーッと、アイは剣を構えたまま、独特の呼吸法をしている。

 「ふー、危なかったー」

 ダイチは森を(にら)んだまま、深い息を吐いた。

 「アイ、怪我(けが)はないか」

 「大丈夫です。ダイチ様はどうですか」

 「問題ない。・・・しかし、アイの剣技には驚いた。アイがいなければ、今の群れに俺は食われていた」

 「ダイチ様がいなければ、私は魔物の腹の中でしたわ」

 「ふー、最後の1匹は黒の双槍十文字だから防げた・・・」

 ダイチたちは、狼の魔物の死体を横目に、キリセクレ山を目指して歩き出した。

 30m程進むと、何やら音がするので振り返る。今しがた倒した狼の魔物の屍に、灰色の体に焦げ茶色の斑点模様(はんてんもよう)をもつ、体長1m程のジャッカルに似た魔物が数匹集まっていた。

 ダイチは槍を構えた。ジャッカルの魔物の赤い目とダイチの黒い目が合う。

緊張が走る。

 ジャッカルの魔物たちは、狼の魔物の屍を食らい始める。狼の魔物の肉が目的で、こちらへの敵意は無いようだ。ダイチとアイは、少しずつ後ずさりをしながらその場を離れた。

 弱肉強食の世界を思い知らされた。力の強いものが弱いものを捕食する。これが魔物の絶対的なルールだ。

 元冒険者のバイカル親方から聞いた話だと、魔物は捕食(ほしょく)目的の他にも、人間などをハンティングするそうだ。食べるためではなく、殺戮(さつりく)目的で襲い掛かる。これが魔物の恐ろしい本能だという。

 

 川幅は少しずつ狭くなり、水面から大きな岩が重なるように突き出ている場所もある。岩に手を掛けながら慎重に越えていかなければならない。

 背丈を超える岩に登り、下のアイへ手を伸ばした時に、カチカチと岩と水面の間から音がした。

 2つの大きなハサミを持った赤黒いカニの魔物だった。体長は20㎝程だ。よく見るとカニの甲羅(こうら)の後ろから尻尾が伸び、その先は鋭く(とが)っていた。まるでサソリの尾だった。

 「こいつは間違いなく、あの尻尾の先に毒があるな。カニサソリってところだな」

 ダイチは、アイをすばやく岩の上に引き寄せた。

 ダイチたちの立っている大きな岩の周りの岩から、無数のカニサソリが湧き出してきた。大きな岩がカニサソリに囲まれ、2人は逃げ場を失っていた。カチカチとハサミを鳴らし、威嚇(いかく)しながら近づいて来る。

 「うぁ、この岩に登ってきた」

 黒の双槍十文字を振りながら、カニサソリを切り落としていく。槍はカニサソリを切ると同時に刀身に触れた岩までも切り落としていく。 

 アイも剣で岩を登って来るカニサソリを切り落として行く。

 足元に辿りついたカニサソリは、尻尾の尖った先の毒針で2人の足を狙う。これを(かわ)すと、足元の岩に当たりカツカツと音が響いた。

 「きりがありません」

 「やられる。数が多すぎる。アイ、あそこまで飛ぶぞ」

ダイチは、川の水面を指さした。

 「はい」

 2人は、水面めがけて高く飛び跳ねた。ダイチは、体を(ひるがえ)してカニサソリに(おお)われた岩を見た。

 ゾーブ

  「エクスティンクション」

 大きな岩の内部1点へダークエネルギーを召喚した。

 反発エネルギーであり負の圧力を持つダークエネルギーは1点からイメージしたゾーブと同じ3mの球体まで一瞬にして膨張し、その球体は瞬時に1点に収縮して消えた。

 無数のカニサソリに覆われた大きな岩は消滅していた。

 ドボーンという大きな音とともに、ゴボゴボと音が聞こえる。ダイチは水流に抗うが、風に舞う木の葉のように錐揉(きりも)みで流される。黒の双槍十文字を持ったまま手足を動かして水中で泳ぐ。左手が岩にかかる。水流に(あらが)いながら、水面から顔を出す。

 ブハッと、大きく息を()いて呼吸を始めた。水深は腰位だった。

 「アイ・・・アイ・・・アイ!」

ダイチが、辺りの水面や岩に目を落とし、アイを探す。

 「ダイチ様、ここです」

 下流15mの岩に、アイがしがみ付いていた。 

 ダイチは、水流に流されながら、アイを目指して水中を走った。

 「アイ、(つか)まれ」

 ダイチは、黒の双槍十文字を左手に持ち換え、右手でアイ手を握った。

岸に上がると、ダイチたちは、上流に向かい再び歩き始めた。

 「ダイチ様、エクスティンクションで、空間が(ゆが)んで見えましたね。大岩も無数のカニも包み込む球でした」

 「エクスティンクションのイメージとして、ゾーブをバリエーションに加えておいて良かったよ」

 ダイチは、エクスティンクションの効果範囲設定のために、パチンコ玉、ピンポン玉など大きさの異なる具体的なイメージを考えていた。

 ゾーブはその中の1つで、球の中に人が入って転がっていく直径3mちょっとのアトラクション用の球体だった。

 生き残ったカニサソリを警戒して、森の斜面を迂回した。10m程下に見えるエクスティンクションの跡は、既に水が流れ川の一部となっていた。

 時折、魔物の声が森と川に響く。河原では黒曜石の他に、龍神赤石もいくつか見かけた。風も冷たくなってきた。ダイチたちは立ち止まり、アイテムケンテイナーから2人分の服を取り出して着替えた。

 それから、キリセクレ山を見上げ、大きく息を吐くと、また歩き出した。

 

 体が重く感じて樹に寄りかかると、空は橙と薄い紫色の雲が浮かんでいた。もう日が沈み始める時刻となっていた。

 「このまま夜を迎えたら、夜行性の強力な魔物のエサにされる。どこか寝られる場所を確保しよう」

ダイチは川沿いにある小高い絶壁(ぜっぺき)を発見した。

 「あそこなら、なんとかなるか」

 「あそこ? 何をするのですか」

 絶壁の真下に行くと、ダイチは絶壁の高さ2mのところを見上げ、

 ビーチボール

  「エクスティンクション」

絶壁の高さ2m弱に空いたビーチボール大の穴によじ登った。

 大玉

  「エクスティンクション」

と、それからはリキャストごとに大玉をイメージして5回唱えた。

 エクスティンクションで開けたビーチボール大の狭い入口に、中は直径1mちょっと、深さ4m程の洞窟(どうくつ)ができた。入口から中にかけて、龍神赤石をバラバラと撒いた。

 「龍神赤石で魔除(まよ)けですか」

 「この辺りの魔物では、龍神赤石の魔物除け効果はないかもしれないが、気休めに」

 ランプを灯してクローを取り出した。

 「キリセクレ山にはだいぶ近づいたな。明日には麓まで行けそうだ。クロー、カミュー様の住む洞窟の入口って分かるか」

 「カミュー様の住む洞窟の入口を示せ」

 

 「カミュー様の住む洞窟の入口を示す」       

    ◎印のところである。

             

 「クロー、これ地図じゃないか。地図も出せるのか。文字でしか示せないと思い込んでいた。助かる」

 大まかに描かれた地図ではあったが、この川の上流で間違いない。

 「現在の月日と時間を示せ」

 

 「現在の月日と時間を示す」       

    7月4日 午後6時12分

  

 ダイチは洞窟の中で安心すると、空腹と疲れ、寒さを感じた。ダイチとアイは互いに肩を寄せ合い、ランプの揺らめく橙色の灯を見つめながら夕食を摂った。

 ベグルにハチミツを付け、サラーミンを挟んで食べた。疲労した体が、エネルギーを求めたのか、食欲が増していてベグルを多めに食べた。

 アイの笑顔が、ランプに炎に照らされ、白く艶やかに光る。ダイチの肩とアイの肩が()れる。ダイチは、アイの瞳を(だま)って見つめ、言葉を()み込む。

 「・・・・・」

 「ダイチ様・・・私は、鍛冶(かじ)をしている時の、ダイチ様の迷いのない瞳に(あこが)れていました」

 ダイチは、優しく微笑む。

 「アイのその()き通った瞳は、美しいよ」

 「・・・ありがとうございます」

 「明日も早い、もう寝よう。アイ・・・おやすみ」

 「おやすみなさい・・・ダイチ様・・・」

 ダイチは横になると、アイに背中を向け、ハーフコートを掛けた。

 アイは、ふーーっと、長い息を吐く。

 アイも横になってハーフコートを掛けると、ダイチの背中をしばらく見つめていた。

 アイは、ドクン、ドクンと鼓動(こどう)高鳴(たかなり)りを感じた。深呼吸をしたが、フーッと長い音が2人の間に消えていくだけであった。

 ドクン、ドクン、ドクン・・・ドクン

 アイの人差し指が、ダイチの背中にゆっくり伸びる。

 ドクン、ドクン・・・ダイチの背中に指が()れる直前に、アイは伸ばしたその指が(ふる)えていることに気づいた。

 アイは、指を止めた。

 「今の私は、優しさに包まれている。もう、十分に幸せ・・・私は、楽園の守護者。あの地に(もど)らねばならぬ身・・・」

 アイは、手を戻すと、静かに目を閉じた。

 その夜、2人は、ハーフコートに包まりながら(どろ)の様に寝た。


 「(ひる)むなー。盾の壁を作れ」

 「魔法兵は下がれ」

 カリスローズ侯爵が、ダイチの援護に派兵したドリアド兵30名は、キリセクレ山を目指していた。ここはダイチの寝ている洞窟の後方七キロメートルの地点だった。

 ドリアド兵は、川岸近くの森に野営できそうな場所を見つけ、そこにキャンプを張っていた。そこを夜行性の強力な魔物に急襲(きゅうしゅう)されたのだ。

 体長3mのコウモリの魔物は、ドリアド兵を後足で鷲掴(わしづか)みにすると、高く舞い上がり森の奥へと連れ去っていく。

 体長20mの(へび)の魔物は、双頭の鎌首を持ち上げ襲い掛かり、その牙の毒で兵を麻痺(まひ)させ、丸呑(まるの)みにしていく。

 背中に角が生えた体長3m半ばはあるモグラの魔物は、盾を構える兵たちを、その爪で盾もろ共切り刻んでいく。

 夜行性の魔物たちは、圧倒的な力でドリアド兵を蹂躙(じゅうりん)していく。

 魔物たちは、連携しているのではない。それぞれがここにいる兵を捕食目的あるいは、ハンティング目的で襲撃(しゅうげき)しているのだ。

 「リンド隊はザザイ隊のサポートに向かえ」

 「あの2本首の蛇の魔物に魔法を集中しろ」

 リップ隊長の指示が飛ぶ。

 ドリアド兵はリップ隊長の指示の元で善戦していた。魔物を剣で切る、槍で刺す、火魔法で焼き殺す、盾の壁で防ぐ、傷ついた兵を(かば)う。だが、連携によってその(はかな)い命を(つな)ぐのがやっとであった。ドリアド兵30名は徐々に人数を減らしていった。

 魔物たちの殺戮(さつりく)は、夜明けが近づくまで続いた。

 生き残ったドリアドの兵は、13名であった。その内3名は重症だ。この世界における部隊全滅と認識される半数の死者を越える消耗(しょうもう)となっていた。

カリスローズ侯爵(こうしゃく)は治世では非凡(ひぼん)な才能を発揮しているが、戦の知識や戦術、経験のいずれもがメルファーレン辺境伯(へんきょうはく)と比べようもなかった。キリセクレ山を目指し、僅か兵30名を派兵した判断が甘かったのだ。

 「退却だ」

 リップ隊長が静かに言った。東から日が昇り始めた頃、その男に付き従うのは傷を負った兵ばかりであった。


 7月5日朝。

 ダイチは寒さに震え目が覚めた。吐く息が白かった。洞窟の入り口から外の様子を見る。

 空は真っ青に()み渡り、白い雲がいつもより近くにあるように感じた。ダイチは空に向かって手を伸ばし白い雲を(つか)もうとしたが、届くはずもなかった。

 「ダイチ様、何をなさっていたのですか」

 「雲を掴めるかなと思って試した」

 「え・・・それで掴めましたか」

 「俺の腕は、少しばかり短かった。さて、今日は寒くなりそうだから、防寒対策が必要」

 「はい」

 雨除け用のグレーの皮のフード付きコートと防寒用のダークグレーのハーフマント、皮の黒手袋をはめて穴から外に出た。ダイチたちはコートのフードを被ると歩き始めた。

 しばらく川沿いを歩くと、川幅はだいぶ狭くなってきていた。河原には黒曜石に混じって龍神赤石も光っていた。空を見上げると多くの鳥の魔物が飛んでいた。

 川沿いの斜面からバキバキバキと樹の枝を折りながら、何かが滑り落ちる音が聞こえた。ドドーンという音と地響きがした。サイに似た魔物が河原に立ち、ダイチたちを(にら)んでいた。

 ブホホホオと、荒い息とも叫び声とも区別のつかない音を出すとこちらに向かって突進して来た。

 「ビックサイ!」

思わずそう叫んだ。

 体長はバス程で鼻先に並んだ2本の角の他に額からも1mは超える2本の角が出ていた。猪突猛進(ちょとつもうしん)の圧力を感じ、(ひる)みそうになる。

 地球()

  「エクスティンクション」

9 

 ビックサイは前足の(ひざ)を付き倒れるようにしてそのまま(すべ)って来る。

8 

 「うあぁぁぁ」ダイチとアイは、夢中で横に跳ぶ。

 ビックサイは転がるようにして止まる。

 あまりの驚きにリキャストカウントが分からなくなってしまった。これはかなり強そうだ。そう思っていると再びバキバキバキ、バキバキ、

 「え、まさかもう1匹・・」

 ドドーン。ドドーン。ドドーン

 「これはまずい。3匹も来た」

 地球儀

  「エクスティンクション」

 着地したばかりのビックサイ1匹が、崩れるように倒れる。

9 

 残りの2匹が、ブホホホオと叫び声のような音を出す。

8 

 2匹は角の生えた頭を上下に振る。

7 

 2匹並んで突進して来る。

 アイは、ダイチの前に立つ。

 「ダイチ様、一直線に」

 2人は一直線に並ぶ。

6 

 「奴らは速い・・・アイは右を、俺は左だ」

 黒の双槍十文字を構える。森の斜面から3度目のバキバキバキと音が伝わってくる。

 「えええ、またか。合計5匹?」

 2匹のビックサイは、頭を下げて額の角で突き刺すような体勢で体当たりして来る。

 アイに近づいて来ると、標的が小さいのでビックサイ同士の肩と肩が接触する。

4 

 アイは、右に跳躍(ちょうやく)すると右側を走るビックサイの左前足を剣で切断する。

 ダイチは左に()びながら黒の双槍十文字を横に払う。

 ドドーンと5匹目が、森の斜面(しゃめん)から河原に着地する。

3 

 右側を走るビックサイは左前足を失い、バランスを(くず)して右へ倒れて行く。

 左側を走るビックサイの右足上部から腹の一部を切断、そして右後ろ足にも大きな傷を負わす。

 ドドーンと6匹目の着地音がする。

2 

 右側のビックサイは倒れたまま河原をスピンし、河原の小石を(はじ)く。

 左側の前足を切断されたビックサイはバランスを(くず)し倒れたまま滑る。

1 

 右側のビックサイは、川沿いの斜面に接触すると衝突音がしたが、小石を跳ね上げて止まる。

 左側のビックサイは、河原に巨体を横たえて止まる。

0 

 地球儀

  「エクスティンクション」

  右側でスピンの止まったビックサイはそのまま動かなくなる。

9 

 左側のビックサイは右脚と腹を切られたため、倒れたまま苦しそうな唸り声を上る。

 ダイチは、新たに斜面を滑り落ちて来たビックサイ2匹を視界に(とら)える。

  2匹のビックサイは前後になり突進する。

 「奴らの狙いは俺だ。アイは、そこにいて止めを刺せ」

 「はい」

7 

 「先頭のビックサイをかわしても、後ろにいるビックサイに跳ね飛ばされるな」

 前後になって走るビックサイ2匹が目前に迫る。黄色い眼に縦長の小さな瞳がダイチに殺気を放つ。

6 

 ダイチは、先頭のビックサイの体と接触する程の近距離で右側に避け、左前足を双槍十文字で払う。

5 

 先頭のビックサイは左前足を失い、ガクッと下顎(したあご)を地面に打ち付け前のめりとなり、ダイチの方に(かたむ)きながら逆立(さかだ)ちのような体勢になる。

 後方を駆けるビックサイが(わず)かに体を(ひね)りダイチめがけて突進する。

4 

 先頭のビックサイの体は、後方のビックサイの視界を(さえぎ)る。

 後方のビックサイが前方のビックサイの浮いた腹あたりに接触する。

 後方のビックサイの頭が下から上へと動き、前方のビックサイを高く跳ね飛ばす。

 ダイチは後方のビックサイの上がった(あご)の下に(すべ)()む。

 後方のビックサイの腹が仰向(あおむ)けのダイチの上を通過する。

 体の下へ滑り込んだダイチの右手にあった黒の双槍十文字を、後方のビックサイが左前足で蹴飛(けりと)ばし、黒の双槍十文字が回転しながら(ちゅう)()う。

 前方にいたビックサイが地面に背中から落ちる。

 後方にいたビックサイが通り過ぎて、(あわ)てて向きを変えようとする。

 ダイチは通り過ぎた後方にいたビックサイの(しり)から腹の部分を見る。

0 

 大玉

  「エクスティンクション」

9 

 走り去った後方いたビックサイが断末魔(だんまつま)を上げる。

 ダイチは体を起こし始める。

8 

 ダイチは立ち上がり、黒の双槍十文字を探す。

 前方にいたビックサイも起き上がろうとする。

 ダイチは川辺と森の境に刺さっていた双槍十文字を見つける。

 前方にいたビックサイは立ち上がったが、左前足を失い、腹には深いダメージを負っていてうまく動けない。

 ダイチは双槍十文字に向かって走る。

 前方にいたビックサイは体を上下に振りながらこちら、ダイチへ向かってヒョコヒョコと歩き始める。

 ダイチは双槍十文字を右手で握る。

 前方にいたビックサイは、体が上下に動き、痛々しい程のスピードで歩く。

 ダイチは近づいて来る前方にいたビックサイを見る。

 前方にいたビックサイは徐々に近づく。

 ダイチも歩きながら前方にいたビックサイに近づく。

 ダイチは更に近づく。

 前方にいたビックサイは首を下にして、角でダイチを突こうとする。

 ダイチは前方にいたビックサイの額に双槍十文字で止めを刺す。

 ビックサイは静かに倒れた。

 ダイチは、苦しそうな唸り声へ顔を向けた。

 前の3匹のうち左側にいた両右足と腹の一部を切断されたビックサイが倒れたまま苦しそうな(うな)り声を上げていた。

 アイは静かに歩き近寄った。そして、静かに目を(つむ)ると、ビックサイの(のど)を剣で払った。

 ダイチもアイも、襲って来た魔物とはいえ、やりきれない気持ちを()みしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ