神城朝水の家にやってきた
女性専用マンション「メゾンローゼ」は六礼駅から少し離れたところにある住宅街、大通り沿いにある。三階建ての無骨な作りで女性専用には見えないが、新築らしく外観は清潔だった。
エントランスに入ると、エレベーター前でサングラスをかけた若いおねえさんに出くわした。
「アサミちゃんお帰りー。って、男の子!?」
「ハハハ違うよ、ボクの同級生だ」
「あっ、ごめんなさい!」
「いやー、こんな身なりだし誰でも間違います。気にしないでください」
男と間違われるのはしょっちゅうだ。でも好き好んでそういう格好してるんだから何とも思わない。
一緒にエレベーターに乗り込むと、おねえさんは「3」のボタンを押した。
「アサミちゃんがお友達連れて来るの初めて見たわ」
「さっきまで一緒にパフェを食べていた。『峠茶屋』という新しくできたカフェでね」
「あー、私も昨日そこに行った。冬なのに桃パフェが出てたけど、食べてみたら美味しかったわー」
「じゃろ?」
アサの瞳孔が一瞬桃になったような気がした。
エレベーターを降りると、おねえさんは303号室の前でカードキーをかざした。
「それじゃあねー」
おねえさんが手を振って中に入ると、アサも手を振り返した。一応は近所付き合いできているのか、と失礼ながら感心してしまった。
「ボクの部屋は隣だ」
304号室は一番端っこだった。
「角部屋か、なかなか良いとこ住んでんじゃん。でも家賃結構高いんじゃね? 駅にも近いしさ」
「ボクを誰だと思っている? 家賃ぐらい自分で稼いでるさ」
おおう、さすがプロだな。
「さ、入りたまえ」
「お邪魔しまーす……」
意外と言っちゃ失礼だが、部屋の中はキチッと整っていた。ただし装飾品の類は一切なく、家具は必要最低限のものしか置かれていない。
「なんか、殺風景だな」
正直に感想を漏らした。
「最低限、寝る場所さえあれば事足りるからな。だがボクの生活の中心はここじゃない」
部屋にはもう一つドアがある。そこを開けると、音楽機材があった。スペックが高そうなデスクトップPCが奥にあり、複数台のキーボードが左右に置かれている。これはちょっとしたスタジオだ。
しかし、デスクに置かれている石が悪目立ちしている。これは以前、アサが学校で拾ったもので間違いなかった。
「へえ……なんかいろいろと凄いな。こんだけ揃えるのにどんだけ金がかかったんだ?」
「さすがに少しだけ親に出してもらったさ。後払いで返したがね」
「立派だなあ。しかし音出して大丈夫なのか?」
「このマンションの部屋は防音室並の環境でね、しかもここは角部屋のさらに一番端だからあまり気にせずに音を出せるんだ」
「いいなあ。あたしん家なんか住宅街のど真ん中だし古い家だし、ちょっとでもドラム叩こうものなら音漏れして近所迷惑になっちまうよ」
ステージで叩いて観客を感動させられたら音楽。家で叩いて近隣住民に迷惑をかけたら公害。同じ音でも状況、聞く人の気持ちによって立ち位置と呼び名を変えられてしまうのである。
アサはパソコンを立ち上げていた。
「本当なら作曲風景をお見せしたいところだが、あいにく今は頭がお休みモードなのでね。代わりにボクの故郷の光景をお見せしよう」
アサが動画ファイルを再生すると、神秘的でどこか和風テイストな音楽を背景にして、日の出が映し出された。テロップには『泰山(標高322m) 頂上 元旦』と出ている。初日の出の光景らしいが、オレンジ色に煌々と輝く光がとても鮮やかだ。
続いて集落が映る。点在している民家と段差が特徴的な田んぼ……確か棚田というやつだ。撮影された季節が冬だからかまだ苗が植えられていない。
次に映し出されたのは栄えた場所。とはいえ大通りが一本通っていて、左右に古びた民家と商店が並んでいるぐらいだ。まっすぐ進んでいくと、右手にあたしん家の近くにある公民館みたいな二階建てが見え、カメラがそちらに向いて『大竹村役場』のテロップがつく。さらにそこには『二月九日は立成十年度町議会選挙の日です』の垂れ幕が下がっている。撮影時期は十年前のようだ。
急に真っ赤なランドセルを背負った子どもがテクテク歩いている場面に切り替わった。前髪ぱっつんで、腰まで伸びた艷やかな黒髪を持つ女の子で、カメラの方に向かって愛想を振りまいている。その可愛らしい姿に不覚にもクラッときてしまった。
「この子、バカ可愛いな!」
「ええっ!?」
アサがなぜかドン引きしたリアクションを見せる。
「いや、可愛いだろ。あっそうか、『バカ』ってこっちの方言じゃ『とても』って意味もあるからな。本当にバカ呼ばわりしたわけじゃねえぞ」
「それぐらいわかっとるけど、可愛い言われたの初めてじゃけえ……」
「え……まさかこの子……?」
あたしはアサを指差すと、アサも自身を指さしてコクッとうなずいた。
「ちょ、ちょっと待て、雰囲気が全然似てねえぞ!? いや、よく見たら目もとが似てるけど……本当に同一人物か?」
「本人だとも。小さいときのボクはロングヘアーだったしもちろん染めてもいなかった」
アサはうつむき加減で言った。顔も赤い。
「今からこの子は誰でしょうクイズをやって明日香を驚かすつもりだったが、先に驚かされてしまったな。いったいどうしてくれるんだ……」
「いやなんで責められんだよ。素直にありがとうって言えよ。褒めてんだからよ……」
うう、と唸ってモジモジするアサ。なんか今のアサも可愛らしく見えてきた。あたしの頭の中で、ツーブロックショートの金髪を黒く艶やかなロングヘアーに置き換えてみると……あっ、こりゃやべえ……。
アサのことを変な目で見てしまいそうだ……。
「と、ところで。こりゃ何のビデオなんだ?」
「パパが動画編集の練習で作ったもので、BGMもパパが作った。作曲の合間に見ては故郷に思いを馳せている。ま、もうすぐ帰るがね」
そういえばもう今年もあと少ししかない。
「さて、さっきパフェを食べたばかりだがお茶でもどうだい」
「じゃあ、頂くわ」
キッチンに行こうとしたときだった。誰でも一度は聞いたことのある音楽が、アサの方から聞こえてきた。
威圧感と圧迫感を与える曲。そう、スターウォーズのダース・ベイダーのテーマ、『帝国のマーチ』だ。
「こっ、これは……!」
「おい、どうした?」
アサはスマホを恐る恐る取り出す。『帝国のマーチ』を奏でているのはやはりこいつのスマホからだったが、アサがディスプレイを覗き込んだ瞬間、「やっぱり!」と叫んだ。
「ははあ~!!」
スマホを床に置いて、まるでお白州に引き出された罪人がお奉行に土下座するかのような仕草を見せた。
「お前、何がしてえんだ……? つーか、さっさと出てやれよ」
「控えおろうっ!!」
「いいっ!? また何で急にキレる!?」
「わ、ワタ婆様から直々のお呼び出しだぞ。君もきちんと正座して聞きたまえ!」
ワタバアサマって誰だよ。