神城朝水をカフェに誘ってみた
「どうしたもんかな……」
今朝、家に投函されたチラシの中に、カフェの広告があった。スターパレスショッピングモール近くにできた新しい店で、「峠茶屋」という店名の通り、和風スイーツをウリにしているらしい。
店の写真が載っているが、和風な名前にも関わらず外観がパステルカラーでいかにも女性客歓迎といった感じだ。だけどあたしの感性に合ってなくて、これだけ見たら行きたいとは思わない。しかしあたしの大好物の抹茶パフェの写真を見て迷い出した。
一人では行きづらいが二人なら行けるかもしれない。しかし同級生を誘っていくのも気が進まない。カフェ巡りそのものは一般的な星花の女子並には好きだ。だけどあたしの中では「女の趣味」であり、あたしのイメージとは違う。だから人前ではカフェ巡りが趣味だとは公言していなかった。今の時代に男の趣味だの女の趣味だのと言うべきではないことはわかっているけれど、どうしても堂々とカフェ巡りが好きです、と言うのははばかられてしまうのだ。
いや、一人気兼ねなく誘える奴がいる。あたしは学校に着くなり、そいつを捕まえた。
「なあアサ、一緒に行こうぜ」
神城朝水はいろんな意味で一般的な星花の女子じゃない。だからこそかえって頼みやすかった。
「おお、いろんなスイーツがあるのか。では行こう。追試のせいで頭がわやくそになっていて、糖分を補給したいところだったのだ」
微妙に方言が漏れている。嬉しいのかな。
「ご苦労さんだったな。じゃ、存分に糖分を堪能しようぜ。奢るからよ」
「いや、ボクが奢ろう。実は泉見姉妹からの作曲料がまだ残っているのだ」
「三ヶ月前だろ? まだ使い切れてないってどんだけよ……」
星花祭の日、アサは30分足らずで演劇部が使う曲を作り上げたが作曲料はきっちり貰っていた。善意で90%オフにしたものの、泉見姉妹にはプライドがあったのか結局元の値段通りの金額を支払ったという。
とにかく奢ってくれるっつーから、お言葉に甘えることにした。
*
土曜日。六礼駅東口で待ち合わせをしていると待ち合わせ時間五分前きっかりでアサがやってきた。
「相変わらず変な格好してんなあ……」
「おいおい、いきなり失礼じゃないかね?」
いやだって、12月半ばなのに相変わらず薄着だし。まあ半袖じゃないだけまだマシだろう。
しかしこいつの着ているロングTシャツにはお経がびっしりと書かれていたのだ。耳なし芳一みたいに。
「いや、カフェ行くのに般若心経Tシャツはねえだろ」
「観音経じゃ! 般若心経ならもっと短いが!」
いきなりアサが怒り出した。周りから向けられる視線が痛い。
「いや、あたしにゃわかんねーし……怒るこたあねーだろ。あたし泣いちまうぞー?」
わざとらしく両手を目の下にもっていって泣く振りをしたら、
「うっ、申し訳ない……気を悪くしないでくれ」
マジな顔して謝ってきた。
「こんぐらいで泣くかよ。ほんと変な奴」
「その変な奴と今からカフェに行くのだが」
「……」
怒って謝ってすぐケロッとして。まあこいつらしいと言えばそれまでなんだけどなあ……。
ちなみにあたしはパーカーの上にダウンベストを羽織り、下はカーゴパンツという格好だが、全部男物だった。女性客が多そうなカフェに行く格好じゃねえが、そういう意味ではあたしもアサと同類かもしれない。
「ここが『峠茶屋』だな」
パステルカラーの建物は目立つからすぐにわかった。中に入ると大学生のバイトだろうか、若い店員さんが迎えてくれた。
「い、いらっしゃいませ……」
「二人っス」
「少々お待ちくださいませ」
店員さんは微妙に視線をそらしていたが、原因は隣にいるやつに違いなかった。それにしてもチラシの効果なのか、中は客で埋まっている。こりゃ待つかなと思ったけど、席はギリギリあったらしく一番奥に通された。
内装もパステルカラーだし、客層はやはり思った通り女性しかいない。ただ年齢層は中高生からおばあちゃんまで幅広い。そんな中であたしたちは浮き気味だったが、変な目で見られてもアサのせいだと思えば気が楽になる。アサには悪いがな。
「あたしは抹茶パフェに決めてるけど、アサは何にする?」
「そうだな……ムムムッ!?」
メニューを見ていたアサがいきなりうなりだした。
「冬の期間限定桃パフェだと……? なぜ冬に桃が?」
アサの出身地、岡山はご存知の通り桃の生産が盛んだ。ただ桃の収穫時期は夏なので季節外れもいいところのはず。それなのに冬の期間限定とは確かに解せない。しかも値段を見ると結構高い。
「だが桃と聞いては黙っておれんな、よし」
アサは呼び出しボタンを押すと、さっきの店員さんがやってきた。
「この桃パフェだが、本当に桃なのか? 桃は夏の果物だろう」
「普通の品種はそうですけど、11月下旬に収穫される珍しい品種が使われてるんです。10年ぐらい前に岡山の総社市で新しく作られたばかりなのであまり市場に出回っていませんけど、オーナーにツテがありまして手に入れることができました」
「なっ、なんと!?」
アサが物凄い変な顔をした。
「おっ、岡山にこんな桃があるなんて知らんかったが……県民としてぼっけぇ恥ずかしいわ……」
「おーい、地が出てるぞ」
「むっ、いかんいかん……」
「お客様は岡山から来られたのですか?」
「あたしは生まれも育ちも空の宮っスけど、こいつは今年岡山の田舎から引っ越してきたばかりなんで」
「そうですか。オーナーも言ってましたよ、岡山は凄く良い場所だって」
「ふはははは!」
アサが肩を大きく揺らしながら笑う。店員さんは苦笑いだ。
「では桃パフェと抹茶パフェを一つずつ頂こう」
「かしこまりました」
客が多いから時間かかるかなと思ってたが、すぐだった。
「おまたせしましたー」
「おおお……」
桃パフェに目を輝かせるアサ。パフェグラスの一番上にプリプリして美味しそうな白い桃が乗っかっている。あたしの抹茶パフェは濃い緑色の抹茶アイスを囲むようにしてみかんが並んでいて、色合い的に良いアクセントになっていた。店員さんが言うには、抹茶とみかんは地元S県産とのこと。どちらもS県を代表する特産物だ。
「じゃあ食うか」
とあたしが言ったときにはもうアサは桃を一欠片スプーンで削り取って口にしていた。
「うっ……」
「うっ?」
「……うめぇがーっ!!」
アサは立ち上がって天を仰いだ。お客さんの視線が一斉にあたしたちのテーブルに向けられた。
「桃はようけ食うてきたけどこんだけ甘え桃食うたんは久しぶりじゃが!」
「お、おいアサ。大声出すなって……」
「明日香も食うてみられ!」
「んぐっ!?」
アサの奴、有無を言わさず桃を一切れ口に突っ込んできやがった!
何しやがる、と文句を言ってやりたかった。だが口の中に広がる甘みが言葉を妨げた。冬の桃は本当にめちゃくちゃ甘かったのだ。
「う、うめえ……」
「じゃろう?」
高い値段に見合う味だった。抹茶パフェも美味しかったけど、やはり初っ端に食べた冬の桃のインパクトが大きかった。
「ごちそうさーん」
店を出て、奢ってくれたアサにお礼を言う。「いやー、また行きたいねえ」とご満悦だった。
「目的は果たしたけど、このまま帰るのも愛想ないな。どっかブラブラするか?」
「じゃあせっかくだ。ボクの家に来たまえよ」
思わぬお誘いだった。
アサは寮に入らず、女性専用マンションで一人暮らしをしている。防音設備が整っているから仕事にも最適だと言っていた。
この変人アーティストがどんな暮らしをしているのか興味はあったが、仕事の邪魔しちゃ悪いと思って声をかけなかった。だが向こうから誘ってきたなら話は別だ。
「じゃあ上がらさせてもらうか」
「よし、じゃあついてきたまえ」
冬に収穫される桃は実在します。ごくごく少数しか出荷されないそうです。
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