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神城朝水がクソ曲を作ってきた

 期末テストが全て終わった日、あたしは5階の講堂に直行した。ここは軽音楽部の活動場所の一つだ。名目上の部室は旧校舎にあるけれど、防音性が全く無い上に狭いから、楽譜その他資料置き場として使用している。


「よっ明日香、テストお疲れ!」


 ハッシーこと橋爪たよりが軽いノリで挨拶してきた。


「お疲れさん」

「あれれどうした、暗いぞー?」

「聞かなくてもわかんだろ?」


 そう、テストはまったくダメダメだったのだ。


「いやもうまじ無理だって!」


 あたしはガキンチョみたいにギャーギャー喚いて、ドラムセットの前に座ると、


「まじムリー!!」


 と叫びながら、スティックでドラムとシンバルを乱打した。ドドドドジャンジャンドドドドジャンジャンと。


「あら~荒れてんねえ」

「あー、もう教科書もノートも見たくねえ」


 やたらめったらに叩きまくっているうちにちょっとスッキリしたから、8ビートに落ち着かせていく。


「♪期末テストがドラムだったらあたしはいつでも100点満点」


 あたしの言葉はテンポに乗って、自然と歌っているようになった。


「♪期末テストがギターだったら私もいつでも100点満点」


 いつの間にかハッシーもギターを手にして、あたしのビートに合わせてきた。いいねえ。テンポを上げてもういっちょういってみるか。


「期末テストがドラムだったら……」

「♪おーいーらーはードーラマー ♪やっくざーなードーラマー」


 急に調子が外れた大声が割り込んできたから、叩くのを中断した。声の主はアサだった。


「なんだよその歌……」

「えええっ!? きっ、君! ドラマーのくせして石原裕次郎を知らんのか!?」


 すんごいワナワナ震えてやがる。


「いや名前ぐらいはさすがに知ってるけど……ドラマーだったか?」

「映画でドラマーの役やってたってだけだよ」


 と、ハッシー。後で調べたら、確かに70年ぐらい前の映画で主人公のドラマーの役をやっていた。どんだけ昔の話よ。


「それよりアサ、直近で何も行事がねえのに部活来んの珍しいな」

「自慢の一曲ができたのでね。みんなに聞いてほしい」

「ほう?」


 この前閃いたという曲だろうか。アサはレコーダーを再生した。


 なんじゃこりゃ? というのが第一印象だった。ギュインギュインとギターサウンドがやたらうるさく不協和音を奏でている。最低限曲の形にはなっているものの不快極まりない。


 よく聞くとボイスが入っている。


『野宮を出ますと、次は熱幕に止まります』


 星川電鉄の案内音声だ。何の意図があって入れたのだろうか。


 いきなり曲調がガラリと変わる。さっきまでの不快音と打って変わって、フルートを貴重とした静かなサウンドが流れる。


『熱幕、熱幕です。お出口左側です』


 というボイスの後、また不快音に戻った。さっきよりも激しい音色だ。曲の途中だが、あたしはつい尋ねた。


「こりゃ何だ? せわしねえ曲だな」

「最後まで聞けばわかる」


 またフルートサウンドに戻る。その途中で『次は六礼』と次駅がアナウンスされ、唐突に不快音に切り替わった。ドラムサウンドも加わり、緊迫感が出てくる。


『六礼。六礼です。お出口右側です』


 プシュー、という効果音。これはドアの音だ。あ、もしかするとこれ、電車の中に乗っているってことか?


 タッタッタッタッ、と足音めいたものが聞こえる。きっと電車から降りて走っているんだ。不快音はテンポが上がり、どんどん乱雑になっていく。それが最高潮に達したときだった。



 ジャーーーーーーーー……………………



 これは、便所の水を流す音だった。その後、荘厳なオルガンサウンドが流れ出した。まるで聖歌のような大層ぶりだが、あたしは気づいてしまった。


「どうだい? この曲のテーマはわかったかね?」

「……電車でウンコ漏れそうで焦ってる?」

「正解!!」


 アサは両手の人差し指をあたしに向けた。正解してもちっとも嬉しくねえ。


 テスト一日目の帰り、駅前で政治団体の署名にマキグソの絵を描いたが、そこからインスピレーションを得たのだろう。文字通りクソみたいな発想から産まれたクソ曲だ。


「波のように押し寄せては引き、引いては押し寄せる便意との戦いを表した曲。名づけるなら『ビッグベンアタック』ってところだな」


 ビッグベン……大、ああそういうことか。


「汚いけど曲調はなかなかいいじゃん。これ、今度のライブでやろうか?」


 ハッシーが言うからすかさず「やらんでいい!」とツッコんだ。


 *


 家に帰って飯食って風呂入った後のチルタイム。暖房を効かせた部屋でネコ動画を見るのが最近のあたしの日課になっていた。今日はクソみてえな期末テストを乗り切った後だから格別だ。


 一通り見終わって、ついでにあいつのチャンネルも見る。アサは自分の動画チャンネルを持っていて、中一のときに故郷大竹村のイメージソングを作曲してアップロードしたところ、今じゃ再生数が100万回以上まで伸びている。あたしが初めて聞いたのは入学式の日だったが、これが当時12歳の少女が作る曲かと思った。父親が作ったんじゃねえのと疑ったほどだが、あの人とは微妙に曲調が違う。アサは鳥の鳴き声や川のせせらぎなど、自然音をふんだんに取り入れていた。


 他に上げられた曲を聴くと、そのほとんどにサンプリング音声が使われている。前に理由を聞いたことがあったが、「生野菜だ」という答えが返ってきた。アサはいろんな音源を加工、駆使して作曲する工程を調理に例えたが、サンプリング音声は何も手を加えていない生野菜なのだそうだ。わかったようなわからんような。


 もっとも、「ビッグベンアタック」のアレは野菜といえるのかどうかだが……


 その「ビッグベンアタック」だが、「電車の中でウン◯したくなった乗客の気持ち」というタイトルでチャンネルに上がっていた。1時間前に上げたばかりなのにもう100以上の「いいね」がついている。ただし車内放送の駅名は微妙にぼかされていた。さすがのあいつでも個人情報が漏れないよう気を使っているらしい。


 あいつは再生数を収益に変えてお小遣い稼ぎしてるから、このクソ曲もお金になる。急にクソの錬金術という単語が思い浮かんで、自分で笑ってしまった。


 ちなみにアサは数学で追試を食らった。テスト勉強をほったらかしてまで作曲するからだ。ご愁傷さま。

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