神城朝水は変な奴だ
神城朝水は軽音楽部に入部したが、あまり部活には顔を出さなかった。家で作曲の仕事をしているためだからだが、実績が実績だけに咎める部員もいなかったし、むしろ仕事を優先してちょうだいといった感じだった。
それでもハッシーが神城朝水の名前を使って宣伝したおかげで、中高合わせて20人も入部した。今までは一学年で平均5~6人ほどだったから通常のだいたい3、4倍だ。
ここまでならば神城朝水様々なのだが、それ以外ではというと……。
「きゃあああ!!」
ある日、昼休み中に外を散歩していたら、グラウンドの方から悲鳴が聞こえてきた。
何事かと思って駆けつけたら、水はけ用の側溝の中で神城朝水がうつ伏せで倒れていた。
「アサ! おいアサ!」
神城朝水を抱え起こす。すると、「うう……」と小さく声を絞り出した。意識はあるようだ。
「おいしっかりしろ、気分が悪いのか?」
アサは大きく口を開け、
「ふああ~……」
と、間抜けたあくびをしやがった。
「明日香か。いったい何だね、気持ちよく昼寝しているときに」
「ひっ、昼寝……?」
「狭いところで寝ると落ち着くんだよ」
そう言って汚れを払い落とすと、もう一発あくびをして校舎に戻っていきやがった。何事もなかったかのように。みんな呆然、あたしも呆然とするしかなかった。
またある日のことだ。敷地が広い星花女子学園の中では野良ネコがよくウロウロしている。この日も離れのところで、ぷっくりと太った茶トラを見かけた。このネコはまんまるっこい見た目から「まるちゃん」と名前をつけられて可愛がられていた。
「おー、まるちゃん今日もいい子にしてたかー?」
「にゃあん」
まるちゃんがあたしの足元に擦り寄ってきて、あたしも頭をなでなでしてあげた。この辺の野良ネコは人慣れしていて、実質的に放し飼いにしているのと同じだった。
あたしはネコが好きで、よくネコ動画を見たりもしている。この前見たマッサージをまるちゃんに試してみることにした。
「お客さん気持ちいいですかー?」
「うにゃあん」
目を閉じて気持ちよさそうに転ぶまるちゃん。「うーりうりうり」とテクニックを披露していたら、後ろで「うーりうりうり」と声がした。
「まんまると太って美味しそうだな」
「なんだアサか。こいつは食いもんじゃねえ……って、何持ってんだ……?」
「何って、そこらで拾った石さ」
「そりゃ見たらわかるっての」
ソフトボール大の石をなんで持っているのか聞きたかった。
「園芸部の畑のそばで見つけたんだ。いい形をしているだろう? このゴツゴツぶりが可愛くて可愛くてたまらないのだよ」
とか言って、「うーりうりうり」とあたしの真似をして石を撫でた。あたしは呆れてものが言えなかった。まるちゃんはいつの間にかどっか行ってしまったが、つきあってられなかったのだろう。
「家に持ち帰ってボクの話し相手になってもらおう。うーりうりうり」
こいつは本当に大丈夫なのかと心配になったのは言うまでもない。
ちなみにゴールデンウィーク明けの遠足行事でも、出かけた先の公園でみんなが花壇の花を鑑賞している中、その側にあった何かよくわからないでっかい岩を眺めてはニヤニヤしていた。世間一般の可愛いもの、綺麗なものにはきっと興味が無いのだろうと思ったが、岩石を愛でる気持ちはよくわからない。
そんな性格だから、生徒の間ではよくこう言われている。
「顔はいいのにもったいない」
黙ってりゃ王子様として崇められていただろう。だけど星花には他にも王子様と呼ばれるようなイケメン女子が多い。性格の良し悪しはあるにしてもそういう生徒は人気があるもんだが、この神城朝水の場合はまともな感覚がある人間からすればがついていけないタイプなので、王子様間の覇権争いから真っ先に脱落してしまった。
ただ、こいつはあたしから見ると危なっかしくて放っておけなかった。一方的に友人宣言されたが、ちゃんと面倒見てやらないとダメだという義務感があたしの中にはあった。
それと、音楽の才能に対して憧れのような感情を抱いているのも事実だった。圧倒的な才能の前には羨みも嫉妬も抱かなくなりただひれ付すだけ。そんな気持ちを持つに至った、神城朝水の天才エピソードを次で紹介しようと思う。