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神城朝水はすごい奴だった

 半袖女はさすがに長袖の制服を着ていた。スカートはあたしと同じく水色のタータンチェックで、首周りに巻くものはネクタイを選択していた。星花女子ではスカートの色、首周りはネクタイかリボンを選べることができるが、こいつとおそろいになってしまった。


「お、おう……無事合格できてよかったな。おめでとう」


 あたしは無理やり笑顔を作った。


「改めて自己紹介しよう。ボクの名前は神城朝水。神の城に朝の水と書く」


 大層な名前だなと思ったところで、後ろから「ああっ!」という声がした。


「おいハッシー、驚かすなよ」


 橋爪(はしづめ)たより。通称ハッシーは軽音楽部でボーカル兼ギターを担当している同級生だ。そいつが神城朝水とやらを指さしている。


「神城朝水じゃん! 星花受けたって噂は本当だったんだ!」

「え? 何で知ってんの?」

「明日香こそ知らないの!? あの板野圭人(ばんのけいと)の娘だよ!」

「…………マジ?」


 板野圭人。フュージョンバンド「東洋科学技研」のキーボーディストで、活躍時期はあたしが生まれるずっと前だったけど数々の名曲は今でも耳にすることが多い。解散後は各メンバーが自分自身の音楽活動に励んでいる中、板野圭人だけは田舎でひっそりとスローライフを送り細々と音楽を続けているとは聞いてはいたが……。


「ほら、これ見て」


 ハッシーがスマホを見せる。「岡山県大竹村 泰山(たいざん)トンネル開通式典コンサート」というタイトルがつけられているYtubeの動画。真新しいトンネルの前でシンセを演奏している様子が流れているが、演奏者は紛れもなく板野圭人だった。七三分けに銀縁眼鏡で現役時代は「銀行員」なんて揶揄されていた容貌はそのままでも、髪の毛は白髪交じりになりヒゲも生やして老けたなあという印象だった。しかし二段キーボードを巧みに操る様は全く変わらず、少ない観客を沸かせていた。


 演奏を終え、板野圭人が挨拶する。この人は芝居がかった口調が特徴的で人によっちゃ偉そうだと捉えられる。動画の中では式典の場だからか年を取ったせいなのか、当たり障りない挨拶だったけど、


「それでは最後にもう一曲聞いていただこう。本来であれば私が演奏したいところだが、トリは私よりも上手な者に弾いてもらおう。私の一人娘、朝水だ」


 入れ替わってキーボードベンチに座ったのは、金髪の女。神城朝水そのものだった。


 弾き出した曲は聞いたことがなかった。葬式で流しても違和感が無さそうなゆったりとして悲しげなストリングス系の音色。おめでたい開通式の場と全然合ってなかったが、急にギター系の激しい音色に変わってテンポの速さも倍になった。


 緊迫感があるが、力強い曲調だった。パーカッションのサウンドが強すぎな感じがするが曲にピッタリとハマっている。


 鍵盤を弾く手の動きはダイナミックで、つい見とれてしまうほど。父親の紹介は決して謙遜じゃなかった。そして神城朝水はかすかに笑みを浮かべながら、楽しそうに弾いていた。


 最後はまたゆったりとしたストリングス系の音色に戻るが、希望を感じさせるような明るくて優しい曲調だった。


 演奏し終えた朝水は仰々しく礼をすると、大歓声が起きた。


「……やっべー」


 そういう感想しか漏れ出た。それ以外の感想は出てこなかった。


「この曲は何だ?」

「名前はない。しかしあえて名づけるならば『曲がりくねった狭い道で悩まされ続けていたけどトンネルができて村の人たちの交通がとても便利になりました』かな。ハハハ!」


 無駄に長ったらしいタイトルのことはさておき、


「まさか、自分で作ったのか?」

「うむ!」


 そりゃそうよ、とハッシーがあたしの肩に手を置く。


「だってこの子、プロデビューしてんだよ? お父さん名義で何曲も世に出してるもん」

「マジ?」

「あんた、本当に何も知らないのね」


 ハッシーに呆れられたが、そんなにすごい奴だったなんて本当に知らなかった。板野圭人ってあまりプライベートのことは表に出さないし、プライベートには興味なかったから。


 音楽を聞きつけたのか、あたしたちの周りにはいつの間にか人だかりができていて、神城朝水が質問攻めにされていた。高笑いしながら丁寧に受け答えしていたが、


「自分のクラスを確認できた人は教室に入ってくださーい」


 やがて教師がやってきて指示を出すと、輪が解けてゾロゾロと校舎内に入っていった。


「むっ?」


 唐突に、神城朝水があたしの方を見た。


「君、ネクタイが歪んでるぞ」


 細長い指があたしの首元に伸びて、ネクタイを直しだした。


「これでよし」

「お、おう……あんがとな」

「せっかく良い制服なのに、ちゃんと着てあげないと台無しだぞ。しかし学校の制服というものはいいもんだねえ。ボクは小学校中学校と私服だったからな。ハッハッハッ」


 上機嫌で笑う。


「ところで君の名前はアスカというのか?」

「ああ。小倉明日香。小さい倉に明日の香り、だ」

「いい名前ではないか。アサミとアスカ、相性が良さそうだぞ、うん。よし、君を我が友人第一号としよう」


 え?


「おー明日香、おめでとう!」

「おいちょっとハッシーまで何言って……ひっ!?」


 神城朝水に両肩を強く叩かれた。


「ボクのことは好きなように呼んでくれたまえ。明日香」


 神城朝水のニッコニコした顔が目の前に迫る。あたしは「よろしく……」としか言えなかった。


 こりゃ高校生活はとんでもないことになりそうだぞ、とこのとき予感したが、ある意味で的中することとなる。

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