ワタ婆さんにとんでもないことを言われてしまった
板野さんは震える手でコーヒーを置いた後、アサと葛を連れて奥に入っていった。
「朝水のことで御神託があった」
人払いしたってことはその話だろうな、となんとなく予想していたけどその通りになった。
「婆さん、アサとあたしはちゃんと恋人どうしになりましたよ。これでアサの命も……」
「それだけぢゃ足りん」
「え? 何が足りないんすか……?」
「つがいになっておしまいではない、と仰せぢゃ」
「まだ何かしなきゃいけないんすか?」
「アレしかなかろう」
「アレ?」
「はっきり言わなおえんか」
ワタ婆さんはコーヒーを口にした。コーヒーってイメージじゃないが。
「まぐわうんぢゃよ」
「まぐわう……って何です?」
「ぬう、いつの時代も若いもんは言葉を知らんのう。耳を貸せい」
あたしは恐る恐る耳を差し出すと、婆さんはそっと呟いた。意味を知って顔から火が出そうになった。
「なっ、あっ、アサとそんなことっ……」
「やらねば朝水の命がない」
まだ恋人として仲をじっくり深めていこうって段階なのに、むちゃくちゃだ。
「御神託って言ってましたけど、相当悪趣味な神様っすね……」
「理由はある」
「理由?」
「ジブンは村の神社に寄ったことはあるか?」
「いえ、まだですけど」
「村に木花神社という神社がある。御祭神は空の宮の大霊峰をお守りする神と同じでな、それが縁となって空の宮と姉妹都市関係になったんぢゃが、実は幕末まではサンダラマ様という神が祀られておった」
「さ、サラマンダーっすか?」
「違う違う、サンダラマ様ぢゃ。この地を守る土着の神である。かつては木花神社の裏側にサンダラマ様の社があって、みんな神城と呼んでおった。その神城を管理していた一族がおって、後の世に神城の苗字を使うようになった。これが今の神城家ぢゃ。これは別に覚えんでエエがの」
「割とすごい血筋なんすね……で、そのサンダラマ様が何かいろいろと無茶振りしてくるんですか?」
「そうぢゃ。サンダラマ様は血の気の多い神様でな。はるか昔の頃には天災地変が起きようものなら村人たちは生娘を人柱にしておった」
「うええ……本当にあるんすねそういう話」
「しかし江戸時代に入った折にお上の命令で残酷な風習は廃止された。その代わり、祭りの折に神城家の男が選ばれた生娘とまぐわう風習が始まった」
「は?」
唐突すぎんだろ。
「サンダラマ様が神城家の男を依り代として降臨し、生娘まぐわうことで人柱の代わりとしたのぢゃ。それでサンダラマ様はご満足されたようぢゃった。しかしそれも御一新の後、サンダラマ様信仰は野蛮な淫祠邪教とみなされ社は壊され、代わりに木花神社が置かれたのぢゃが、裏では密かにサンダラマ様信仰は続いておった。おかげでサンダラマ様は力を失わず、わしがこの村に流れ着いた折に啓示を受けてサンダラマ様の代弁者となることができた。ゆえに村を統べている神城家ですらわしに頭が上がらんのぢゃよ」
フヒヒヒヒ、と婆さんは不気味に笑う。グロテスクな因習話と相まって余計に気味が悪い。
「……なんとなくわかりました。要するにあたしらがその、あんなことこんなことしたらサンダラマ様を満足させられるってことっすか?」
「そういうことぢゃな。最近は神城家の中でも少子高齢化が進んでおってな、今では若いのは朝歌、つまり朝水の母と朝水しかおらん。二人とも女ぢゃけえ生娘を相手にはできん。が!」
「が……?」
ワタ婆さんがずずいと身を乗り出した。
「今の世は男女のつがいこそが正しいあり方、ということではあるまい。そうサンダラマ様も仰せであった。つまり価値観をあっぷでぇとされたんぢゃな」
「神様がそんな簡単に考え方変えちゃっていいのかよ!」
あたしはつい、タメ口でツッコむ。
「つまり、あたしがアサとアレコレしてサンダラマ様を満足させねえとアサが人柱とやらされちまうってことでしょ?」
「その通りぢゃな」
「マジでク……」
クソ野郎でろくでもねえ神だな、と罵ろうとしたが、アサから聞かされた狐落としの逸話を思い出して止めた。実際この婆さんは得体の知れない力があるし、その片鱗が葛兄貴のサンドクッキーを破壊したときに垣間見えた。
「……それで、今度こそ本当に助かるんすね?」
「うむ。ぢゃが、ジブンも人から言われてするのは気が進まんぢゃろう。ある程度手助けしてやる」
「手助け?」
「とにかく、今日はじっくり体を休めるが良い。勝負は明日以降ぢゃな。フヒヒヒヒ」
ワタ婆さんは立ち上がって出入り口のドアを開けた。「いぬるぞい!」と奥に声をかけ、出てきた板野さんに「釣りはいらん」と、お札を渡してからお付き二人を連れて出ていった。
「おい明日香、あの婆さん何者だ……?」
一緒に出てきた葛が聞いてきた。
「村で有名な占い師だよ。個人的に相談に乗ってもらったことがあるんだ」
「なんか胡散臭ぇ連中も一緒だったけど、お金取られてねえだろうな」
「そんなことするお人ではない。私が保証する」
板野さんが言ったが、なんかこれ以上詮索してくれるなと訴えているようにも感じた。
「あーすかー!」
ボフッ、という音とともに感じる質感。アサが抱きついてきたのだった。涙目で。
「ワタ婆さまにいじめられなかったかい? ん?」
「お、おう全然……」
マーキングする猫みてえにスリスリと頬をこすりつけてくる。それを見た板野さんがわざとらしい咳払いをした。




