神城朝水とついに……
アサは元旦の日に死ぬ、とワタ婆さんは予言した。それを回避するためにアサと恋人関係にならなくちゃいけない。
だからアサがその気になるよう仕向けたりもした。失敗したと思ったが、どうやら実のところかなり効いていたらしかった。
「明日香ぁ。返事をはよう聞かせてくれえや……」
グググッ、と顔が迫ってくる。見たこともないぐらいこわばった表情をしている。おかしなもんだ。奇人変人を地で行く神城朝水、ライブでも堂々と演奏してんのに告白するときは緊張するもんなんだなって。
あたしもすげードキドキしてる。一度目の告白以上に。もう、あたしもこいつのことが心の底から好きなっちまったらしい。
覚悟決めたぞ。
「これがあたしの答えだ」
アサの頭を掴んで引き寄せて、半ば強引に唇を奪ってやった。なんか桃の味がした。これがキスの味かよ。すんげーしびれてたまんねえ!
「んっ!? んん~っ!?」
アサが呻きながらあたしの肩をポンポンと叩く。酸欠のSOSだと気づくのに時間がかかった。
「ぷはっ……」
あたしもたまらず唇を離した。鼻呼吸をすんのをすっかり忘れていた。キスってやつはここまで頭ん中をバグらせるもんなのか。
「はーっ、はーっ……あっ、なんかキジがよーけ飛んどるわあ……」
飛んでいたのはキジじゃなくてカラスだ。アサもあたし以上に頭がオーバーヒートしてるらしかった。トロンとした目つきでよだれを垂らしている。
もう一線超えてしまった以上、毒食わば皿までとばかりにあたしはさらに追い打ちをかけた。
「アサ、お前は覚えてねえだろうけど、実は夜行バスで寝ぼけてあたしの耳舐めてたんだぞ」
「へ? ウソじゃろ……?」
「ママー、でっけぇ桃じゃあって寝言言いながらな」
「……お、思い出した。確かそんな夢見たわ……」
アサが口を震わせる。
「あんときゃびっくりしたけどよ、今思うと可愛いかったな」
ヘヘッ、と笑った瞬間。アサに抱きつかれていた。
「恥ずかしいけんあんま言わんといてくれえ……」
「今のお前もガキンチョだった頃のアサみてえに可愛いぜ」
以前に見せられたビデオに映っていた十年前のアサの姿を思い出す。アサの抱きつく力がますます強くなった。
「もう頭ん中でイヌとサルまで暴れ出しよったわ……桃太郎が攻めてきた鬼ヶ島みてぇにグチャグチャになっとるが……」
なんちゅう例えだ。
「明日香、前に約束した通りもう一度村に来てくれえや」
「おう、絶対に行くからな」
これできっと、アサは救われる。良い雰囲気の中、もう一度キスしようとしたときだった。
「おい、何やってるんだ!」
振り向いた先には太っちょのおまわりさんがいた。甘々なムードが急速に冷え込んでいく。
「あ、これは……」
「逃げるぞ!」
アサは弁解しようとしたあたしの手を掴んで走り出した。
「こらーっ! 待ちなさーい!」
「おいアサ! まずいって!」
「ハハハハ! 初デートがケイドロってのもなかなかいいもんだろう!」
口調はすっかり元に戻っていた。しかしケイドロって……あたしゃ泥棒じゃねえぞ。
ま、アサらしいっちゃアサらしいな。
警官が太っちょだったおかげで逃げ切れて、どういう経路を辿ったのか全くわからないがなぜか海谷駅に着いていた。
ホームで電車待ちの間、あたし達は自然と手を繋いでいたのだが、周囲の視線があたし達に集まっているのをひしひしと感じている。
「今どき女同士のカップルなんざ珍しいものでもないだろうに」
「いや、原因はそこじゃねえだろ」
誰だってこのクソ寒い冬にも関わらず「マグロ漁船」の文字が書かれたTシャツ一丁の奴がいたらガン見してしまうだろう。そいつと手を繋いでいるあたしも変な奴と思われている。それでも構わない。アサの命が救われるなら喜んで恥さらしになってやろう。




