クリスマスチャリティー音楽祭会場にやってきた
空の宮中央駅、星川電鉄側の改札口でアサを迎えたが。
「相変わらずなんつー格好だ……」
「どうだ、似合うだろう!」
そりゃこんな服、ある意味アサ以外似合うのはいないだろう。冬なのに半袖Tシャツなのはもう見慣れたから良いとして、「マグロ漁船」の文字がドンと書かれている意匠なのはさすがアサだとしか言いようがない。
「なんでマグロ漁船なんだ」
「海谷市は水産の街なのだろう? だからさ」
「一応は合わせてきてんだな……」
あたし達は周囲の視線を浴びながら、JR側の改札をくぐった。
海谷市中心部にある海谷市民文化センター大ホール。ここが海谷市高校クリスマスチャリティー音楽祭の会場だ。開場時間ちょうどに入場してスタッフからプログラムを貰うと、一階席の真ん中に陣取った。
「参加校は10校。なかなかの規模だろ」
「だけど一番最後の大洋高校、こりゃ何だい?」
アサがプログラムを指差す。
「ああ、水産関係の学科がある高校だからな」
「しかしバンドやる格好じゃないだろう」
大洋高校は「練り物」のバンド名で参加しているが、写真に写っているメンバーは白い作業着に前掛けをつけていて、バンド名の通りカマボコを作る水産加工業従事者のような格好をしていた。この姿で楽器を持っているのが非常にシュールだ。
「ま、お前の格好よりはマシだな」
シャツに書かれている「マグロ漁船」の文字をツツツとなぞる。
「やめないか、くすぐったい」
「ん? もしかしてここら辺弱いのかあ?」
スキンシップ攻撃をしかける。
「やーめーろー」
あたしの手を掴んで退けようとするが、すかさずもう片方の手で攻撃を続行。
「もうっ、しつけえんじゃ!」
「お、地が出たな?」
後ろの席からわざとらしい咳払いが聞こえた。
「……ほら、もうすぐ始まるぞ。静かにしたまえ」
「へーい」
照明が落とされて、司会が開会を告げた。海谷市長と音楽祭を後援しているお偉いさんの挨拶を経て、本番が始まった。
参加校数は多いとはいえ、一校あたりの持ち時間は準備含めてそれほど多いわけではないから2曲か3曲の演奏で終わってしまうが、コピー曲もあればオリジナル曲もありと三者三様の演奏が繰り広げられていた。あたしは自分の担当であるドラムを中心に見ていたが、どの学校もすごく上手かった。
あっという間に午前の部が終わって休憩時間になった。市民文化センターの中には食堂がありそこで昼飯を取ることにしたが、やはり水産の街らしく海鮮メニューが豊富に揃えられていた。その中でもあたし達は海鮮丼定食を選んだ。値段の割に量が多いし、質もなかなかのものだった。
「うん、うめぇな!」
ご飯の上にマグロ、サーモン、鯛、イカの刺し身の上にイクラが乗っかっていたが、どれも美味すぎる。
「さすが、獲れたてを出しているだけあるな」
アサもご満悦だ。
お、アサの口周りに飯粒がついてやがる。これはチャンスだ。
「おいアサ」
「おっと、そうはさせんぞ」
あたしが手を伸ばそうとする前に、アサは自分で飯粒を取って口に運んだ。読まれてたか。
「明日香、やけにボクに触ろうとしてくるな」
「い、いやまあ……お前明日帰るだろ? 今のうちに触っとこうと思って」
「は?」
自分でも何言ってるのかよくわからない言い訳に、さすがのアサも呆れ顔だ。こりゃ失敗したかな。
「別に今じゃなくてもいいだろう。君、冬休みに家族を連れて大竹村に来るって約束したじゃないか」
「ああ、そうだったな。けど……」
「けど?」
「親父の仕事が忙しくなってきてなあ……」
ワタ婆さんと会った後、家族を大竹村に連れて行くとアサに約束していた。それで実際家族に話してみたら、たまには田舎で過ごすのもいいかとすんなり了承してくれた。家族みんなが旅行好きなのが幸いした格好だ。しかしここに来て親父が年末にも関わらず大きな仕事が入ってきたらしく、それに取り掛かりきりになっていて下手すれば大晦日と三が日も仕事らしい。そのことをアサに説明したら、
「そのときはそのときで仕方あるまい。また次の機会に来てくれればいい」
そう言ってくれたが、今日次第では次が無くなってしまうかもしれないんだ……
「ん? 明日香、何か騒がしくないか?」
確かに、店外から慌てふためいたような声がしている。ガラス張りの向こう側、通路を見やると作業着に前掛けをつけた人たちが走っていた。
「大洋高校じゃねえか。何か血相変えてるし」
「あの様子じゃただごとじゃなさそうだが」
とはいえ自分たちには関わりないことだと思い、再び海鮮丼に手をつけた。海の幸をたっぷり味わって店を出たら、まだ大洋高校の連中がウロウロしていた。
それだけではなく、ロビーの椅子に座って泣き出している女子部員もいた。よほどとんでもないことが起きてるようだった。軽音楽部同士ということもあり、あたしの性格上見過ごすことはできなかった。
「すんません、何かあったんスか?」
泣いていた部員は顔を上げてあたし達を見た。
「メンバーが二人も急病で倒れちゃって……他の高校に助っ人を頼んだんだけど断られちゃって……」
「えー、緊急事態なのに薄情だな」
チャリティーイベントなんだから協力しあえよと思う。
「どうしよう、大トリなのに……誰かキーボードとドラムができる人がいれば……」
あ、これはもしかすると……
「キーボードとドラム、だな?」
アサがずずい、と女子部員に顔を近づけた。
「は、はい」
アサはあたしの方にゆっくりと振り返り、にやりと笑った。もう次に出てくる言葉はわかりきっていた。
「演奏を聞いているうちに、君もそろそろドラムを叩きたくなってきたんじゃないかね?」
やっぱりこうなった。しかし断るという選択肢は用意されていなかった。自分から声をかけた以上は助けてあげなくちゃな。




