神城朝水と出会った日のことだ
あれは二月、高等部受験日の前日だった。受験生を出迎えるためにLHRの時間を使って近隣の掃除をやったんだが、一番気温が高い時間帯でも外はクソ寒くてスクールコート無しじゃやってられず、こんな日に掃除をさせる学校を本気で恨んだものだ。しかもご丁寧にマスコミが取材に来てやがるからサボることもできなかった。アイドルが通う学校だからって露出度が上がるのも考えものだ。
そんな中でも、小口莉子というあたしと出席番号が1つ違いのクラスメートは制服だけで軽々と動き回っていた。マフラーもしてないしスカートの下にジャージを履いてもいない。
「小口、寒くねえの?」
「私の故郷じゃこんぐらいで寒いなんて言ってられないよ」
小口の産まれ故郷は長野県諏訪地域。冬は最高気温が氷点下になることも珍しくないらしい。寒さが苦手なあたしは到底暮らしていけないなと思った。
しかし上には上がいた。
「ええっ、何あの子……」
「どした?」
「学校の方をじーっと見てる金髪のツーブロックショートの子。男か女かわかんないけどあの格好は……」
そいつは確かに見た目が中性的だった。あたしも髪型をショートにして普段は男物の服を着てるから、私服だと男に間違えられることがある。ただ、そいつも男物の服を着ていたがあたしと違って、妖しげで艶っぽさを感じさせた。
だが、明らかにおかしいところがあった。
半袖Tシャツ一枚とハーフパンツという、見ているこっちが凍えそうな格好をしていたのだ。
「……不審者か?」
「警備員さん呼ぼっか?」
「でも怪しいモノは持ってなさそうだしな……」
放置するつもりでいたが、その不審者は突然、
「なんだこれはっ!!」
と、いきなり大声を出した。
「うえっ!?」
小口がびっくりして声を出すと、それを聞いた不審者が聞いてキッ、とこっちを睨んできやがった。あたしたちは目を逸らしたが、不審者はずんずんとこっちに向かってきた。
「その制服、星花女子学園の生徒かね?」
「ひっ……なっ、何……?」
「ここには何人の生徒がいるんだい!?」
小口が小声で「逃げようよ」と伝えてきた。しかし下手に逃げるとかえって刺激しかねないので、素直に答えることにした。
「えと……中高合わせて千人ちょっとってとこかな……」
「千人!? ひょえええっ!! ぼっ……ぼっけぇでけえがっ!!」
白目を剥いて甲高い声で何かよくわからんことを叫びだし、ますます怖くなった。まさかこいつ、1グラム何万円もする危ないモノでもやってんじゃあ……?
しかしこいつはすぐシャンとした顔つきに戻った。
「……失敬、つい地が出てしまった。お恥ずかしいことにボクは全校生徒が十人ちょっとしかいない中学校に通っていてね。大きなショックウェーブを感じてしまったのだよ」
「そんな小さな中学校で……? どこから来たんだ?」
「岡山県は大竹村さ」
名前だけは聞いたことがあった。社会学習で空の宮市役所を訪れた際、姉妹都市の紹介があり、その場で大竹村の名前が出ていたのを覚えていた。確かかなり小さい村だったと思う。しかし詳しい場所まではわからない。つーかそもそも岡山そのものの位置がまったくわからない。S県から遥か西のどこかにある、という認識でしかない。残念ながら、あたしは社会の授業は得意じゃないんだ。
平日にも関わらず、そんな遠いところからわざわざやってきた理由はただ一つだろう。
「もしかして、明日星花を受験すんのか……?」
「正解! 今日は下見に来たのさ!」
大竹村の住民は、満面の笑みで両手の人差し指をあたしに向けた。
「しかし、何でこんなクソ寒い中で半袖を着てんだ?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し! その逆もまたしかーり!」
とのたまって胸を張った。
「だから小口も寒さは平気なのか?」
「んなわけないでしょ!」
「だよなあ」
ますますわけがわからん奴だが、正体が受験生だと知れたから恐怖心は薄れはじめていた。
「知っての通り、ここは有名人や有名人の娘も受験しに来る有名校だ。だから今、マスコミがあちこちうろついてる。あんたの今の格好見たらアブねえストーカーか何かと間違われっぞ」
「なるほど、どうりで騒がしかったわけだ。心配は要らない、ボクとてマスコミのあしらい方は多少なりとも知ってるからね」
その口ぶりからするとこいつも有名人なのかと思ったが、関わりたくもないので適当に切り上げて帰ることにした。もうすぐ集合時間だし。
「最近の星花は倍率がクッソ高ぇけど、健闘を祈るぜ」
と、社交辞令を交わして小口と一緒にそそくさと立ち去った。「では、また会おう!」と後ろから声がしたが無視した。
「あの子が入学してきたらどうしよう」
「まあ落ちるんじゃね? 今年の入試はだいぶ難しくなるって噂だし」
事実、先立って行われた中等部の入試はかなりの難問だらけだったと聞いている。難しくなる前に中学受験に成功できて良かったと心から思ったが、あの半袖女は気の毒なことになるだろうなと勝手に予想していた。
そして四月、あたしたちは高等部に進学したのだが。
「ハッハッハッハッ!! また会ったねえ!!」
入学式の日、校舎前に張り出されたクラス表で自分の名前を探していたら半袖女と出くわしてしまった。
小口莉子……
「雪溶けの地に花が咲く」の主人公、太田悠里のルームメイト。
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