夢の中まで出てきやがった
――朝水を、朝水を、朝水を、救うてやってくれ~!!
「うわああああっ!!」
風景は一転して、真っ白い丸いものが目に映る。
それは天井の照明だった。ここはあたしの部屋で、今までのは悪夢だと理解するのに少し時間がかかってしまった。目覚ましは7時にセットしていたが、見たらまだ6時40分。だけど二度寝する時間じゃないし、そもそも寝られる状態じゃない。
「やっべ……」
体が寝汗でベトベトになっていた。
「明日香、どしたん!?」
弟の倭がドアをノックもせず開けてきた。
「すっごい悲鳴聞こえてきたけど……」
「あー、変な夢見ちまってな……」
「どんな?」
「言いたくねえ」
生々しすぎて夢の中で味わった感覚がまだ残っている。
あたしはアサと一緒にパフェを食べていた。この前カフェに行った記憶がベースになっていたんだろう。アサも美味そうに食べてて、ここまでなら良い夢だったんだ。
しかし急にアサの姿が消えてしまった。変わりにあの声が聞こえてきた。ワタ婆さんのしわがれ声が。朝水を救うてやってくれと懇願する声が。
最初は小さな声だった。だが気づいたら周りの客がワタ婆さんの姿に変わっていて、おぞましい目つきであたしの方に振り向いて叫びだした。
朝水を救うてやってくれ、と。
逃げ出そうにも体が動かない。かろうじて頭は動かせたからアサのいた席に顔を向けたら、またアサがいた。助けてくれと口にしようとした途端だった。
アサの姿が急にワタ婆さんに変わって、あたしに飛びついてきたんだ。
朝水を救うてやってくれ、と……
あたしが今まで見た悪夢の中では、間違いなくワーストワンの恐ろしさだった。
「シャワー浴びてくる」
あたしは風呂場に直行して、汗まみれのパジャマと下着を洗濯かごに放り込むと、普段よりも高い温度設定でシャワーを使った。熱湯が肌を刺激するにつれて、ちょっとずつ頭が働き出してきた。
ワタ婆さんの占いでは、あたしとアサがつがいにならないとアサが元旦に死ぬとのこと。胡散臭い占い師だったらともかく、アサ含めて大竹村の人たちが恐れているし、実際、婆さんの力は本物だと思っている。キツネ落としとやらで迷惑系Ytuberが別人のように大人しくなったのをこの目で見たから。
アサを死なせないために、あたしとアサは恋人どうしにならないといけない。ワタ婆さんの占いの結果を正直に話せば手っ取り早いだろうが、あの奇人変人のアサですら婆さんのことを心底恐れているから、その相手から死の宣告を受けたと知ると恐怖のどん底から抜け出せなくなるかもしれない。自然と、アサがあたしのことを好きになるようにしなければならない。
今日開かれる海谷市高校クリスマスチャリティー音楽祭で、そのきっかけを作りたい。以前に鷺ノ宮先生からチケットを貰っていて、アサも一緒に見に行くことになっていたのだ。
「あ、着替え忘れた」
あたしは気にせず、体を拭いてマッパのままでキッチンに向かった。料理中だったおふくろがあたしを見て悲鳴を上げた。
「ちょっと明日香、服は!?」
「おはよ」
「おはよじゃない!」
「すぐ着替えるから」
冷蔵庫から乳酸菌飲料ヨクルト1000を取り出して一気飲みすると、部屋に戻る。階段を下りようとしてきた倭と出くわしてしまった。
「てめー、服着ろよ!」
後ろ向きで声を震わせながら怒鳴ってくる。
「お前だってガキンチョの頃は風呂上がりにすっぽんぽんで走り回ってたくせによ」
「高校生にもなって裸でウロウロするのがどうかしてるよ」
ニヒヒと笑いながら倭の頭を小突いて、部屋に入った。
タンスから青色のボクサーショーツを取り出して履く。ライブや試験の日にはあたしの好きな色、青色のボクサーショーツを履いて気合を入れている。違う意味での勝負下着だ。
「よーし、行くぞ!」
あたしは両方の頬を思い切り叩いた。待ってろよアサ、お前を助けてやるからな。