神城朝水に謝りたい
「サギノミヤセンセぇぇ……」
火曜日の放課後、部活動の前にあたしはたまらず鷺ノ宮先生に泣きついた。
「おやおや、どうしたの?」
「アサが口利いてくれなくなっちまいました……」
「ケンカでもしたのかい?」
「その、恥ずかしいんスけど……」
昨日の昼休みでの出来事を話したら、鷺ノ宮先生に思いっきり笑われ追い打ちを喰らわされた。
「正直、こうなるんじゃないかって予感してた」
「えーっ! 先生、ドキッとさせることから始めてみようかっつったでしょ……」
「私でもいきなり相手の指を舐めたことはなかったな。まずは相手がどこまで許せるかちゃんと見ないと。小倉さんが良くても相手はダメってこともあるよ」
あたしは耳ハムされても耐えられたから、アサならもっと過激なことしても大丈夫だろうと勝手に見積もったのがダメだったらしい。あたしの未熟さが露呈しちまった。
「謝ろうとしても露骨に避けられてるし、どうしたらいいんスかね……」
「諦めずにもう一度謝りに行ってみよう。あの子も本音では小倉さんと仲直りする機会を探ってるんじゃないかな」
「どうしてそう思うんスか?」
「今日の神城さん、授業態度がおかしかったからね。あの子、授業では居眠りはしないけどあちこちキョロキョロするし教科書やノートに落書きばっかしてるし、とにかく落ち着きがないんだ。でも今日はじーっと私の話を聞いてた。朝と最後のSHRでもね。でも、元気が無さそうだった」
「もしかしたら、あたしがしたことにショックを受けてパニクってるんスかね……」
「それはわからない。どうしても知りたければ、やっぱり小倉さんが直接聞くべきじゃないかな。それでも頑なに拒絶されるようだったら、私から神城さんに声かけてあげもいいけど」
「いえ、自分のケツは自分で拭きます」
鷺ノ宮先生はまた大笑いした。もうちょっとマシな言い方はないの、と。小さい頃は男子と混じって遊ぶことが多かったし、兄貴と弟に挟まれて育ったからどうしても男みたいな言葉遣いになってしまう。それでも星花じゃあたしの言葉遣いについてうるさく言われたことがない。その点はいい意味でお嬢様学校らしくないし、そのおかげで居心地が良かった。
今日は部活がある日。まずは気持ちを入れ替えて練習だ。
「うぃーっす……」
と挨拶してメインの練習場所である講堂に入ると、何とアサがいた。部活に滅多に顔を出さないアサが。
「よ、よう……」
「……」
アサはしかめっ面でこちらを睨んできた。まだ許してもらえる雰囲気ではなさそうだ。
ハッシーこと橋爪たよりが「おいっす」と挨拶を返した。
「明日香もきびだんご食べる? アサミンが持ってきたの」
「きびだんご? あの桃太郎の?」
講堂備え付けの長机に菓子折りがずらりと並べられているが、確かにどれもきびだんごだった。
「きびだんごって本当にあるんだな」
桃太郎だけの話かと思ってた。
「フツーのものからチョコ、白桃、マスカット、抹茶といろんな味があるよ」
「アサ、食っちゃっていいのか?」
アサはしかめっ面のままでコクッとうなずいた。食べさせてはくれるようだ。
「じゃ、フツーのから……」
フツーのは白い色で、形は何の変哲もない丸いお団子だった。そいつを一口。
「んっ、うまい!」
水飴のような優しい甘さともちもちの食感がなかなか良い。続いてこげ茶色と桃色と黄緑色と深緑色を順番に頂く。どれもフツーの味がベースだが、色んな風味と上手く合わさっている。
「うわー、これ全部うめぇな。アサの実家が送ってきたのか?」
「この前スタパレで岡山フェアやってたから買ってきた」
アサがボソッと言った。やっと口を利いてくれた。
「そっかー。いやーマジでうめぇ。こんなうめぇもん食ってる岡山人が羨ましいなー」
とおだてつつ、さりげなくアサの肩を抱いてそのまま裏の控室まで引きずっていった。
「おっ、おい! 何をする!」
「まあまあ、いいからいいから」
ポカーンとしているハッシーを尻目に控室に入ると、あたしはソッコーで腰を90度に折って頭を下げた。
「ほんっっっとにごめんなさい!」
「……ああ、あの件は、まあ」
上目遣いでアサを見たら、横を向いている。
「ボクも変態呼ばわりしてすまなかった……と思っている」
「ホントごめんな。もうしねえから」
「もう気にするな。過ちというのは誰にでもあるものさ。このボクにもね」
側溝で行き倒れになったりとかしてるもんな。
「あのさ、きびだんごもうちょい食っていいかな?」
「いいぞ。実は君のために買って来たんだからな」
「何?」
「ボクだってお詫びしたかったのさ。ただ言葉だけじゃなく形で示したかった」
鷺ノ宮先生の言う通り、謝るタイミングを見計らってたんだな。
「そっか。だったらあたしにだけきびだんごくれりゃよかったのに」
「ボクは部活にほとんど出てないからな、みんなにもお詫びしとかないといけないと思ってな」
「意外としっかりしてんな。アサのグッドポイントが一個見つかったぜ」
「……きびだんご、まだまだあるぞ」
あたしが笑うと、アサも笑ってくれた。ひとまず、仲直りできてよかった。
その後に食べたきびだんごはとても甘く感じた。