神城朝水をドキッとさせてやる
昼休みの時間がやってきた。
「おーい、アサー」
アサが所属している1年4組の教室を覗いたが、アサの姿はどこにも見当たらなかった。
「もうメシ食いに行きやがったか」
さっと教室を後にして、購買の方に立ち寄ってみたがここにもいない。カフェテリアには多分寄っていないだろう。あいつは前に「カフェテリアはあんまり好きじゃない」と言っていたからだ。理由は天井が高くて落ち着かないから、らしい。お嬢様学校らしいオシャレ空間なんだがなあ。
中庭や並木通りのベンチにもいない。昼食スポットはあらかた探したがどこにもいない。あとは考えられるとすれば最上階のスカイラウンジか、屋上テラスだろう。日本一の大霊峰を眺めながら食べるメシは格別で、弁当や購買組はよくそこで食べている。
「だけどまあ、あいつのことだしどこか突拍子もない場所にいそうだなあ」
例えば教職員駐車場とか。カフェテリア以上に落ち着いてメシを食える環境じゃないが、一応駐車場に向かってみた。
アサがいた。
「お、お前……」
なんと、こいつは青のムーヴキャンバスの上で昼寝をしていた。この車は……。
「おいっ! 起きろ! 降りろ!」
「んああん……おお、明日香じゃないか。一体何だい……?」
「色っぽい声出してねえでさっさと降りろ! それ、鷺ノ宮先生の車だぞ!?」
「おお、そうだったのか」
別に驚いたり恐れたりするでもなく、淡々とした感じで飛び降りた。
「もうちょい丁寧に降りろよ。車に傷つけたらさすがに鷺ノ宮先生でもキレるぞ」
「で、何の用かね」
「たまにはお前と飯食おうと思ってさ」
「なんで?」
「何でって……そりゃ仲間だからだよ……」
「んー、悪いが今はお腹が空いてないのだ」
「ちゃんと食わねえと前みたいにぶっ倒れるぞ。ほら、あたしのを分けてやるからちょっとだけでも食いな」
「そこまで言うなら、ちょっとだけだぞ」
あたしの昼食はいつもおふくろに作ってもらっている弁当だ。いつも二個入っている卵焼きを一個分けてやることにする。
座る場所が無いから行儀悪く立ち食いになってしまうが、鷺ノ宮先生に教えられたことを実践する絶好の機会到来だ。箸で卵焼きを掴むと、
「ほら、お口あーんしなよ」
おらおら、どうだ。ドキッとしただろう。
「……なんでえ?」
寝惚け顔で言われてずっこけそうになった。
「いや……あたしが食わすために決まってるだろうが」
「ボクは親鳥からエサを貰う小鳥じゃない。自分の手で食べるさ」
「あ、おいっ!」
アサは弁当箱の中にあった、もう一個の卵焼きを手で摘んで口に放り込んだ。
「おいおい、せめて箸使えっての」
「んー? 美味しいことは美味しいがお菓子みたいな甘さだな」
「卵焼きは甘いもんだろう?」
「うちでは塩味を効かせてるんだがな」
そういえば卵焼きは西の方だと味付けが違うらしい、と聞いたことがあるのを思い出した。まっ、美味しいと言ってくれたのは良かったが。
いや、良くない。恋人がやるみたいにあーんして食べさせてアサをドキッとさせるつもりだったのに。卵焼き一個損しちまったぜ……。
「指が汚れた。ティッシュ持ってないかね?」
「だから箸使えっての」
あたしはポケットティッシュを出そうとしたが、その瞬間、ドキッとさせる妙案を思いついてしまった。相当効くかもしれないやつを。
「アサ、手え出しな」
親が小さい子どもに言い聞かせるような優しい口調で言うと、素直に卵焼きを掴んだ方の手を差し出してきた。
あたしは躊躇せずに、その指先を咥えた。
「うひっ!?」
アサの体がビクンッ、と跳ねた。
「んっ……甘ぇなあ」
さらにあたしは追撃を加える。ペロペロと指先を舐めると、「ひゃああっ!」と、今まで聞いたことがない可愛らしい悲鳴を上げた。
あたしだって本音じゃ悲鳴を上げたいぐらいだ。全くガラじゃないことをしているからな。だけどアサの命がかかっているから躊躇していられない。
恋のきっかけはドキッとさせること。こいつを続ければきっとアサはあたしを好きになって、あたしもアサのことを……。
「よっしゃ、きれいになったぜ」
改めてティッシュで拭き上げてやる。
「あっ、明日香……何てことしよんじゃあ……」
岡山弁が出ている。つまりこいつの地が出ている。これは良い感じじゃねえかと思ったが、顔を見ると赤いどころか、逆に青ざめていた。
そんで、出てきた言葉がこれだ。
「へっ、変態じゃあ~~~~!!」
アサは走り去ってしまった。
「ええー……………………?」
あたしは耳ハムされたのに? 何であたしの指舐めはダメなんだ……?
「もしかしてあたし、とんでもないミスしちまった……?」
冬の北風が、変態呼ばわりされた女の身を容赦なく打ってきた。