神城朝水のことで先生に相談してみた
「やあ明日香! 昨日はよく眠れたかな?」
「ああ……」
大竹村から帰ってきた翌朝の月曜日、アサはいたっていつも通りあたしに接してきた。そりゃそうだろう、ワタ婆さんの本当の占いの結果は一切教えていないのだから。
ワタ婆さんからは朝水には絶対に話してはならん、と何度も釘を刺されていたが、話せるはずがない。
「おや? その割に返事に元気がないではないか。ちょうどいいものがある、これを飲みたまえ」
アサは通学カバンから褐色の小瓶を出してきたのだが。
「『ダイアモンドスピア』って……これ男が飲むやつじゃねーか」
ニアマートでも売られている精力剤で、「全てを貫く槍を授ける」という意味深なキャッチコピーで有名だが、女が飲んでも効果が出るのかは不明だ。
「だが疲れているときに飲むと驚くほど効くのだよ。騙されたと思って飲みたまえ」
有無を言わさず押しつけられた。成分表を見たらマカとかトンカットアリとか亜鉛とか入っててどんな効果があるのか知らんが、カフェインも入っている。眠気覚ましにはなるかな。
一口で飲んだが、若干コーヒーっぽい風味はついているものの全然美味しくなかった。
「うえ~、きっしょい味だな……」
「それがいいんじゃないかね、ふははは」
アサは本当に相変わらずだ。その態度がかえってあたしの悩みの種を大きくしていった。
校舎に入ると、クリスマスツリーが置かれていた。もうそんな季節か。
「神城さん小倉さん、おはよう」
心地よい低音ボイスで挨拶してきたのは国語の鷺ノ宮京先生だった。アサのクラスの担任であり、軽音楽部顧問という肩書きを持っている。あたしたちにとって身近な教師の一人だ。
「おはようございます」
「ちょうど良いところに会った。実は来週土曜日に開かれる海谷市高校クリスマスチャリティー音楽祭のペアチケットを貰ったんだけど、あいにく外せない用事があってね。君たちが貰ってくれないかい?」
「え? あたしらにっスか?」
「他の子にも声かけたんだけど、みんな用事があるらしくてね」
「あたしは予定空いてますけど……アサは?」
「そもそも海なんとかって何だ?」
略しすぎだろ。
「毎年、クリスマスに近い土曜日に海谷市にある高校の軽音楽部が集まってチャリティーライブを開くの。他校の演奏を聞く良い機会だし、神城さんもどうかな?」
「えー、故郷に帰るつもりなんだけどなあ」
眉毛をハの字にして、露骨に面倒くさそうな顔つきになる。そんなアサの肩をあたしは掴んだ。
「おおっ、急になんだい?」
「行こうぜ。あたし、アサと遊びたい気分なんだ。一日ぐらい遅れても構わねえだろ?」
「おいおい、そんなに顔を近づけなくても聞こえてるぞ……」
「なあー、行こうぜ。なっ、なっ、なっ?」
飼い主にお散歩をねだる犬みたいに迫ってみたら、「まあ明日香がそこまで言うなら……」と、渋々ながら了解してくれた。
「はい、決まりだね。じゃ、後で職員室に取りに来てね」
「あっ、今行きます! 実はこの前の授業でわからないことがあって教えてほしいところがあるんスよ。ちょっとだけお時間いいスか?」
「お、熱心だね。いいよ」
「つーことでアサ、また後でな!」
あたしはアサに大きく手を振って別れ、鷺ノ宮先生と一緒に職員室に入った。先生は自分のデスクじゃなくてパーテーションで区切られたところ、応接スペースにあたしを招いた。
「座って」
「失礼します」
ソファーに座るなり、「神城さんのことでご相談かな?」と言われたもんだから心臓を握られた気持ちになった。
「え、どうしてわかったんスか……?」
「神城さんに対する態度で察したよ。いつもはあんなにベタベタしてないのに変だなって思った」
「はあ、よく見てますね」
この人は見た目かっこいいけど、教師としてもかっこいいんだよなあ。
鷺ノ宮先生は紙コップにコーヒーを淹れて、あたしに差し出した。
「言えないこともあるだろうけど、そこは無理しなくていいからね」
「はい。じゃあ今から話すこと、バカにしないで聞いてもらえますか?」
「どうぞ」
あたしは大竹村での出来事を正直に話した。先生は時たま相槌を打つだけで、表情を一切変えずに聞いてくれた。
「そっか、要は今年中に小倉さんと神城さんが恋人どうしにならないと神城さんが死んじゃうのか」
先生は淡々とした態度でコーヒーを口にした。
「やっぱ信じられないっスよね、こんな荒唐無稽な話」
「私が信じるか信じないかは置いといて。君は神城さんを救いたいんだよね?」
「はい。あいつ変な奴だしハラハラさせられることもあるけど、いなきゃ寂しいんで……」
「君は神城さんのことを好きになれそう?」
「えーと……」
「そもそも、誰か好きになった経験は?」
「……一回だけ。あたし実はサッカー好きなんスけど、小学校の頃にサッカー繋がりで仲良くなった男子がいて、そいつに告りました。女の子っぽくないからってフラれましたけど」
「でも、経験はあるんだね」
「はい。だけど好きな人に拒絶されるってこんなに怖いことだと知らなくて、それからは全然恋愛する気が無くなって……」
「だけどやらなきゃ神城さんが死んじゃうんだよね」
「そうっス。だから先生、あいつを好きになってあいつもあたしのことを好きになる方法を教えてください! 先生、昔はバカすげえモテてたらしいじゃないスか。何かモテる秘訣あるんでしょ?」
「お互いに好きになる方法ねえ……」
先生はコーヒーを飲み干した。それから信じられない行動に出た。あたしのアゴをつまんでクイッと持ち上げたのだ。
「あっ、あのっ……」
「ん?」
先生のキレイな瞳が間近に映る。胸がスゲードキドキしているのがわかる。これは緊張しているからだろうか……?
「アハハッ、ドキッとしたでしよ?」
手を離すと、子どもみたいに笑った。
「いきなりそんなことされたら誰だって……」
「まずはそこから始めてみようか。イヤだろうけど、君がフラれたことを思い返してごらん。何か彼にドキッとさせるようなことしてたかな?」
思い返したくはないが、そうしてみた。あいつとはサッカーの話題で盛り上がることはあったけど、今考えたら接し方が友だちどうしとのそれと変わんなかったな……。
逆に自分がドキッとさせられた経験はあるだろうか。やっぱり思い出すのはサッカーの話ばかりだ。あたしは恋愛というのを履き違えていたのかな。
……いや、あった。あいつじゃなくてアサにドキッとさせられたことが何度か。
小さい頃の可愛いアサの動画を見て。
夜行バスで寝ぼけたあいつに耳ハムされて。
村で滝をバックに一緒に写真を撮ったときに頬が触れて……。
あれ? なんか鷺ノ宮先生にあごクイされたときより胸が……
「あっ、ごめん! 無理に思い出さなくてもいいからね」
鷺ノ宮先生が両手を合わせて謝ってきて、ハッと我に返った。
「いえっ、ありがとうございました!」
あたしは席を立って職員室を出ていった。「あっ、ちょっと!」と引き止めるような声が聞こえたような気がしたが、構わず早足で教室に向かったのだった。
鷺ノ宮京先生は桜ノ夜月様考案のキャラクターです。
出演作『ラブソングにはまだ遠い』(桜ノ夜月様作)
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